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【十六】君を殺そうか迷っていたんだ

クレオに案内され、

ジェーンとエドガーは

夜の要塞の奥に行く。


僕の時代にあった高層マンションの一室、

それが広く複雑になったようなエリア。

罠の数もだが、シンプルに構造が入り組んでいた。

同じような部屋、廊下がどこまでも続く。


何度も右折を繰り返したことで

自分の方向感覚にも自信が持てなくなってくる。

道に迷えば星や切り株の年輪をすればいいのだが

この環境ではそれも無理だ。


「さあ、着いたよ。

 僕の研室だ」


その名前の響きとは正反対に、

そこはとても広い部屋だった。

観葉植物も熱帯魚も完璧な育成環境に置かれ、

心が消耗した時のペットセラピー用に育てられていた。


「ここで私は志願者に投薬実験をしているんだ」


リビングをモチーフにした大広間、

そこから複数の部屋に行くドアがあるが、

どれもモニターから内部の様子を見ることができ、

必要なものが尽く取り揃えられ、

収容者がエクササイズや読書ができるくらいに

物とスペースが用意されていた。


中には動物を飼育する収容者がいた。

動物を飼うと心が


其の上で、彼らは一様に敬虔に祈っていた。


「この人たちがモルモット?」


「大事な協力者達さ。

 ちゃんとどんな薬が投薬されるか知らされた上で

 自分の意志で薬を試している」


協力者は非常にカラフルな人々だった。

棍棒のようにゴツゴツした手足を持つ体長2mの大男、

全身に禍々しいタトゥーを入れたスキンヘッドの女性、

鮭の骨で城を作っている金髪のクマ。

それらが触りと言えるほどに

色々な人々がいた。


「更生の助けになると思ってね。

 神への祈りを義務付けているんだ。

 今はちょうど礼拝の時間だけれども

 他の時間なら思い思いのことをしているよ」


「彼らはどういう経緯で?」


入居者のラインナップの厳つさに感じるものがあったエドガーが尋ねた。


「私の不老不死誕生実験に付き合ったら減刑させると取引した

 どこにだしても恥ずかしい死刑囚たちだ。

 彼らは人権よりも自由を選び、

 こちらはその厚意に甘えてちょっと危険な薬を打つってわけさ」


「合理的ね……あまりに流石だわ」


クレオを疑っていた頃の頑固さはどこへやらだ。

元から全肯定気味だったジェーンの親友への反応がさらに度を越している。

もちろん、僕視点でもあまり批判するところはない。

まるで生命を玩具にしているみたいだが、

彼女はこの国の法務大臣の領域も担当している。

ならば、この取り決めも合法的なものだ。

それに合意の上となると問題ない。

僕も多くの人体実験や治験に協力してきた。


「それに投薬する前に動物実験はちゃんとしているよ」


流石は若くして国の全権のほぼすべてを取り仕切っている大臣だ。

僕ですら話を聞くと、彼女の発している

“超有能なのでそのまま丸め込まれよう”というオーラに呑まれて納得してしまう。

ジェーンはすっかりクレオを疑う気持ちを無くしている。

それは素晴らしいことだ。親友を疑ったり、敵に回したりすることほど悲しいことはない。


しかし、僕はなんとなく心配だ。

何故なら、最高のヒーローと呼ばれた僕の第六感が

警鐘を鳴らしているからだ。そう、証拠はない。


おまけにクレオを信用するように説得してきたのは、この僕だ。


だが僕は頭で考えたことはおおむね的外れと言われ、

心で察したことはなんか合ってるタイプだった。

割合、傾向を見ると。


「その研究のゴールは不老不死なんだよね?」


「二心はない」


「どうしてその分野の研究を?

 実現したとして何を成すつもりかな?」


僕としてはジャブのつもりだったが、

さっそく核心を突いたようだ。

おそらく僕にはジャーナリスト適性もあったな。


両手を後手で組み、クレオはこちらに背を向けた。


「君は何のために生きていると思う?」


質問を質問で返された。

ジェーンにではなく、僕に尋ねたのだ。

なぜ、なのか。

何ぜ僕はもう生きていないのだ


「僕はね。どれだけ偉大なものを残せるかが大事だと思うんだ。

 どれだけ正しくても悪くても

 それは永遠に残ってくれはしない」


彼女はセイメイを前世に持つと言っていたが、

思想は正反対のようだ。

彼はとにかく自分、自分、自分だった。

それ以外のことは一切気にしていなかった。

クレオは自分以外に注意を向けている。


他者の力になるために研究。

素晴らしい健全さだ。


「それで自分の大事な人を永遠にしたいと?

 自分の子供を長生きさせたいとかかな」


「クレオ、子供を作りたい願望があったのね……」


しみじみとジェーンが呟いた。

親友でも知らない願い。

寂しいかもしれないが、親しい相手にも

秘めた部分があることを受け入れるのが適切な情緒の成長に大事だ。


将来生まれる我が子、家族のために

誰よりも賢いという彼女が危険な橋を渡ってまで

不老不死の研究をしている。


それならまあわからなくともない。

大事なことは理解できた。

人体実験と言うより治験だし

不老不死の研究自体は問題あると思えない。


やった。クレオは完全に

「君を愛しているんだジェーン」あらまあ!

告白が始まったぞ!


「そうなの? あたしも好き!!」


体のない身だが情熱的な場面に居合わせて

全身がぽかぽかする気分だ。


お互いの感情の重さ・強さの差異のズレはわからないが、

告白された側も同意している。

あらあら、情熱的だな、クレオって。

僕……がいるのは仕方ないけど、愛する人の弟さんもいるのに、

こんなに堂々と告白するだなんて。


賢いからこそ情熱に火が点いたら激しく燃え盛るのかな。


「実は、君に初めて会った瞬間から、

 スゲーマンとのリンクは見えていた。

 才能の発露の仕方とか、知識の表れ方とか、

 知識としてはシニスター・セイメイを通して悟っていたからね」


「なんだ、言ってくれればよかったのに」


「君を殺そうか迷っていたんだ」


「なんと」


話についていけていなく、

静かに治験参加者の様子を見ていたエドガーが警戒しなおした。

愛の告白に続いて殺意の告白だ。


セットされていたポットから電子音が鳴った。

熱いお湯がインスタントコーヒーを溶かし、

少し緊張の糸が張った二人に差し出す。

横にはチョコレート。適切なリラックス方法だ。


「僕はね。スゲーマンが怖かった。

 前世の記憶が流れた時の衝撃がトラウマだったからね。

 もしも、私が君にも同じような感情を向けるようになった時が怖かったんだ」


「シニスター・セイメイはこの人のことを本当に憎んでいたみたいだしねえ」


「面目ない」


「私の前世が大狂人なのが悪いだけだから気にしないで。

 それにね。迷っていたのもそう長くはない間だ。

 “僕が君の生命を救った一件”で、その感情は愛に昇華された」


そんなドラマチックな出来事があったのか。

当人に注目したが心当たりはないようだ。

きょとんとして首を傾げている。

僕の見た、ジェーンとクレオの関係で見ても、

クレオがジェーンの生命を救ったのは一度や二度ではない。


「ごめん。どのことだったかな?」


「内緒。まあとにかくさ。

 私は君を宇宙全土を統べる絶対の女神にしたいんだ」


雲行きが怪しくなってきた。

クレオの双眸が趣を変容させた。

何度も見てきた変遷に見えていた。


それはすなわち、

親しい誰かが反転して

自分の生涯の宿敵になる兆候だ。

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