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一所懸命★魑魅魍魎♪  作者: 之園 神楽
第弐鬼 悪戦鬼闘編
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第漆拾肆巻 逃亡者 気が沈む

第漆拾肆巻 逃亡者 ()が沈む


 二人の男が暗がりの森の中を只管ひたすらに走り続けていた。

 辺りに響くは虫のと男達が踏みしめる草の音だけで、他に追手が近づいてくる気配はない。

 『絡新婦じょろうぐも』の紫雲しうんの待ち伏せを受け、野盗の男達、いや、森に隣接する『帝国』の者達は一人が足止めとなり散開した。

 暗く、深い森の中、その中の男達二人が、運よく合流し逃げている。

「ヤバい! 折角王国の目と鼻の先に手ごろな廃砦はいとりでを見つけたっていうのによ」

 かなりの速さで走りつづけながらも、男の一人が吐き捨てるように言い放つ。

 大規模な野盗に紛れ込み、王国の目と鼻の先に手ごろな拠点を作り準備を整えたら野盗のクズ共は始末して、帝国軍を引き込み自軍の橋頭堡きょうとうほとすべく、密かに行動をしていた。

 そんな折、おあつらえ向きの廃砦はいとりでが見つかる。

 だが、そこには先に住み着く者達がいた。

 しばらく様子をうかがっていた者の報告から、住み着いている者達は全て若く美しい女ばかりだと判明すると、野盗どもは廃砦はいとりでへの襲撃とそこに住む少女諸共(もろとも)乗っ取ることを決め動き出した。

 内部に潜入し好機をうかがっていた帝国の同士達はこれに便乗びんじょうし、野盗が占拠した後、さら奪取だっしゅして帝国軍を引き入れる足掛かりとすることを決定する。

 そこまでは順調だった。

 ところがである。

 いざ、砦を襲撃してみれば、にわかには信じられない結果となった。

 確かに廃砦はいとりでの中にいたのはどれも若く美しい女ばかり。

 いや、あまりにも幼い、少女と言うべき娘ばかりであった。

 にもかかわらずだ。

 その少女たちに、大の男達があっさりと次々に殺されていった。

 何かがおかしい。

 そう考えた。

 小隊長は一通りの情報収集を命じると、この野盗の頭領、ガズルの敗北を確認すると同時に廃砦からの離脱を決断する。

 すみやかに全員離脱。

 そして、現在に至る。

「あの娘、我々を待ち伏せしているみたいだったな」

 もう一人の男が冷静に振り返る。

「ああ、まるで俺たちのような人間がいることをわかっているような感じだった」

 き捨てるように言った男も、幾分か頭が冷えたようで、もう一人の男の疑問に賛同する。

 散った後、全速力で走り続け、待ち伏せされていた場所からかなり離れることができ、たまたま逃げる途中で合流することになった仲間と言葉を交わして、少し気が緩んだのか。

 そこに。

「フフッ、みたいだったねじゃ無くて、あたしたちははなから警戒していたんだよ」

 不意に進行方向から若い女の声がした。

「!!!」

 前方の暗がりからスーッと現われたのは先程森で見た少女にもかかわらず怪しい魅力を醸し出していた娘ではなく、黒髪を肩口辺りで切った、見た目15・6歳くらいの快活そうな少女。

 『ヤンボシ』の夜星やほしであった。

「馬鹿な!」

 この二人が驚いているのも無理はない。

 この二人は主に情報収集が任務であり、例え目の前で親兄弟が殺されそうになっていても本国に情報を持ち帰ることを訓練されている精鋭せいえいである。

 そしてこの任に当たるに際して、重要視される資質の一つが足の速さ。

 平地での速さは勿論の事、足場の悪い道なき道の山道での速さも重要で、更に日々の訓練でその速さを高めていた。

 もちろん、このような夜の暗い森の中でも夜目のく者、『暗視』のスキル持ちが選ばれている。

 さらには他人には気付かれぬように偽装ぎそうした魔法具も装備していた。

 もう砦からはかなり離れているはずで、先ほどの少女と違い待ちせるには範囲はんいが広すぎる。

 つまりは自分たちを追ってきたことになるわけだが。

 にもかかわらずだ。

 目の前に少女が息も切らさずニコニコと愛想の良さそうな笑顔を振りまいている。

 確かに活発そうな少女だ。

 だがその細い体つきを見る限り、それでも日々(きび)しい訓練を積み重ねて来た自分達よりも健脚けんきゃくだなどとはとても思えなかった。

 なんにしろ、この場を突破するには目の前の少女をどうにかするしかない。

 あちらは一人。

 こちらは二人。

 一瞬、二人ともがこの目の前の少女を始末するかと頭をよぎらせていたが、それも次の瞬間には二人ともがそろって、その考えを破棄はきしていた。

 先ほどの少女もそうだったが、一人で複数人を待ち構えている以上、それなりの力量を有していると見た方が賢明だ。

 相手が慢心をしている?

 それはない。

 それが証拠に、砦内で、雑魚ざことはいえ幾人もの野盗の男達を数人で相手取りほふる少女たちをこの目で見てきている。

 か弱そうな少女などとあなどる気持ちは微塵みじんも起きはしなかった。

 どちらかでいい。

 おのずと二手に分かれようと互いに目配せし、行動を起こそうとしたその矢先。

「さて、なぞなぞです! 貴方たちは一体誰でしょう?」

 後ろから、抑揚よくようのない別の女の声がした。

 退路をふさぐようにあらわれたのは赤髪を左右で三つ編みにした赤い着物の少女。

 『化けがに』のはにかである。

(((はさ)まれた!))

 二手に分かれて逃げるという選択肢がつぶされたことになる。

「それ、なぞなぞじゃないでしょ」

 そんな緊迫する男達の心境とは裏腹に、緊張感の欠片かけらもない口調で前方の少女が後方の少女に突っ込みを入れる。

「あれ? ……あたし、間違えた? 不正解? 罰ゲーム、脱皮しないと」

「待った待った! またこのパターンか! まったくもう、脱皮(脱ぐの)典人のりとの前だけにしておきなよ」

 服をはだけさせようとし始めるはにかをあわてて制止する。

「……それが正解?」

 まるで目の前の男達がいないかのように、服を脱ごうとしていたはにかが動きを止める。

「う~ん、間違いではないかな?」

「分かった。そうする。教えてくれて有難う」

 夜星やほしの言葉に、はにかは素直に礼を述べ、何事もなかったかのように服装を元に整える。

「……どういたしまして? ははっ」

 その様子を見ながら、次に典人のりとが帰ってきたら、いきなり目の前で服を脱ぎだしそうだなと、夜星やほしは引きつったみを浮かべていた。

天然娘(天然モノ)はこれだから……典人、頑張れ)

 咄嗟とっさの判断とは言え、けしかけたというか、投げたというか、その張本人が典人に心の中でエールを送る。

 男達の緊張感きんちょうかん他所よそにふざけたやり取りを行なっている二人に、男達は目で合図を送り合い、それぞれが別の方向へとみ出そうとした矢先。

 ふと、夜星やほしの雰囲気が変わった。

「さてと、お客さん方」

 先ほどまでの快活そうな笑みではなく、えがくような口元にもかかわらず、ゾッとするような美しくもあやしい微笑をたたえながら、男達に語り掛ける。

 それと同時に、周囲の気配も張りつめる。

「あたしの影からはのがれられないと思ってね」

 夜星やほしのその言葉に、二人の男は咄嗟とっさ身構みがまえた。

「ようこそ、文目あやめかぬ暗闇の世界へ」

 芝居しばいがかった口調で両手を広げ、夜星やほしさらに笑みを濃くする。

 気のせいか、男達には周りの森が一段暗くなっていくように感じられた。

「二人だけの様だね。丁度いい。ダレソ! カレソ! 夜中の三時のおやつだよ、って、あれ? なんか変な言い方だけど、まっ、いいや」

 夜星やほしがそういうと、闇よりなお暗い漆黒の地面から、二体の子供のような形をした黒い影が出現した。

 この影、欧米ではシャドーピープルと呼ばれていたりもするあの世の存在とされる者達である。

 その影は野盗の男達を見るとニタリと笑い走り出す。

 無邪気なようにも、邪悪なようにも見える笑顔。

 いや、実際は影に顔などないからそんなはずはないのだが、少なくとも野盗の男達にはそう見えた。

「ひっ、来るな! 来るな!」

 野盗の男の一人が叫び逃げ出そうとするが、影の子供は左右に素早く動きあっという間に男にしがみ付いた。

 もう一人の野盗の男は剣を抜き影の子供に斬りつけたが、あっさりかわされ、すでに同じく身体に取りかれている。

「はっ、離せ!」

 野盗の男は必死になって影の子供を振り払おうとする。

 しかし、子供の影は纏わり付いて離れない。

 不意に目が合う。

 影の子供がニタリとした笑みをより深くしたような気がした。

「ひっ!」

 次の瞬間。

 自分の身体が地面に埋もれていくのを感じた。

 いや、正確には地面に出来た闇よりなお暗い漆黒の水溜みずたまりのようになっている地面へとしずみ込んでいる。

「なんだこれは!?」

 いつの間に沼地に足をみ込んだ?

 いや、違う!

 そんなものではない。

 もっとおそろしい、冥界めいかいに引きずり込まれるような漆黒しっこくの何か。

 助けを求め仲間の方を見ると、すでに腕まで闇に飲まれ沈み込んでおり、右腕とそれににぎられた剣が天に向かって伸ばされているのみとなっていた。

「やっ、やだぁっ! 助けてくれっ!」

 何もない。

 闇の中に飲まれる。

 その光景が人間の根源的恐怖を呼び起こす。

 だが無情にも男はすぐに叫び諸共もろとも仲間の野盗の男と同じように闇に飲み込まれていき、腕だけとなり、それもやがて天をつかむかのようにして伸ばされ全て地面の闇に飲み込まれて行った。

「『八つ」じゃないのに『おやつ』とはこれ如何に?」

 その光景を眺めながら、はにかが夜星やほしの元へと近づいてきた。

 ちなみに横歩きではなく、普通に歩いている。

「あははっ、あたしが得物貰っちゃって悪かったね」

「構わない。牢獄核ろうごくかくの範囲外に出るかもしれない時は2人以上でって言われてるし、それに……」

 急に、はにかがあらぬ方向の一本の木の陰に向かって何かを投擲とうてきした。

「ぐはっ!」

 それは奇の影にかくれていた者に突き刺さり、その者はうめき声を上げて地面に倒れる。

 よく見ると男の胸には日本でいう独鈷杵どっこしょと呼ばれる物が突き刺さっていた。

「取りこぼし」

「そんなことないよ。相手が気にしていなければあたしも気にしないけどさ。あたしに気付いている奴ならあたしも気付いてるよ」

「なるほど」

「ところで、それが典人の言う自爆じばく武器?」

「不正解、自虐じぎゃく武器」

「……自分で言うかな」

「だから、自爆……あれっ? 間違ってない?」

「……えっと、ところで、祈世女きよめちゃんは大丈夫かな? ばらけた一人を追っていっちゃったけど」

「心配ないと思う。送り狼が一匹、後を追っていったのが見えたから」

「いや、妙羅たえらちゃんの見守りが付いているのは安心したけど、その送り狼の使い方は間違っているから。縄張りから出ていくのを見届けるのは合っているんだけど、今回の場合、見逃しちゃ駄目でしょ」

「……また、あたし間違えた? 不正解? 罰ゲーム、やっぱり脱皮しないと」

 再び着物を脱ぎだそうとするはにかを止めて、夜星やほしは頬をく。

「だから、そう簡単に脱皮しよう(脱ごう)としないの……はあ、さて、死体を始末してそろそろ砦に戻ろうか。こんな連中のために無駄に妖力を消費するなんてもったいないからさ」

「わかった。それが正解」

 夜星やほしは自分の影に野盗の男の死体を取り込むと、二人して砦へと帰っていった。

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