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悪役令嬢の前世がスーパーなマンだったとわかりギロチンが落ちる瞬間に地球を逆回転飛行したら時間が巻き戻ったので生き方を改めることにした  作者: スカンジナビア半島
第一章 Secret Rebirth

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【二十】弱点は愛

挿絵(By みてみん)


【二十】

 鋼鉄を粉砕する拳が、竜人の顔に突き刺さった。

 音を超えた衝撃と土煙を残し、奴は遠くへ"射出"された。


 彼としてはジェーン相手なら、容易く圧倒できたのだ。

 僕のことも軽く捻る程度に思っていたかもしれない。


 だが、ジェーン・エルロンドはまだルーキーだ。

 短期間でよく力を引き出し、使いこなしている。大したものだ。

 大したものだが──僕は彼女よりずっと深くから力を引き出せる。


 僕は強大な力とずっと付き合って、折り合いをつけて生きてきた。

 速ければ速くなるほど粘つく空気の掻き分け方。

 周囲の環境から、どのタイミングで超五感を発揮すると命取りになるか。

 どの五感にはどれくらいの力を入れた“振り”をするべきか。


 熟練のプロレスラーは、モップ相手でもバナナの皮相手でも名勝負を作れると言う。


 僕は、隕石をワンパンチで粉砕できる力で、クライアントのお子さんと互角に相撲を取れた。

 犬との綱引きにも、全力を出しているように見せながら負けられた。


 僕はどんな小さな行動も、星を壊すパワーを両腕に漲らせながらできる。

 器用さも才覚もないかもしれない。


 しかし、半熟目玉焼きを作って、焼きそばに乗せられる。

 チャーハンをパラパラに炒められる秘訣も知っている。

 それが僕の強さだ。


 つまり──“人間として生きてきた”ことに勝る僕の最強武器はない。


「貴様……!」


 一発被弾しただけで、かなり消耗したようだ。

 顔に大きな痣ができ、焦燥もある。

 目の焦点の合わなさから、脳に血液がうまく回っていないようでもあった。


「どうした? 僕たちが戦うのはこれが初めてじゃないだろう。まさか、勘違いしていたか? 自分が弱体化したから僕も同じだと」


 ドラゴンの翼を羽ばたかせ、宙に逃げる。

 僕も一息で跳び、足を掴んで滞空した。

 ジェーンはまだ空を飛べない。

 僕は飛べる。掴んだ脚を振り回して投げ、それから僕も投げ飛ばした方に飛ぶ。


 滑空ではなく──飛行だ。


 投げられている最中の敵を飛んで追いかけて、ぶん殴る。

 また追いかけて──さらに殴る。


 最強技だ。なにが最強かって、嘘だろというくらいに格好良い。


 これを自力で生み出した僕は、映画監督・アニメ監督の才があると自負している。


 必殺技とともに、ジェーンの肉体が変容していく。双眸が闇色に発光し、長い髪が金色になった。


 僕が本当に全力を出した時の兆し──徴だ。

 この姿になれば僕は自分のポテンシャルをフルに引き出せる。


 一息で宇宙に飛んで、太陽の向こう側、冥王星の先まで行って自撮りしてから戻ってくるのに三分もかからない飛行能力も存分に振るえる。

 人とは違う五感と身体能力に恵まれたが、一番良かったのは飛行能力だ。

 空を飛ぶのに勝る能力はない。


 これがあるだけで、いつでもどんなことだって楽しめる。

 地上へとセイメイが墜落し、地響きがした。

 降りて相手の胴体に拳を叩き込む。


「ガハァッ……」


 敵が起き上がり、背後に回る。

 ジェーンには追えない高速だったが、僕にはのろまに映る。

 後ろにいるセイメイの翼を掴んで前に引きずり、腹部を殴打。


 今度は腕でガードされた。関係ない。

 衝撃が突き抜ける。

 相手にダメージを深く響かせた。


 もう一度叩こうとすると、腕に爪が深々と刺さった。

 竜人の膂力で腕を貫かれれば、反対側から爪が覗く。

 悪いことをしてしまった。

 ジェーンの体に深手を負わせてしまった。


 だが、これくらいどうってことない。

 すぐに治る。


「舐めるなよ!」


 攻勢に転じようと相手がラッシュを仕掛けてきた。

 竜人の爪が僕の皮膚に突き刺さらんとする。


「ムゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!」


 大きく息を吸って──止める。

 全身に気血を充実させ、筋組織を盛り上げた。

 両手分の爪がへし折れて宙を舞う。


 本気で全身を“むんっ”とさせたらこんなものだ。

 核爆弾はきついが、戦車砲くらいならどれだけ撃たれても物の数ではない。

 次はこちらの番だ。

 力いっぱい拳を握りしめてパンチ。


 ダメージ、衝撃。

 僕の目には、空間と空間を繋ぐ波の紐が揺れたように見えた。

 世界は、そういうものに紡がれている。


「まだだ!」


 セイメイの頭脳は超常的にズバ抜けている。


 しかし僕と戦うときだけ、奴は最後に真正面からの激突を選ぶ。

 僕を憎むあまり、正々堂々と殺しきらなければ気が済まないのだ。

 ──哀れなことに。


 だから僕の勝ち目は常にある。

 最後には、向こうから僕の得意フィールドに乗ってくる。

 そうしないと、僕の絶望を間近で見れないと思っているんだ。


 正面から来る急所を狙ったすべての攻撃を叩き落とす。

 左手で両腕をまとめて束ね、掴み取った。

 超握力の応用だ。


 相手の腕を引くのと同時に、振りかぶったパンチを当てた。

 片腕で相手のバランスを崩し、残った腕で思いっきり殴る。

 僕の得意戦法。


 ジェーンのように機転が効くわけではなく、すぐに応用方法を思いつけるわけでもない。

 それでも僕は彼女より、力を引き出すのが圧倒的に上手い。

 言うなれば──パワー担当の前世だ。


 頬に突き刺さった僕の拳が、相手の頭を地面に深々と縫い付けた。

 その衝撃で周囲一帯が縦に揺れた。

 少し力を出しすぎたようだ。


「どうする? まだやる気か」


 白目を剥いてべろりと舌を垂らしたセイメイに問いかける。

 意識が残っているのはわかっている。

 この男は限界の限界まで意識を手放そうとしない性質がある。


 睡眠時間も極小だ。

 故に常に余裕がなく、表面張力ギリギリの精神でいる。


「まだだ!」


 さっきのジェーンがやったように、がむしゃらに攻撃を連打する。

 ──効かない。


 これくらいでは痒いばかりだ。

 相手を横殴りにし、後退した相手にひとっ飛びで距離を詰め、さらに殴る。

 速さと力を活かした僕なりの最適解だ。

 正面から一瞬で距離を詰め、攻撃する。

 相手の攻撃は我慢して受け止める。


 このやり方で僕は、ルチャリブレを修めたヒグマも異常怪力の人間も、神も魔王も倒してきた。


「もう終わりだ!」


 最後の一撃を放つ準備をする。

 苦し紛れか、セイメイはガバメントを懐から抜いた。

 ジョナサンたちを助けた時に向けたものと同じ造り。

 入っているものも変わらず岩石だ。

 威力はとうに把握している。僕には傷一つつかない。


 銃口から弾丸が吐き出された。

 速度は同じ。躱すまでもない。

 体で受け止めた僕に──激痛が走った。

 なんの変哲もない岩石が、鋼鉄以上の硬さを持つボディを貫いた。


「貫通してしまったか」


 それだけではない。

 傷から僕の力を奪う力場が発生している。

 ────馬鹿な。


 僕の五感が、たちまち人のそれへ戻っていく。

 この世界でもう僕の弱点を突かれるなんてことはありえない。

 引き金がまたも引かれた。

 魔力で吐き出された岩石が僕の体を打ちつける。


「ぐっ……!」


 膝をついて這いつくばる。


「転生しても力が発現している限りは弱点は同じか。これは貴重な情報だな」


 握りしめた銃をだらりとぶら下げ、セイメイは呟いた。

 これだ。怪物の精神を持つ人間はこれが怖い。

 僕の想像を圧倒する、なんらかの方法で必ず僕を倒す術を見つけてくる。

 こっちだって頑張って敗けないようにしているのに。


「故郷にまつわるもの。特に土に弱かったな」


「ありえない……どうして」


 己の弱点については知っている。

 それはこの世界では決して存在しないものだ。

 銃口で僕の頬をぶち、それから押し付けて抉るように突きつけてくる。

 意味のない行為だ。

 奴はその無意味さで、僕の口が切れ、血が滴るのを眺めた。

 だが奴は勝ちを確信したらサディズムに浸る癖がある。


「ふん」


 いつもならここで舌なめずりをして高笑いをするはず。

 やらない。セイメイらしくない。まるで普通のヴィランのようだ。

 耳元に口を近づけ、奴は囁いた。


「理由よりも確認を優先しよう。お前の弱点は愛だ。鋼鉄の束を素手で曲げ、スカイツリーを垂直跳びで跳び越えられるお前は、愛を向ける対象に力も防御力も発揮できなくなる」


 転がっていた岩の破片を拾い上げ、手の甲に突き刺された。

 食いしばった歯の奥で苦鳴が響く。

 奴の言うことは正しい。


 しかしこの世界で、実質初戦でその弱点を喰らうことになるとは予想もしなかった。

 普通ならばありえない。

 体感として、僕はこの世界ではほとんどの繋がりを有していないから。


「気づいていたか? ここは地球。我らが生きた時代の遠い未来だ」


 それはおおむね察してはいた。

 動植物がほぼ同じだった。

 いや、正確には多少の変化は見えていたが、別の世界と言うには心許ない違いだった。


 何より、僕の知識で土壌改善ができたのは妙だった。

 あれは熊に占領され、クマ王国の領土になった秋田県の土質再現のための知識だ。

 秋田県だったところは《秋田クマ連合王国》になり、世界一の蜂蜜と鮭の生産地になった。

 僕はかつての故郷を偲び、日本のどこかの離島で秋田の土を再現するつもりだった。


 なぜなら両親が海外移住は怖いと言っていたからだ。

 つまり僕の研究を応用し、成功できたここは日本に酷似した土地ということになる。


「私はそれを知っていた。だから時間をかけて準備をした」


「だが……僕らの故郷は熊が蜂蜜まみれに……」


「そうだ。だが私はお前に勝利し、お前の遺産を手にしていた」


 たしかに僕はスゲーマンの権限で、独立国となったクマ王国より開発されていない秋田の土を回収していた。

 それを元に研究をしていたが、それを手にしたところで──。


「私は数十世紀先までカバーした、秒刻みの綿密なる計画を立て、この時代のこの場所に転生するようにした。私の周辺人物も転生したのは避けられなかったが仕方あるまい」


 なにやら遠大な計画を長々と語られているが、それを理解するにはこちらの思考に余裕がない。

 だがこの男の計画など、昔からおおむね決まっている。

 それは己がこの世界で唯一にして永遠だと証明するということだ。


「私はこの原始の世界で王になり、真なる永久楽土を実現せしめるのだ」


「がっ、ああああああっ!!」


 破片に力が籠もり、傷口を広げられた。

 嗜虐的な笑みを浮かべているのが、気配でわかる。


「その礎にお前の亡骸を加えられるのだ。光栄に思えよ、米倉毅」


「…………なんだと?」


 彼が僕の本名を呼んだ。

 酷く懐かしい感覚。

 遠い遠い昔に、最後に耳にした感覚。

 だが、それは僕に決定的な気付きを与えた。

 理性ではほぼ察していたが、心で拒否していた事実。


「君はセイメイじゃないな」


「……何だと?」


 口を滑らせたとも自覚できていない。

 記憶を解放するまでの臆病者然とした振る舞いは、記憶を封印していたからだとわかる。

 しかし今の彼は、ハッキリと僕の宿敵であるあの男ではないと確信できた。


「彼は“孤独”であることに拘っていた。僕を幼馴染とは切り離して考えていた。僕も故郷も、自分の天才性を脅かす“見たくない過去”だった。だから彼にとって僕は、スゲーマンでしかなかった」


 僕が奴をシニスター・セイメイとして見るようになったのと同じく。

 だから僕の本名を呼ぶことは絶対になかった。

 彼が最後に僕の名前を呼んだのは、初めて戦った夜。

 それ以降はいつも僕を宿敵としての名前で呼ぶことに拘っていた。


「薄々そうだとは疑っていたけれども……やはり、転生者は前世とは別人なんだ」


 僕とジェーンもあんなに違うのだから当然のことだ。

 わかることだったのに──目を逸らしていた。無意識に。

 きっと、転生して“一人だけ”ということに耐えられなかったんだろう。

 僕もセイメイをかつての“彼”と分けていたはずなのに、心の奥底では面影を求めてしまっていた。

 故郷を恋しく思う心は、時に目と心を曇らせてしまう。


「奴の拘り、妄執を君は継いでいない。君は別人なんだ」


「……戯言を」


 二代目セイメイに動揺が見えた。

 転生者は皆、前世の記憶にアクセスできるだけ。

 本質的には別人。

 それは二代目ソードボウラーも同じだった。

 額に銃口が押し付けられた。

 殺意が今にも飛び出したがっている。


「君は誰だ? 前世とは関係ない、君だけの名があったはずだよ。それが君だ。狂気に脳髄まで歪められた怪物ではない」


 己を恥じよう。

 無意識に過ぎた人生を追って、宿敵との再会に興奮してしまった。

 憎しみと怒りに目を曇らせた。

 相手を見ようとしなかった。


「黙れ……!」


「大丈夫だ。まだいくらでもやり直せる。前世の怪物に呑まれるな。そうだ。ドラゴンになれるなんてすごいじゃないか。奴ならもっと恐ろしい冒涜的な存在になろうとしていた。君には君のやり方があるんだ」


「誰にモノを言って……!!」


 強く押し付けられ、鉄の硬さが痛みを与える。

 ハッキリ言うと今の状況はまずい。

 なぜなら僕はセイメイとは決裂し、敵と認識しているが、転生者に過ぎない彼のことはそう思えなくなってきた。


 否──むしろ、かつては救えなかった幼馴染の姿を見出してしまっている。


 ヴィランに堕ちた宿敵ではなく、僕の親友だった頃の少年の面影を。

 戦ったとしても、さっきほどの圧倒は不可能かもしれない。

 宿敵との初戦も、僕を苦戦させたのは相手への愛情が原因だった。


「記憶に負けるな。僕の今世も、あくまで僕の記憶と知識を元に自分の人生を生きている。彼女を見習って──」


「うるさあい!!」


 引き金が引かれ、僕の眼の前で銃声が鳴った。

 至近距離で起きたために鼓膜が痛くなりそうだが、その感覚はない。


 夜闇に黒い影が跳躍した。

 銃口に投擲用の小剣が刺さっていた。

 何者かが横入りしたのだ。

 巨大な飛蝗バッタ

 それが第一印象。

 次に、より小さな子どもの影が二つ。


「貴様ら……!?」


 舌打ちをし、影を叩き落とそうとするが効かない。

 それどころか、一体を落とそうとすれば他の二体が攻撃を仕掛け、まとめて薙ぎ払おうとすると、するりと範囲外に逃げる。

 前世の時代では、誰もが畏怖を籠めて囁いた名前だ。


 真っ当なヒーローではない。

 悪を狩ることに陶酔した者たち。

 武術と資本と狂気で、超人すら上回る怪物の呼び名。


自警団ヴィジランテ……!」


「そう呼ばれている」


 下方から声が聴こえたと思うと、次には竜人の頸にハイキックが入った。

 影のように地面を這い進み、跳躍の勢いで攻撃をしたのだ。

 どうやってかはわからない。

 僕の視力と聴力でも理解不能なことを軽くやってのけるのがヴィジランテだ。


「我が智慧の恩恵を受けながら、恥知らずが……!!」


「クレオはとっくにお前の狙いを知っていたぞ」


 目を凝らしてみても、乱入者の正体は見えない。


「大丈夫ですか?」


 三つの影の中で中くらいの者が肩を貸した。

 周囲に散らばった土を払い除け、その場から退避させてくれる。

 声帯を歪め、声での正体特定は不可能にしている。

 けれども、実際に触れてみるとわかることがある。

 それは体格だったり筋肉量だったりだが──何よりも相手の人格だ。


「ジョナサンか?」


「今は休むことだけを考えてください」


 そうなると、一番小さいのは弟のフレディか。

 では、あのノッポは……。

 かのヴィジランテが現れた時、気配が消えていた。


 僕は気配を消されると、相手の接近に気づくことはできない。

 殺気を感じるとか、心の目で見るとか、そういうセンスはない。

 しかし、みんながみんな気配を消して僕に挑んでくるので、“気配の消し方”だけはなんとなくわかるようになった。


 息を潜めるタイミング。

 存在感の濃淡のグラデーション。

 動に移る時の足運び。

 これらから判断するに──。


「ジェーンも苦労するだろうなあ」


 大嫌いな婚約者がヴィジランテというけったいな生き物と知った時、ジェーン・エルロンドはどんな顔をするか。

 想像すると少し吹き出しそうになった。

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