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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第二章 ラザムの弟子たち
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慌ただしさの中で

隣で大笑いするアーバンの豪快な声を聞いて、なんだか力が抜けた。

 巨大な蛇の幻は消え去って、慌ただしさは以前残るが緊張感は消えている。

 つまりスティミス伯の合唱魔法は消滅した。

 これで危機はさったと考えて良いようだ。


「小僧は、抑止効果を受けたのは初めてか?」

「そうだよ」


 答えながら、ボクはしゃがみ込む。

 なんだかボーッとする。立っていられないほど疲れていた。


「初回は異常に効くからな、あれは。少し休め」


 そんなボクを見て、アーバンは顎に手をやって頷いた。


「お言葉に甘えるよ」


 地面に寝転がることにした。ひんやりとした地面が心地よい。


「ふー」


 大きく息を吐くと、ようやく休んだ気になれた。

 パチパチと音を鳴らすかがり火と、慌ただしく歩き回る兵士達、森の中でその2つだけが目立っていた。

 公爵は軍の立て直しをしているが、被害はそれほどなさそうだ。


「大丈夫?」


 ややあって、クリエが駆け寄ってきた。アーバンの姿はすでになく、入れ替わりにクリエがそばに座る。


「たいしたことないけれど、疲れちゃった」

「そうだよね」


 クリエと先ほどあった出来事について話をする。

 ボクとしては、長い時間の戦いだった気がしたが、ほんの少しの出来事だったらしい。

 外が騒がしくなったと思ったら、すぐに静かになったといった感覚だったとか。


『グゥ』


 安心したからか、お腹が鳴った。


「なんだかおなかすいちゃった」

「ジルはそのまま寝っ転がってて、取ってきてあげる」


 小さく笑ったクリエがサッと立ち上がってテントへと戻っていく。


「あとは公爵しだいか」


 離れていくクリエに視線をやりつつ考える。

 公爵は、スタンピードによって起こる混乱に乗じてスティミス領へ侵攻した。

 戦闘では勝利しているようだが、まだ終わっていない気がする。

 そもそも、今回の侵攻は何をもって終わるのだろう。

 対峙したスティミス伯は、敗者という様子ではなかった。まだ、公爵と伯爵の戦いは続きそうだ。


「それにしても疲れた」


 休める時に休まないとな。公爵の兵も、アーバン達もいる。

 とりあえず強力な味方がいるのだから回復に専念……そう思っていた時だ。


「リーリ様!」


 ザッという音を伴って空から落ちてきた人が叫んだ。

 なんだろうと、わずかに上体を起こして見やると、一人の兵士が片膝をついて公爵へ何かを訴えていた。

 公爵は無表情で話を聞いている。余裕そうだが、逆に周囲の兵士達は険しい顔だ。


「今度は何だろう」

「重装歩兵17万が向かってきているんだとよ。セーヌー公爵の兵らしい」


 成り行きを見守るボクに答えをくれたのは、ビカロだった。

 彼はジョッキを片手に、いつの間にかボクのそばに立っていた。


「ソレル公爵軍は?」

「竜騎士が8千」


 ビカロが盗み聞きした話を説明してくれる。

 王領にいたセーヌー公爵の兵士が、こちらへと向かっているという。他に、王の直轄兵として騎兵が3万、三公八伯の一つであるツーフェ伯も兵を出す可能性があるそうだ。


「合計20万以上か。セーヌー公爵の重装歩兵は……やっぱりスタンピード対策だったんだろうね」


 セーヌー公爵領は、世界で最も力をもつ大貴族だ。王よりも、多くの兵をかかえ、財力も相当なものだって聞いたことがある。

 そして、問題はそれだけで終わらない。


「やれやれ、まだまだ安心はできそうにない」


 ペシペシとはげ頭を叩きながらアーバンが近づいてくる。


「重装歩兵なら、ジル・オイラスに説明した」

「ビカロは、聞いてはおらんかった……まぁ、いいか。そっちもそうだが、ワシが聞いたのは、それに加えてソレル公爵領にある街という街で反乱が起きたって話だ」


 自領で反乱。ソレル公爵は、外も内も敵、敵ばかりらしい。


「敵がどんどん増えるね」


 まるでボクのようだと思いつつ、再び仰向けになる。

 空には飛び回る飛竜がみえた。ソレル公爵の兵だ。夜空の星を覆い隠す飛竜の影は、守られている感覚を与えてくれる。

 状況はとても悪いはずなのに、敵の姿が見えないせいか妙に気が楽だ。


「敵ばかりではあるが、まだ距離はある。ソレル公爵も取り乱すこともない。それどころか、ワシらに厳しい状況を隠そうともせん。想定内ということだろう」

「なら、とりあえずは、今日は、大丈夫だ」


 これからのことを考えようとしたら、急な眠気が襲ってきた。


「どうした?」


 ビカロの声が聞こえる。


「巨大な竜に、ズィロ、スティミス兵に、逃避行、そこからまたズィロに、スティミス伯爵。よくやったよ、ジル君は」


 続けてセリーヌ姉さんの声が聞こえた。ボンヤリと見えた姉さんの顔は妙に優しかった。


「もう大丈夫……とりあえずはさ。だからお休み。もし何かあっても、この私が降りかかる火の粉を払ってあげよう」


 続けて姉さんの穏やかな声を聞きつつ、ボクは眠りに落ちた。

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