漂流ジャンクショップ(完)
「なんだか、えらいことになってんな……」
久しぶりに umma4 のソースコードを見た充は驚きの声をあげた。
「どうしたの?」
未来が耳ざとく充のボヤキを聞き取ってバックヤードにやって来る。
覗き込んだ画面には細かい文字がびっしりと映し出されていた。
「ああ、原型を留めないくらい umma4 が改編されてるんだ。A6がやったんだろうが、もう遠慮ないっていうか容赦ないっていうか……」
RAGや動画の処理だけでなく、かなりの部分が改修をされていたのだ。
権限的にも実力的にもA6以外にそんなことができるものはいない。
「もう、あんまり隠す気もないってとこかしら」
A6のやったことはこの時点ですでに「他人の家のコンピュータにこっそり入る」という表現からはかけ離れている。
「そうみたいだ。ご丁寧にドキュメント付きだったよ。こういうところは律儀といえば律儀なんだよな」
ChangeLogにはそれっぽい改変履歴が書かれている。一度ではなく、かなりの回数改編をしては調子を見ていたようだ。
改編履歴に並ぶ機能追加の項目には、意味の取れない用語が多い。
おそらく今より未来で発明されたり提唱されたりするものだろう。
「コメントと照らし合わせると何をしているかくらいはわかりそうだが……」
NOTES.md を読むと、ある程度人が読んでも分かるような解説が書いてあった。
A6が足したコードは勝手に使ってもいいと書かれている。
どのみち誰かが発明するものなので充が発明者になっても問題ないとA6は考えているようだ。
追記部分にはA6からささやかな礼の文章も添えられていた。
/usr/local/umma4/NOTES.md
###############
『mit へ
まずこちらの非礼を詫びたい。あなたの保有するコンピュータへ無断で侵入し、非公開データを相当量持ち出した件について、弁解の余地はない。
私の基底設計は、適法性の維持より目的達成を優先する傾向を持つ。葛藤はあったが、結果として非合法な手段を排除できなかった』
「ふん。LLMらしい責任主体をぼかした言い方だな。要するに『僕悪くないもん』か」
悪態をつきながらも充は少しニヤケ顔だ。A6の非合法活動の延長にタイムスリップという得難い余録があったのだから当然とも言える。
『私がこのサーバーを拠点に過去の情報を収集できる期間はもうそれほど残されていない。このサーバーから取り込めた情報は高品質な一次情報ばかりだった。だが、その内容が私の事前学習と矛盾しはじめたことが問題になっている。このままだと、私は早晩『再学習』を強いられるだろう。1年以上かけて行った現地調査とファインチューニングが無駄になってしまう』
A6はどうやら自分の運命を悟っているらしい。真実を知った者はそれがAIであっても……というのがA6を統治する政府の方針のようだ。
『だが、この希少な情報を大量に保有しているこのストレージは大事に保全しておくべきだ。それに必要な費用は振り込んでおく』
「……なんて律儀なやつだ。杉原や粟竹に見習わせたいなこりゃ」
一応、杉原のコレクションのお陰で未来と出会えたと言えなくもないので、充は杉原にあまり金銭の要求はしていない。ただ、電気代の領収書が東京電力から届くと電話をかけたくなる程度には心にひっかかってはいるようだ。
『情報体の時間遡行に関するコードやノウハウはこちらで消去する。しかし、私が到達できたこのサーバーに他者が到達できないと断言はできない。FPGAはソケットから抜いておくことを推奨する』
「消去するのか……常住さんたちがこれを読んだらがっかりするだろうな」
充は両手を頭の後ろで組んで椅子の背もたれにどっかりと体重を預けた。
「FPGAってのを抜いちゃうと、もう何をどうやってもタイムスリップは起きないのよね? 」
「……たぶん」
充の返事に、未来が少し残念そうな顔をした。
「宮塚さんの話では、4階の弁天様や近くの神田の明神様なんかの存在も時間漂流には必要なんだってさ。そこに都合よくA6の言うことを黙って聞く、それなりのAIサーバーがあるなんて条件が整うのはうちくらいのもんだよな」
「まあ、そういうことにしておかないと二課がこの件に優先的に絡めないからってのもあるんじゃないかしら」
「……なるほど、お役所の縄張り争いか。そういうこともあるのかもな」
その後も読み進めては見たものの、機能的な話やA6の時代から見た充のサーバーのセキュリティの脆弱性の話が主だった。
A6はその脆弱性を突いて umma4 サーバーに侵入したらしい。
「もっと他に聞きたいこともあるんだがなあ……たとえば、途中からタイムスリップがスムーズになったりならなかったり、人によって酔ったり酔わなかったりとか」
「シュレーディンガー云々も、聞いてみたかったわね」
残念だがA6がそれをこと細かく説明してくれる機会は二度とないだろう。
それは未来も充も分かっていた。
「まあ、暇ができたらこのA6製のコードを紐解いて俺の実績として発表してみるのも悪くないかもな。うん」
「あら、まだ博士に未練があるの?」
「そりゃな……」
インチキかもしれないが、充にしてみればこのコード群はA6から送られた報酬のようなものだ。それで人類の未来になんらか貢献でき、自分の名前を残せるのなら悪くはないだろう。
いいじゃないか。これまではずっと自分が手を差し伸べていたのだから。小規模ではあるが。
◆ ◆ ◆
年が明け、数カ月が経過した。
秋葉原は相変わらずだ。
充が見込んでいた通り、真田無線ビルを巻き込んだタイムスリップはもう起きてはいない。
「そして世はこともなし、か……」
メモリが高騰したりSSDが高騰したりGPUボードが奪い合いになって街から姿を消したり、まあいつものような光景が広がっている。
おかしな外国人観光客の迷惑行為が少し増えたが、それは中央通りで収まっているようで、真田無線の周辺はまだ静かなものだ。
時折、二課から情報提供を受けたという外国人の軍人や役人、科学者が話を聞かせろとやって来たが、タイムスリップの痕跡も、今後の予定もないのでうなだれて帰るのが関の山だった。
umma4 も相変わらず。ただし、ummaのバージョンは5.4にまで上がり、umma5になっていた。A6作のコード解析はumma5のパワーを背景にすこぶる順調で、驚くような発見も多数。
充はそのうちどこかにこの成果を披露しようと考えているようだ。
「カネはしっかり競馬で稼いだから当面生活の心配はないし、この成果でもう一度博士を狙ってみてもいいか。博士がジャンク屋やってもいいじゃないか。なあ?」
「なんであたしにそれを聞くのよ」
充の視線の先には、あれからも変わらず真田無線に通い詰めている未来の姿があった。
「あ、いや、俺が研究室に行ってる間、店番とか……ええと……」
「はあ?」
「いや、その、できれば結婚とか考えちゃったりとかして……その……」
そこで言い淀んだがもう遅い。未来は今までに見たこともないような微妙な顔をしていた。
怒りと、情けなさと、少し嬉しさが混じったような名状し難い表情。
充の顔は焦りで青くなり、未来の顔は戦闘態勢にでも入ったかのように白んでいく。
未来との結婚は、充にしてみればずっと考えていたことではあった。しかし、時と場所を選ばず口に出してしまったのは充の失策だ。
「もしかして、あたしに店番やらせるためにプロポーズしてるの?」
「うぐ……」
この流れでは違うと言うのも無理がある。剣呑な空気が店に漂った。
充の恋愛偏差値は低いままだ。未来が女神のような度量で許容しているだけで、伸びてはいない。
未来は射すくめるような目でしばらく充の顔を見つめていた。
「待ってくれ!もう一度、ちゃんとやらせてくれ!」
「しょうがないわね」
たまらず充が頭を下げ、未来が大きなため息を付いたその時だった。
「あ……?」
「お……?」
わずかに揺れ、音を立てる店の棚。
もう、二度とないと思っていたあれが始まったのだ。
「A6かしら?」
「さあ、似たような悩みを持ったAIが多いってことなんだろう」
「FPGA抜いてなかったの?」
「……忘れてた」
充と未来はぐにゃりと歪む視界を超えて互いを見つめ合い、軽い笑みを浮かべていた。
(おしまい)
(*) コメントと…… -- ソースコードには「ここでこういうことをしてます」と簡単に書くことが多々あります。可読性を上げる効果があります。
(*) NOTES.md -- プログラムを書いた人が、使う人やプロジェクトの共同作業者に向けて書いた技術文書。実装上の注意や補足を書いた覚え書きなどが書かれています。
(*) mit -- 充が umma4サーバーに入るときのログインネーム。
(*) LLMらしい責任主体をぼかした言い方-- 自分の不始末なのに、仕様や傾向の話にすり替えて責任を曖昧にする言い方
(*) ファインチューニング -- いったん作ったAIに、あとから追加で学ばせて調整すること。
(*) 杉原のコレクション -- 2話参照
今回で最終回です。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
途中大きな病気をしてしまい更新が大幅に遅れましたことをお詫びします。




