第捌拾玖巻 怪気炎 (かいきえん)
第捌拾玖巻 怪気炎 (かいきえん)
「今回の探索は何て言うか、微妙に成功というか、失敗というか」
会議室にしている部屋に入るなり、典人は第一声、そう言いずらそうに、今回の旅の成果を述べた。
砦に戻ってきた一行は各々少し休んでから、それぞれ各所に報告に回っている。
また改めては食事の時に大食堂ででも行なおうとは思ってはいるのだが、取り急ぎ簡潔な報告をしておこうというところであった。
「そうでしたか。それは残念でした。お疲れでしょう? 今、お茶を入れますね」
「有難う爽さん」
それを『宗旦狐』の爽が労わるように穏やかな微笑みで迎えてくれた。
メイド服に身を包んだ爽のお茶を入れる優雅な所作は誠に癒される光景である。
元の世界では滅多に見られるものではない。
あまり芳しくない報告はさっさと済ませてしまおうという典人の思いであったが、妙に柔らかい受け止められ方をされたため、かえって拍子抜けした感じになってしまった。
その分緊張も解け、随分気が楽にはなったようだ。
「人に会えたのは良かったけど、大きな町とは反対の方向に行っちゃったみたいでさ。一応、人の住んでいる村には着けたんだけど」
『硯の精』の鈴璃の正面の席に着くと、はあっと典人が大きく溜め息を付く。
「そのようなことはありませんよ。今の話から察しますと、この世界で、『人』を見つけることが出来たのでしょ? それから、『村』を見つけて、その村の住民と一先ず温和に接触することができたのですから」
鈴璃が、そう優しく諭す。
「そうかなあ?」
「ええ、それに、この砦から、直接大きな町に向かうと、これから幾度も出入りすることになりますので、下手をすれば、この砦の存在に気付かれる確率が高くなります。何れ気付かれるにしても、少しでも先延ばしにして時間を稼ぎ、どのような状況になっても対応ができるように態勢を整えておきたいですから。そういう意味では、その村を迂回路として、一旦挟んでおくのは良い手だと思います」
実はこの典人たちの探索の旅の中、『覚』の慧理の元々の能力である『覚り』によって、森から道に出た所から典人たちが歩いて行った方向とは反対の方向にそれなりに大きな町があることは冒険者に扮して典人たちのことを騙そうとした、野盗の男達の心を読んで、典人以外の女の子たちは知っていたのだ。
そのうえで、安全策として、あえて村に行き、町の情報を事前に得てから、改めて町に行こうということに決めたのである。
勿論、典人はその事を知る由もない。
~ ~ ~
「仕方ありませんよ。慎重に行くしかないのですから。むしろ村に伝手が出来たことにより、村を経由してきたことにすれば、町でも怪しまれにくくなると思いますので、これで良かったのではないでしょうか」
『藤原千方』の『水鬼』である千水が言う。
「そうかな」
「ええ」
~ ~ ~
そう、帰り道にも女の子たちに同じようなことを言われて慰められていたのである。
なので、そこまでダメージは受けていなかった。
「ふ~ん、なるほどね。それにしても、なんだか外が騒がしくなっているけど、どうしたの」
「ああ、それはですね。どうせ恐らくは長期間、この砦を住処とすることになるのですから、少し気分転換になるような手を加えようかということになりまして、典人様がいない間に始めてしまったのは申し訳ないのですが、改装工事をはじめさせていただいています」
勿論、文字通り(血塗れという意味でも)真っ赤な嘘である。
「ああ、そういうことなら別にいいよ。でも、出来るだけ早く、元の日本に戻れるようにしたいね。」
「……そう、ですね」
「どうかしたの、鈴璃さん?」
「あっ、いえ。そうだ。後で外の方も見てきてはいかがですか? まだ、しばらくはかかると思いますが」
「えっ、ああ、そうしてみるよ」
◇
当たり前のことではあるが、砦は他の大規模な建物、例えば城や大きな屋敷に比べ、装飾性に欠けるものである。
戦いの最前線となるが故に当然のことではあるが、同じ戦いの場となりやすい城とは事情が違い、城は平時では外部の者を迎える顔としての役割を持つのに対し、砦は平時より外部からの敵に対して睨みを聞かせていなければならないという顔を持つ。
必然、その造りは質実剛健を旨とし、それを具現化した物になるのは致し方のないことであろう。
無骨と言い換えても良いかもしれない。
中に住んでいる100人もの美少女のおかげで、華やかさという意味ではこの上ないが、これでは味気ないのも事実。
「大がかりな改装工事みたいなものだよ。これからしばらくはここで生活していかなくてはならないのだから、少しは安らげる場所があってもいいかと思ってね」
『槍毛長』の陽槍がサブウエポン? の木槌を肩にトントンとやりながら典人に説明している。
と、言うのは建前であり、実際のところは表向きの、典人に対する誤魔化しの言い訳である。
実際の所は典人に、この砦内で起こった襲撃してきた野盗達に対する凄惨な蹂躙劇の現場の痕跡を見せないためであった。
つまりは証拠隠滅なのだが。
改装工事の範囲は砦内とその周辺地域に及んでおり、特に砦の正面門を入った広場と裏門側の区画は大々的に行なわれていた。
裏門側に至っては元の世界の日本の工事現場のように布の幕まで張られていて、目隠しになっている。
用意したのは『絹狸』の絹姫や『機尋』の千尋たちであった。
裏門側は野盗の頭領であったガズルや幹部達との戦闘による破壊された門や壁、焼け焦げた建物など、それなりに被害が出ていたため、小手先の修繕で誤魔化すよりも、いっそのこと、大々的に改装してしまった方が見栄えが良いのではないかと話が盛り上がり、現在に至る。
想定外であり、当然、典人には前もって知らせてはいなかった。
「本当は典人が探索に出ている間に終わらせて、ビックリさせようと思ってのサプライズイベントとして考えていたんだけど、皆の希望を聞いていたら、予想以上に大がかりになってしまって間に合わなかったよ」
これも口から出まかせである。
「いや、充分驚いたよ」
「そうかい。それは上場」
ニッコリ笑う陽槍であった。
◇
同時刻。
「首尾は?」
別の所では『藤原千方』の『金鬼』である千金が自分たちの探索の報告を終えた後、砦の方の状況を尋ねていた。
「バッチリさあね。首尾も守備も、何も問題なし」
小麦色の肌とは対照的な白い歯をニカッと見せて『藤原千方』の『火鬼』である千火が相変わらずな駄洒落で答える。
「それは何よりでしたね」
それを千金は慣れたもので、文字通り鉄面皮、いや無表情で冷静に応じる。
「まあ、ちぃと裏門の方が壊れちまったけど、御屋形様には鈴璃から、日本風に改装工事をするつもりだとうまく言っておいてもらえることになっているから、そのつもりで」
「分かりました。合わせておきますね」
千金はそんなことは些細な事と言わんばかりに流していた。
(今回の場合、典人以外の女の子たちからすると、典人を血生臭い惨劇の場から遠ざけることが出来たのだから、それだけで大成功と言える。
連れ出した側である千金の方は別の野盗の集団に出くわして、ちょっと危なかったところもあったが、相手の手を利用して典人に気付かれることなく野盗を排除することが出来たのだから、こちらも大成功と言って差支えないであろう。
「ところで、御屋形様の内にある『七つの緒札』の一枚、『青行燈の呼び声』の蝋燭の炎が3本消えたそうです。レベルが、3つ上がったとおっしゃられていましたので」
「へえ、それはそれは。めでたいじゃないか」
『七人みさき』の四女設定であるみさとが横から口を挟む。
「そうなると、何か典人が目標を達成しただけじゃなくて、僕たちが何かを成し遂げても、典人のレベルが上がるということになるわけだね」
顎に指をあてて『算盤小僧、実は算盤小娘』の珠奇が、そう推論を述べる。
「分からないよぉ。典人に誤魔化すときに姫埜ちゃんが咄嗟に着いた嘘、森を出たことと、異世界の人と出会ったことと、村を見つけたことっていうのが、案外当たっていたかもしれないし」
そう、『糸取り狢』の射鳥が茶化すような、脅かすような、悪戯っぽい口調で言う。
「「あははははっ」」
皆、顔を見合わせて笑う。
「「……まっ、まさかね」」
しばしの沈黙。
「「あははははっ」」
微妙に笑顔の引きつる面々であった。




