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【十七】おとなになってからのが楽しいって

ジェーンを不老不死に。

そんな野望を謳う美女は続ける。


「君に押された国賊のレッテルは寝耳に水だったけど、

 これは追い風とも考えられるよ。

 良い機会だから、この国の王にまず君を据えよう」


「どうして……?」


クレオを親友、姉として慕っているジェーンでも、

肯定しきれない発言だったようだ。

当たり前のことだ。ジェーンは権力欲がまったくない。

やりたいことしか見ていない。


それに彼女を知る人間なら、

王や神にしては行けない人間だともよくわかるはずだ。


「私は前世を嫌悪してやまない。

 己が一番特別だと証明して何になる?

 あの男は百万年も己の証明に固執して、そしてどうだ。

 今では誰も奴のことを覚えてはいない」


まずいぞ。このプレッシャー。

この底から来る迫力は、

僕にとっての運命の日そのものだ。


「だから、君なんだ、ジェーン。

 君を全宇宙、宇宙が終わっても消えない不朽の永遠にし、

 僕はその横で束の間の伴侶の座に陶酔したい」


「ちょっ、あたしって、そこまでの人なの!?」


「君ほどに特別な人間はいない」


「たしかに……」


納得してしまった。

ならここで、

僕が唯一抱えていた疑問をぶつけさせてもらおう。


「君は死刑囚の減刑を条件に人体実験しているんだよね」


「そうだよ? 合理的かつ誰も困らない」


「これって……研究が進めば進むほど

 不老不死の凶悪犯が巷にあふれることにならないか?」


「……あ、そういえば」


「気づきませんでした」


よし。鋭い一言を切り込めた。

これができなかったら

エルロンド姉弟が揃ってクレオサイドについてしまっていただろう。


「それに、どうして自分に永遠の命を齎そうと考えない?

 君はジェーンを独りにしたいのか?」


先程、クレオは側にいたいということは述べていた。

ならば自分も永遠の生命を求めて当たり前のはず。

二人で永遠を生きるというのをあえて選ばない理由があるはずだ。


「ジェーンに、愛に尽くしたいんだ。

 前世で、あの男がスゲーマンを殺した瞬間、

 奴の心にどれだけの虚無が広がったか、イメージができるか?

 二度と、あんな気持ちを味わうのはごめんだ」


……それは知らなかった。


「スゲーマンを殺した瞬間に、奴の人生も終わった。

 それも全てが無意味な執着だったと受け入れざるを得ないくらいに。

 卑怯だと思うかもしれないけどね。

 私は最高の存在を永遠にしたという多幸感に包まれて今世を終わらせたいんだよ」


「ずいぶんと前世に引っ張られているね。

 君はもっと理性的かつ現世重視だと思っていた」


これまでの彼女の振る舞いを見ると、

浪漫や感傷、ペシミズムとは無縁に思えた。


「二人の思い出を継いでしまったらどうしてもね」


「少し割り込んでいいですか。

 俺は騎士団長として国防に務めてきましたし、

 今はスゲーマン様を見て、汚れ仕事と決別した光の道が見えてきました。

 その上で、貴方の計画はリスクが高いです。

 不死身の重犯罪者を増やされては、国民が困ります」


そうだ。エドガーが良いことを言った。

ジェーンも遅れて追従しようとする。

じわじわと事態を理解できてきたようだ。


「あたしも……それはマズイと思う。

 だってそうなるとシヴィルリーグがやってたみたいに、

 真っ当に頑張ってる人の足を引っ張ることになるわ。それは良くないでしょ」


治安向上のために貧民窟で頑張っていた兄弟のことだ。

彼らが襲わているのを見て、

救国の暴君だったジェーンもより広範囲に貢献しようと決意していた。

クレオの迫力と語りの前にきちんと初心を思い出してくれた。

僕は胸を撫で下ろした。


「まあ、コラテラル・ダメージについては追々考えようじゃないか?」


「事前に考えてください。そうでなければ、貴女を止めます」


エドガーの胸板が厚くなる。

戦いを予感してパンプアップしたか。

それともプレッシャーをかけたか。


「ちょっと待ってよ。

 そんなにすぐ争いを選択したら話が纏まらなくなるわ」


仲裁に入る姉だが、弟は聞かない。


剣を抜き、詠唱を始めると

エドガーの剣が戦斧になった。

立派な体躯の二倍はあるだろう斧。

彼が“マッスルボディの使い道”と述べていたことがあるが、

たしかにこれほどの膂力を有していれば、

そう思っても仕方ないだろう。


「ふう……やれやれ。

 “お楽しみの時間”ってわけか?」


「クレオも乗らないで!」


聖女が声を荒げた。


「残念。手遅れだ。私はもうワクワクしている」


空間の四方八方から収容者への扉が開かれる。

クレオの言葉に応じて、治験参加者が現れる。

だがその中にこれといった強者は見えない。

肉体は頑健で病もない。だがそれだけだ。

戦いのプロではない。


「不老不死を作る上で、私はどれが一番手っ取り早いか考えた。

 それはテロメアを克服する者よりも、

 人でいる軛を消すのが良いと思ったわけだ」


だが投薬実験を受けていた人々の形が溶け、

ぶよぶよとした肉塊に変わる。

骨や内臓がある通常の人間にはありえない動きだ。

熊ですら肉の塊になっている。


どういうことだ。

戦いに入るのが急すぎる。

まるで最初からこうしたかったのようだ。


「まあジェーンはこの路線は嫌がるかもしれないけどさ。

 物事って一つを極めたら次の分野を極めるにも応用が効くし、

 今のところはってことで満足してよ」


クレオの体に不定形の肉塊が数々群がり、

スラッとした美貌の女性が埋まった。

親友が声を上げようとするが、

それよりも速くに、触手が襲ってきた。


「これは!?」


「とりあえず肉体不定形者シェイプシフターにしてみたんだ」


戦斧で叩き落としたエドガーが、手応えに眉を顰める。

硬度はさほどではないが、

断ち切った瞬間から再生していく。

そして、再生を上回る攻撃で両断しても、

すぐに主の元へ戻っていった。


シェイプシフターとは魔法や技術ではなく、

肉体そのものを変形、変質させて別の姿になる者たちのことだ。

戦いにおいては変幻自在な攻撃、移動が厄介だ。

おまけに、肉体を自由に変質させるのだから、

超怪力も超速度も備えている。


クレオはそのシェイプシフター10人分を

自分に接続させていた。


「凄いだろう。触手は10本。

 切っても戻って来るし、自己再生もするから消えない。

 私の意志が電気信号として通るから、言葉のない命令と操作もできる」


エドガーは攻撃を察知し、すぐに叩き切った。

しかし、親友に攻撃されても、

すぐには対応できないのが人というもの。


ジェーン・エルロンドは弾丸も通さない体を

肉塊に絡め取られ、壁に押し付けられていた。

普段なら押し返せるパワーのはず。

しかし、今の彼女にはそれができない。

自分とはまるで関係のない他人が肉触手になっているのに、

まるで力が湧いてこないようだ。


「それと私の肉体に繋がっているからね。

 こうして無敵の肉体にも攻撃が通るんだ。

 君たちでも勝てないんじゃないかな?

 だってスゲーマンの弱点って愛なんだからさ」


生前から弾丸も毒ガスも光線兵器も大半を跳ね返す僕の肉体に、

覿面に効くのが“縁”だった。

関係が深い相手、または強い愛着を持つ物質に攻撃されると、

僕は普通の人間同然の弱さになってしまう。


家族に殺されかけたばかりで、

ジェーンの心はクレオが大部分を占めていた。

故に、救国の聖女には愛を向ける親友が、

存在ごと致命傷になって響く。


力の源である世界最高のヒーローたる前世。

その星を砕く体を壊す最大の方法が、

深い関係にあるもので攻撃をすることだからだ。


「ジェーン。事前に言ったよね。

 ここは僕が代わる。

 君は休んでいていい」


「ううん……!! あたしがやる!」


なんとか抜け出そうと藻掻く。

けれども、できない。

どうすべきか、やり方はわからないが

ここでまた僕がジェーンの体を操作できるようになれば、

恐らくだがクレオからの攻撃にも怪力を行使できる。


しかし、ジェーンはそれをしようとしない。

親友なのだから自分が向き合いたいのだ。

戦略としては有効ではない選択だが、

僕はそれを否定する気はない。


ヒーローは時として

個人的なワガママに全てを賭けるものだからだ。

少女の首元に展開されたマント、

今の僕そのものを動かし、

肉の触手を斬った。


やはり、予想通りジェーンには無理でも、

僕ならクレオにも攻撃が通る。


「よかったよかった。それなら私とも勝負が成立するね。

 じゃあヒーローとヴィランのごっこ遊びの始まりだ。

 僕達が出会ったのは、少し大きくなってからだったからさ。

 こういう無邪気な戯れってできなかったもんね」


彼女の両手につけた特殊なグローブが

幾筋も魔力光を放ち、

それが触手にも伝わっていく。

何かはわからないが、危険なものなのは伝わる。


「でも子どもの遊びって、

 おとなになってからのが

 本気になれて楽しいって言うしさ」

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