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【八】舌打ちが出てしまった

「本当に前世だと……?」


頭から血を流した父君が戻ってきた。

こちらに向かってきながら次々に壁を魔術で修繕している。

やはりこの世界で僕が認識した中では

この父君が最強の戦士だろう。

戦えばシスマが勝利するだろうが、

この男性は素体的な強さがある。

デコピンが通ったのは不意打ちが成功したからに過ぎない。

向こうがまだ殺しに来るようなら潔く逃走しよう。

本気で戦うのが論外であるからには、それがベストだ。


「はい。僕の知識が彼女に影響を与えて

 食料革命を達成しました」


夫がでこピンされたショックで気絶していた母君も目を覚ましていた。

娘の異常な知識、才覚が前世によるものと明かされれば、

少しは態度が軟化してくれるのではないかと期待する。


それでもまだ敵意を示すというのなら、

僕直々にこの屋敷を少し平らにしてやったっていいかも。


「前世の記憶や技能ではなく、

 人格が分離するなど、前例がないぞ」


「……何事にも初めてはあります」


どうしてそうなったかの仮説は黙っておく。

ここでご両親を糾弾するのは容易い。

本当はジェーンの考えを聞きたいのだが、

僕が彼女にいつも話しかけるのと違って、

彼女から僕に声をかける気配がない。


どうかしたのか。

前回と違って外傷はない。

そこまで深く意識の海に潜る必要はないはずだ。

つまりは、そういうことだ。


両親が本当に殺すつもりで向かってきたことが、

本当にショックだったのだ。

いつもはあんなに不敵に振る舞っている彼女が。

ブルドーザーのような生き方の彼女が。


だが僕にバトンが来たことをプラスに見るのも良いだろう。

ここで踏ん張れば

ジェーン・エルロンドの両親の仲が良くなるかもしれない。

今、殺しに来たところだったが、

僕の経験上、親子というのは往々にして殺し合うものだ。

何故かはわからない。ほんとにわがんね。


僕は世界一の家族を持てたので、

親子間の殺し合いは無縁だった。

自分が恵まれていることに

感謝しない日はない。


「あの指でピンと額を弾いた技……」


「デコピンですね。おでこをピンとしました」


「ほぉ……」


父君の目の色が変わった。

指の力だけで屋敷を貫通させられた恨みか。

今にも戦闘を再開しそうな鬼気だ。

服の下の筋肉が盛り上がっている。


早速、やり返してくるかと身構えた。

さてどうしたものか。

痛み分けではなくやり返してこちらを倒そうというのなら、

ここはあえて怒りが収まるまで耐えるべきか。

しかし、この身体はあくまでジェーンのものだ。

彼女は痛いのを嫌うし、すぐ治るとは言え、

僕の判断で攻撃に進んで彼女の身を晒すのは申し訳ない。


「待ってください。話し合いましょう。

 僕達の間には誤解があるはずです」


「いや、グッドな怪力だった。

 ジェーンは戦いの才に恵まれても血脈にそぐわぬ技巧派だったが、

 あのパワー。貴公こそ我が娘と言うにふさわしい。

 よく帰って来たな、愛娘よ」


「あなたの娘はジェーンで僕はただの前世ですけど……」


「フハハハ! 似てない父娘だっただろう」


一瞬で言う事変えたぞ、この人。


「いえ、そのふんぞり返って笑うところとか同じですが……

 どう見ても似ていますよ、ジェーンのお父さん」


「フハハハ! 前世殿は心にも無いお世辞がお上手だ」


やばいな、この人。

話を聞かずに進めるタイプだ。

ジェーンと同タイプだが、

この手の人種は同属性がいても威力は弱まらない。

ノーブレーキで数に累乗して厄介さが鰻登っていく。


「ところでよく僕が前世だと納得できますね。

 前例ありませんし、僕がジェーンの演技とか

 二重人格とか洗脳されているとか考えないのですか?」


「どうでもいい! 力があれば!!」


即答だ。


「実によいでこぴんだった。

 こんなに額が痛いのは久々の気分だ。

 まるで千の軍勢を一人で薙ぎ払った時の爽快さだ!

 前世殿、いやこのパワーは息子殿だな? 真の息子殿だ……」


無敵だ。

勝手に家族に組み込まれようとしている。これはいけない。

僕はジェーンと彼らを親密にしたいのであって、

ジェーンのものである“エルロンドの娘”というポジションに座りたいわけではない。

微妙な関係にある家庭の仲立ち、仲介役になりたいのだ。


「あのぉ……それで革命戦争を起こすという話ですが」


「それはやる。だって、ずっと暇していたからな。

 息子殿の来世、我が娘が原因だ。

 農業なんて面白くない。血と骨を耕せば貴金属なんてすぐ手に入るのに。

 どうしてみんなお米を選んだの?

 殺し合いを嫌いになっちゃった……?」


目を潤ませて父君は嘆いた。

みんな初めからそこまで好きじゃなかったんじゃないかな。


「せめて、この剛剣を振るってパワーに叩き潰されたい。

 無様でも瞬殺でも良い、パワーとパワーが衝突できれば」


返す言葉がなくて僕はただ頷く。


生前にもよくいたタイプだ。

この手のとにかく争って無意味に叩き潰される性癖に目覚めた人を、

一般的にはヴィランと言う。


「前世度のほどの力があれば、世の動きで戦場を奪われる辛さもわかるだろう?」


……わからない。だって戦争って人が死ぬし、お金かかるし。

この時代はずっと大量生産体制が成り立っていなかったから、

やむを得ず奪う側になってしまうこともあるだろうけれど。

めでたく野蛮な時代が終わったのなら

転職すればいいだけの話では?


「そうですね……すみません、わからないです。

 特に何もなしに命賭けで戦いたいと思ったことがありませんから」


「その強さではそうあろうな、息子殿。

 命を賭すに値する相手もおらぬはず。

 いや、つまらぬ問いをしてしまった。

 こちらのことはパピィと呼んでいいのだぞ」


「ジェーンのお父さん。お母さん、あなたの奥さんと一緒に戦いとは別のことをやりましょう。

 僕もジェーンも貴方達が第二の人生に踏み出すのを応援しますから」


「あいわかった……」


剣を振るうと風に巻かれた鉱石がぶつかり合い、

甲高い衝突音が穴の空いた壁から屋敷中に轟いた。

父君の合図に呼ばれ、屋敷中の兵士が詰めかけてきた。


「皆のもの! この御方が我らの戦場になってくださるぞ!

 みんな全力出してスッキリしようではないか!

 せっかくだから殺されよう!!」


「チィッ!!」


舌打ちが出てしまった。気をつけなければ。

こっちは人生の先輩として

少女が家族に歩み寄る助けをしたいのに

なんでとうの家族が殺されたがって突っ込んでくるんだ。

僕はジェーンをなんてところに行こうと説得したんだ。


「まあ、よかったですわね……

 あの愚娘がやっと親孝行をしてくれましたわ……」


ジェーンの母君が感涙して涙を拭いている。

父がよく言っていた。

“他人の家庭に口を挟むのはとても大きな覚悟がいる”と。

セイメイ、六川リンの時、

僕は親友がこちらを頼ってくれるのをただ待つことを選んだ。


悲しいが、僕はセイメイと家族ではなく、親友だったから。

今はジェーンとは前世と今世で結ばれた家族だ。

だから堂々と積極的に関わりたかった。


「がんばって親子仲良くできるようにするぞぉ」


腕まくりして僕は覚悟を決めた。

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