第玖拾巻 英気を養う
90 第玖拾巻 英気を養う
典人たちが、牢獄核の結界のあった場所より外側、この世界の探索より帰還してから次の日。
朝早くから砦内の一部の改装工事が行なわれていて、少し騒がしい以外は典人たちが探索の旅に出る以前と変わらぬ、いつもの日々が続いていた。
そんないつもの朝食時。
ムシャムシャハムハム
大食堂の一廓ではいつもと違う、ある種、お約束のような光景が繰り広げられていた。
白い髪の色白の少女、『おしら様』の白葉が、木製のボウルに、山のようにこんもり盛られた葉物類を、ただ只管一心不乱に食べ続けているのである。
その食欲は留まるところを知らないように見えて、白葉の食卓の周りには食べ終わったボウルの積み重なった山が幾つも出来上がっていた。
それはもう大食い番組の出場者もかくやといった感じである。
というか、こんなにたくさんの木製のボウル、いったい、いつ作ったのであろうか?
答えとしては、『河童』の津渦波が妖力を使った能力の一つである『椀貸し淵』で具現化したものである。
『椀貸し淵』とは、その云われははっきりしないが、昔、塚や祠、池の淵に「膳椀○人前」と書いて投げ込んでおくと、翌日にはその数だけのお膳と茶碗が用意されているという伝承に即しているようだ。
ちなみに、典人がこの異世界に呼ばれてから、全員の食器が揃っていたのも、典人が来たことにより『牢獄核』が作動して妖力の回復し始めた津渦波の『椀貸し淵』のおかげであった。
ムシャムシャハムハム
「「はあ~!」」
周りの女の子たちも、呆然とした様子で、その食べる姿を眺めている。
「凄いですねぇ」
心底関心した様子で『木の葉天狗』の木埜葉が溜息を漏らす。
「そうですね」
「七人みさき」の次女設定であるみさらも、思わずといった感じで相槌を打っている。
ムシャムシャハムハム
典人も、そんな呆気にとられている見物人の集団の中にいた。
「これはいったい?」
突如、典人は腕を組んで考え込み始める。
しばらくして。
「まさか! 妖力が足りてないのか!?」
思い当たる節に辿り着いたのか、ふと、典人が心配な表情を浮かべる。
以前の食事時、『オボノヤス』の夜簾補から、食事は摂らなくても妖力で補えるが、食べることによって、妖力の節約になるというようなことを聞いていたからだが、他の女の子たちはいつもと変わりない様子で、白葉だけがこのような状態である。
「なあ、白葉ちゃん。何処か調子が悪いんじゃないのか?」
ムシャムシャハム
心配して話しかけた典人に白葉はしばし食べる手を止めてキョトンとした表情を典人に向ける。
「桑の葉じゃないのが、ちょっとね……へっ? 何で? いつもと変わらないよ」
「でも、今までそんな大食いキャラじゃなかっただろ?」
そう言われ白葉は自分の食卓の上のボウルの山を見渡し、合点がいったという様子で、大きく一つ頷いてから、典人を再び見た。
「ああ、これですか。ちょっと事情がありまして」
「事情って?」
「それは乙女のヒ・ミ・ツということです」
「なんだよそれは?」
「まあ、後日分かりますよ。あっ、麗紀さん、お代わりお願いします! どんどん持ってきちゃって下さい」
そういうと、またムシャムシャと葉物類を食べ始める白羽。
「はーい」
白葉の声に厨房の方から『木霊』の麗紀のおっとりとした返事の声が返ってきた。
ムシャムシャハムハム
「兎に角、調子が悪いわけじゃないんだな」
「ほれはほひょうひまふ(それは保証します)」
リスのように、両頬一杯に葉物を頬張りながら白葉が応える。
「口の中のものを食べ終えてから言え!」
お行儀が悪いから、良い子の皆は真似しないようにね。
そんなやり取りをしていると、しばらくして
「ヘーイ、白葉、オ待チドウサマデース」
両手に一つずつ持ったボウルにこんもりと山盛りの葉物類を乗せて『キュウモウ狸』のキキが、何とも楽しそうに踊るような足取りで厨房からやってきた。
というか、実際に踊りながらやってきたのだが、器用なことに、ボウルにこんもり盛られた葉物は全く落としてはいない。
「はりはトウ、キキはん、ムシャムシャハムハム」
食べる手を止めないまま、お礼を言ってボウルを受け取る白葉。
そして。
ムシャムシャハムハム
典人になんだか意味ありげな言い方をしたまま、再び一心不乱に食べ続ける白葉であった。
ムシャムシャハムハム
◇
典人は改装工事をしているという裏門へ、見学しに行こうと廊下を歩いていた。
すると、前方を見れば、廊下の向こうから『紅葉』の藻美慈がこちらに向かって歩いてきているのが見て取れた。
「藻美慈さん」
典人は少し離れた所から手を振って藻美慈に呼びかける。
「主様、御機嫌よう」
品のある歩き方で典人に近寄り挨拶する藻美慈。
その少しあと。
廊下の向こうから、何やら動物らしき物体が典人たちのほうに向かって歩いてくるのが見えた。
「えっ、狼! なんでこんな所に!?」
「ああ、妙羅さんが具現化している狼ですね。何でも、改装工事のための資材を運ぶのに使っているそうで。妙羅さん曰く「人海戦術」ならぬ「狼海戦術」だそうですよ」
藻美慈はクスクスと上品に笑いながら典人に説明する。
典人は一瞬、少し身構えたが、藻美慈の説明と自分も見覚えがあることに思い立ち緊張を解いた
少し前、『木の子』の木の実が行方不明になった際、典人が探しにいって、この世界の生き物である羊と狼を合わせたような生物に襲われた時、それを助けてくれたのが、彼ら『妙多羅天女』の妙羅が具現化した狼たちだった。
ちなみに、後で典人たちは知ることになるのだが、この羊と狼を合わせたような生き物、この世界でいうところの魔物で名を羊の皮を被った狼という。
狼は典人と藻美慈のことを気にした様子もなく、二人の前をスタスタという足音と共に駆け抜けていく。
その際、狼の首に何かが巻き付けてあるのが見て取れた。
恐らくはその中に資材が入っているのだろう。
藻美慈と別れ、また石造りの廊下を歩いていると、また狼とすれ違う。
スタスタスタ
それからしばらくして、もう一匹、典人の脇を走り抜けていく。
スタスタスタ
さらにもう一匹。
スタスタスタ
典人はその場で立ち止まる。
……。
「狼が1匹、狼が2匹、狼が3匹、狼が4匹、狼が……」
典人の瞼が段々と下がっていき、ボーッとしてくる。
そこに。
「主様、御機嫌よう」
「ああ、藻美慈さん、ご機嫌よう」
藻美慈がすれ違いざまに挨拶をしてきたので、典人のボーーッとしたままそれに応える。
そのまま藻美慈は廊下の向こうへと姿を消していった。
スタスタスタ
「狼が38……あれっ?」
さっき擦れ違ったはずの藻美慈と、また擦れ違ったような気がして、はたと我に返る典人。
そこに『コサメ小女郎』の小雨がやってきた。
「どうかされましたか主様?」
「いやさぁ、狼を数えててボーッとしてたんだけど、さっき一度擦れ違ったはずの藻美慈さんが、また同じ方向から通り過ぎたような気がしたんだよ」
「狼を数え? ……べっ、別の子では?」
「そうかなぁ?」
「きっと、見間違えですよ。」
そのあと小声で文句を言う。
「何やってるのよ藻美慈は。作法は完璧なのに、こういうところ雑なんだから、もう」
「何か言った小雨さん?」
「いっ、いえ、何も。あっ、そうです主様!
小雨は思わず呟いて出てしまった言葉に、慌てて取り繕った態度をとる。
「そうですか。日本で歩き旅をなされていたとはいえ、この慣れない地での長旅でしたし、きっと、疲れが溜まっているのでしょう! もう少し、ゆっくり休まれては如何ですか?」
妙案とばかりに両手を合わせて明るい声を出す小雨。
「うーん、そう思って、ちょっと散歩してこようかなと思ってるんだ」
「それがようございます主様
ちょっとわざとらしい微笑みを浮かべる小雨。
スタスタスタ
その間も、狼たちは丹丹と荷物を運ぶために典人と小雨の前を走り抜けていくのだった。
スタスタスタ




