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「足元気を付けてね」
頼りないランプの明かりに映し出される輪郭を注意深く睨みながら、二人は階段を下りていく。
世間一般、あるいは上流階級の家屋であっても、夜闇を掃う恒常的な光源は存在していない。
外にある街灯にしても、ランプの光量とほとんど大差はない。夜道を安全に歩くというよりかは、犯罪抑止の意味合いが大きかった。
統計に基づいた比較をしているわけではないので、実態との乖離はあるかもしれないが、街灯設置付近に住む人々は犯罪発生率が低下していることを実感している。
また別な観点で言えば、街灯に使われている油や蝋燭を交換したり、火を点けたりする仕事は子どもたちの間で人気があり、ちょっとした憧れの職業だったりするくらいのものだ。
首都の方ではガスと上水道のパイプを利用した街灯が設置され始めたという話だが、それにしたってごく一部地域で試験的な運用である。
つまり、一般家庭に明かりが灯るのはまだまだ先のことだった。
「こっちよ」
ゆっくりと階段を下りてきた二人は、リゼの先導で進んでいく。
階段を下りて左手、玄関から見て右手にある廊下を行けば、かつては寄宿舎のフロントとして設計された現リビングがあり、その奥に食堂だったダイニングがある。
ランプを置いてダイニングの椅子の一つにリリーを座らせたリゼは、鍋からスープを掬って皿に盛り、テーブルに置いた。
さらに、パンを二つと水を入れたコップ、スプーンも手際よく準備する。
「さ、召し上がれ」
そう言われるも、何かを窺うように並べられた食事とリゼの顔を交互に見るばかりで、リリーは手を出そうとはしなかった。
リゼは不思議に思って首を傾げ、さらに促してみた。
「冷めちゃってるけど、味は悪くないと思うわよ」
リリーは目を伏せて、俯いてしまう。
「嫌いな物とか食べれない物が入ってる?」
たまにパンを食べて呼吸困難になったり、湿疹が出たりする人がいる。
そうでなくとも子どもは好き嫌いが激しく、スープに入っている野菜を残すのは珍しくない。
だが、リリーは首を横に振っていた。
「本当はお腹が空いてなかった?」
リリーはまた首を横に振り、お腹でも返事をした。
「毒とかは入ってないから安心して」
スプーンを手に取ったリゼがスープを掬って自身の口に運んでみせた。
言った通り冷めてはいるものの、野菜の旨味と香草の仄かな辛みがアクセントになっており、リゼの舌でも十分満足のいく出来である。
リゼはもう一度スープを掬って、今度はリリーの口元へと運んだ。
「はい、あーん」
まるで幼児に食べさせるか、病床に伏した老人の介護をしている気分だった。
その行動に観念したのか、リリーは引き結んでいた口を開け、スプーンを咥えた。
ごくり、と喉が鳴り、スープが胃の中へと落ちていく。
「どう、美味しい?」
そう問われて首を横に振れる者がどれほどいるのだろうか。という疑問はさておき、リリーは頷いた。
「よかった」
リゼは満足そうに微笑み、今度はパンを一欠けちぎって、同じようにリリーの口元へと運んだ。
リリーもそれを遠慮がちに食べ、リゼがまた食べ物を運ぶというのを繰り返す。
その光景は、傍から見ると幼児や老人のお世話というより、動物への餌付けと言った方が適切かもしれない。
そうしているうちに、リリーはぽろぽろと涙をこぼした。
〇ストーリー要約
・一階に下りて食事を摂る
・リリーが突然泣き出してしまう




