【二十二】こんにちはー!
才能・能力とは積み重ねる塔と同じだ。
高く積めば積むほど視座が高くなり、遠くまでが見えるようにはなる。
しかし、見えるようになるだけだ。
視力が比例して高まるわけではないから細かくはみれない。
遠い何処かが存在するという理解ができても、そこがどんなところかはわからない。
根底からの不安は払拭されない。
それに、近くの者が全く目に入らなくなる。
僕がジェーン・エルロンドの前世としての意識が目覚めた時。
連動してそれまでのジェーンの人生が流れてきた。
光明一つない暗闇の中で、スポットライトが照らすエリアがあった。
そこにジェーンが浮いていた。
僕よりも遥か高い所に浮かんでいた。
鳥か飛行機と見紛うくらいに小さく見えた。
「父様と母様は理解してくれないわ」
そう独りごち。彼女は前だけを見ていた。
まだ米と出会う前のことだ。
才覚が目覚める前から、少女はぼんやりと自分の特異性に気づいていた。
本に夢中になる、積み木に夢中になる、気になった鳥や虫をどこまでも追いかける。
そういうことをすると、父も母も言ったものだ。
“貴族らしくしなさい”、“そんなことでは嫁ぎ先がなくなる”。
ジェーンは反射的な拒否でなく、猿が空を飛ばないのと同じくらいの確度で自己分析した。
両親の期待に応えるのはどうやっても無理だ。
ならメイドや執事はどうかというと、それも求めるものは同じだ。
何故なら、ジェーンは未来の雇用主候補だからである。
職場はわかりやすいノーマルな環境が望ましい。
「みんなあたしの邪魔ばかりしようとするの」
幼い彼女は自分の欲望に関する時だけ、逸脱した才覚を見せていた。
暗闇、スポットライトの向こう側に彼女の遥か下方に、ジェーンの両親の背中があった。
うっすらと、ジェーンは両親が自分から目を背けることを予測していた。
この光景に、僕は喩えようのない郷愁を抱いた。
胸を締め付ける痛みがあった。
僕がどうして自我を持ったのかはともかく、呼びかけようとした。
だから、声をかけてみた。
「こんにちはー!」
挨拶は大事だ。
初対面の人間同士が、こちらに敵意がないと示すためにするもの。
友好のサインでもある。
返事がない。彼女は浮いていた。
挫けずに繰り返す。
「こんにちはー!」
浮かんでいたのが少し降りた。
ほんの数ミリメートルだが、たしかに降りた。
「こんにちはー! 僕、米倉毅って言うのー!! スゲーマンの方が呼びやすいかなー!?」
少し彼女の頭の高さが上下した……かに見えた。
念の為、彼女に対しては基本的にスゲーマンと名乗るようにしよう。
やっぱり横文字のが異世界向きだべっだ。んだんだ。
僕と彼女の魂は遠く離れている。
意識が生まれながらに極めて高い彼女に少しでも声が届くように、僕は挨拶をひたすら繰り返した。
声が完全に届いたのは、彼女の頭が断頭台に収まるまでに下がってからだった。




