第玖拾壱巻 活気付ける?
第玖拾壱巻 活気付ける?
「んっ、この音色は」
典人が、散歩がてら改装工事の状況でも見に行こうと、砦の建物から出て敷地内を歩いていると、何処からともなく聞いたことのある音色が耳に入ってきた。
それは以前、『牢獄核の間』で『琵琶牧々』の日和が奏でていた琵琶の音色だった。
よく聞けば、その音は正門の方から聞こえてくる。
見に行こうと思っていた改装工事の現場は裏門の方だが、別に急いでいるわけでも無し、気分転換の散歩がてらだという事で、典人は正門の方へ足を向けることにした。
その音の方へと辿って歩いていくと、砦の正門付近から琵琶を奏でている音が、一層大きくはっきりと聞こえるようになってくる。
さらに音のする方向に典人が歩いて行くと、何やら正門前のちょっとした広場に人だかりができていた。
「何やってるの?」
典人が手近にいた女の子に後ろから覗き込むように、声をかける。
「あっ、御館様、こちらへどうぞ」
声をかけられた『藤原千方』の『隠形鬼』である千隠がいち早く典人のために場所を空けてくれた。
「日和ちゃんと美琴ちゃんが、演奏会を開いてくれてるんですよ」
千隠の空けてくれた場所に立つと、隣にいた『方相氏』の練が教えてくれた。
砦の正門前はちょっとした広場になっており、路上パフォーマンスには確かにうってつけの場所である。
そこに『琵琶牧々』の日和と『琴古主』の美琴がそれぞれ、琵琶と琴を配置してミニコンサートらしき催しを行なっていたようだ。
「鬼族の間では日和ちゃん、物凄い人気なんですよ」
『橋姫』の姫刃が教えてくれる。
「へえ」
そういわれてギャラリーを見渡してみれば、周りには正門前のため、『牛頭馬頭』の司宇と真宇や『橋姫』の姫刃をはじめ、『紅葉の鬼』の藻美慈、藤原千方の四鬼の面々、『方相氏』の練、『縊鬼』の委築など、他にもギャラリーはいるが、見事に鬼の系統の妖が多く揃っていた。
「というか現代の時代に合わせて言うのならば、アイドル的な存在ですかね」
『藤原千方』の『土鬼』である千土が説明してくれる。
「へえ、そんなに人気だったとは知らなかったよ」
改めて典人が周りを見渡せば、確かに皆うっとりとした表情を浮かべ、日和の演奏に聞き入っていた。
「お粗末様でした」
一曲演奏を終えて、日和が可愛らしくペコリとお辞儀をすると、聞いていた女の子たちから拍手が起こる。
「はあ、日和ちゃん。可愛い。もう、門に縛り上げて吊るしちゃいたいくらい愛しいわ」
『普段はキリッとした感じで仕事をしている委築が、うっとりと陶酔した表情で呟く。
「その愛しさは、駄目な愛だろ!」
典人は委築が隣で恍惚とした表情を浮かべながら口走った言葉を聞いて、思わず全力で突っ込みを入れていた。
実際、過去の逸話には、ある琵琶の名器の音色に魅了された鬼が、その琵琶を盗み出し、朱雀門に紐で吊り下げたというものも残っている。
そんな話は知る由もない典人ではあったが、妙に不安に駆られて、片付けを始めていた美琴に近寄っていって話掛けた。
「美琴ちゃん、しっかり見張ってて上げてね」
「ま~か~せ~て~く~だ~さ~いぃ~」
相変わらずのおっとりとした口調で美琴が請け合う。
(こっちはこっちで不安だなあ)
「何をおっしゃいます典人様、よ~く想像してみてください。琵琶が縛り上げられて門に吊るされている姿を」
異様な熱の籠り方で持論を語った後、委築は琵琶が門に吊るされている光景を想像し再び恍惚とした表情を浮かべる。
それにつられてか、典人も琵琶があられもない姿に縛り上げられ門に吊るされている光景を妄想し、恍惚とする。
「「いい」」
二人の吐息交じりの感想がピタリと重なる。
だが、二人の脳裏に映るのは、似て非なる光景であった。
(…緊縛で羞恥で放置だなんて!)
「…ほう、緊縛で羞恥で放置とは」
『覚』の慧理がいつの間にやら典人の隣まで来ていて典人の心を読んでいた。
「なっ! 慧理、おまっ!」
「緊縛で羞恥で放置だなんて!」
「御主人様、何て高度なプレイを!」
それに反応した司宇と真宇がわたしたちもといわんばかりににじり寄ってくる。
「「一生憑いていきます!」」
「いや、オレが言ったわけじゃないから」
言ってはいないが、妄想はしていた。
「ああ、また新しい扉を開いてしまいそうな!」
「開かんでいい!」
「御館様に閉ざす門は有りません」
「何の門だ!? 何の!?」
「「聞きたいですか?」」
(本当にこの二人に突っ込んだら負けなんだろうな)
「……突っ込んでも大丈夫だと思う」
「だから慧理、そこまでにしておこうな」
◇
ヒヒーン!
「あれっ? 馬の嘶きのような声が聞こえた気がするけど?」
典人は砦内から馬の嘶きのような鳴き声が聞こえてきたことに疑問を覚える。
確かにここは砦だけに馬の厩舎であろう場所があったのは見て回って知っていたし、砦なら当然かとも思っていた。
しかし、この砦には馬はいなかったはず。
考えられるとすれば、 『馬魔』の瑠宇魔が妖力で具現化して出現させる玉虫色の馬を見たことはあるが、この馬は瑠宇魔が騎乗するとき以外は常時具現化していることはないので違うと思われる。
典人は興味を引かれて、馬の嘶く方へと足を運んだ。
ヒョイッと覗いてみた厩舎の中には、やはり確かに数頭の馬がおり、おいしそうに飼葉を食んでいた。
その近くで馬たちが食べている様子を見つめている『豆狸』の瞑魔の姿があったので、典人は近づきながら声をかける。
「どうしたの、この馬たちは?」
「ああ、森の開けた所に野生馬がいたんだよ。それを愛実たちが捕まえてきてくれたんだ。今はこの厩で世話してくれているよ」
勿論、これは嘘である。
実際は砦を襲撃してきた野盗『明烏』のアジトを逆に藻美慈たちが奇襲を掛け、その際に手に入れてきたものであった。
とは言え、野生かどうかなんて、典人が見て見分けがつくわけもなく、この先、馬は必要になるわけだし、野盗関係については典人には内緒にしておくことを皆で決めたので、一先ずは納得さえしてもらえる理由であれば何でもいいわけだった。
「へえ、この世界では野生種がいたんだ。地球じゃ、野生種はいなくなって、今確認されているのも大昔に飼われていた者が野生化したものだって、どっかで聞いたことがあったけど」
「そうなんですか? 知りませんでした。ご主人様は物知りなんですね。こちらの世界ではまだ存在するようですね」
『七人みさき』の長女設定であるみさおが餌の準備をしながら感心したように言う。
「それほどでもないけど」
典人が、みさおのその反応に照れたように右手を頭の後ろにやり掻き始める。
そこへ丁度。
『馬魔』の瑠宇魔もやってきた。
「どれ、妾の目に叶う馬はおるかのう?」
すると。
ヒヒッーン!
ブルルルルッ!
途端に室内にいた馬たちが、興奮したように暴れ出した。
いや、怯えだしたといった方が合っているだろうか。
「誰か、急いで愛実を呼んできておくれでないかい」
「わたし、行ってきます!」
瞑魔の声に、『ケセランパサラン』の世良が、返事するが早いか、即座に厩から飛び出ていった。
『鐙口』は昔、戦場に討ち捨てられた馬具が妖となったもので、ここでは一番馬の扱いに長けている娘である。
「連れてきたよ!」
それからすぐに世良は愛実を連れて戻ってきた。
愛実はすぐに馬たちを宥め落ち着かせていく。
「どうどうどう。よしよし、いい子だね」
その手際は見事なものであった。
ただ、馬たちは落ち着いてはいるものの、怯えた雰囲気は消えておらず、何かから距離をとるように一か所に固まって典人たちの方を向いている。
いや、どちらかといえば、典人たちの方を向いているというより、背中を見せないようにしているというのが正しいだろうか。
「突然、どうしたんだ一体!?」
いきなりの出来事に、典人は困惑してしまう。
「あっ!」
思い当たる節があったのか、みさおがポンと手を打ち、小さな声を上げた。
そして、瑠宇魔の方を向き、ピッと指を突き刺して言う。
「瑠宇魔さんは厩への出入り禁止です」
「なんでじゃ!」
以前も語ったが、もう一度語っておこう。
『馬魔』は路上を歩いている馬を突如として死に至らしめるという恐ろしい魔性の風で、この風にさらされた馬は肛門が何か太い物を突き刺し込まれたようにポッカリと大きな穴を空けられているという。




