【十九】愚鈍な性根のスゲーマンにはない革新家たるエネルギー
「初めて会った感想は、
“手酷く破滅してほしい馬鹿”だった。
最初は君が疎ましかった。
何もかもを持っていて、楽観的で。
些細なアイデアや原始的な欲求一つでワガママを押し通したがる。
それに見ていると酷くイライラしてさ。
いつか殺す機会があったら喜んでやろうと思っていた」
戦いが始まってのカミングアウト。
無毛の人皮の触手がやって来るのをジェーンは避ける。
世界一だろう頭脳による触手はそれぞれが別個の動きをする。
それのどれもが規則性のない独立した動きをする。
「姉さん! 耳を貸しすぎずに戦ってください!」
弟のエドガーが叫ぶが二人の世界には届かない。
しかも彼は彼で触手を相手取っている。
本来はこちらを注意する余裕もないのだ。
その証拠に、攻撃を受けたのを筋肉で耐えた。
大した頑丈さだ。
拳銃程度では針が刺さった程度のダメージしか与えられないだろう。
マッスルボディを持て余していたという彼の談は事実だった。
「君の相手をしたのは、祖父の顔を潰さないための処世術だった。
だが、君は私の言葉一つ一つを形にし、自分の願望を世に形とした。
愚鈍な性根のスゲーマンにはない革新家たるエネルギー。
君の覇道を目にしていると、
いつしか私の中で君の笑顔は歓びになり、悲しみは絶望になった」
「あたしも、クレオのことは大好きだよ!
笑ってくれたらあたしも嬉しいもん」
長年の親友によるカミングアウトの濁流。
激しい情熱の吐露を受け続け、
目を回し気味だった。
「ハッキリ言うと君が怖かったなあ。
前世の在り様を知ってしまっていたからね。
私も年がら年中、頭の中が誰かのの顔で一杯になるほどの想いを抱くかもしれない。
どれだけ自分はそうならないと思っても、確信には至らなかった。
だってね、心では否定しきれないんだよ。あんなときめきを味わいたくないとはね」
……ときめき?
誰が誰にだろうか。
クレオの言葉はどれもうわ言めいている。
「あたしもクレオと一緒ならいつもワクワクしてた!」
ジェーンは細かく相手の言葉を拾って反応した。
「恋の熱情。それに耐えることが我が人生だった。
君のことを殺すという気持ちは、
この国から餓死者が消え、君に無垢なハグをされた瞬間、蒸発した。
ついでに私の理性も焼き消えかけた」
ジェーンは真摯に返事をしているが、
クレオには一切響いていない。マズすぎる傾向だ。
ヒーローとアークヴィランというのは、
アークヴィラン側は闇雲に宿敵に
重く暗い情熱をぶつけ続けるが、
相手からの説得には応じない。
今のクレオはまさにそれだ。
一本の攻撃をジェーンが跳んで躱すと
着地を待って次の触手が着地を狙って伸びかかってくる。
完璧なタイミングだ。
それに角度も、クレオの意識が介在してこそできる
ジェーンの死角をバッチリ突いた一撃。
「いっそ殺してしまえばと……今も思えたらいいのかも」
足を取られて転び、
そのまま足首に巻き付いた触手がジェーンを逆さ吊りにした。
上下逆さになった聖女、親友の顔に
触手をバネにした一足飛びで接近した。
ジェーンの顎を両手で包み込む、
クレオがジェーンを見つめる瞳は、
熱く、愛情がたっぷり満ちている。
殺意をカミングアウトしていたとは到底思えない。
本人の言葉通り、クレオの感情はジェーンへの愛情に満ちている。
ややはり僕とセイメイとはまるで違う関係なのだ。
地上に向かって垂れる長い髪を他の触手が丁寧にトリミングし、投げ飛ばす。
空中で身を捩って足から着地したジェーンには、
本来のヘアスタイルとは違う巻き毛になっていた。
「ジェーン・エルロンドのひとつひとつを私の手で
救国の聖女に押し上げて仕上げていくとね。
わかるんだよ。君への愛情が積み重なっていくのが」
「あたしもクレオと一緒に何かをすると、
あなたへの憧れと好意が強くなったのよ!
特別な人そのものだわ」
ジェーンがどれだけクレオに感謝しているか、
強い好意を向けているのかは僕が知っている。
今はこうして戦うことになってしまったが
彼女に親友を倒すことなど出来ないだろうことはわかる。
この戦いはあくまで相手が望み、
話し合いを徹底拒否して始めたものだ。
「ああ、ジェーン!
その無垢な好意を晒すのはやめてくれ。
僕にだって朝露を垂らす蜘蛛の糸を見れば、
グシャグシャにする衝動に耐えられない時があるんだ」
「なんで蜘蛛?」
この手のこの手の感情、殺意めいた重い激情。
それが乗ったやり取りに不慣れなジェーンには、
必死に向き合って対応するにも限度があった。
だが、それなら僕はというと、
僕とセイメイの関係はもっと憎しみと怒りに満ちていた。
こういうのはヒーロー仲間たちが取り合っていた問題だった。
当時の仲間にそういうと「自覚してないだけだ」と言われたが、
本当にそうだっただろうか?




