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【十九】これでも強いんだぜ?

『世界には導き手が必要だと思わないか』

「うるさーい! クレオを返しなさい!!」

 ロボットの内部から二代目セイメイの声が響く。

 大声で叫んでいるわけではない。

 機械で加工した金属的な余韻が混じった独特の音量。

 僕の知っているセイメイと同じく、奴は自分の顔と声を広めるのに執着を見せるようだ。

『それは何より偉大で、万能で、全能たる究曲でなければならない』

「クレオを出せーーーー!!」

 相変わらず「世界は音楽」という思想を持っているのが“究曲”という単語を使うことからもわかる。

『だから僕が成ってやろうとしてるんだ。愚図で無知で無能なお前らのために』

「クレオの無事を見せないと話なんて聞いてやらないんだからー!!」

 話をすべて被せられたことで、巨大なロボットの手が開いた。

 意識を失ったクレオが魔法の結界に覆われて空宙に磔にされた。

 外傷はない。生命に別状はないだろう。

『……これで話を聞く気になったか?』

「降ろせバカヤロー!!」

『公爵の娘が利く口か? この女には僕がこの国に真の改革を果たす所を見せつけてやる。降ろしはしない』

 少なくとも奴にクレオを殺す気はないらしい。

 それに革命もする気はない。

 やはり、他にいるのだ。この国を根底から変えようとする者が。

 戦う度に奴より聞かされていたお題目を並べていただけだが、清聴されないのは嫌なのは発見だ。

 そういう攻略法があったのか……。

 あの男はどんな所業に踏み切るのでも、根っこはそっくりそのまま同じ動機を使いまわし続けたものだった。

「でも要約したら自分が一番偉くなりたいってことしか言ってなくない?」

 まくしたてられたことを無関心に聞き流し、覚えた単語だけでジェーンは要約した。

「奴の思想をざっくり要約するとそうなる」

「子供っぽすぎない?」

『そう思うか? スゲーマンの転生者。お前はそれこそずっと奴といたんだろう』

 矛先がジェーンに向いた。

 これは妙に思えた。

 セイメイの狙い、殺意の向かう所は常に僕だった。

 それ以外、特にジェーンのような若い女性は無条件で猿か発情した猿と見下していた。

 ヴィランと言っても社会に根ざした存在だ、“女性蔑視”と取られると非常に不味いことになるもの。

 だが、超上位ヴィランほど無条件に女性蔑視、ホモソーシャルの性質を帯びていた。

 殺人ピエロが特に代表的だが、女性とは敵意を向けるまでもない劣等生物と見なしていたものだ。

 そんなヴィランの中のヴィランがジェーンにも注意を向けた。

 転生して己が恥ずべき差別主義者と自覚できたのか……? 馬鹿な。

 奴は天才だが道徳面においては学習能力が存在していない。

「だから何よ。この人を憎めっていうならそんな気持ちには全然──」

『僕の世界では奴が頂点、最も偉大な人物扱いされた』

「うぅわ人類総節穴ワールドじゃない……」

「いやっ………ええっ………!?」

 突如として宿敵にも転生先にも言葉の剣で刺された。

 馬鹿な……こんなことがあるわけがない……。

 発言自体はどうでもいい。

 誰にとって誰が偉大かななんてのは、関心の対象ではない。

 そんなものは人によるものだ。

 僕にとっての偉大な存在は永遠に両親だが、世界は残念ながら彼らの偉大さを知りはしない。

 なして知らねんだべなあ……と思うことはあっても、それで世界に悪を成そうなどとは到底考えない。

 だのにどうしてジェーンはそんなことを言うの……?

「いやだって貴方……強いのはわかるけど……性格は普通じゃない」

「普通の何が悪いんだ」

「別にいいけど偉大とか言われるとついていけないわ。それも沢山の人がそう思ってたんでしょ? ないない、それはない」

 お米の聖女にそう言われると何も言い返せないからやめてほしい。

 ていうか普通に毎日働いて家賃と生活費稼いで趣味で人助けして、たまの休みにちょっと映画観たり遠出したりするのって悪くないでしょ。

 他に偉大なことをしようにも宇宙崩壊の危機を乗り切ったら、僕だって次の日はサブスク観ながらのんびりしたいよ。

 ということを言い返そうにも、9歳から国の食文化と農業の改革を達成した人物が納得する言い方がわからない。

 人生のステージが違いすぎる。僕がその歳頃の時に何をしていたかというと、実家の畑から狸を追い払おうとしていた。

「あのね……君も知っての通り……人助けをすっごく頑張ってたの」

「うーん。まあ、それを続けたら……なるかもしれないわね」

 意外なことにジェーンは僕の主張を受け入れた。

 なんか悪いものでも食べたのか。

 どうせ“そんなことでえ?”って言われるものかと。

「だって、実際にちょっとやってみてわかったもの。これってすごく大変。どうしてか猫ばっかり助けている気分だし、フーセンも妙にその辺に飛んでるみたいだし。人に喜んでもらえるのは悪い気はしないけど、その過程で暴力を振るうなんて気分が悪いわ。それに、こんだけやって助けられない人もいるって想像するとやってらんないわね。あとリターンがない、リターンが。人助けしたらオニギリの成る木が欲しい」

 ついにジェーン・エルロンドがヒーロー活動に理解と敬意を向けてくれた。

 後半は怪しいが、人助けということに敬意を抱いてくれた。

 “ヒーローやるのって楽しい”とまでは行ってくれないが、そこまではもう求めることではない。

「それに普通なのもたしかに悪くないと思うわ」

『なんだと?』

 ジェーンが僕をまじまじと見つめて微笑む。

 あまり見たことのない顔だ。

 彼女は常に情熱的エネルギーの化身で、やりたいことに向かって全速力を出し続けている。

 反面、やりたくないこと、気が乗らないことで苦労と痛い思いをすることには露骨に拗ねるタイプだった。

 いつでも気力充実してやりたいことだけを求めているのがジェーン・エルロンドだとさえ言えた。

 それが僕に穏やかに微笑んでいる。

「だってこの人がそういう性格だから、あたしはパワーとかスピードじゃなくてお米の知識とかをもらえたんでしょ? 普通なら絶対にどうでもいい力持ちとかの能力に先に目覚めてたわ。いらないっての、そんなの。魔法と金でなんとでもなるわ」

 まあ、僕の力を再現しようと多くのヒーローとヴィランが血眼になったものだけど……。

「それなら、悪いことばっかりじゃないわ。剣玉に夢中になる人生ってイメージできないしね。前世に影響ウケるにしても、これで良かったわ」

『そいつが完全な怪物ならもっと偉大なものが「ごはんより偉いものなんてないわ!!」』

 逆鱗に触れた聖女が、鼻息荒く投石した。

 弾丸の速さと威力。

 巨大ロボットの装甲には通らない。

 軽い音を立てて跳ね返った。

『愚かな。全ての暴力を捻じ伏せる、世界征服へのチケットを手に入れられるはずだったものを。たかが稲作如きに』

「“たかが”!! 言ってはならないことを言ったわね! お米はスゲーマンより遥かに偉大よ!!」

『そんなわけあるか! お米と結婚したい人間が何処にいる!!』

「あたし!! ここ!! もう結婚したも同然! あたしの墓は永遠に稲穂に包まれることでしょう!」

 自らの胸を親指で指し、声高らかに吼えた。

 この断言するのに何も躊躇いがないメンタル。

 “百万年生きても持てなかった”気質・才能だ。

 ここまで鮮烈に見せつけられては、僕の心にも憧憬の念が浮かんでしまう。

 僕も一度でいいから怪物のメンタルを持ってみたい。

 そうなれば……いや、百万年前に過ぎたことだ。

『交渉は決裂だ』

 なにも交渉していなかったと思う。

 巨大な腕が振り下ろされた。

 ジェーンでも受け止められる攻撃。

 だがここで受け止めれば多くが巻き添えになる。

 ここは大きくジャンプだ。

「ふんっ」

 ──と言う前にジェーンは跳び上がった。

 宙高くで腕を受け止め、押し返す。

 体勢が揺らいだが転倒はしない。

 姿勢制御が完璧だった。

 この世界でこれほどの物を創り上げるとは。才能の無駄遣いとは恐ろしい。

 そして、口惜しい。

 本当に。どうしてこの才能を、下らないことにばかり使うのだろう。

『僕の前世は孤独に包まれていた』

 さっきまでの神経質で傲慢な振る舞いをしていた青年が、恐ろしく冷めきった声になった。

『誰よりも優れた頭脳を持って、何をしても一番になって……僕は自分を宇宙一の天才と認めざるを得なかった。みんなが僕を化物扱いした……“こいつ”以外は』

「君は……?」

 セイメイが僕達の過去に言及するなどありえないことだ。

 僕達はかつて、幼馴染だった。それは事実だ。

 だが、決裂してからは、お互い、そのことに決して言及しなかった。

 この男が儀式を結構し、不完全ながらも成功したことで、僕達の世界は大きく変貌した。

 奴にとって、僕達の過去は思い出したくもない汚点だ。

 攻撃は止まらず、上体を前に倒し、下へと繰り返し両腕を振るう。

 周りの人物が被害を受けないようにそれとなく離れた方へ駆けた。

『何するにも後ろにいた。突っぱねてもついてくるから雑用に使ってやったよ』

 彼の異常な天才性と精神性に惹かれ、一時期は彼の行くところがどこでもついて行った。

 僕の幼馴染である天才は、未知のもの。特に“オカルティズム”に傾倒していた。

 過去の怪しげな結社の資料を集め、独自に記録をし、あちこちへと怪異を探しに出向いた。

 オカルト恐怖症の僕は常に怯えていたけれども、楽しかった。

『この宇宙には“異常”が僕しかいないのだと認めたくなかったから仲間を求めた。隣にそのものがいたのに、まんまと騙された』

「どうして言わなかったの?」

 来世からの素朴な疑問がジェーンから来た。

 幼い頃のセイメイに会った時、僕が思ったのは『僕は特別じゃなかった』ということだった。

 彼が特別であり、この頭脳にかかればどんなパワーも無意味と思った。

 端的に言えば安心したのだ。

 そして、逆に言えばこの頭脳の孤独を僕が癒やすのは無理だと思った。

「……がっかりさせたくなかった」

 力があれば特別と思えれば良かった。

 だが、現実に生きていると残念ながらそうでもなかった。

 どれだけの力があっても人を殴れば捕まり、警察を殴れば警察に追われ、逃げれば両親から畑を奪うことにも繋がってしまう。

 家業の力になれるかというと、害獣を護るための見張りと荷物運びくらいだった。

 体力はあったから一週間は寝ずに活動できたが、それをしようとすると夜更かしはするなと父に叱られた。

 肉体面での特別性は自覚していても、それだけで幼馴染を失望させない自信がなかった。

 彼の頭脳は中学に上がる頃には世界中の教授が敵わないくらいだったのだ。

 肉体が特別だからって到底並べるものではない。

『そうだ。嘘をついただの騙しただのはどうでもいい。こいつは僕に偽りの夢を見せたんだ。僕が宇宙の頂点だと認めて受け入れるのに多大な時間のロスをさせた!! 許せるか、そんなこと。この歴史上最高の頭脳に!!』

 夜の月を背景に二代目セイメイが言った。

 それは僕の責、罪だ。

 自分も他の人とは違うと明かしても、あの男が悪人にならないとは思えない。

 だが、それでもなにかが変わったかもしれない。

 可能性がある以上は、それは僕の罪で在り続ける。

「僕のことを憎みたいなら好きなだけ憎め。だが、それでお前がしてきたことが許されるわけではないぞ」

『謝るなら前世で謝ってろ。僕が許すとは思わないがなあ!』

 口が開き、奥から火炎が放射された。

 炎。その恐ろしい所は粘つくことだ。

 熱が過ぎ去ることなく付着する。

 反射的に手で払えば手につき、服につく。

 吹き飛ばそうとすると散らばる。

 だから炎は厄介だ。

 火炎の方向には民家が集まっている。

 ジェーンのスピードなら走るだけで問題ないが。

「氷とか吐ける!?」

「無理!」

 父がコレクションしていたアメリカのコミックにはそんなヒーローもいた。

 まあ僕のモデルだけど、それはそれとして現時点では不可能だ。

 氷を彼女が吐こうとすれば、体外・体内に出る影響がわからない。

 他にできることと言えば……飛行だがまだはっきりとは発現していない。

 こうなったら体で受け止めるしかないのだろうか。

「やるっきゃないか!」

 大ジャンプ。

 だが聖女の行く先は炎でもロボットでもなく、民家だ。

 家に飛び込んでは住人とペットを抱えて飛び出す。

 それを高速で繰り返す。

 ここで彼女は初めて猫だけでなく犬と鳥と鼠を助けた。

 十軒から動物に至るまで避難を完了させた。

 目と鼻の先に炎が迫り、辛くも逃れた。

「熱っ!」

 重度の火傷でスパンデックスごと肌が焼け爛れた。

 左腕が焼かれた。

 ただの炎では僕には通用しない。

 きっと魔力が籠められている。

「よくどっちも守れたね! 僕ならすぐに自分が焼かれる方を選んでしまっていた」

 民家が火に呑まれ、次々に燃え移る。

 木材と草が焼ける匂いが濃厚に漂う。

 住居者の心痛は察するにあまりある。

 それがあるから、僕はそれを選んだだろう。

 しかし、同じことをしたらジェーンが死にかねなかった。

「結局は家を捨てさせちゃったからどっちがマシかわからないけどね」

 謙遜をして痛みを誤魔化し、治るのを待つ。

「ああいう大きなのを相手にしたことはあるでしょ?」

「もちろん」

「どうすればいい? 力と速さじゃ通じないみたい」

「自分も大きくなる」

「え?」

 ヒーロー仲間には巨大ロボット開発が大好きな者がいた。

 それに乗って、度を超えた巨大な人型に立ち向かったことがある。

 子どもがヒーローになったからと巨大ロボットに乗って参戦した親御さんも仲間にいた。

 この世界では土台無理な話だ。

 別の手段を考えないと。

「…………あ、良いわね。それ」

 指を鳴らしたジェーンに明暗が浮かんだらしい。

 どうするつもりだ? と見ていると、大急ぎで領土を守る見張り塔に跳び移った。

 中にいる者はとっくに外に放り出し、塔を根っこから引っこ抜いて走り出した。

 近くのもう一つの塔にも同じことをした。

 時間がかかるが、二代目セイメイの狙いはジェーンに絞られている。

 全速力で走れば捕まることはない。

 2つの塔を裏返しにして跳び乗った。

 両脚を塔に突っ込んで身長を嵩増しした。

 これで身長はざっと15m。

 敵の半分になれた。

 だが──

『それでどうする!?』

 敵の言う通りだ。

 高さを持ってもリーチと威力が足りなくて攻撃を通せない。

「はっ、試してみなさい。こっちはようやく体が暖まったところよ!」

『燃やされたからだ』

 巨大ロボットの拳が迫る。

 今のジェーンの形態はあくまで長い脚に小さな胴体と手が生えている不格好なもの。

「この野郎!!」

 ジェーンが足を持ち上げた。

 持ち手のない竹馬、高下駄の動きだ。

 長い靴となった塔を持ち上げ、ロボットの胴体にぶつける。

 蹴りだ! 友人に武術を習った時に聞いた。

 足は手の三倍強い。だが手は足の三倍器用。

 人間がパンチを使うのはそういう理由。

「喰らえ!」

『貴様……そこはせめて両腕も大きくなるところだろう!』

「あんたの理論なんて知るか!」

 塔の質量、それにジェーンのパワー。

 彼女は僕より戦いのセンスが遥かに上だ。

 力に目覚めて二週間目の人間の機転じゃない。

 キックの威力に鋼鉄の巨人がよろけて膝をつく。

 そこにジェーンが思いっきりサッカーボールキックをお見舞いした。

 ついにロボットが倒れる。

 そこに塔が壊れるまで踏みつけ攻撃をした。

 人間大に戻った聖女がロボットにへばりつき、怪力で装甲を柔らかそうなものから剥がしていく。

 衝撃には強くできても、無防備な隙間部分を消すのは難しい。

 そこに指を入れられれば、僕やジェーンなら何でも出来る。

『やめろ! いくらしたと思ってる!!』

「あたしの総資産よりは下でしょ」

 すげない返答だ。

 月光が暖かに明るく、周囲では炎が燃え盛っている中で、聖女と崇拝される少女が一心不乱に巨大な鎧を次々に千切っている。

 猟奇的な光景かもしれない……。

『僕を捕まえたらどんな損失を招くか知ってるのか!? この頭脳には無限の知識と閃きがある。お前らのような原始的な生活を送る野人も僕の頭脳で永遠の平和が──』

「殺しはしないから、続きは気が向いた時に話すといいんじゃない?」

 そう言って搭乗者の部分まで引き剥がそうとすると、内部が爆発した。

 火薬が爆発したくらいのものでも、不吉な風切り音がした。

 自爆かと思ったが、僕でも認識しきれない超音速がジェーンの顔面を貫く。

 文字通りに彼女の頭部に穴が穿たれた。

 戦いを見物していた周囲からも続々と悲鳴が上がる。

 力なく倒れた聖女は動かない。

「やれやれ。折角良い数式が生まれそうだったものを」

 物事に絶対の正解はない。

 賢人の声というイメージも、多種多様なバリエーションがある。

 それが当然だ。

 だが限りなく正解に近い回答はある。

 それは大多数の共通イメージに沿ったものだ。

 過半数を占める人間が正解と認識すれば、反対者の4割も直に染まっていく。

 そうして正解ができる。

 二代目セイメイが発した声はそんなものだった。

 僕が知っている話し方だった。

 彼奴が“衆愚”と呼ぶ集団から金を集めるためだけに、話し方を最適なリズムとトーンに調整できたのだ。

 人が変わったのだ。文字通り。

 ジェーンの額に開いた穴からじわじわと血が流れていく。

 搭乗部からのそりと姿を見せた彼は、シルエットが人のものではなくなっていた。

 背中から鱗で覆われた翼が生え、口からは牙が除いている。

 双眸は蜥蜴めいた縦開きの瞳孔、全身は鋼鉄も通さない完璧な皮膚に変化。

「ドラゴン……」

「これを使いたくはなかったがね、見ているか。友よ」

 生物における完璧な形の一つ。

 完璧すぎて滅びを向かえた種族。

 それがドラゴンとされている。

 少なくとも、この世界ではそうらしい。

 僕の世界では見かけはしてもわりとどうとでもなっていた。

 最初は手こずったものだがヒーロー仲間が“ドラゴン撃退スプレー”を開発してくれたのだ。

 逆に言えば、それが無ければ恐るべき脅威だろう。

 さっきまでの神経質で臆病さが見えた振る舞いが掻き消えていた。

 底から現れたのは万物を生態系の頂点に座し、見下す傲慢と高慢極めし狂人。

 僕の知っている初代セイメイ、幼馴染の男がいた。

「この世界で何をしている……!? さっきまでの振る舞いはなんだ」

「質問は一度に一つが礼儀だろう。だがいいさ。私達は二人で一つだ。今までのは意図的に記憶を制御した私だ。理由は、君と同じだろう。この世界の肉袋は我らを受け入れるには矮小すぎる」

「この世界の生き物の姿を借りてしか喋れもしない男が言うことか?」

 今の奴の姿は前世から大きく様変わりしている。

 前世は膨大な知識と頭脳で存在するありとあらゆるオカルトを繰り出していた。

 自らの身体を創り変えるなどはしなかった。

「君如き矮小な知性では到底理解できない偉業のためだ。それに、しょせんは私の体ではない」

「僕がいる限りはお前の好きには──」

「いないだろう。ここに」

 竜人が力なく突っ伏した聖女の頭部を鷲掴みにし、持ち上げた。

 不意打ちでも彼女を真っ向から殺害せしめた以上は、今のジェーンでは到底敵わない。

 だが、そうなると他に誰が──

「君はスゲーマンの残滓。かつて私に敗れ、魂魄を切り分けられた残りだ」

 僕が持っている記憶は二十代までと享年のみ。

 どうやって終わったのかに興味がないと言えば嘘になるが、大往生したのだと自分を納得させられた。

 それが戦いに敗北して死んでいたとは。それも宿敵に。

「僕が敗けた……? お前に? だが百万歳で僕が死んだならお前はとうに寿命を迎えていたはずだ」

「それが我が大願だ。この小娘は国を改革したが、私は全多元宇宙を掌に収めよう」

 答えになっていない。

 聖女の腕が跳ねた。

 再生が始まった。

 僕の力、回復力を受け継いでいれば、額に穴が空いても死ぬことはない。

 スゲーマンは頑丈なだけではない。再生能力も超常的だ。

「初め、私はお前を吸血鬼だと思っていたが違った。宇宙人でもなく、地底人でも悪魔でもない。神の一柱かとも思ったが違った。私による最後の審判、お前は着実に老いていた。お前こそが私がかつて求めし“未知”だったのだろう」

「僕が何者なのか、結局はわかったのか?」

「それはわからなかった。お前が何者かは前世の最期まで」

「…………そうなのか」

 全くがっかりしてないと言えば嘘になる。

 秋田南部のド田舎、その畑で生まれた僕は、特別な肉体スペックを持っていた。

 ずっと自分が何の生き物なのかわからなかった。

 力が強く、夜更かしが平気で、生きるのに血の摂取が必要だから吸血鬼と母は考えた。

 空を飛べて、地球の何処にもないスペックだから、父は宇宙人を推していた。

 僕は自分がドラゴン系だったら格好良くて嬉しいと思ってた。途中からは何も考えなくなっていた。

 どれも違った。動くのに生き物の血が必須だったが、ニンニクは好物だし、夜型ではなく朝型だった。

 では宇宙人はと言うと、滅んだ惑星も含めて僕のような者はいないという答えを実際に行ったことで得た。

 いったい自分が何なのか。

 調べても答えはなかった。

 ドラゴン説を推すには、残念ながら成長期になっても僕に鱗が生えなかったので……。

「お前が何処から来たかなどとうに関係ない。重要なこととは、私が宇宙に一人だということだ」

「そんなことは……!」

「凡人の貴様になどわかるまい。この宇宙に唯一人の究極頭脳が私だと気づいた絶望と多幸を」

 ヒーローになって痛感したこと。

 それは、この世界には生命の領分を超えた知性とパーソナリティがいるということだ。

 この男もそうだった。

 どれだけ倒しても、否定しても、己が絶対の高みに在ると確信してやまなかった。

 だというのにその宇宙一の頭脳とやらを少しも宇宙に還元しなかった。

「私が宇宙を変える。この世界の人間を使えば、それはすぐだ。今日のところはこの器を殺して幕を引くとしよう」

「何言ってんの……?」

 頭の傷が塞がり、聖女の目が覚めた。

 血に宿った記憶が僕の再生力を発動させたおかげだ。

「君を殺すということだ。面倒だから抵抗してくれるなよ」

「そんな……ふざけ……」

 まだ頭は動いていないだろうが、断片的な単語を拾うだけでも何が起きているのかわかったようだ。

「ふむ……抵抗するようだな」

 大理石の塊を爆破したような。

 とてつもなく無抵抗な硬いものに破壊エネルギーをぶつけた爆音。

 聖女の腹部に竜人の拳がめり込んでいた。

 殺されたばかりの彼女には避ける力など無い。

 あれだけ痛いのを嫌がる彼女がどれほどの恐怖を抱えていることか。

 想像もできない。

 成すがままに打たれる。

 僕にはただ見ていることしかできない。

 ずっと自分に言い聞かせていた。

 見ているだけでいいのだと。

 死んだ人間が彼女の人生を邪魔してはいけないのだと。

 だが、これはあまりに……。

「このっ!」

 ジェーンも敗けじと拳、掌底を振った。

 手の付け根がきちんと敵に入ったのだがびくともしない。

 避ける必要もないくらいに何のダメージもない。

 激痛で思考が働かないのかもしれない。

 効かないとわかっても攻撃を繰り出す。

 事実、これほどに攻撃が通らず、スピードもパワーも凌駕されていると慣れば、打てる手がない。

「もうわかっただろう」

 軽く腕を払われるだけで両腕の骨が折れた。

 いつも元気なジェーンから絹を裂く悲鳴が漏れた。

「クレオを下ろせ……!」

 折れた派が口から落ちて、隙間から血泡混じりの呼気を発している。

 口から大量の血が流れていた。

「ああ、この素体に勝った女か。べつにどうでもいいが……殺すことにした。その方がスゲーマンも屈辱と絶望を抱くだろう」

「貴様……!!」

 生まれ変わってもこの偏執か。

 僕の宿敵はいつもそれに囚われている。

 体を打ち倒し、心を引き裂くことを。

「試しにだが……あの鬱陶しい幼稚なヒーロー精神はどれだけ健在だ?」

「何をするつもりだ!」

 僕を無視し、セイメイは遠巻きに見守る民間人を見た。

 その瞳は生命を見るものではない。

 虫ですらない。河原の砂利を見る目だった。

 自らの爪を折って、投げた。

 狙いは寸分たがわず人々に向かい、着弾すれば籠もったエネルギー、衝撃で周囲1mの人々に死をもたらすだろう。

「ああっ!!」

 瞬間にジェーンが身を投げだして腹部に攻撃を受けた。

「ほう。器にも汚染させていたか?」

「ジェーン!」

 倒れたヒーローの口からは血が流れ、腹部には大きな穴が広がっていた。

 言うまでもない。今の自己犠牲に僕の意志はない。

 彼女は自らの意志でよく知らない民のために攻撃を受けたのだ。

「痛っ…………あたし、なんでこんなこと……」

 自動治癒で傷は治る。

 しかし、治ったところで相手との差は如何ともしがたい。

「前世の頑強さを過信したな」

「違うわ。ただ、あの人らじゃ……あたしはわからないけど、あの人らは絶対に死ぬと知ってたから……」

 腹部を押さえ、俯いてジェーンは呟いた。

「スゲーマン……」

 どうすればいい。どうしようもない。

 僕はあくまで彼女の血を通して意識が残っているだけの幽霊だ。

 血がどれだけ動いたとしても、敵を倒すなどのパワーを発揮することはできない。

「死にたくないよ……助けて……」

 ────────ッ!!!!

 あの時と同じだ。

 断頭台にかけられ聖女の頭に浮かんでいたワード。

 あの時は形にならないほどに微かな訴えめいた感情のもやだった。

 今は、ハッキリと僕に向けられていた。

 シスマは尋ねた。これからどうするのかと。

 それはまだわからない。

 だがこの言葉、意思を向けられれば、僕はヒーローをやる。

 それはどれだけの時間が流れても変わらない。

 死んでも治らない僕が僕である絶対の性質だ。

「さらばだ。次の世では我が治世の下で生きるが良い」

 刀剣よりも切れ味鋭い爪が彼女の首を切り取ろうとした。

 爪は止められ、腕は動かない。

 聖女の腕がさっきとは比較にならない力を持って致死行為を止めていた。

「御存知の通り、僕がいる限りそんなことはさせない」

 今世の青年の意識を染めた、かつての世界最悪の大悪人の顔が憎悪に歪む。

 今の僕の声が、血で出来た依代ではなく、肉体をもって発せられたからだ。

「貴様……!」

 ジェーンの体、ジェーンの声帯での言葉だが妙なことに通じたらしい。

「そうさ、僕さ」

 ジェーン・エルロンドの体、目と耳、五体の全てを僕が動かしていた。

 肉体のある感覚。

 風の匂い、空気の重さ、肌を通り抜ける月の光。

 どれも生前と変わらなかった。

 超感覚がないから繊細さはないが受け取る側の心が変わらなければ大枠は変わらない。

 そして、僕は細かいことはあまり気にしないタイプだ。

 何も問題ない。

「さあやろうか。知っての通り、僕は宇宙一のヒーローだ。これでも強いんだぜ?」

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