閑話 コモンとアンコモン
ソレル公爵とスティミス伯爵の一件が終わった頃のことだ。
ジルが眠りに落ちた時、やや離れた場所を馬車が疾走していた。
青毛の馬は赤い息を吐き、馬車の車輪は青い光をまき散らす。
それが普通の馬車ではないのは一目瞭然だった。
だけど荷台は質素でありふれたもので、一人の男が横たわっているだけだった。
「痛ぇ、あーくそ、畜生」
横たわった男……紅蓮の賢者ズィロが大声をあげる。
「師匠、うるさいっス」
御者をしていた少女がため息交じりに答えた。
深くローブをかぶった赤毛の少女は、笑みをうかべ背後のズィロを心配していない。
それどころか「まったく大げさなんスよね」と付け加える始末だった。
「痛えんだよ。くそっ、なんとか足はつながったが、うごかねぇ」
「あっ、けがの治療なら問題ないっすよ。王様が宮廷医師をわざわざ派遣してくれてるっスから」
「そうか」
痛い痛いと喚いていたズィロが、フッと真顔になった。
「でも、師匠もあたしをつれてきて、王様も宮廷医師を派遣して、敗北前提で動いてるんすね」
「相手がジル坊だからな。あいつはガキの頃から異様に強かった。なんどボコられたことか」
「師匠が弱いだけじゃ……」
「あ? つか、俺も本気じゃなかったしな、あの頃は」
「わー、言い訳が小物っぽい」
「ちげえよ。あいつがガキだったから本気で殴れなかったんだよ。今回は、まぁ、違えけどな……にしても、ソレル公爵の動きがことごとく想像の逆をいったのが痛かった。おかげで成果無しだ」
「足も痛いし、状況も痛い、痛いづくしっスよね」
少女がケタケタと笑う。
笑い声にズィロは大きくため息をついて、揺れる荷台で大の字になった。
「それにしても、処刑魔法か……」
「どうしたんスか?」
「魔法は、コモンとアンコモンに大別される。誰でも学べば使えるコモン魔法と、魔法の研鑽の先に得る使い手の独自魔法たるアンコモン」
空をぼんやりと眺めてズィロが言った。
「え? いきなり授業っスか? それくらいわかりますよ。魔法の使い手として、コモンを学び、アンコモンを創造して一人前……さらに自らのアンコモンを一般化して、新しいコモン魔法を世に広めてこそ本当の魔法使いって奴っスよね」
「そうだな。で、それで終わりか?」
さらに問われた少女は「えっと」と一呼吸おいて笑った。
「あっ、あたしは最速の魔女を目指してるっスから。スピードアップの魔法を研究中っスね」
「お前の話はしてねぇ」
「えー。爆風に紛れて隠れた師匠を助けたのはアタシっスよ。高速の動きで!」
「わかったわかった。でも、やっぱり、お前の話はしてねぇ」
「うわぁ」と少女はうめいた後で、眉間に皺を寄せて考え始めた。
馬車の操作がおろそかになって左右に蛇行する。
大きく揺れた荷台の端でズィロが頭をぶつけて呻いたけれど、彼女はお構いなしに考え続けた。
「アンコモンは、その人の興味や嗜好が反映される。人となりが根っこにあって、どれだけ望んでも、自らの生み出す魔法は、自分の思考からは逃げられないって話っスか、師匠?」
答えを見つけた少女は振り向いて得意満面に語る。
「それくらい即答しろよ。あと前を見ろ。それから師匠と呼ぶな、先生と呼べと言っているだろうが」
「ちぇっ」
「ジル坊は、処刑魔法といった。円形ギロチンだったか……最初に顕現した木枠は人の動きを拘束し、それから確実な切断を目的とした刃物を生み出した。あの魔法はアンコモンだ」
「師匠の足を切断した魔法っスね。師匠が死んじゃったかと思ったし、遠目からも禍々しさが凄かったっスよ」
軽く手綱を振るった少女は目を細めて声をあげた。
思い出すのも怖いといった様子で、彼女の表情が硬くなる。
「あの魔法とジル坊の性格がかみ合わないのが気になる。処刑魔法にあったのは、徹底して合理的な殺害のための挙動だった。考えぬかれた殺意。まさしく処刑」
「長い間に性格が変わったとか?」
「少し言葉を交わしたが、そんなことは無かった」
「じゃ、アンコモンじゃなかったとか? 実は一般魔法化に成功していました……とか?」
「あの尖り具合は、アンコモンだ」
「なら正解は?」
「さーな」
ぶっきらぼうに声をあげたズィロが「あぁーあ」とひときわ大きく喚く。
「つか考え事して気を紛らわせようと思ったけどよ、足が痛くて考えがまとまらねぇ。ついでに頭も痛ぇ。コブが出来てる」
ズィロが不機嫌に叫んだ。
叫びを聞いた少女はケタケタと笑ったあと、首をかしげる。
「頭? どうしたんスか?」
「お前の蛇行運転で、さっき頭を荷台のへりにぶつけたんだよ。アホ」
ズィロの罵倒を笑顔で受けて、少女は馬に鞭を入れた。
そして馬車の加速を感じつつ「本当に無事で良かったっス」と呟いた。




