第捌拾漆巻 辛気くさい
第捌拾漆巻 辛気くさい
野盗『明烏』の襲撃を撃退……・撃滅して以降、砦の女の子たちは後片付けに追われることになった。
典人たちが帰還する前に、陰惨な現場の痕跡を全て完全に消しておかなければならない。
証拠隠滅とも言う。
まずはこの世界の情報を得るために、わずかに生かして捕まえた連中の対処だ。
「生きたまま捉えた連中はどうするの?」
『ヤンボシ』の夜星が壁にもたれながら訪ねた。
「勿論、この世界の情報を抜かせていただきますよ。慧理さんがいれば楽だったんですけど、典人様のサポートについて行かれましたし、尋問は、そうですねえ……愛刃さんと薙夢さん、あと委築さんにお任せしましょうか」
『硯の精』の鈴璃が頬に手を当てながら考える。
「分かりました」
「分かった」
『なまはげ』の愛刃と『鞭』の薙夢が了承の意を返す。
「鈴璃さん、亜鳥さんも誘っていいですか?」
『縊鬼』の委築が少し考えてから鈴璃に提案する。
「構いませんよ」
「はいはーい、わたしも手伝います!」
そこに『清姫』の祈世女が元気よく手を上げた。
「祈世女さん貴女、拷……尋問するより先に焼き殺しちゃうでしょ。まずは一応、情報収集をしておかないと。招かれざるお客様とはいえ、折角のこの世界の住人なのですから」
鈴璃から、暗にダメ出しされる。
「ええぇ~」
「まあまあ、焼却処分は後で頼みますので、機嫌を直してください」
『箒神』の奉祈が、不満げな顔をしている祈世女を宥めに入った。
「奉祈、せめて火葬と言おうよ」
それに、夜星が突っ込みを入れていた。
◇
「さーて、これ、どうしたもんかねえ」
砦の裏門側では、腕組みしたまま、『豆狸』の瞑魔が裏門の惨状を眺めながら考え込んでいた。
裏門は大きく破壊され、少し離れた所でも建物や壁が、燃えたり破壊されたりで思ったよりも被害が出ている。
「魔埜亜ちゃん、思いっきり男に蹴りを入れて壁に叩き込んで破壊してたよね」
そう言いながら『馬の足』の魔埜亜の頬をツンツンとつつく『槍毛長』の陽槍。
「正門の方をはじめとする大半の所は大した被害もないし、死体の処理だけで済みそうだけど、こっちはねえ」
「とにかく、典人さまに見せる訳にはいきませんから、何とかごまかしませんと」
『石妖』の清瀬が瞑魔の隣りで同じく思案している。
「いっその事、和風庭園にでも作り変えるかい?」
『虎隠良』の陽虎が肩に熊手を担ぎながら言う。
「枯山水なら任せておきなよ」
「それいい! やろうやろう!」
魔埜亜が勢いよく賛成する。
周りを見渡せば、他の子も異論はないようだ。
「んじゃ、石の見立ては清瀬に任せることにしようかねえ」
「ええ、任せてくださいな」
「あと、目隠し代わりのブルーシートの代用に、大きな青い反物を絹姫と千尋にたくさん用意してもらわないと」
◇
「どうやら野盗の連中に混じって、『帝国』とかいう所の連中が、『王国』への侵攻の橋頭堡を探していたみたいね」
『絡新婦』の紫雲が今現在、砦外やそのほかの場所から得ている情報を開示する。
詳しいことは現在、生かして捉えた連中から拷……尋問している最中なので後日、より正確な情報が出ることになるだろうが、一先ずのこの場での判断材料として提示することにした。
「つまりこの森の周りには少なくとも帝国と王国があるということだね」
「そうなるかしらね」
『算盤小僧、実は算盤小娘』の珠奇の言葉に紫雲は是と返す。
「でもさあ、それじゃあ、全員殺してしまってよかったの? それとも全員殺してしまったのは失敗だった? 今尋問中の人間だけでも生かして返す?」
優柔不断な性格のせいか、何処となくオロオロとした態度で『七人みさき』の三女設定であるみささが効いてくる。
「今回は最初から一人も返すつもりがなかったからこれでいいよ」
その様子に珠奇がニッコリと答えて見せた。
「それに、橋頭堡を探していると言っても、たまたま野盗が結界の亡くなったこの砦を真っ先に見つけただけの様ですし」
言葉の後を『宗旦狐』の爽が補足する。
「じゃあ、『帝国』とやらには知られていないと」
「どうでしょうか? ここを新しいアジトにしようとしていた野盗達の間では知られていますし」
「えっ? 全滅させたじゃん」
「いいえ、藻美慈さんの経験上、どうやら、元のアジトにこの砦を占拠後物資を運んで来るための人員と見張りの人員が残っている様です」
「それじゃあ、まだ」
みささが不安げな表情を見せた。
「その件なら大丈夫。砦の戦況から判断して、前倒しで、藻美慈が別動隊で野盗のアジトに強襲して、さっき戻ってきたから。そのうち顔を出すんじゃないかな……言ってる傍から来たみたいだね」
「ただいま戻りました。制圧は滞りなく」
「そう。お疲れ様」
『紅葉』の藻美慈の報告に珠奇が労いの言葉をかける。
「お土産が結構あるのですけど、どういたしましょうか」
「ひと? 捕虜? それとも捕まってた人たち?」
「いえ、野盗は全滅させました。捕まっているかと思っていた女性は新しい女……つまりは私たちのことですね。が、手に入る目算で、売り飛ばしていたみたいでいませんでした。持ち帰ったのは金品と食料、それと馬が十数頭ほどですね」
藻美慈の追加の報告に珠奇が思案を始める。
「典人には金品は砦内に隠し財産があったとでも言えば、まあ、ごまかせるか。問題は馬だね」
「野生種を捕まえたという事にすればいいんじゃないかな。羊のような狼も存在していたわけだし」
藻美慈と共に野盗のアジトを強襲して戻ってきた『二口女』の双葉が、藻美慈の後ろからひょっこり現れて提案する。
「まあ、それが無難かな」
◇
野盗『明烏』来襲から数日後。
「ここで一旦状況整理をしておこうか」
珠奇が口を開いた。
この世界から見れば、突然現れた異物でしかない自分たちが、自分たちの居場所を確保するための指標とするべく、今回の事に及んだ。
「今のところ、雑魚なら一人で10人程度は余裕がありそうね」
『コサメ小女郎』の小雨が感想を述べる。
「楽に倒したようにみえますけれど、策を弄して砦に引き込んだうえ、尚且つ、私たちはさきらちゃんの『家内繁栄』の能力下にありましたからね」
「まあね。実際はこちらも十分に準備して迎え撃ったからね」
鈴璃の見解を珠奇が肯定する。
『座敷童』のさきらが使っていたという『家内繁栄』は『砦の敷地内にいる身内の基礎能力値を上昇させる』という見た目には分かり難いが極めて重要で効果的なものだった。加えて、さきらは砦内のある程度の状況は把握することが出来るようで、今回のような防衛戦の場合、大変有用な能力となる。
「まあ、これでそれなりにこの世界の人間の強さを計る試金石にはなったかな。さすがに大将格は一対一だとかなり苦戦するみたいだね」
「それで、今の状態での戦力分析としてはこちらが万全の態勢だったとしての話ですけど、雑兵なら一人で10人程度、少し腕の有る者なら4~5人程度、かなり腕の立つ物なら一対一で何とか、更に腕が合ってスキルや魔法、特殊な武具といった物がある場合は限界ギリギリか、3人くらいでといったところでしょうかね」
「ただ、この世界には人間の中にも、昔のボク等の世界の人間と同じようなボクたち怪異や妖が使えるような『能力』に似た『スキル』というものがあるみたいだから、一概にはいえないけれども」
鈴璃が総括したものに珠奇が付け足しをする。
「そう考えますと、今の状態では有力者や国に目を付けられるのは得策ではないですね。私たちも力や技量、能力の熟練度などというものを上げていきませんと」
はあっと溜め息をつきながら『七人みさき』の長女設定であるみさおが述べる。
「無双は無理なのおを」
「たしかに」
少しお茶ら桁『衣蛸』のこころの言いように、『一本だたら』のいほらが真面目な表情で応じる。
「いほらも手こずってたみたいだけど、苦戦というほどでもなかったじゃんか」
いほらのそのいいように『鎌鼬』の真截知が首を傾げる。
「いや、そうでもない。あの中の長の男を見て、自分の半身とも言うべき神刀の天目一を出さざるを得ないと判断した。結果、着物や義足はあの有様だ。妖力も天目一の具現化で大分使ってしまったからな。しばらくは具現化できない」
いほらは義足は予備の物を装着し、着物は『機尋』の千尋たちに繕ってもらっている。
その間、しぶしぶであるが、皆に支給されている若草色のメイド服を着ている。
「いほら、あんた涼しい顔をして、何無茶やってんのさ」
「空いても手加減抜きで来たからな。本調子には遠いが、礼は失せまいよ」
「はあ、堅物め」
呆れ混じりに真截知が言う。
「ここにもいたか、平然とした顔で無茶する娘が」
自分も人の事は言えないと言われたばかりの珠奇が、苦い表情を作る。
「何れにしても今のままではこの世界の野盗風情を相手にするのが精々といったところでしょうか」
そう、鈴璃がいうと、皆この先に起こりうるかもしれない困難な状況をおもんばかって、真剣な面持ちになる。
鈴璃たちは気づいていない。
野盗風情ではあったが、明烏がかなり大規模な野盗の集団であったという事を。
「もっと、力をつけませんと、一国の兵が攻めてきたら、今のままではひとたまりもないですね」
「そうだね。この砦に近い国は3国。それぞれ国名はセムニス王国、トラウゼン帝国、バーレタリア公国というらしい」
みさおの言葉に頷きながら珠奇が、拷……尋問で得た情報を開示する。
「じゃあ、一番近いのはセムニス王国ってことになるね」
「戦を舐めない方がいい。野盗に毛の生えた程度ならまだしも手練れの軍が数を揃えて来られたら、太刀打ちするのは難しくなる」
真截知の何処か好戦的な言い様に、『藤原千方』の『土鬼』である千土が真面目な顔で、苦言を呈する。
「今回は野盗風情で運が良かっただけってことだね」
同じく『火鬼』である千火もいつもの陽気さがなく言う。
「多勢に無勢」
「それは経験からかしら?」
「ああ、苦い経験からだね」
小雨の問いに、本当に苦そうな経験を思い出しているように千火が語った。
しばらく、室内に重い沈黙の空気が流れる。
「恐らくは自分たちの成長には典人の成長が関係してくると思う」
その思い空気を破ったのはいほらだった。
これには皆が頷く。
「たぶんね」
「戦いの後で、まだ高ぶっているのもわかるけど、まだ戦を行なうとは決まっていないからね。典人の考え次第だよ。だから恐らくは平和的にかかわっていこうとすると思うけどね
珠奇がべつの方向性を示す。
「そっ、そうですね」
『絹狸』の絹姫が、それに同意する。
「みんな妖力の節約でかなりストレスが溜まっていたみたいだね。ここぞとばかりに、妖力を使って得意の能力を使ってた娘も結構いたみたいだし」
その言葉に室内にいた何人かの女の子が恥ずかしがるように赤くなる。
そこからはとりとめのない雑談があちこちで始まっていく。
女の子たちが会議室で盛り上がっている途中、『コボッチ』の千補が会議室に駆け込んできた。
「典人さまたちが帰ってきたよ!」
その報告に、皆が喜色の声を上げる。
「では、皆でお出迎えの準備をいたしましょうか」
『『は~い!』』
鈴璃の言葉に、皆が一斉に席を立った。




