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【十】謝ったから許してくれる

どこにでもあるような民家。

注目する者も警戒する者もいない。

区画一帯をずっと無人にしつつ、

外からは人が行き来していると見えるように加工が施されている。


人々が寝静まった時間なら、

ここを通るものなどまずいないだろう。

夜の砦、少年ヴィジランテチームに欠員が出た。

少し前まで利用していた学院はもう利用できず、

過去にメンターであるシオン/ホッパーが利用した基地に集まるようになった。

悪魔のような強者に見出された子ども達が

一箇所に集まり、

類まれな頭脳と身体操作術を持つリーダーに注目している。


ジョナサン/ロータス、ジェーンに攫われたウンカの義兄で

夜いの砦のバラエティ豊かな面々を率いる優秀な人材だ。

術も使えず前世もない少年だが、

それらをカバーする戦闘技術と、

どんな細かいことにも気づく利発さで、

超人的な能力の者達にも慕われている。


「ロータス。いつウンカを助けに行くんだ」


葉っぱを咥える熊が尋ねた。

佩刀して着流しの袴姿。

脱力しきった出で立ちがその熊の剣客としてのレベルを伝えている。

今にも抜刀して仲間を助けに行きたがっているのがわかった。

しかし、ロータスは答えない。


「……ごめんなさい。私が遅くて」


王の虚像を立て、

ウンカのアシストもしていた術師、

プリズムレインが目を伏せた。

御伽噺の魔女そのものな姿をした彼女だが、

同じ境遇の仲間が攫われたことに悲しみを隠せない。


「過ぎたことを言っても仕方がないよ。

 僕達はまだ大丈夫なんだ。

 あいつを取り戻すチャンスは絶対にある」


「でも……私が代わりになっていれば」


自責に傾こうとするのを

ジョナサンが止める。


「そういうことを言っちゃ駄目だ。

 君だって僕の家族同然なんだからね。

 あいつだってそれを望むわけがないよ。

 これは慰めじゃなくてさ、

 プリズムレインがいれば僕達は何だって出来るんだ」


「うん、ありがとう」


ロータスの励ましで魔女の頬が染まる。

子熊が二人の様子に肩を竦め、

柄の握りを確かめた。

彼ら一人一人が、この国では巨人の如き力を持っている。

幼さ故に心のブレがそのまま強さに繋がるが、

リーダーのサポートがあれば、

どんな怯えも躊躇いもたちまちに回復し、

より強い絆で団結していた。


「本郭は揃っているようだな」


気づけば、空間の隅から映えるようにシオンが現れた。

その場の誰も驚きはしない。

だが一様に身を硬くした。

さきほどまで希望を浮かべていた者達とは思えない、

シオンという男にはっきりとした叱責をされてもいないのにだ。


「お前達、いやロータス。

 この状況をどう把握している」


「ウンカが攫われました」


「そうだな。どうして攫われた?」


「僕が弟に任せ──」


質問に答えるのと同時に、

シオン、ホッパーと名乗る男の腕が掻き消え、

鈍い打撲音が響いて少年の頬が殴られた。

子ども達は微動だにしない。

ここで怯えでもすればメンターからの折檻が待っている。


口から垂れる血を拭ってリーダーが立つ。


「どうして殴られたかわかるか?

 それはお前が俺を“裏切った”からだ。

 裏切るっていうのは、何も敵に寝返るだけじゃない。

 “できることを何故かやらない”ことも立派な裏切りだ。

 だって俺の信用を裏切ったからな。間違ったことを言ったか?」


「いいえ」


肯定されたから二度目も殴る。

少年の目が謝罪していたということは、

メンターとして殴っていいということだ。

だからシオンは馬乗りになって繰り返し殴打する。


仲間が連れ去られた衝撃と落胆から

立ち直っていた空気が取り返しのつかないほどに歪んでしまう。

竦んで固まっていた四肢から力が抜けてようやく

体罰をやめて立ち上がった。


「お前たちもわかったな。

 俺は夜の砦のメンバー、

 一人一人を掛け替えのない理想郷のためのピースと思っている。

 誰も代わりなんていないんだ。だから、絶対に失敗するな。

 俺が任せるってことは、お前たちにはそれができるからなんだ。わかったか?」


「「「「はい!!」」」」


強い求心力でコミュニティの中心にいるリーダーを教育したことで

自然とその場の全員も緊張感が高まり、

擬似的に折檻を受けたようになる。


その場で全員を下がらせ、

ジョナサンの手を掴み、背中にもう片方の手を回す。

抱え起こしたまま強く抱擁し、

青痣だらけになった少年に涙を流しながらシオンは謝罪した。


「おお、許してくれ。我が腹心よ。

 君を介さなければあの未熟者達も理解できなかったのだ。

 今がどれだけ大事な時かというのを」


滂沱の涙で相手の髪と肩をじっとりと濡らしていく。

さっきまで殴っていた子供に

何度も謝罪を繰り返し、手にはいつでも刺せるようにナイフまで握らせた。

凄惨なお仕置きをした相手に、報復ができるように武器を持たせて、

無防備を晒して実質的に身を預けた。


「こうして二人きりの時しか謝れないこの愚かさ。

 許せないなら好きに罰してくれていいんだ。

 君と俺は事実上、対等だから……」


瞼が腫れた少年が弱々しく、

泣きじゃくる男の背中を擦った。


「大丈夫です。どこにも行きません」


「頼む。俺を見捨てないでくれ。

 君がいなければ、この世は暗黒だ」


シオン・ゲラウ=ファランド。

彼の心はとてもおかしくなっていた。


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