第捌拾巻 典人サイド 危機迫る? のー! 鬼気迫ルデース!
第捌拾巻 典人サイド 危機迫る? ノー! 鬼気迫ルデース!
野盗の男達の顔に動揺の色が走る。
「雰囲気が変わりやがった!」
「まさか、こいつら王国の手の者か!?」
「罠ですぜ頭!」
「なに、こんな小娘どもに怖気づいていやがる! 数はこっちが30以上。女どもは10人にも満たない。無傷でとらえるのは無理でもなんとかなるだろ」
「そうでした」
「おい、てめぇら! 商品価値は落ちるが、多少傷つけてもいい。特にそこの剣を持った連中は手足の2・3本は構わねえから全員捕まえろ!」
「「へい!」」
平静さを欠いていた男達はゼフトと名乗っていた男が一喝したことで冷静さを取り戻し、それぞれが近場の女の子へと武器を構えて近づいていった。
その動きに、『金剛装気』を纏った『藤原千方の鬼』の『金鬼』である千金が、冒険者に偽装した野盗達側が作った夕食の一部に混ぜられていた睡眠薬の影響で眠らされている典人を庇うような位置取りで前面に立つ。
睡眠薬に関しては野盗達の計画を、『悟り』の能力で心を読んだ『覚』の慧理から聞いた『木霊』の麗紀がこっそり調べ典人に悪影響がないことを確認している。
女の子たちについては元々が魑魅魍魎であるため、最初から毒の類に対してはそれなりの耐性を持っており、普段から睡眠も殆ど必要としない彼女たちからしてみれば、睡眠薬程度では全くもって問題がない。
「ここで『水河決気』を使ったら、ここら一帯水浸しにしてしまいますからつかえませんよね」
周囲を見渡して『水鬼』である千水が呟く。
「それはさすが(さすが)に何かがあったと気が付いちゃいますよね」
『小豆洗い』の梓も、典人をそっと見やり千水の言葉に同意する。
「はあ、しかたありませんね。梓ちゃん、典人様の傍に」
「分かりました」
戦いには向かない梓を典人の所に行かせ、千水自身は刀を抜いて野盗達に斬り込んでいった。
◇
ヒュン!
不意に男達の集団とは違う、少し離れた森の暗がりから矢が放たれた。
気にしていたとしても注意深く見ていなければ、まず気づくことのできないであろう一矢。
それにも拘わらず、眠らされている典人の傍に移動していた『糸取り狢』の射鳥は死角からの不意討ちであるはずなのに、その矢を、いとも簡単に素手で掴んで見せる。
「なっ! バカな!」
ゼフトと名乗っていた野盗の頭が驚きの声を上げた。
「ワタシの大切ナ典人ニ危害ヲ加エヨウトシマシタネ」
それを見た『キュウモウ狸』のキキが激怒し、左手に炎を灯し、野盗の男達の間を走り抜け装備に火を点けていく。
「へーイ! カチカチ山デース!」
「えっと、狸は火を点けられる方だと思ったけど、まあどうでもいいや」
実際は射鳥に対して矢を放ったのであろうが、仲間思いのキキからしてみれば同じことだろう。
その際、男達が腰に下げていた剣や懐に隠し持っていたナイフを素早く抜き取り、それを使い次の男へと投げつけたり、斬りつけたりしていった。
実に見事な手際である。
『キュウモウ狸』は普段は非常に陽気で人当たりが良いが、自分の身内を傷つけられると怒りをあらわにし、危害を加えた村に放火や盗難を仕掛けたという。
「うわああっ!」
「イエーイ、コレガ本物ノジャパニーズ神通力デース!」
「熱ぃっ!」
「火系等の魔法使い!」
「ノー! 魔法様デース!」
「ぐへっ!」
ちなみに『魔法様』の『魔法』は地元での呼び名や摩利支天の法から来ているといわれており、マジックとは関係がない。
ゆえに、この会話のやり取りは全く何の意味もなかった。
「『蔦の枷』。キキさぁん、森が近いので火の取り扱いにはあ、十分注意してくださいねえ」
麗紀が他の野盗の男たちの足に蔦を絡ませて動きを封じながらキキがやり過ぎないように苦言を呈する。
ただ、何処かのんびりとした口調のため、いまいち迫力がない。
「スマン、スマンデース!」
キキの方も何処か憎めない態度で謝ってから、一応は麗紀の言葉に配慮してか、手に灯している炎を消し、その代わりに今度は野盗の男から掠め取った剣を踊るように振るい、斬りかかっていった。
「サンヤン! サンヤン!」
「がはっ!」
「あと、この辺りのお」
「サンヤン! サンヤン!」
実に楽しそうに。
「ぎゃあああ!」
「情報を聞き出さないといけませんのでえ」
「サンヤン! サンヤン!」
とても軽やかに。
「ごぼっ!」
「何人かは生かして捉えておかないといけませんしい」
「サンヤン! サンヤン!」
なのに無慈悲に。
「しっ、死にたくない! 助けてくれ。なっ! ぐふっ!」
「……はあ、私のぉ、役目にい、なりそうですねえ」
大きくため息を付いた麗紀は捉えていた男達の拘束をさらに厳重にしていくのであった。
◇
「んぐぐう」
一方で『磯姫』の姫埜はツインテールの黒髪を伸ばし、声を上げた野盗の男の一人の口を髪の毛で巻いて締め上げ引き寄せていた。
男は咄嗟に口元に手を伸ばし髪の毛の拘束から逃れようともがく。
しかし、黒髪の拘束は大の大人の力をもってしても引きちぎることが出来なかった。
それもそのはずである。
古くは女性の髪の毛を編んで綱とし、大きな丸太や岩を引っ張ったという。
それがさらに姫埜の妖力で強化されているのである。
そう簡単には切れようはずもなかった。
もがけばもがく程深く食い込み、男の顔を締め上げていくことになる。
そして、とても華奢な少女の腕力とは思えないような力で少女の元へと引き寄せられていった。
「もう、静かにしてよ、典人が起きちゃうじゃない! あっ、勘違いしないでよね、典人の寝顔を見てたいわけじゃないんだから」
顔を赤らめて恥じらうように、あるいは照れをごまかすように言い放つ姫埜。
とてもその場にはそぐわない表情である。
だが、そんな事考えている余裕はこの男にはない。
「んぐう」
さらに男を締め付けている髪の毛に力が入り、男はくぐもった苦悶の呻き声を漏らす。
「確かあなた、あたしの髪で抜いてほしいとか言ってたわよね。何と言う偶然、喜んでよね私の本性は磯姫。ご希望通りに髪の毛で抜いて上げるわよ。うふふっ、血をたっぷりとね」
そう耳元で嬉しそうにうっとりとした口調で囁く。
「んぐぐぐっ!?」
血を髪の毛で抜く?
男にとっては何を言っているのか分からない。
だが、それとは別の、何か得体のしれない根源的な恐怖がこの男の全身を襲っているのを感じていた。
それと同時に、ツインテールのもう片方の髪の毛の束が、蛇が鎌首を擡げるように野盗の男の前へと持ち上がってくる。
「むぐうううぅ!」
ただの髪の毛にも関わらず、男は何か言い知れない恐怖に目を見開く。
そして。
「うぐっ!!!」
その髪の毛の束が野盗の男の心臓めがけて突き刺さった。
本来は『狂声』という奇怪な叫び声を上げ、相手を恐慌状態に陥れ、混乱し硬直したところに叩き込むのだが、今回はその能力は使わなかった。
理由は至極簡単。
せっかく熟睡している典人を起こしたくなかったからである。
「さあ、私のためにたっぷりと逝くまで出しなさいよね」
姫埜はそう言って、妖しく微笑んだ。
◇
ヒュン!
今度は何人か固まっていた男達の中から、千金に向かって至近距離で矢が放たれた。
冒険者への偽装をしていた男達のうちの、ベンスと呼ばれていた弓使いである。
しかし、千金の纏っている『金剛装気』の防御幕はキンッ! という凡そ布の服を着ている女の子からするはずもない高い金属音をさせてあっさりとその矢を退いてしまう。
「何!?」
ベンスが目を見張る。
だが、そのタイミングに合わせて、斧を持った精悍な風貌の男が千金に向かって突進してくる。
「うおおおおっ!」
こちらは同じく冒険者に偽装していた男達の中のブランツと呼ばれていた斧使いの年配の男であった。
千金の後ろには典人が寝ている。
避けるわけにはいかない。
千金は肌も剥き出しの左手を上げて、頭を庇うように構える。
「その腕、もらったああっ!」
ギンッ!
重厚な金属と女性の柔肌がぶつかったとはとても思えないような硬質な音を立てて、斧が千金の手の甲あたりで止められる。
もちろん、千金の腕に傷一つ付いた様子は一切ない。
「バカなっ!」
千金はここで初めて右手で刀を抜いた。
「ぐはっ!」
鞘からの抜刀による相手のがら空きとなった右脇腹から左脇腹への一撃。
ブランツは腹を切り裂かれ、斧を落とし、その場に崩れ落ちた。
一方、ベンスは驚きはしたものの、千金に矢が効かないことを理解すると、今度は射鳥に向かって至近距離から矢を放った。
だが、今度は放った矢が、いとも簡単に手で掴まれる。
「そんなまさか! この距離で」
先ほど別の場所から飛んできた矢を素手でつかんだのは偶然だとどこかで思いたかったベンスは、自分の矢がしかもこの距離で掴まれたことに呆然とする。
そこに。
「ぐっ!」
矢を掴んだ射鳥が投げ返し、ベンスの額に突き刺さる。
ベンスはそれで絶命した。
◇
慧理は基本的に戦闘向きではない。
だが、相手の心を読める『覚』にとって相手の攻撃を避ける事は容易であった。
ひょいひょいと、軽やかに男達の剣から身を躱し逃げる。
「待ちやがれ!」
「逃がすか!」
幾人かの男達が慧理を追いかけるそこに。
「散弾、玉石混交!」
「痛えっ!」
「ぐはっ!」
「のわあっ!」
「ぎゃああ!」
始まりと同時に森の草むらに飛び込んでいた『シバカキ』の遥が、妖力で放った拳大の石から小石まで無数の石礫が野盗の男達に向かって飛んでいく。
その威力は野盗の男達の軽装など簡単に貫いてしまうほどの威力を持っている。
そう、慧理は囮。
まんまと慧理におびき寄せられ射鳥の射線上に飛び込んだ男達が貫かれて次々と倒れていった。
◇
……。
夜の空にはこの世界特有の二つの月が、辛うじて暗闇から辺りを救い出している。
焚火の火が揺れ、くべられていた木の爆ぜるパチパチという音が、やけに夜の闇に響く。
程なくして、30人はいたはずの野盗の集団は、か弱そうな女の子たちによって駆逐されることとなった。




