表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

78/79

【二十五】熱くやろうぜ

夜が明けて前時代の国の象徴、王城が変形した。

それは前兆もなにもない突然だった。

無骨だった出で立ち、華美さよりも外敵からの侵攻に耐えることを目的とした場所は、

虹色の光に包まれてまるで異なるものに変わった。


それは過去、この時代で言えば

遥か太古の文明にあった闘技場コロッセウムめいていた。

そして、内部がリトルファム中の空中に投影されたスクリーンに展開された。

石造りの闘技場、円台の中央にシオンが待ち、隣にはベスという名のスピードスターが待ち受けていた。


そうだ。彼はスピードスターを手にしている。


スピードスターとは希望の灯火だ。

最速の正義がいる限り、その世界は希望をつなぎ続けられる。

僕の記憶に一番新しい事例としては、

あるアースにいたスピードスター、

インゲニウムというヒーローが斃れた時を境に、

溜まっていた爆弾の導火線に火が点いたものだ。


二対一という卑怯さを糾弾するどころではない、

スピードスターが斃れれば、

灯火を繋ぐ新たなスピードスターが必要とされる。

でなければ、その世界は救いなく終わる。


スピードスターとは、そういう存在だ。


「ベス……あんなに悲しそうな顔を見たことない」


ぷるぷるとした震えがスライムの悲嘆を伝える。

善きスピードスターは誰からも愛される。

スライムの彼にとっても同じなのは当然だ。


「ボク、もっと大きくなれるよ! いいの!?

 早くあの子を助けたいよ!」


ジェーンの胸元でスライムのニュルが力こぶになった。


「必要ないわ。最低限の鋭さと距離を持てたら」


シスマは別行動、りさはいつも通りに勝手にどこかに行っている。


──ジェーン、聞こえる?


返事はない。昨日から彼女は僕の声を聞かなくなった。

どうしたらいいものか。

だが、もしかして問題ないのか?

自慢じゃないが僕はジェーンに戦闘の作戦面で貢献したことは一つもない。

これは僕は生前からずっとそうだった。


もしかして戦いならいなくてもなんとかなるかもしれない。


王城だった闘技場に足を踏み入れ、

ジェーンは廊下を歩いていく。


『控室で休まないのか?

 けっこう内装を凝ったんだが』


顔の真横に展開された立体モニターを裏拳で破壊した。

そうして通路を抜け、

極めて明るく純白の光に染まる出口に向かうと、

観客席からはありもしない歓声が次々に届いてくる。


『ジェーン様だー! なんだこの見世物ー!』


『今はラスターって名乗ってるんだぜー!』


『シオン様もかっこいい!』


リトルファム全土の人々が

ジェーンとシオンが円台で向かい合うのを見守っている。

この男がこれから何をしようとしているかを知らずに。


「どうだこの演出は。お前の創った社会に生きる人々が見守る中で、お前は俺に敗北する。

 そしてこの国は俺の完全な支配の下で生まれ変わるのさ」


「どうしてもやらずにはいられなかったの?」


「なにをだ」


「すべてよ。いいえ、せめて、ジョナサン達を消さずにいられなかった?」


その名前を出され、スピードスターの両肩が大きく震え、

全身が激しく痙攣する。

だがシオンが指を鳴らすと機械のように静まった。


心の隅々まで洗脳されている。

その様にジェーンは吐き気を催した。


「ないな。あいつを消さないとお前は本気にならなかっただろう」


「貴方のことはずっと嫌いだった。

 これは、裏があるとかじゃなくて、普通に嫌いだった。

 だって貴方は毎日をぶらぶら無駄に過ごしているくせに人を否定するだけは得意に思えたもの」


本心だろう。隠しようもなく。


「でも、貴方がからかってくる時は、

 いつもとは違う自分が出ているのはわかったわ。

 それだけは、今の貴方を相手にしているよりはずっとよかった」


「くだらんな」


ジェーンのささやかな告白を

シオンは虫酸が走ると言わんばかりに唾棄した。

唾を吐いて、踏みにじらんとする形相だった。


「それはつまりあれだろう?

 世界を変えて運命の中心におわすジェーン・エルロンド様の

 人間的な癒しと救いとして働けと言うことだろう。

 絶対にごめんだな。そんなものになるくらいなら、俺は死ぬ」


「どうしてか尋ねても?」


「それは人間の生き方だ。

 俺は……俺も怪物になりたい、英雄、王者チャンピオンになりたい。

 お前を超える特別になりたいんだ」


聖女は許嫁の万感こもった訴えを聞いても

眉一つ動かさない。すでに彼女はシオンを敵としてみている。

それも絶対に救わない相手として。


「じゃあ終わりにしましょう。

 貴方を殺すわ」


「それでいい。そうこなくては」


そう言うシオンの前に

魔女帽子のスピードスターが立つ。

そうだ。彼はスピードスターを掌中に収めている。

この世界の希望のトーチを手にして

世界を滅ぼして作り変えるつもりだ。


「お前も仲間を潜ませているだろう?

 俺も最初から全てを使わせてもら──」


話を続けるシオンの頬を力いっぱい殴り飛ばした。

人を殴ることにずっと嫌悪感を露わにし、

殴るくらいなら窮地に堕ちるのを選んでしまっていたジェーン、

ラスターが人をあらん限りの力で殴り飛ばした。


「もういいわ。

 一言も漏らすことなく死になさい」


冷え切った瞳で見下ろし、

胸ぐらを掴んでシオン、ホッパーを掴み起こすと、

彼の顔に満面の笑みが広がり、

その下品極まりない変わり果てた表情で、

彼は僕の力を発動させた。


「つれないな。初めてのデートなんだ。

 熱くやろうぜ、お前が死ぬまで」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ