16
リリーが目を覚ますと部屋は真っ暗だった。
ずいぶんと長く眠っていた気がするのだが、意外と時間はそこまで経っていないのかもしれない。
リリーはそう思って、頭上のすぐそばにあるカーテンに手を伸ばし、ひらりと捲って外を覗いた。
部屋と同じく、外も真っ暗で、星は瞬きほとんどが欠けた月が夜空を泳いでいる。遠くの空はまだ藍に染まり、夜の更けるのはこれからといった具合だった。
窓から目を離し、薄っすら見える天井をじっと眺める。
すっかり眠気の飛んだリリーは、そのままベッドに横たわっているのも悪い気がしてきて、起き上がり、その場で三角座りをした。
リゼやジェイドからは何も言われていないので、部屋から出ていいのかさえ、リリーには判断がつかないのだ。
何もできることがないリリーはひとまず、自分の身に何が起こったのかを思い出してみることにした。
いつものようにゴミ拾いに出かけて換金をした帰り、二人組の男に誘拐された。
そこから助けてくれたジェイドと名乗る男にも誘拐され、常人離れした身体能力で屋根を飛び回り、夜の中を駆けた。
入ったこともない家に連れられ、リゼと名乗る女性と出会う。
それから、温かい水とよく分からない白いもこもこした何かで全身を洗われ、うとうとしてしまい、気付いたらここにいた。
思い返してみたところで、やはり、現状はよく分からないということが分かるだけだった。
一生このままなのだろうか。
父の下へ帰ることはできるのだろうか。
リリーは膝を抱えたまま、ただじっと、暗闇の中の虚空を見つめていた。
しばらくすると、コンコンコン、とドアがノックされた。
その音にぴくりと体を震わせ、リリーは我に返った。
音のしたドアの方を注意深く見つめる。
ドアノブが回り、ドアが開いて、入ってきたのはリゼだった。
出会った時と変わらぬ白のワンピース姿で、手には火の灯ったランプを提げている。
「あら、起きてたのね」
リリーと一瞬だけ目を合わせたリゼは、その警戒する様子を見て、「おはよう、それともこんばんわって言った方がいいかしら」とおどけてみせた。
「隣、失礼するわね」
ベッドの端に腰かけて、顔だけリリーの方を向く。
「よく眠れた?」
その問いにリリーは小さく頷いた。
自分とのやりとりが記憶にあり、継続されていることを確認できたリゼは、言葉を続けた。
「それはよかった。あなた丸一日眠っていたから、ちょっと心配してたのよ」
寝て起きても夜だったのはそういうことだったらしい。
そんなに長く寝たことのなかったリリーは少し驚いて、また、早く帰らねばいけないという思いが強くなっていくことに、自覚的だった。
しかし、どうにも言い出せる雰囲気ではないし、機嫌を損ねたらどうなるかなど分かったものではない。
リリーにはやはり、口を閉ざして大人しく指示に従う以外の選択肢がなかった。
「体は平気? どこか痛いところとかある?」
その問いに頷きかけて、戸惑い、首を傾げた。
言葉の意味が分からなかったわけではない。
単純に、回答の異なる質問を同時にぶつけられた結果、処理にエラーが起きただけである。
平気かどうかと聞かれれば頷くのだが、痛いところがあるかという問いには首を横に振らねばならない。
どちらの行動をするべきかと決め兼ねて、フリーズしているリリーを見たリゼは、「ふふっ」と笑みをこぼした。
「そうよね、困っちゃうわよね。じゃあ一つ目の方に答えてくれる?」
リリーは今度こそはっきりと頷いた。
とその時、きゅーっ、とリリーのお腹から可愛らしい音が鳴った。
『おい。うるせぇぞ』
父の声が幻聴として聞こえてくるようで、リリーはぎゅっと目を瞑り、より一層体を縮こまらせる。
呼吸は浅く、動悸は早くなっていく。
リリーはただ一つ、もう鳴るなと願うばかりであった。
不意に、その肩に手が置かれて、リリーは息を呑んだ。
思わず体に力が入る。
岩のように固まったリリーの体を、リゼは優しく抱いた。
「大丈夫、怖がらなくていいの」
柔らかく、鮮やかな花の甘い香りが薄っすら漂うリゼの胸にリリーの顔が寄せられた。
トクン、トクン、と規則正しく脈動を繰り返す心臓の音に、リリーの緊張は少しずつ解けていく。
しばらくして胸が離れ、名残惜し気にその音を追って顔を上げたリリーは、陽の光のように温かなリゼの目と重なった。
「少し遅いけど、夕食にしましょう。立てる?」
立ち上がったリゼは手を差し伸べ、リリーは躊躇いがちにその手を取る。
導かれるように手を引かれたリリーは立ち上がり、その部屋を出た。
〇ストーリー要約
・リリーが目を覚ます
・部屋にリゼがやってきてお話をする
・リゼはリリーを部屋から連れ出した




