第漆拾伍巻 逃亡者 気を抜く
第漆拾伍巻 逃亡者 気を抜く
深夜、暗い森の中。
『絡新婦』の紫雲たちが、砦から逃げ出した野盗の連中を処理している反対側でも、同じく壁を越えて逃げ出した連中を追って、森の中を捜索する女の子の一団があった。
「『山土創気』!」
ゴッゴッゴッゴッゴッ!!!
「なんだ! いきなり地面が!」
「おいっ、どうなってやがるんだこれは!?」
「魔法か!?」
「ふざけるな! こんなバカげた魔法見たことねえぞ!」
突如、野盗の男達の目の前に土の壁が隆起して行く手を遮った。
『藤原千方の鬼』の『土鬼』である千土が巨大な土の壁を造り出し、逃げ場を無くした野盗の男達はその場で足を止めてしまいパニックを起こし始める。
そこへ。
「ぎゅあああっ!」
「うごっ!」
「がはっ!」
「ぐあああっ!」
続け様に自ら千土が、二本の刀を抜いて、男達の中に斬りこみ断末魔の叫びを森に響かせていった。
「ふう、千補ちゃん、美琴ちゃん、次、行こうか」
「これで最後だね。取り零しはないみたいだよ」
『コボッチ』の千補が『千里眼』を使い辺りの様子を見て確認した。
それから、千補の言葉に、地面に琴を設置した『琴古主』の美琴がピンッと弦の一つを弾く。
それと同時に高く澄んだ音がまるで森の奥へと染みわたるように広がっていく。
「そ~の~よ~う~で~す~ね~」
そして、その音が消えた後、美琴がのんびりとした口調で千補に同意した。
どうやら美琴が使ったのは反響定位に近いものらしく、琴の音の反響によって周囲の状況を把握するものなのだろう。
一応、美琴も周囲を確認していたようだ。
千土たちが警戒しているこちら側は野盗達の隠れ家とは位置的に反対側になるため、逃げてくる連中は少ないと判断し、索敵と足止めを得意とする子たちでカバーすることになっていた。
実際、逃げてきた連中は雑魚ばかりで、千土としては少々物足りない思いを感じないでもなかったが、一度とはいえ、久々に妖力の枯渇を気にすることなく大技を使うことができたので、一応はすっきりとしている。
「ってことはこれで、こっち側の砦の壁を越えて逃げ出したのは全員片付いたということでいいわけだよね」
「大丈夫だと思う。木の実捜査網に引っ掛かったものはいないみたい」
千土は千補と美琴に向かって確認の言葉を述べたのだが、その答えは別の場所から帰ってきた。
自分たちの頭の上の方。
3人が声のした方向を見上げれば、木の太い枝の上に緑の丈の短い着物風の和装に緑髪を後ろで一本にまとめた少女、『わいら』の琲羅が立っている。
それから、琲羅は木の上から飛び降りると千土たちの元へと歩み寄ってきた。
シャクリシャクリと草を踏みしめる音が暗い森の中に響く。
「琲羅ちゃん、お疲れえ!」
「は~い~ら~さ~ん~、お~つ~か~れ~さ~ま~で~す~」
「お疲れ」
「『木の実捜査網』? 何だいなそれは?」
「木の実が『分け身』を使って、砦の壁の周り、10か所で見張っている。木の実なら森の中に潜む連中を見つけ出すのも適任」
聞き慣れない言葉に、疑問と、僅かの不安、いや、かなりの不安を口にしながら首を傾げる千土に、琲羅が見聞きしたことを淡々と伝える。
「それはそうだけど、あの子、あたしたちのなかでも一番自由なのに、大人しく見張り役なんて勤まるのかね?」
「何か珠奇が取引を持ち掛けてたから大丈夫だと思う」
それが余計不安を掻き立てる要因になっているのだが、琲羅はそんなこと気にした様子はない。
「怪しい」
その言葉には千補が即座に反応した。
「そうさね。木の実ちゃんがおとなしく言う事をきくということは典人さま関連の取引だね」
「ま~ち~が~い~な~い~で~す~ね~」
美琴も千土のその推測に同意する。
「ところで、死体の処理はどうしようか? このまま放置ってわけにもいかないし。埋めるなら穴作るけど。そういえば琲羅も何人か始末したんだろ? 一緒に埋めよっか?」
土の扱いに長けた千土が琲羅に申し出る。
「心配ない。穴を掘るのは得意。アフターケアもバッチリ。切り刻んで埋めてきた」
なんてことはないように琲羅が答えた。
「そっか。じゃあ、悪いけど、こっちも手伝ってくれるかい?」
「分かった。手伝う」
千土に頷くと琲羅は徐に両手の爪を長く伸ばし地面を掘り始めた。
「さてと、紫雲たちの方もそろそろ片付くころかねえ?」
「どうもやっぱり、あっちはこっちのただの野盗とは違うみたいだよ」
千土の独り言に、千補が返す。
どうやら、千補が『千里眼』を使って周囲だけでなく、砦を挟んで反対側の様子も探ってくれたようだ。
「手こずってそう?」
千土が、応援が必要だろうかと思案し、千補に尋ねる。
「ううん、大丈夫。あと一人ってとこかな。祈世女ちゃんが追いかけているよ」
「祈世女なら安心。並みの術者なら問題ない」
「し~ん~ぱ~い~な~い~で~す~ね~」
「あははっ、麻弥刃ちゃんじゃないけど、安心と実績だね」
自分の与り知らぬところで逃亡者の追跡という思わぬことで、皆から妙な信頼感を得ている『清姫』の祈世女であった。
『清姫』は『安珍・清姫の伝説』で有名な説話で、美形の修行僧、安珍に一目惚れした清姫が、袖にして逃げた安珍に激怒し、彼を追い求め、蛇と化し、道成寺に追い詰め、鐘の中に隠れた安珍を焼き殺してしまうという話である。
しかも、清姫は裸足で熊野街道を走り、修行僧であった安珍に追い付いたという。
つまりは日本史上でも屈指の伝説のストーカーである。
「それは何とも……相手はご愁傷さまで」
そんな会話をしていると、砦の方から、元気のよい声がしてくる。
「みんな~! なかはおわったって~! あとはそとだけだって!」
見れば、先ほどまで噂をしていた『木の子』の木の実の一体? が元気よく手を振りながら走ってくる姿が見えた。
「木の実捜査網、捜査終了」
「だから、そのネーミング何?」




