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【十】どちらに注目するかだ

ジェーン・エルロンドの実家は滅んだ。

悲しいことだ。屋敷はまた作れるだろうが、

あそこまで気が触れている男が当主となれば、

これからさぞ大変だろう。


ホテルからぐるりと周囲を一望する。


「きれいな夕日だなあ」


これまで、ジェーンが生きる世界、国は

ほとんどが彼女を通してしかわかることがなかった。

だが、こうして僕が僕として世界に長くさらされると、

聖女がこの国にどれだけのことをしてきたかわかる。


王都を囲む放射状の稲畑。

茜色の明かりを吸い取って、

波打つ穂が黄金色に輝いている。

なんと美しい光景だ。


この国がどんなところか、一目でわかる。

それでも、かつての国は

土地が痩せ、大地の恵みは微々たるものだった。

だからエルロンド家を始めとした力のある者達が

他国から奪い、日々をしのいできた。


それもすでに必要ない。

聖女の食料改革はこの文明初の飽食の時代を齎そうとしている。

時代は変わるのだ。ジェーンがそれを成し遂げた。


僕が景色を堪能していると、

少し前から気配を出していたメイド長が口を開く。


「ここからの眺めは満足いたしましたか?」


一緒にオレンジの世界を楽しんでいると思っていたのに

どうやら僕だけだったらしい。


「明日にはシオンと合流できます」


世の中、悪いことの後には良いことが待っているものだ。

ずっと席を外していたシスマが

シオン・ゲラウ=ファランドとコンタクトを取ってくれていた。

彼のことはよく知らないが、先日の戦いで優れた自警団と知っている。


しかし、シオンを呼び捨てにするとは、

彼女と彼の関係は何なのだろうか。相手は王族なのに。


「僕から迎えに行こうか?」


「いえ、貴方達にクレオ様の情報を持ってくると言っていました」


「彼女は国の最高権力者ですが、全ての業務を

 その日の開始15分で終わらせています。

 それからは国のあちこちを移動しているため、どこにいるかは不明です」


「僕が虱潰しに探すのは怖いからなあ。

 それなら待とうか」


個人的に言えば、自警団と関わるのは警戒心はある。

何故なら自警団は頭がおかしく、

常識が通用しないからだ。

自警団との交渉は、僕よりもジェーンが向いていると思う。


ジェーンもそういう常識を当てはめるのが

厳しいタイプだからだ。


「それで……ジェーン様は?」


ジェーンは今も僕の中から返事をしない。

いくら呼びかけても返事をしない。


「あれからずっと起きていない。

 すまない。僕がいながら……」


「いいえ、こうなることは予想していました。

 エルロンド家の邸宅が壊れるのも……なくはないなと」


予想していたの? それなら事前に言ってくれても……。

だって普通にあんな頭がユニークな人だなんて想定しなくない?

僕がいなかったら、ジェーンはそのまま父親に首級を挙げられてたかもしれないのに。


「貴方様がいるから平気だろうと。

 公爵の剛剣が貴方様の力に負けるとも思いませんし。

 誤算は、ジェーン様がそんなにも傷ついたことを表に出したことです」


たしかにそれは僕も意外だった。

彼女は、幼い頃に父に背を向けられてもそれに感傷を抱いてはいなかった。

僕もジェーンは親だろうと相手をすぐに蹴り飛ばしているだろうと踏んでいた。


「貴方様がいるから、弱っても大丈夫と思えたんでしょうね」


そうなのかな。

だとすれば、嬉しいし誇らしい。

シスマとしても目元が穏やかになっている。


「ジェーン様のおかげで、私達は運命から解放されました」


「どういうことだい?」


滅多に聞くことのないシスマの身の上話だ。

普通は主が聞くべきことだが、

僕に打ち明けるということはそうしたくないのだろう。


「私達はエルロンド家の懐刀となるべく仕立てられました。

 軍国主義国家でしたから、他国に潜入し、要人の暗殺と情報を得て戻る。

 それが日常であり、疑問に思いませんでしたが、長くは生きないのも理解していました」


「それがジェーンの食料改革で変わった。

 失業をしなかったのは、ジェーンの父君が──」


「気が触れて覇気もなくしましたから、

 私達の処分も忘れていました。

 懐刀でしたので、持ち主が絶えたせいで野に打ち捨てられました。

 生き残った顔なじみは多くはありませんが、

 今日死ぬことを考えなくて良い日常とは不思議な価値があります」


「君と同じ立場の人たちは元気?」


「ジェーン様の屋敷で働くか、農場で働くか。

 少数が他で同じような仕事をしています

 ジェーン様には、大恩があるのです。一方的に、口には出しにくくとも」


それはそうだろう。

まさか娘に“貴女が父親の脳を壊したおかげで人生良くなりました”

なんて面と向かって言えるはずもない。


離し終えたシスマは深々と頭を下げた。


「ジェーン様のこと、お願いいたします」


「君のことも守るよ。

 だって君はジェーンの家族なんだからね」


そう声をかけると、

逆行を背負ってシスマは顔を上げた。

彼女の表情を知るより先に、

メイド長はテラスの手すりより身を投げた。


音もなく投身され、

ぽつんと一人になり、下を覗いてみる。

当たり前だが、シスマの姿はない。


自警団やエージェントの人たちって

部屋を出て廊下を取って階段を降りて去ることってあるのかな。

ホテルから飛んだ方が絶対に目立つと思うんだよね。


「まあ、君のことを想ってる人がいるのはわかってよかったよね」


ジェーンに呟くが返事はない。

眠っているのか、リアルタイムに聞いているのか。、

僕にはわかりようがない。


表に出て長く行動してわかった。

主導権を握っている人格は、

その他の人格の状況がまるでわからない。


こちらとしてはジェーンに早く身体の主導権をまた握ってほしい。

だってこれはジェーンの人生だ。

一つ一つの思い出を辛いもの含めて財産にしてほしい。

こうしていると、まるで僕が彼女の人生が体験することを横取りしているみたいだ。

気分が良くない。


かといって戻り方がわからない以上は、

こうして僕が彼女の体を動かす他ない。


僕がジェーンを守り、事態を解決まで進めるしかない。

それまではゆっくり休めば良い。

功績を思えばいくら心身を休めてもサボりになることはない。


久しぶりに、人々の営みに耳を傾けてみよう。

超聴力を持つと、よく聞かれる。

嫌なこと、耳を塞ぎたくなることばかりがなり立てられないかと。


それは光と闇、どちらに注目するかだ。

ギターをやっている人なら

ギターの音に注目し、

ベースをやっている人ならベースの音色に注目する。

僕も人の笑い声や幸福に注目する。


いつもはプライバシーを考慮し、

やらないようにしているが、

今日は久々に外を楽しんでいる。

少しばかり、みんなの生活に深く聴き入って──


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