表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/79

【十四】金魚のフンをくっつけたようだな

次の日の朝、さっそく窓を開け、

早朝の王国を見下ろす。

夕焼けと違う爽やかな空気感と

薄紫色の空間が昨日とは違う顔を見せてくれる。


実に良い気分だ。

こんな時は──


「朝ですよ……!」


「それはわかるけど」


僕が目を開ける前からエドガーはスクワットと懸垂をしていた。

反動を使わず、膝を前に倒さず腰を真下に下ろす正しいやり方だ。

流石はジェーンの弟だ。人体の鍛え方に秀でている。


僕がいるベランダのすぐ横には

エドガーの鍛錬が作った汗たまりがあった。

爽やかな朝の風に汗のつんとした臭いが載っていた。


「街にありがたい言葉を聞かせましょう……!」


「ジェーンって追われてるよね?

 ちょうどここからもジェーンのどでかい顔が見えるよ」


国王の生命を狙ったという根も葉もない汚名により、

リトルファムの首都、

その時計塔にはでかでかとジェーンの顔が載った

垂れ幕がかかっっている。

素顔なら誰もがこちらに気づくだろう。

そして、今は寝起きだから素顔だ。


「だからこそですよ。

 この国には太陽が足りないと思いませんか?

 苦境に陥る人々にとっての救い主が」


「それがジェーンでしょ」


「姉は嫌だ!」


「そんな。あれだけご飯食べさせてもらって健康になったのに……」


「食わされた分だけ動かないと胃が破裂してしまってましたよ。

 それに特に医学的根拠のないたまたまです。俺が良くなったのは」


それはそうだ。体が弱っている時にひたすら食事を流し込まれても、

消化にだけエネルギーが割かれてしまってよくない。


「お言葉をかけていただいたら、すぐにここから出ますから。

 さ、いっちょ周囲全土に聞こえるくらいに!」


再会して以来ずっと気になっているんだけど、

この子、こんな感じだったかな?

真っ当な良識人だと記憶していたのに。


「あなたのパワーと御心を広めたいんですよ。

 だって、そんな強さがあるのにやるのが人助けって最高じゃないですか!

 俺はずっとあなたのようになりたかった!」


たしかに同じようなことを言っていたのは聞いたけれど、

まさかここまで浮かれていたとは。

こういうキラキラした目には覚えがある。

ヒーローになりたがっている人の目だ。


そして、これは一度でも火が点いたら本人にはどうしようもない。

こちらにできることは、頑張って良い思い出ができるようにして、

相談事があったらいつでも対応できるようにすることだ。


そうだヒーロー用のカウンセリング機関と心療内科が欲しいな。

ああいう所がないとヒーローの引退後が悲惨なものになりやすいし。

ジェーンに相談してできるか聞いてみよう。


「じゃあ……やってみるよ?」


テラスの手すりに両手を載せて深呼吸をする。

早朝でまだ眠っている人が多いはず。

声量には気を使おう。


「みなさんおはようございます!

 良い朝ですね! 鳥が囀って農場は早速動き出していますよ!

 今日という日は今日しか来ませんから、希望をなくさずに働きましょう!」


「おい朝っぱらからうるせーぞ、バカヤロー!!!」


「はい、バカヤローです。ごめんなさーい」


下の階の宿泊客に怒鳴られたのですぐやめる。

悪いのはこちらなのですぐに謝った。

当たり前のリアクションだ。

だが言いたいことは言えた。

近所迷惑になったのは素直に申し訳ない。


「完璧だ……神の御言葉とはこのことだ……」


鼻を啜り目元に涙を浮かべられた。


「じゃあ行こう。みんなにジェーンがここにいると知られたからね。

 シオンと合流するっていう場所に向かえばいい」


「はい! お供します!!」


「何をやっているんだ?」


「うおっ!!」


不意打ちで驚かされることには慣れっこだが、

驚かされるのに慣れても、

驚かされること自体に慣れたわけではない。


音・気配もなく真後ろに立たれ、

油断しきったタイミングで声をかけられ、

跳び上がってしまった。


エドガーは今は自分の感情に夢中で何も気にしていない。


シオンが呆れきった顔でこちらを見ている。

今の彼は先立っての戦いで見せたヴィジランテのコスチュームを纏っている。

昆虫をモチーフにしたことで、胴体にも手足にも

筋力補助繊維が伸び、各関節を保護するプロテクターもある。

良い造りだと素直に称賛したい。


彼らの機能性を追求した出で立ちというのは

つけるとしてもせいぜいボディスーツめいたアーマーくらいの僕にはとても新鮮かつバラエティ豊かに映る。


「君から来てくれたのか。

 こうして会うのは初めてかな?

 僕はスゲーマン、君の婚約者の前世だよ」


手を差し出すも、相手は応じない。

僕は頷いた。典型的な自警団の振る舞いだ。

おそらく、次に彼は“知らない化物と握手したくない”と言うだろう。


「悪いがジェーンのことは知っていても、あんたを知らない。

 その化物の怪力が暴発したらこっちは即死なんだ。

 軽々しく距離を縮めないでもらおう」


完璧に予想通りだ。やったぜ。

ヴィジランテとは特殊な能力が無い傾向があり、

その分だけ警戒心が強いんだ。


「改めて自己紹介しよう。

 俺はホッパー。ほぼ毎夜、法で罰せられない悪を裁いている」


「…………シオン王子じゃないですか。

 どうして聖女の婚約者ともあろう人が

 奇っ怪な衣装を纏っているんですか?」


今になって気付いたエドガーが首を傾げた。

ずっとこっちの方に熱い視線を送っていたから仕方ないかもしれない。

自分で言うのもよくないが、僕の何処がそんなに熱中するほどいいんだ。

顔はお姉さんと同じだろ。


「君も同じ気持ちなんじゃないか、エドガー。

 人は米だけに生きるに非ずだ」


「でも姉の米がなかったらそれを考えることすらできませんでしたよね?」


「現にそれがある時代に生きているのにそれはアンフェアだ。

 本来の計画からは大きく逸れたが、

 ジェーンの存在は存在として活かし、俺はこの国を真の理想郷にする」


ヴィジランテ、自警団。

彼らの大きな共通点に挙げられるのが、

他者の理解を重視しないということだ。


だから続けられることなのかもしれないが、

其の上で特大の理想を抱えていることが多く、

常に爆発寸前の火のついた導火線を持った爆弾のような人たちばかり。

場合によっては独断専行で目を覆うことをしてしまうことも多い。


「理想郷ね」


ヴィジランテが発する赤信号の代表ワードだ。

彼らは度々、僕を指して“日和見主義”、“風見鶏”、“力の持ち腐れ”と揶揄した。

憤慨するが理解もする呼び名だ。僕は人より体力も腕力もある。

だからヒーローをやっていたことは否定できない。

僕にこれといった政治的信条はないからだ。


一方、自警団という「孤高に警邏する人々」は、

理想があって力を付けてきた人たちだ。

それによって一般にはない特殊な狂気があるが、

反動として地に足がつかない思想に傾倒している。


超人は学校に通って就職しているから社会性があり、

常人はその時間をすべて鍛錬に費やしたから社会性が希薄。

皮肉なことだった。


「だから、だ。ジェーンの前世さん。

 俺はあいつには敬意を払う。

 でもあんたは信用しない。だってそんな力を持ちながら

 国も世界も支配しようと思わないなんてありえないからな」


うーーーーーーん、初対面ヴィジランテにすごくよくあるやつだ。

力があるのなら星を支配したがるだろうという決めつけ、危惧。

なんで僕よりずっと頭の良い人達がそんな短絡的な思考に行き着くんだろうか。

パワーとスピードと科学が得意だからって政治ができるわけないじゃん。


それならボクシングのヘビー級チャンピオンに大統領でもさせればいい。

でも実際にはやらない。それは“力持ち”と“足が速い”は政治力に関係ないからだ。


その2つがリーダー選出に関係があるのは

どれだけ規模を小さくしても小学校の学級委員長がギリギリ。

高校、いや中学レベルでも

政経や公民の勉強をすれば普通にわかることだと思う。


「──というわけで、超人の身体能力があっても

 政治家として大成が約束されるわけじゃないのはわかる?」


思うだけでなく直接、説明してみた。


「あんた、頭脳も優れているだろう?」


「…………今度は科学者が大統領になっても成功するのかどうか。

 上手くいくことはまずないのを説明すればいいのかい?」


「フン。屁理屈は思ったより得意じゃないか」


矛を収めてもらえた。

やはり対話だよ、対話。


「貴様……!! スゲーマン様にその口の効き方をするか……!」


エドガーが全身を震わせた。

誰がどういう話し方をしてきても気にしないけれど、

シオンは王位継承者なんだからいいんじゃないかな。


ていうか王制の国の公爵家で

王太子に無礼を指摘って…………この子、頭がおかしいな?


どちらにせよ僕は気にしていない。

ヴィジランテあるあるワードしか言われていないし、

僕の知るヴィジランテなら相手が婚約者の前世でも、

間違いなく無礼を働くタイミングだった。


「おやおや今世のコネを活用して

 さっそく金魚のフンをくっつけたようだな」


「この不信心者めぇ!!」


ヴィジランテの強迫観念と常識知らずという特性。

そのお約束を介さない人物が烈火の如く怒った。


「はい抑えて抑えて」


武器を抜いたエドガ=の肘を掴み、強引に戻す。

とにかく二人を連れてここから離れよう。

エドガーとシオンを両脇に抱え、

テラスから飛び降りた。


二人が何かを言うより速く、

僕は一条の閃光になって

シスマに言われた本来の待ち合わせ場所に来た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ