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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第二章 ラザムの弟子たち
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読めない目的

 気がつくと、ゆらゆらと揺れるハンモックの上だった。

 パタパタと音を鳴らす布でできた部屋の壁、質素な縄組のハンモック。

 布製の壁と天井という部屋と、開かれた入り口ごしにみえる青空から、空の上にいるのだったと思い出した。

 折りたたみ式の部屋、ここは飛行船の中だ。

 テントでごちそうを見てから5日、ボク達は空を飛んでいる。

 八千を超える竜騎士部隊と一緒になってソレル公爵の館へと進む途中だ。


「まだ寝てないとダメですよぉ」


 ボクが身体を起こそうとすると、側にいたクリエが言った。

 床に座り込んだクリエは、黒猫のルルカンを膝に乗せた状態でボクのマントを繕っていた。


「ニャ」

「ほら、ルルカンも寝てろって」

「もう平気だよ」


 ふくれっ面をしたクリエに促されて横になる。

 ゆらりゆらりと揺れる船は、居心地がよいとはいえない。

 そんな不安定な船内で、チクチクと針を動かしマントを縫い合わせるクリエは器用だなと感心する。


『バスンッ』


 穏やかだなと思った直後、壁に何かがぶつかった。

 何事かとガバリと起き上がる。ハンモックが左右にゆれて、落ちそうになった。


「いたたた。また失敗しちゃったよ」


 おっとっととハンモックの上でバランスをとっていると、緊張感のかけらもないセリーヌ姉さんの声が聞こえた。

 どうでもいいやと、横になる。

 外から聞こえる会話から、姉さんは飛竜に投げ出されて壁に激突したらしい。

 人騒がせにもほどがある。


「ジルのお姉さんが楽しそうで、なんだか楽しくなるね」

「実の姉じゃないよ。姉弟子。気楽そうで羨ましいよ」

「フフフ」


 クリエは笑って応じるが、笑い事ではない……多分。

 ボク達は身の安全こそ保証はされたが、まだまだ気が休まらない状況にある。

 まずボクが万全ではない。

 スティミス伯との一件から一晩明けて、ボクの診断をした治癒術士は、当面は絶対安静だと言い切った。

 無理に無理を重ねて限界が来ていたそうだ。

 このへんの見立てはセリーヌ姉さんも同じだったので信用していいだろう。

 最低10日は横でいるようにと、診断された。

 薬でも治癒術でも治せない状況。

 それは生命の根源とでも言うべき魂の損傷が理由。こればかりは時間をかけて癒やすしかない。それが最低10日。

 その上、こうやってボクらを保護してくれている公爵に敵がいる。


「寝ておけといったはずだ」


 現状を考えていると、公爵が部屋へと入ってきた。

 小柄な少女の風体なのに威厳がある。

 それはひとえに彼女の眼力。

 焦げ茶色の長髪からのぞく赤い目は鋭く、目の下のひどいクマが、妙な貫禄を加えている。


「ジルはお姉さんが壁にぶつかって驚いたんです」


 睨みつけ責める口調の公爵に、クリエが柔やかに答えた。


「あぁ、あれなら心配ない。飛竜に乗って遊んでいるだけだ。落下したとしても自力で戻ってくる」


 そうだろうなと思う。

 ボクだって落下中に飛翔呪文を使うくらい容易い。


「クリエの言う通りです、公爵様。物音に驚いただけなんです」

「リーリと呼べと言っただろう」

「物音に驚いて起きただけなんです、リーリ」


 ボクは言い直して横になる。

 公爵様は、かしこまった言葉使いが嫌いらしい。

 会った時から、リーリと呼べとうるさい。

 公爵についてはわからないことだらけだ。

 ソレル公爵、リーリ・ソレル。

 ボクより2歳年下、つまりは15歳。彼女は、15歳にしてソレル公爵領の支配者らしい。


「ん、どうした? ジル、何か言いたい事があるのか?」

「すこし反乱の事を考えていただけですよ」


 ボクは公爵の敵……とどのつまり彼女が直面している自領の反乱について口にしつつ横になる。

 横になったボクに対し公爵は満足げに頷いて「想定済みだ」と話を始める。


「私が公爵領を離れればこうなるだろうと思っていた。私のような小娘が、公爵として領地を治めることに不満を抱く者は多い」


 もっともな話だ。

 一見した公爵は年相応の少女だ。

 クィントスやウルグも数日前まで、彼女には後ろ盾となる親類などがいる……つまりはお飾りの公爵であることを疑っていた。


「それなのに自領を離れた?」


 領地を離れれば反乱が起きる。それが分かっていて領地を離れた。

 公爵の目的が本当にわからない。

 そこまでのリスクを冒して軍を進めた理由が……。

 考えてみればスティミス領を攻めるには兵が少ない。特にセーヌー公爵が20万近い兵を出したという現実を目の当たりにするとなおさらそう思う。


「そうしないと、ダメだったのだ、私は……」


 公爵……リーリは言いよどむ。

 一瞬だけ、彼女の力強さがかき消えて、いまにも崩れて壊れそうな印象を持った。


「駄目だった?」

「いや、まぁ、一度くらいは反抗させてやるのも一興だということだ。言葉でわからないのなら力の差を見せれば良い」

「ところで、王やセーヌー公爵の攻撃は?」


 リーリは、反乱の他にも対処しなくてはならない敵がいる。

 それは王をはじめとしたいくつかの大貴族。

 総勢20万を超える大軍勢だ。


「軍を編成しつつ進軍しているようだな。わかっている範囲では、王はスティミス伯爵に騎馬兵を2万貸し与えたようだ。その兵を使い、私に奪われたスティミス領を取り戻し、さらにはソレル領へと攻める心づもりだろう。そして奴に続いて、セーヌー公爵と王の兵が……攻めてくる。動いた私が煩わしいのか、聖王の力を示したクリエが目障りなのか」


 想定以上に他領の反発があって笑ってしまうな、と彼女は締めくくった。

 発言の厳しさとは違って、彼女は楽しげで頼もしく見える。こうやって話をしていると、リーリは強さと脆さの振れ幅が大きい。公爵にふさわしい風格を見せることもあれば、今にも壊れそうな雰囲気ものぞかせる。


「奪いとったスティミス領の防衛は?」

「戦うのは無駄だ。撤退した」


 今回の進軍によって得た領地を失ったはずなのに、リーリは気にもとめていない。

 やはり領地が目的ではないらしい。


「スタンピードが肩すかしだった……ただ、それだけだ」


 リーリは肩をすくめてみせてから、言葉を続ける。


「だから、私は全力で撤退し、体勢を立て直さねばならぬ。スティミス伯爵はともかく、王やセーヌー公爵はそこまでこの戦いに執着しないだろう。もともとスタンピード対策に用意した兵だ。侵攻のための準備はしていないはずだ」

「でも、反乱をした領主が味方すれば?」


 反乱はソレル領の街を治める領主達が一斉に蜂起したことで起きた。

 彼らが反転攻勢となったスティミス伯爵に味方することは想像に難くない。


「ソレル領を襲うために必要な物資はまかなえるだろう。もっとも、ソレル領は、自然の要塞でもある。反乱を鎮めれば、侵攻をしのぐのは容易い」

「侵攻よりも先に、反乱を鎮める必要がある……と?」


 少し甘い気がした。反乱を鎮めたとしても、大軍をせき止められるのか?

 竜騎士とはいえ八千の兵で押さえられる規模の街が、そこまで守りの要になるのか?

 領地に大軍を残しているのだろうか?


「大事なのは街ではない。橋だ」

「橋?」

「あぁ、口頭での説明より見た方が早いだろう。そろそろ見えてくる。橋の街ラントエテク、初代ソレル家が持てるすべてをつぎ込んで興した街だ」


 リーリはボクに起きるように言って、それから外で説明を続けると言った。

 それから「本当は寝ていて欲しいが、見ないのも不安だろうからな」と付け加えた。

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