【十一】予定空けといてくださいね
「大師匠! ご機嫌いかがですか!!」
屈託のない声、
耳を澄ますまでもないドタドタした足音。
エドガーが山盛りの炒め飯とステーキをトレイに、
それに米酒を脇に挟んで持ってきた。
どえらく慕われたものだ。
僕は彼の姉の人格に間借りしている居候なのに。
「おっ、外にいらっしゃるんですか。
風流で良いですねえ! やっぱり正義の眼差しからは
悪徳が一目瞭然ですよね!」
「違うよ。景色を楽しんでぼーっとしてた。
まあ座って座って」
「ありがとうございます!」
向かいの椅子をぺしぺし叩く。
巨体が美麗な細工椅子に押し込まれた。
ギシギシと今にもはちきれそうな音を立てているが、
軋むだけで耐えている。
高級品は違うなあ。
「じゃあせっかくだし一緒に食べよう。
お腹空いてるかい?」
「ええ!? いいんですか!!」
ぱあっと喜色を浮かべ、
エドガーは小皿にわけた炒め飯を二口で食べ、
米酒をごくごく飲んだ。
お代わり持って来た方が良いな。
僕も倣って夕食をいただこうとしたら、
耳に慣れた音が届いた。
────!
「あ、ごめんね、エドガー。
すぐ戻ってくるから」
そう言ってホテルから高速で降り、
馬車に轢かれかけた猫を助け、
追い剥ぎ荷物を奪われた老婆に盗まれた物を返し、
木の枝に引っかかっていた風船を子供に渡す。
締めに路地裏で恐喝していたごろつきの集団を
詰め所へと連れて行った。
「大丈夫ですか?」
腰を抜かしていた浮浪者を助け起こすと、
伸び放題の髭と眉毛の奥にある落ち窪んだ目が
信じられないものを見るように見開かれた。
「ジェーン様では……!?」
そうか、手配書が出回っているし、
元から有名人だとすぐバレてしまうのか。
弱ったな。僕は体はジェーンだけれど、心はジェーンではない。
正確に言えば、肉体だけ同じ別人だ。
「す、すいません。
追われる身でしたよね。
申し訳ねえ、俺なんかのためにわざわざ……」
「なんでそんなこと言うんですか?
見捨てて良い人なんてこの世にいませんよ」
「その例外が俺なんですよ。
ギャンブルに狂って借金まみれになって
嫁と子供は出て行っちまいました。当たり前のことです」
お悩み相談だ。
生前を思い出すなあ。
助けたらそれでいいだろってすぐ何処かに行くヒーローも多いけど、
やっぱり助けた後は、相手とお話した方が楽しいよね。
せっかくの出会いなんだし。
「そんなこと言ってはいけませんよ。
少なくとも、貴方は自分の過ちを知っているじゃないですか」
「知ったからって事態が解決するなんてことはねえです」
「お腹が空いて一人でいるからそんな悲観的になるんですよ。
せっかくだから一緒にご飯食べましょ。
今は……先約あるから……うーん……明後日、同じ時間帯にここで待ち合わせで」
余裕を持って明後日にしておいた。
それまでになら事態も解決するだろう。
人格をバトンタッチしているとしても、
ジェーンに頼み倒してここに来てもらえば問題ない。
「そんな……どうしてそんなこと……」
「食事の約束しただけで大げさですよ。
それじゃあ、明後日の予定空けといてくださいね」
手を振ってその場を走り去る。
少し強引すぎたかな。
今はみんな、僕のことを知らないし
変な人に思われたかも。
「────聖女様」
助けた人の呟きが聴こえた。
フランス語の単語をもじったものなのが不思議だけれど
遠い未来だと混ざって当然か。
Luster(光を放つ者)がLustressか。
聖女と尊敬されるジェーンそのまんまだ。
なら大丈夫だな。よかった。
街中を超高速移動し、
高級ホテルの最上階にひとっ飛びで戻った。
「ごめんごめん。一人にしちゃって」
一緒にご飯を食べる相手をそのままにし、
しかも目立つような高速移動をしてしまった。
ジェーンは我慢したのに僕ってヤツは……。
怒られたら謝るしかないな。
一人でご飯を食べていると思っていたが、
エドガーは目元を抑え、肩を震わせていた。
何があったんだ。美味しい食べ物に手もつけずに。
まさかそんなにも一人飯が嫌なのか……?
「初めて人助けに行くとこを見れた…………!!!
尊すぎる……!! 感情が溢れて止まんねえ……!
俺の見る目は正しかった……」
…………そんなに?
僕は炒め飯を食べ、
鮭と一緒に炒められた濃い味付けを楽しんだ。
久々に直接いただくけれども
鮭って米と相性最高すぎる。
「よくわかんないけど、落ち着きなよ。
ほら、あそこの煙出してるおうち。
あそこ、久々にお父さんが農場から帰ってきたってさ。
おめでたいよねえ」
「ふぐっ、うぅぅぅ……!!
ようやくこのマッスルボディの使い道がわかりましたぁ……!」
「あの、聞いてる?」




