【二十一】君は優勝だ
「よかった。ご無事なんですね。あなたのことは聞いています」
ジェーンの弟、騎士団長のエドガーが僕を引き取った。
シヴィル・リーグのメンバーと民間人の避難をしていた騎士団が、ようやく合流した。
「駄目だ。彼には君たちでは……」
シンプルに体の作りが違う。
この青年も実に鍛えられているのは、見て取れるが、それでも有効打は繰り出せないだろう。
超常の戦いとなると、一番のハードルは如何にして相手の防御を超えた攻撃を出せるかだ。
「クレオ様より存じています。さあ、第一波放て!」
号令とともに、一糸乱れぬ整列で竜巻が生み出された。
ドラゴンの機動力を封じたのか。
たしかにそれをすれば、時間は稼げる。
ヴィジランテも巻き込まれているが、まあ大丈夫だろう。
彼らのようなタイプってどうしてかどんな激戦区でも切り抜けてるし。
とは言え、これはただの先延ばしに過ぎない。
竜人の鱗を貫ける攻撃を出せるのは僕だけだ。
けれども、向こうも銃以外にも似たような、僕の弱点を貫くものを持っていないとも限らない。
下手に接近すれば返り討ちに遭う。
「あなたがスゲーマン様ですね」
気づけばジョナサンが消えている。
やはり見事なものだ。
まだ幼いと言っていいのに、よく技術を仕込まれている。
ヴィジランテとは年端もいかない少年少女をサイドキックにし、技術を授けるものだ。
そして自らの狂気の栓にもする。
倫理的には犯罪者であり、法律的にも犯罪者な行為である。
僕もそれを知った時は何度、児童相談所に電話しようか迷ったことか。
というか何回かしたが“こういったことは“親御さんの権力が強く……”と言われた。
まだまだ青かった僕は、ヴィジランテ一人も逮捕できない世の不正義に憤ったものだ。
それはそれとしてさっきまで隣りにいたと思ったらもう戦線復帰している。
子どもなのに彼も僕もわからない方法で気配を消している。
ヴィジランテって本当に怖い。
ある意味、オカルトより怖い。
「全隊をここに集めろ」
後方で指示を出していたエドガーが耳打ちした。
それから、険しかった顔がパアッと明るくなった笑顔を僕に向けた。
とても印象の良い青年だ。仲良くなれそう。
「あなたは恩人だ」
両の手でこちらの手を握り、大きく上下に振った。
力強く、それでいてこちらを気遣う力加減もしている。
肉体があるから僕の人を見る目は冴え渡っている。
彼は絶対に善人だ。
「改めまして、お会いできて光栄です。うちのっていうかシスマに貴方のことは聞いていました。戦いを拝見しましたが、感銘を受けました! 俺も自信があるつもりでしたが、世界の広さを知りました!!」
「ありがとう。ああ、どうやら君は優勝だ」
何の優勝かは言わなかった。
この数秒の会話だけで確信できる。
なんて品行方正で実直な人なんだ。
「それに、あんな強さを……人知を超えた領域にある力を持ちながら、社会に還元しようとは……普通なら世界を手にしようとしますよ! なんて出来た御方なだ……」
「両親の教育が良かったんだよ」
「その謙遜……。姉に爪の垢を煎じてくれませんか!? きっとちょっとは大人しくなるんです!」
「残念だけどそれって君のお姉さんの爪の垢になるからさ」
事実を指摘され、エドガーは悲しそうに眉を伏せた。
武力のみで最年少の団長になったというが、その気質は姉とは正反対。
篤実と言うに相応しい人格者として名を馳せている。
「あなたが姉の前世だなんて感激です。あなたこそが騎士の鑑だ!」
初対面なのになんて褒めてくる子だ……。
ずっとうっすらと悪口言われてたから鼻がツンと来る。
ようやく真っ当な人に会えた……。
それはそれとしてジェーンの名誉のために訂正する。
「違うよ。僕は知識と閃きの元になっただけ。君を助けたのはお姉さんだ」
病弱で一日の大半をベッドに横たわって過ごしていた幼いエドガーに、ジェーンはひたすらお米を流し込んだ。
食べられないと知るとあらゆる調理法を試した。
茹でたり、磨り潰したり、揚げたり。
それらが米料理の発展にも繋がったが、彼女はひたすら弟に米を食べさせたがっていた。
「姉に胃を破裂させられないように必死に体を動かしましたよ」
医学的には論外な行為。
けれども、奇跡的に噛み合い、エドガーはめきめきと健康体になった。
「自分の覇道のついでだったでしょうけどね、姉は家族を全く省みない人ですから」
「そんなことはない」
「聞きしに勝るお人好しだ。僕は姉のモルモットとして生き抜くのに必死でしたよ」
たしかに彼は姉にひたすら喰わされてきた。
腹がパンパンになってもどんぶりを突きつけられていた。
鍛えなければぶくぶくとなっていたか、消化のエネルギーで逆に憔悴しただろう。
それとは別に、弟にだけは彼女は特別なことをした。
ジェーンは自分で0から100まで発明・開発をすることはほとんどなかった。
いつもは理論を構築して、職人に依頼している。
そんな彼女が一度だけ自分で作ったのが、小型の車輪の両端に棒をつけた健康器具。
僕の時代では腹筋ローラーと呼ばれたもの。
「彼女が自分の好きなもの以外を僕の記憶から引き出したのは、あの時だけだった。それだけ家族を気にかけていたんだよ」
ジェーン・エルロンドは決して自己中心的なだけの人間ではない。
ただ目の前のことと極めて狭い範囲のことしか気にしないだけだ。
その上で誰よりも強い意志と遂行力を持っている。
僕の話を聞いて、弟としても感じるものあったか頬を掻いた。
「そうですかね……まあ縁を切るつもりは毛頭ありませんからいいですけども」
彼女は決して万人に受け入れられるタイプではない。
大半は聖女のエネルギーに振り落とされ、背中を見るばかりになるだろう。
それでもこうして婚約者と、弟さんは力になろうとしてくれている。
親友とメイドもだ。
「とにかく。これからも姉をお願いします」
家族に託されても、こちらは彼女の頭蓋骨から出ることが原則できない。
行動を縛ることもできない。
結局は、僕にとって転生先は何なのかということになる。
ずっと側というか脳に棲み着き、こちらが持っていた知識や力を少し活用して人生を切り開くのを眺めるだけ。
やることと言えばツッコミを入れるくらいだが、それは何もしないも同然じゃないか。
だが、家族にこう言われたら、僕としては言うことは決まっていた。
「がんばります!」
ガッツポーズをして安心できるように力強く宣言した。
これがジェーンの体でなければもっと格好がついたんだろう。
と、やっていると竜人を引き付けいたヴィジランテがついに倒された。
万が一を考えて急いで目を凝らし、外傷を確認したが重傷はない。
あくまで風圧か衝撃波の煽りをもらっただけだ。
それより、顔を隠していた黒飛蝗のマスクが半分破けていたのが問題だ。
素顔はやはりシオンだった。
二代目セイメイがこちらへと容赦なく飛んでくる。
僕の周りにはエドガー達がいる。
庇わなければと無計画に相手へと前進した。
なりふり構わず、殴ってみようと足に力を入れた瞬間、僕の意識はジェーンに取って代わられた。
「さあ、第二ラウンドよ!」
体の感覚を取り戻してから、また失ってわかった。
皮膚感覚がなくなるって結構怖い。
まるで魂だけで浮遊する幽霊になったかのようだ。
いや、それそのものなのか。
浮いてないけど。
──待ってくれ! 君じゃあ攻撃が通らなかっただろ!?」
僕も窮地に追い込まれはしたが、攻撃は通用した。
一方、ジェーンはというとそれ未満だ。
あまりに無謀である。
今、弟さんに任されたばかりなのにそんなことをさせられない。
「心配ご無用!!」
胸を張って、元気よくジェーンは叫んだ。
「我に秘策ありよ!」




