くだらないやりとり
「脱獄前に、少し罪滅ぼしをしておこうかと。そのための情報収集さ」
フェンリルの質問にビカロは即答した。
「ジル坊に会うことが罪滅ぼしになると?」
「そうじゃない。ここに来たのは情報収集にすぎない。集めた情報で罪滅ぼしをする。で、何をやるかは考え中。ちょっと手を貸したい人がいてね」
「それはクリエ嬢だな。なんどか視線を感じた」
クリエの名前が出てきたことに「え?」と思わず声がでた。
思った以上にその声は大きかったようで、ビカロは軽くステップを踏み、ボクから距離をとった。
「なんだか人聞きがわるい。まぁ、クリエさんに手を貸したいというのは本当だけどな。彼女を傷つけてしまってね。脱獄前に、罪滅ぼしをしたい。もっといえば、彼女にマシな生活をさせてやりたい」
ビカロはボクを見て、にやけ顔で弁明した。
両手を突き出しフルフルと軽く振る仕草がうさんくさい。
「傷つけたって?」
何をやらかしたのだと、ビカロに問う。思わず語気が荒くなったが、しょうがない。
「あぁ、いや。酷い言葉を吐いてしまった。彼女が善意からしてくれた差し入れに、文句をな……」
「文句?」
「いや、そのだ……クッキーが小さいって……」
思ったより、しょぼい話だった。
差し入れが少ないって。見た目と違って子供っぽい事で怒る人らしい。
「いい年してるんだから、お菓子の量で怒っちゃダメだよ。で、話を戻すけど、独房の人と会うのと、クリエの生活を良くしたいは別の話に思うけど」
「だから情報収集さ。いくつかのプランは思いつくが、俺の手段は非合法なものばかりだ」
「非合法は不味いよ。だってクリエは善人だよ」
「あぁ、そうとも。だから独房を巡っている。この監獄が、前評判通りなら、この監獄には彼女の力になれる人が可能性が高い」
「ウルグのような?」
「まぁな。ここは政敵を排除するにうってつけだ。処刑には抵抗があっても、一時の投獄なら……いいだろうってやつだ」
一時の投獄か。ふと部屋のスライム状の身体を震わせるローベが目にとまった。
「でもさ、一時にはならないでしょ? そこのローベが悪さをしていたわけだし」
「お偉いさんにとって、手を汚さなければいいんだ。戻ってこないことが分かっていても、目の前で処刑されるよりもマシだってことだ。別に正義感からじゃない、罪悪感を減らしたいってのが理由だ」
「勝手なもんだ」
「貴族など勝手な者ばかりだ。だから、そういう理由で、ここの独房の住人はそれなりの地位にある者ばかりだ。お前だってそうだろう? 太虚のジル」
たいきょ?
なんの事だろうとフェンリルを見ると「嘆かわしい」と小さく呟いた。
「嘆かわしいってなんだよ」
「ラザムがお前につけた二つ名だ。大空、根源、そのような意味を持つ」
のそりと立ち上がったフェンリルが、ボクに近寄ってくる。
そして、もう一度「嘆かわしい」と呟いてから言葉を続ける。
「ジル坊は、ラザムを尊敬しているといいながら、その尊敬すべき師匠のつけてくれた名前は忘れるのだな」
「名より実だよ。やっぱり」
自分に二つ名があるとは驚きだ。
家から出ない人間に「おおぞら」とか、変な感じだ。
「まぁ、いい。だが、なぜ……ビカロと言ったか、お前はそれを知っている。ジル坊は、賢者として呼ばれるにふさわしい者ではあるが、そこまで有名ではないぞ」
「そりゃ、上級看守室にあった囚人リストを見たからな」
「え? どうやって?」
ビカロの言葉に驚く。ボクがルルカンやチャドを使って、じっくり進めていた事を、彼はすでにやり終えていたらしい。
「普通に、忍び込んだんだが……。怪盗ビカロの名は伊達じゃないだろう?」
「そうなんだ」
「微妙な反応だな。まぁいいか。ともかく、俺にとっては、この監獄程度なら庭のようなものだ。ここの看守達は、思うに、そこの……えっと、ローベに頼り過ぎていたってことだろうな」
「すごいね」
「ちなみに、昨日から飯も看守達と一緒に食っている。チョロい奴らだ」
「バレないの?」
「適当な看守に変装しているからな。人は他人の顔をまじまじと見ない。声と雰囲気だけでごまかせる。ちなみに、ここの飯は意外と良い。今日の海鳥のソテーは強めの塩がアクセントになっていた」
骨付きの、鶏肉?
「ずるいよ」
「飯なんてどうでもいいと思っていたんだがな。実はそうでも無いらしい。自分の事はわからないものだ」
ちらりとフェンリルを見る。こいつ、また寝ている。
なんてことだ。このビカロという人といい、フェンリルといい、自分ばかり良い物を食べている。
「で、結局、ビカロさんは食事が美味しいって言いにきたってこと?」
「いや。情報収集だと言っただろう。さっそくの質問だが……」
『カンカン』
聞き慣れた扉をノックする音。差し入れの時間らしい。




