かくれんぼ
隠れる場所が重要。
足場の地形や素材(石ころや草地、そういう地面にある物をそう呼ぶんだって)、風向きも。
風向きってね、風が吹いて来る方向が風上で、流れていく方を風下って言うんだって。
でも、風ってころころ方向が変わるでしょ?
それも、ホウソクっていうのがあって、岩場とか、壁になる場所にも気をつけるの。
風上と風下、どっちにいるのが良いと思う?
例えば、相手が犬とか、動物を連れてたら風下。
薬を使って来る相手なら風上の方が有利。
風上から薬を撒かれた時、風下にいたら終わりだからだって。睡眠薬やしびれ薬なら動けない間に捕まっちゃうし、毒ならその場で死んじゃう。どっちにしても命に繋がる事だから、とっても重要。
お薬って治す良い薬ばっかりだと思ってたのに、物事には逆もあるって必ず考えるように言われた。
難しいね。でもぼく頑張って考えるよ。
足場は、砂利は絶対ダメ!音がしてすぐ見つかっちゃう。
草地もね、意外に危ないの。草が音を吸収してくれると思ってたのに、下に細い枯れ枝が隠れててボキって音がしちゃった。
「はい、見っけ!」
後ろからバブに頭をポン。ほら、見つかっちゃった。
毎日バブに鬼ごっこやかくれんぼを教えてもらってる。
鬼ごっこは見つかった後、どうやって逃げたら良いか。
ぼくは5歳だから走ってもすぐに追いつかれちゃう。力も全然ないから戦っちゃダメ。
「だったらどうするか。考えてみ?」
1日目。ぼくは「敵が来る前に逃げる」って答えた。
今ならバブと同じ「ブッブー」って答える。
相手が必ず来ていて、時間が少ししかないなら隠れる場所を探す。でも狭い場所なら見つかる危険性が高くなるんだって。
時間があるなら、その場所から離れる。
だけど、走って逃げて良い場合と、一旦隠れて相手が遠くへ行ってから逃げる方がいい場合があるの。
その時によって正解が違うって事があるんだって知った。
逃げ方にも"ゆうせんじゅんい"っていうのがあるんだ。
バブが肩車してくれた時はドキドキした。
ぼくからじゃ見えない場所がたくさん見えたから。
隠れたつもりでも、背の高い人からは丸見えになっちゃう場所がたくさんあったよ。
1日目は隠れ方をいっぱいいっぱい考えた。
岩の隙間、草の生い茂った場所、建物の中なら屋根裏って考えたけど、ほこりがすごくて咳をしたら見つかっちゃうね。
ぼく、お掃除してないお部屋に入っただけでくしゃみや咳をしちゃうんだ。注意注意。
そうやって考えてる間も、すぐ鬼ごっこが始まっちゃう。
バブが両手を叩いたら走って逃げる合図なの。
バブがいない時でも、その合図が頭の中で鳴るようにって、何度も何度も練習する。
そういえば。追いかけっこしてると、ぼくはすぐに息がふぅふぅしちゃうのに、バブは全然しないの。どうしてかな。
2日目。
「隠れてる時にゼイゼイ息をしてたら、その音でバレちゃうぞ」って言われた。
それですぐ見つかっちゃうのか。りょーかい。
バブと山の中を走り回ってると、この草は"しけつ"できるって教えてくれる。
怪我をした時に擦り込むと血が止まるんだって。
食べて大丈夫な草と、もし食べたら死んじゃう危険な草も教えてもらった。
根っこに毒がある植物もあってビックリしちゃった。
ネギにそっくりなのに食べると中毒を起こしたり、危ない草のお話の時は、同じように相手に食べさせたらどうなるかを考えてって言われる。
「野草とかって俺よりべべの方が詳しいんだぜ」
ちょっと悔しそうなフリしてるのに、なんだかべべの自慢をしてるみたいだった。ずっと離れて暮らしてるのに、バブはみんなの事をよく知ってた。
幼稚園より面白いねって言ったら「お前、素質あるな」って頭を撫でてもらった。メチャクチャ嬉しい。
持ってきた食料も食べるけど、魚を取る為に"しかけ"を作ったり、食べられる草や木の実を探したりもした。
「夏で良かったな」ってバブが言ったから「なんで?」って言っちゃった。
すぐ「自分で考えて」
バブと口を合わせて言えたから、ゲラゲラ笑った。
バブは笑わないけど優しい顔をしてた。
バブはね、目が優しいの。でも淋しそう。なんでかな。
4日目からはお昼に寝て、夜起きる競争をした。
ぼくは今まであんまり夜に起きた事がなかったけど、夜中にトイレで目が覚めた時、隣にハナがいない事があった。
お母さんに聞いたらトレーニングって言ってたけど、みんな夜に競争してたんだって気づいた。
夜の山の中は本当に真っ暗になる。真っ暗っていうより真っ黒。目の前の大きな木だって何にも見えないの。
バブは真っ暗な中では寝ないんだって。
どうして?眠くないの?って聞いたら「習慣。大丈夫。」って短い返事。でもここだけじゃなくて、ぼくはおうちでもバブが眠ってる姿を見た事がなかった。
山の中では、満月の時は周りがすごくよく見えて、それもビックリした。電気がなくても見えるのってスゴイ。
それから、見た事ないくらいの星が見える。
初めて見た時は、綺麗って思うより星が多すぎて気持ち悪かった。たくさんの星が降って来そうだった。
もう慣れたけど。
だからその日は星の探し方を教えてもらったんだ。
でも、毎晩同じ空じゃないんだって。びっくりする事だらけだよ。
「月明かりも、星の動きも毎日変わる。毎日、空を見て確認するんだ。」
一回言われた事は、その時に覚えるの。同じ事は二回言ってもらえない。
「チャンスは一回しかないって心に刻め」
バブの言い方ってめちゃくちゃカッコイイんだ。絶対忘れないよ。
バブが言う事はいつもふたつ。
自分で考えること。
必ず生きて帰って来る事。
ぼくはもうすぐ、初動訓練に参加する。
1ヶ月前までは嫌で嫌で仕方なかった。
でも、この世界では嫌だとは言えない。5歳でもぼくのお仕事だから。
べべもハナ達も、みんなが通る道だという。
お母さんやお父さんも子供の頃参加したんだって。
みんなそこから帰って来た。もちろん、バブも。
地獄のような場所がある。
怖いけど、ぼくたちみたいな闘うこどもは世界中にいる。
ひとりになっても、ぼくは必ず生き残って12歳になったら還って来るんだ。
「大吾。闘わなくていい。まだ今は強くなくても良い。必ず逃げて、生き延びるんだ。お父さんとお母さんとみんなが待ってる場所がお前の帰る場所だから。」
真夏なのに寒かった。もうすぐ夜明けなんだって。
夜が明ける前が1番寒い。そう教えてくれたバブは遠くの空を見ていた。
多分、あれが北極星。段々空が白くなって来ていて、もうすぐ見えなくなる。
北極星が見つかったら、それが北。ひしゃくの形の北斗七星やWのカシオペア座から探すんだ。
それを教えてくれた時、「もしも。」とバブが息を吐いた。
もしも、北極星がなかったら。それは南半球っていって地球の下半分のどこか。南十字星っていう大きな十字の星座を探してごらん。
その時は季節が日本と逆になってる。
今、南半球は冬だ。
ぼくはよく分からない顔をしてたと思う。
「まだ分からなくていいよ。もし、そうだったら、その時大吾が自分で気づくから。」
その時は、見たことのない植物や虫や動物がいるかもしれない。落ち着いて周りを見てどうするか考えるんだ。
大丈夫。大吾なら出来る。
そう言って背中をとんとんしてくれた。
ぼくはその時のバブの手のひらが温かかった事をずっと忘れられない。
「お前はどこにいてもひとりじゃないし、どんなに辛くてもこんな夜が永遠に続く訳じゃないんだ。生きてさえいれば、
必ず朝が来るって事だけ、覚えてて。」
お前はひとりじゃない。待ってるみんながいる。
バブはもう一度そう繰り返した。
生きろ。
そう言ったバブの目を見た時、ぼくの胸の中が熱くなった。
急にいなくなった本当のパパとママより、真っ直ぐぼくを見ている。そう、思った。
ちょっと泣きそうになったけど我慢したよ。
ぼく、絶対帰って来るから待っててね。
そしていつか、ぼくはバブみたいになりたい。
本当はだいぶ前から眠くなってきていたけど、これは夢じゃない。大切なお話。忘れちゃいけないお話。




