【十一】-1 君達は戦士だ
【十一】
鉄火山が外で人に見られたくないということで、
僕は彼女をジェーンの寝ている所に連れてきた。
侵略の話を続ける前に、
鉄火山は僕が知っている昔のクマ王国のスポーツについて尋ねてきた。
スゲーマンというヒーローになって、
ヴィランを何人も倒した。
だが、べつに年がら年中人を殴っていたわけではない。
出身地を公開していたわけではないが、
僕はチャリティや交流会には積極的に参加していた。
そうすることによって、間接的に秋田県――ちょうど秋田クマ王国へと変わりつつあった故郷を支援しようともしていた。
ある日、昔ホームステイしていたクマ王国の親友から相談を受け、
僕はクマ王国へスポーツの視察に来た。
階級や体重差、それ以上に文化や交流の問題から、
僕の時代、クマと人間が同じフィールドでプロの試合をすることはなかった。
だが、僕としてはなんとしてもクマと人間が、
遠慮なくスポーツや交流を楽しめるようにしたかった。
ヒグマとボクシング、ツキノワグマと相撲、
シロクマとアメフト、子グマとeスポーツ。
親友は「フィジカル差がありすぎ」と難色を示していたが、
僕としてはそれは将来的に何とかできると思っていた。
クマと人の未来のためには助力を惜しまないつもりだった。
クマ王国で爆発的に流行ったスポーツ。
それは球技だった。
特に、バスケとサッカーが圧倒的だった。
彼らの恵まれた体格を考えると、流行るのは格闘技や武道だと思っていた。
「ボール取れ3番ーーーー!」
「シャケーーーー!!!」
舞い上がったボールをクマが顎を開けて咥えた。
ナイストラップだ。
この頃は、人間由来のスポーツだったから、
口で球を咥えることに関するルール整備がまだされていなかった。
ローカライズというのはとてもユニークだ。
餃子が焼かれるようになり、
カレーにロースカツが乗ったり、
寿司にアボカドが使われるようになったり。
「そちらのゲームにも勝るとも劣らないエクスタシーな試合になると思いますよ」
南米からプレイ監修も兼ねて出向し、
そのまま監督になった男性が言った。
マテ茶の入ったバカでかい水筒を肩から提げ、
絶えず水分補給しながら選手に指示と檄を飛ばしている。
目の前で行われているのは、
クマ王国内での要望の高まりを受け、早くも発足したプロリーグの試合だ。
サッカー観戦歴のない僕には何が何やらわからないが、
激しい戦いが繰り広げられているのはわかった。
それでも、僕の素人目にも一つだけ理解できることがある。
僕の理解では、クマ王国のサッカーはとにかくアグレッシブだ。
肘を対戦相手にがしがしぶつけて、
スライディングも低空を飛行するように繰り出している。
体育のサッカーとはまるで違っていた。
まるで肘打ちとドロップキックだった。
これ、ファールじゃないんだなあ、と
僕は父が持っていた古典名作サッカー漫画の激しさが
そこまで外れていなかったことを知った。
空中でのボールの競り合いに至っては
膝を相手の牙にぶつけさえしている。
それでもカードの一枚も出なかった。
とにかく後ろにパスを出すということがない。
それどころかボールを足下で転がすということもない。
ワンタッチしたらすぐにボールを他に回している。
それも、前に前にだ。
南米監督が率いるチームの選手が
相手ゴール前に出されたパスを咥えて
体ごと捩じ込もうとしたところを、
ゴールキーパーに押し留められたところで、
前半終了のホイッスルが鳴った。
「OK、みんなさっきの戦いのことを反省しよう。
プレイの切り替えの時、君達は地面を見ているがあれはなんだ? 小銭でも探しているのか?
どこかの誰かが埋めた干し鮭でもほしいのか?
ケチなプレイをしたいならここじゃなく公園でやれ」
ロッカールームでつかの間の休みを取る選手達を
監督が叱りつける。
こういう所にあまりいたことがないから、実に新鮮だ。
泥と汗の強い匂い。
それと、超嗅覚で嗅ぎ取れる、
選手達の体内で高まり続けるアドレナリンの分泌。
「まさか君達はこの私の指導を受けてまだ球蹴りをやっているつもりなのか?
忘れるな。君達は一度、フィールドに立ったら例外なく戦士だ。
良き戦士とは弛まぬ向上心と克己心、それに闘争本能があってこそなのだ。
良き求道家、良き哲学者、良き数学者、なにより良き一市民であってこそ戦士たりうるのだ。
ならばわかるな? 芝生を見下ろしたら、そこは地獄への門だ。敵を睨み、分析しろ、戦士ならな」
「「「「はい!!」」」」
うーーーーーん、これがアスリートの現場なのか。
監督の喝で停滞気味だったチームの空気が一瞬で引き締まった。
薄々、学生時代に察していたが、
僕には合わない激しさだ。
けれども、こういう空気の下で団結できるのは羨ましい。
「やることはわかったな。
君達は戦士だ。まずは獲物に狙いを定めろ。
そして見定めて、考えるんだ。誰を削るべきかをな」
……削る?
「サッカー選手の肘打ちは、表向きは禁止されている。何故か分かるか?」
「下手に当たったら敵が流血するからです!」
「だが我らはムエタイさながらの肘打ちを取り入れたサッカーを目指している、何故か分かるな?」
「上手く当てたら流血なしにエースを潰せるからです!」
監督が両手を叩いて拍手喝采した。
「ブラーヴォ!! 完答だ!!
審判にあげる干し鮭は毛皮に仕込んだな!
奴らは卑しいからチップが欲しい時は笛を吹くんだ!
顔面に肘をぶつけただのなんだの、腑抜けたことを言いながらな!」
「あの、それ賄賂ですよね?」
スポーツ音痴の僕でも
そろそろこれはおかしいとわかってきた。
クマ王国にサッカーが歪んだ形で伝わろうとしている?
それはよくないような気がした。
「なんだ? スゲーマンはFIFAからの刺客か?
賄賂がほしいってのか」
「まあまあこれでも飲んでください」
チームのディフェンスが
僕にコップを差し出した。
「ありがとう」
中身は空。
代わりに立派な干し鮭が入っていた。
「いや……これは賄賂をよこせって話じゃなく?」
「3枚投入しとけ!」
「聞いてください、審判とかに賄賂を送るのは
スポーツマンシップに反するっていうか、
それたしか今の時代にやっちゃ駄目だってニュースで見ましたけど……」
「オーーーーーー……こんなところにチアガールが混じったぞ。
うちの観客はフーリガン以外出禁のはずなのに」
片手で両目を覆い、
この世の終わりみたいに天井を仰いだ。
「見ろ、みんな! これが戦士ではなく人間だ!
賄……チップを審判にあげることで
安物のシリコンを入れた売女の乳みたいにコリッコリのルールに
奇想天外な揺らぎが生じると理解していない!
時代に適応するのさ、今のサッカーは!」
「あの、ルールって普通は変わらないものじゃ……!」
「eスポーツを見ろ! 毎週ルールが変わっているも同然だ!」
「あ、あぁーーーー……そう言われるとそうかも」
…………えっっっっっっっっと、これどう言い返せばいいんだ?
安全面で言えばどれだけ鋭い肘打ちを受けても
クマならすぐに治るだろう。
クマ王国は世界で抜きん出た医学を持っている。
それなら安全面では反論できない。
お金の勝負は良くないとかにすべきなのか?
でもサッカー賭博って合法だって聞いたような……
スポーツとか勝負事に興味のない人生だったから、
こういう時にどうしたらいいか困ってしまうな……。
返答に窮しているとハーフタイムが終了した。
「さあ野郎ども! ここにいらっしゃるバカでかいチアガールに
我らのサッカーを見せてやれ!
レッドカードはーーーー!!」
「勝利の勲章!!」
「一枚も貰わずに今シーズンを終えたらぶっ殺すぞ!!
ストリッパーのようにイエローカードを束でパンツに挟んでこい!
0-0だから一点もぎ取ればこっちのもんだ! 取ったらスローインもFKもチーム全員フィールドから逃げ出せ!
泡吹いて追ってくる審判と相手選手に足を使わせろ! 観客席からの花火で聞こえなかったと言い訳するんだ!!」
「それSNSで炎上しません?」
僕の疑問はプロの世界では往々にして無視されてしまう。
「忘れるな! サッカーとは観客も入れた十二人で、相手チーム十一人を含む十二個のボールを蹴るスポーツだ!
潰してはいけないボールは白黒の一つだけ! それ以外は朝日を拝ませるな!」
異文化交流とは非常に難しいものだ。
良かれと思って教えたら予想外のことになるし、
意図的に妙な方向に行かせようとする者も絡んでくる。
それに、何より外から見たら不安になるような変化も、
当事者にとってみれば歓迎していることなのかもしれない。
様々なことに通じることだが、僕がどの立場からどれだけ声をかけるかというのは、
生涯を通じた壁であり、難題だった。




