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【十二】初めてのお誕生日会

尋問は継続している。

対象を中心にして部屋の四角の燭台に火が灯された。

壁紙はシスマとアレンが剥がし、霧吹きを吹いて湿らせ、

床は打ち付けた石畳にして光の反射を防いでいる。

外で警護しているアレンに、

断続的に水滴音と通気口の風音を

不規則なリズムで流すよう頼むことで、

相手の神経を刺激し、不安感を煽らせるようにしていた。


尋問は続いている。

だがシスマは手をあげることをしなくなった。

アレンという首以外は全身ゴーレムが部屋の外で見張りをしている裏で、

地下室、正確には収穫物などを保管するのに使っていた物置で

フレディは椅子に座り直された。


部屋の静けさ、無音が己の息遣いで切り裂かれるのが、

尋問対象へのプレッシャーとして働きかけるようにデザインされているのがわかる。

シスマが急拵えでこの環境をセッティングした。

彼女は紛れもなく、演出のプロフェッショナルだ。

東京で働けばさぞや、

とれんでぃでおしゃんてぃ業界で名を轟かせたことだろう。

僕と鎬を削り合う仲になったに違いない。


なお、どうして僕が、こういう尋問だの拷問だのの質がわかるのかというと、

親友がこういうことばっかりしていたからだ。

僕は尋問はともかく、拷問には絶対に参加しないし、無理になるとその場を後にしていたが、

断片的な情報でも、これがよう考えられたムードの空間だと理解できる。


尋問されるフレディは、もう拘束されていない。

しかし、固く組んだ腕は意志の強さを見せつける。

そうそうのことでは口を割らないだろう。


「さあ、改めて聞くわ。

 あなたの仲間の弱点は?

 絶対にあなたが教えたとバラさない。ここだけの秘密にするから、教えて」


「嫌だ」


顔面に靴底をお見舞いしたばかりだが、

フレディ、ウンカに敵意は見えない。

庇われたことで殺意や敵意が弱まってはいる。

それでも、変わらず、こちらのことを敵と見ているのだ。


「どうして?」


「シオンの言う通りだ。

 あんたには理想と信念がない。

 絶対に、この世界をあんたの好きにはさせない」


「あたしが世の中をどうするかは置いとくとして、

 それって、ないと駄目なものなの?」


ジェーンの素朴な疑問。

格式張ったことが主な引き出しの

ルーキーヴィジランテは返答に窮する。

理想と信念を携えて世界に働きかけようという意志。

それらがないことは、無条件に恥ずべきものだと確信していたに違いない。


「もちろんあった方が良いよ。

 心に指針と理想を抱くのはね、生きることへの重要なエンジンなんだ。

 限界にぶち当たった時に、自分が何をしたいのかはっきりとわかっていたら、

 自分でも信じられない力が湧いてくるものさ」


「生きたいとか楽しいことしたい、やりたいことしたいは駄目なの?」


「えぇ…………じゃあいいよそれでも」


良いこと言ったはずなのに伝わらなかったかあ。


「ふん、前世の方がよっぽどまともだ」


「でもあなたが負けたのはあたしよ」


ジェーンが事実を指摘した。

じろりと睨みあげ、

少年が挑むように鼻を鳴らした。


「調子に乗るなよ」


「本当のことを言っただけで何に乗るのよ?」


「俺の仲間が足元掬うだろうな」


「仲間を助けたくないの?」


軽口の叩き合いだった空気が一転して張り詰めたものになった。

ジェーンは静かに相手の服をめくり上げた。

そこには古傷ではない痣、鞭で作られたミミズ腫れがあった。

折檻のあとだろう。


「これは修行じゃないでしょう」


「おれ達は特別だから、こうされるんだ」


ヴィジランテが少年少女を鍛え上げるのはよくあることだ。

心、理想や情熱、復讐心だけ持った子供を放っておけば、

待つのは凄惨な終わりがほとんど。

その過程で大喧嘩することはあっても、

せいぜいが骨折、その余波でのバイク・トラック・車の全損だろう。


この傷はどう見ても一方的なものだった。


「俺達が悪いんだ。

 あのひとは力のない人たちのために手を差し伸べてくれた。

 その期待を裏切ったんだから──」


「お兄さんに会いたいですか?」


「あっ……!」


シスマが横から口を挟んだ。

こういう絶好のタイミングで相手の心に隙間を作る話術って凄いよね。

僕も何度か尋問役に立候補したことはあるけれども、

いつも必要な情報は手に入らなかった。


好きなFFとポケモン、モーコンとスマブラの戦闘力は教えてくれたが、

つまるところそれは相手がなんのドーナツが好きかと同じ話題だ。

フォートナイトのお気に入りシーズンを聞いたってそれが世界を救う役には立たない。

ヴィランはだいたい、ハードに決めてる時の僕でも

そういうことばっかり教えてきたものだった。

つまり……舐められていたのか?


だが、兄のことを指摘されたフレディは

膝に視線を落とした。


「あの人はこの国と世界をより良くしようとしてるんだ」


「方法は?」


「わからないけど……全部を壊して徹底的な計画経済を作るって」


「なんてことだ……」


僕は呆然としてしまった。

あまりに、お約束な野望だった。

そういった思想を掲げるヴィランは山程見てきた、

同じ思想に染まるヴィジランテも結構いた。


ジェーンとシスマは顔を見合わせて首を傾げている。

どういうことかわかっていないのだろう。


「経済の完全予測ということですか?

 それは現実的ではありませんね。

 シオンもそれはわかるはずです」


「でもわかんないわね。あのボケナスってそんなこと言うくらいアホだったかな」


「君は僕の力を手に入れた時、どう思った?」


「地球を逆回転させてタイムスリップとかどうやったら誰かに負けるんだと思ったわ」


「今は?」


「この7歳児にさえ負けかけたからクーリングオフしたい」


誰が7歳だ! と捕虜が怒鳴った。


「どうにかなんないの、これ。

 やればやるほどできないことと弱いことばっかり目立つんだけど」


「そういうことだよ」


ちょっと言いすぎじゃない?

自画自賛するけど僕のスーパーパワーって

バランスの取れた高水準さだと思うんだけど。

だが、ジェーンはじきに理解するだろう。


スーパーパワーを持つ者は己の不可能性に打ちのめされ、

それがないヴィジランテは人の可能性に魅入られる。

どちらも重要なことだが、一歩間違えると大きな過ちを犯してしまう。

そしてその失敗は永遠に心を苛む。


「わかったか。あの人はみんなのために偉大なことをしようとしくれているんだ」


こちらの感想をよそに

幼いヴィジランテは誇らしげだ。


「お兄さんに会いたい気持ちは?

 このままここにいたら、いつかはお兄さんも

 あたしたちが倒されるんじゃない?」


「…………来週は兄ちゃんの誕生日なんだ。

 ずっと、お祝いする暇も余裕もなかったから。

 今年だけはなんかできたらって」


「ふーん」


冷淡な反応だ。

子どもとは言え相手は敵だ。それも手強い。

情を移せばそこを突かれると考えたのかもしれない。

いや、違うか。ジェーンも家族で何かをお祝いした記憶は遠く、ない。

父を剣で打ちのめす前は、子どもとして扱われていたこともあるが、

人生大半は家族の祝福とは無縁に生きてきた。

フレディの些細な願いも理解はできても、共感はできないだろう。


「それとな。俺の家族は兄ちゃんだけじゃない。

 夜の砦のみんながそうだ。

 あんたと会った日も言ってただろ」


たしかに言っていた。

初めて兄弟と会った日に、

兄弟姉妹が何人もいると。

あれは、このことだったのか。


「あなたの家族って丸ごとがシオンの手下なの?

 どれだけあいつはあたしの金で開いた学院を私物化しているの」


「わかっただろ? あんたには絶対につかない」


爆発音が壁を粉砕してやって来た。

話に夢中になっていた聖女が

驚きをあらわにした。

アレンが金属の四肢を喪い、

亀のように転がって目を回していた。


状況を推測するよりも先に

ジェーンは呆れてため息をついた。


「びっくりしたわねえ。

 もう負けちゃったなんてがっかり」


「無茶言うなよ。僕はまだ体の動かし方もわからないんだぞ!?

 とにかく気をつけろ。あいつは、強い。

 あんな剣士は見たことない!」


「まあ余裕よ」


「強がりはその辺にした方がいいぜ、姐さん」


切り落とされた壁の向こうには

小さなフワフワした風来坊がいた。

子熊が三度笠に着流しの袴をつけている。

べアリタ帝国の人だ。そんな立場の人までシオンは勧誘していたのか。


「あなたもフレディのお友達ね?」


「そんなところだ。過保護な兄が心配していてな。

 悪いが、うちのガキを迎えに来た」


「子供なのにキザねえ。

 きっとろくな大人にならないわよ、あなた。

 いいからかかってきなさい」


「いい度胸だ」


刀を抜いて口に咥えた。

居合抜きをするかと思ったが予想よりも邪道だ。

サムライかと思ったが、

実態は素浪人というやつか。


よく見れば両手の爪は美しい波紋が描かれている。

爪をデコっているのだ。

サムライは爪をデコらない。

素浪人で確定だ。べアリタ帝国にはサムライと素浪人の文化が残っているのだ。


熊のサムライも素浪人も秋田でもめったに見なかったものが、

長い年月を超えて受け継がれているとは。


「さあ行くぜ、十一刃流!」


子熊の素浪人が真正面からやってきた。

両手の爪を左右から挟むように、

それなら普通の攻撃でも、

それを剣術として修めれば予測し難い術理になるのだ。


一本一本の爪がカタナっぽくデコった通りに

侍の振るう斬撃に近似する。

彼の一太刀、正確には両腕の二太刀、

爪での十太刀を受け止めるには、

人間の目と腕は少なすぎる。


「ふんっ!!」


しかし、それはジェーンが僕の力を持っていなかった場合だ。

全身に力を入れると爪はどれも弾かれた。


「ぬかったな!!」


熊が刀法を振るう上での弱点となる、

せっかくの牙を遊ばせてしまうもったいなさ、

それを顎の力で刀を噛み締め、

新たな強みにカバーした。


「お前の愛するメイドの骨だ!

 袈裟斬りにされるんだな!」


「とっくに予想してましたよーだ!」


クマはたしかに強い。

しかもクマ王国は文明が発展していて、

一人一人が大学の修士の学力を備えている。


「ガオッ……!?」


クマの反応以上の速度と。

熊も片手で捻るパワーで相手の口から刀を取った。


そう。クマとはつまり、発表論文へ繰り出される教授の質問も容易く持ちこたえる

毛皮と心と知識の厚みがあるのが大きな強みだ。

僕は教授に刺された質問の一つ一つが今も悪夢で見る。

だが熊、クマ王国の教育システムで育った国民には、

大学さえもエレメンタリー(初歩的)だ。


「また一人!」


相手の手を掴んで振り上げ、

それから振り下ろす。

分厚い毛皮と皮膚でもジェーンのパワーにはとうてい勝てない。

目を回して失神する子熊はもはや可愛いぬいぐるみだ。

フレディの腕に預け、先に気づいて侵入者を探しに行ったシスマに遅れ、

ジェーンもフレディを奪還に来た者達を迎撃に向かう。


「さあてフレディ。今からその子と話し合っておきなさい」


たやすくヴィジランテの一人を制し、

尋問部屋から出て階段を上がっていく。


「来週は我が家で初めてのお誕生会日よ!!」


シオンも呼ぶのか気になって質問したかったが、やめた。

こういう時の彼女は

やると決めただけで何もディテールを固めていない。

だが、その行動力こそがジェーン・エルロンドだった。





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