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【四】ダサいことを言うなっ

親友というのはすぐにできるものではない。

経験を共有して絆が深まるものだ。

六川リンと僕は出会いは偶然だったが、

それからよく会うようになった。

たった1キロ先の隣家に住むご近所さんだ。

むしろこれまで活動範囲が重ならなかったのが不思議とさえ言えた。


人間関係というのは一度歩み寄ると、

級に近くなることが多い。

僕達の関係も同じだった。


晴れの日も雨の日も、

僕はリンの後をついて行った。

女の体を持った男性である彼は

何もない、自然豊かな秋田で

特別なものを探そうとし続けていた。


「今日はこのエリアの熊が活発化し続けている理由を探すぞ」


「餌がないとか?」


人が切り分けてできた道から、

獣が通る道に入っていく。

青々しい緑の臭いが強まる方へ、

茂みが深まる方へと進んでいく。


道を掻き分けながらリンは言った。


「つまらないことを言うんじゃないぜ?

 熊ってのは古来より極めて神聖な生き物だ。

 この洗練とは程遠い土地のような文化じゃ熊は人と近い文化にいた。

 狩りの時は殺すし、向こうが村に来たり不意に出くわしたら殺される。

 肉は生きる糧で毛皮は生命を繋ぐ鎧だ。

 熊は中に人間がいて、人間が恵みを与え、人間が恵みを齎す仲間とされてきた」


「それが熊の活発化にどう関係が?」


「大昔、熊の冬眠なんていう概念は知られていなかった。

 巣の近くは危ないから当たり前だな。

 冬の間、熊は熊だけが行ける楽園に行っていると信じられていた。

 今回はそれを探してみよう」


「おお……!!」


熊の王国。ワクワクするネーミングだ。

想像したらとても可愛い光景が広がった。

もしかしたら僕もその熊の見た目をした人間かもしれない。


「まあ本当にそんなもんがあるわけはないが、

 僕が求めるのは、太古の人間に

 そんな発想を持たせるに足る別の世界って奴だ。

 火のないところに煙は立たないとも言うからな」


ないのか、クマさんの王国。

少しがっかりしてしまった。

それはそれとしてリンが特別なものを求めているのを見るのは好きだった。

彼が好奇心に瞳を輝かせているとこっちもワクワクしたし、

長い髪を揺らしてグイグイ進む様は爽快だった。


「熊の活動が異常に活発化しているのは事実なんだ。

 最悪、僕の熊語翻訳アプリで熊本人から話を聞くのもいい」


彼女が作った世紀の発明品。

これによって世界中から莫大な金が洪水のように毎日入ってきているらしい。

元は僕の発明の尻拭いで作ったものでしかないのに、

天才というのは片手間でとんでもないことをする。


「他の発明品は作らないの?」


「金は十分にあるんだからいらない」


「発明でみんなを豊かにするとか!」


「冗談だろ? どうして馬鹿どもを楽しませるのに

 僕が苦労しないといけないんだよ。

 自分でやれ、自分で」


うーん、あまりにも人を突き放した物言い。

己の趣味嗜好を満たすのが世界の最大使命と確信している自信。

僕にはまったく無いもので、不思議と嫌悪感がなかった。

逆に本当の天才っていうのはこういうことなのかあという

物語の英雄チャンピオンを目の当たりにしているような感動があった。


「僕はみんなが幸せになればいいと思うよ」


「ハハッ」


馬鹿にした笑いだった。

流石にムッとして頬を膨らませる。

僕達はお互いの性格と思想の違いから

こうした対立はたくさんあって、

いつも歳上のリンが折れてくれた。


「……笑うごどねべっだ」


「わかった。僕が無神経だった。

 機嫌を直そう。そろそろ熊の巣だしな」


彼は僕に歳上の余裕を見せていたが、

僕も彼のことは影に守っていた。

実はさっきから僕達を熊が狙っていた。


こっそりと石を投げて追い払ったり、

彼が見ていない間に高速移動で

熊を直接追いやったりしていた。

たしかに熊が多いなと思う。


もしかしたら本当に裏には何かいるのではないだろうか。


「君にも本物を見せたいしな」


「なんで?」


「そりゃあ……」


熊の巣、寝床を見つけ、

息を殺して観察する。

聴覚に集中すると、中には熊がいない。

何処かに行っているようだ。


だがそれはそれとして

こうやって友達と一緒に何かをするのは楽しかった。


「いつも付き合わせてるからね。

 なにか甲斐のあるものがあった方がいいよ」


「えー、僕は一緒に遊べるならなんでも楽しいけどなあ」


「ダサいことを言うなっ」


肩を強く揺さぶり、叱られた。

この日も僕達は特に何も収穫がなかった。

彼は誰よりも賢かったが、

それはそれとして無理なものは無理だった。


今思うと、彼は僕に良いところを見せたかったのかと思う。

彼にとって、決裂まで僕は唯一人の親しい人物だったから。

そう考えると、僕はシニスター・セイメイの人間性の根源、

その近くにいられたんだろう。

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