変質者
「3匹目」
ボクは斥候虫の死骸をポイと投げ捨てる。
ゴンと鈍い音をたてて、独房の隅っこにソレは落ちた。
以前と同じ手をつかった。鳥のチャドで斥候虫を誘導して、独房に誘い込んだあとは、手刀でひと突き。
それにしても、ボクが倒しただけで3匹目。これだけではないだろう。
「兵士が倒したものを入れれば4匹目か」
フェンリルがピクピクと動く斥候虫に向かって言う。
「そうだね。4匹……。これでスタンピードは、村一つ潰せる規模って確定だよ。最悪だね」
「これだけ簡単に見つかるってことは、倍はいると見積もっていいだろう。そうなれば街一つが壊滅するレベルのスタンピードということになるぞ、ジル坊」
「笑って済ませる状況じゃなくなった」
乾いた笑いでフェンリルに答える。
その危機感は、看守達も同様らしく、塀の上にもうけてあるバリスタなどの装備を調整したりしている。
だけど、看守達には他の考えもある。
「中央には事後報告でいいだろう」
「神官は報告などとぬかして、出かけたままだってよ」
ルルカンを使っての調査をしている時に、看守達が熱中していた会話。
彼らには逃げるという選択肢がある。むしろ、立ち向かうよりこちらのほうを選択しそうだ。なんといってもここは監獄。居るのは犯罪者ばかり。見捨てても問題無い人ばかりだろう。
殺すにしのびない囚人がいたとしても、少数なはず。一緒に逃げればいい。
「良い知らせがそろそろ欲しいよ」
ゴロンとベッドに寝転んだボクは、フェンリルに向かって愚痴る。
考えていくと気が滅入ってしょうが無い。
「ウルグには頼んでいるのだろう?」
「そうだね。彼の計画がうまくいったら、クリエを彼の助手にしてもらって、一緒に伯爵領へと行ってもらう約束」
ウルグに協力するかわりに、クリエだけでも逃がせないかもお願いした。
服従と同調の魔法陣とひきかえの協力関係だったので、彼には断るという選択肢もあった。だけれど、ウルグは心良く承知してくれた。
「他には何か考えているのか?」
「斥候虫の瘴気に引かれた魔物を狩るよ」
チャドを見て考える。
あんまり気が進まないが、こいつとルルカンを使い魔として契約しようと思っている。
ここでいう使い魔は、従属の契約を結んだ動物の事だ。
魔法の契約は、難点も多いがメリットも大きい。
チャドやルルカンも、使い魔としてしまえば、戦闘能力が格段にあがる。そのうえでボクが操れば、近隣に集まってくるような魔物なら軽く倒せるだろう。
「まぁ、ジル坊が前向きなのは良いことだ」
フェンリルが他人事に言った。
幻獣は人とは違う。スタンピードを前にしても普段通りだ。この様子だと、スタンピードを阻止しようとか、被害者を減らそうなんて考えていないだろう。
クリエを守るという約束を、フェンリルが受けてくれただけで良しとするしかない。
もっともそれでクリエが絶対安全というとそうでもない。いくらフェンリルが守るといっても、限界はあるのだ。
そうとなれば……どうしようかな。
「ちょっと邪魔するぜ」
スタンピードについて考えていると、声がした。
採光窓に声の主はいて、それはズルリとうごめき独房に入ろうとしていた。
すぐさまそれが人間だと気がついた。頭がなんとか入る程度の窓から人がはいってくる。
真っ赤な短髪の男だ。不気味なほど綺麗に手入れのされた半袖半ズボンの簡素な服を着ている。白をベースに青のラインが入った服で、あまり馴染みのない服だ。
彼は、まるで軟体動物のようにズルズルと入ってくる。
そして音も無く地面に落ちて、ユルリと立ち上がった。
「なんだこりゃ?」
男は入ってくるなり独房をキョロキョロと見回しあきれ声をあげた。
「それはこっちが聞きたいよ。何者?」
「ははは。そうだよな。俺の名はビカロだ。怪盗と呼ばれていた、怪盗ビカロと言えばわかるだろう?」
ビカロ……どこかで聞いた事があるような、無いような……。
そのセリフから推測するに、有名人らしい。
真っ赤な短髪、細身で背が高い。年はボクより年上だ。30歳くらいだろうか。
整った顔立ちでニヤけた表情。第一印象は軽薄な男といった感じだ。
彼はボクが黙っていると、キョロキョロと辺りを見回し始めた。
「この部屋だけ異質だな。犬、猫、鳥に、壺の山……棚は少し変わった品物だな」
「あっ、その棚は自作なんだよ」
拾ってきた枝を組み合わせて作った棚。自作の棚には愛着がある。
「そうか。ここまで好き放題している独房は初めてみた」
「他?」
「ここで最後だ。他の独房も見て回った。黒手に巨壁、二つ名持ちがわんさかいる。あとはお偉いさんも。噂はどうやら確からしい」
「噂?」
「ここが帰らずの監獄ってことだ。なぜだかここに来ると廃人になるって話だな」
廃人か、チラリと部屋の片隅に控える魔法生物ローベを見る。
ローベに触れると、生気を奪われてまともな思考ができなくなる。無力化しておいて本当に良かった。
当のローベは、意思があるわけではないが、ボクが見るとプルリとゼリー状の身体を震わせた。
「だから、この監獄は便利に使われている。もっとも俺が会った奴らは全員普通だった。最近になって異変があって、それで元気になったらしい。ここに放りこまれて10年近くになる奴もいる。そんな彼らも最近まで記憶があやふやだった。帰らずの監獄という二つ名は伊達じゃない」
ボクを気にすることなく続いたビカロの話はそう終わった。
「それなら、そこのローベだよ。あいつが定期的に独房をまわって囚人の生気を吸ってたんだよ」
ローベを指さしながらビカロに伝える。
相変わらずローベはプルプルと身体を震わせるだけだが、こいつは思ったより悪質だったらしい。
「お前が対応したのか? どうやった?」
「ゼリー状の外皮は熱に弱いと閃いて、独房にある全ての液体を沸騰させた。加熱の魔法でね。独房を一つの器と見立てたんだよ。そっから先は力尽く。魔力で無理矢理に支配下へ置いた」
「この部屋を……それから支配下か」
ビカロがまじまじとボクを見る。
探るような視線がくすぐったい。
「で、とにかくお前は何を目的としてきたのだ?」
そんなとき、部屋の片隅で寝ていたフェンリルがビカロへ質問した。




