第漆拾巻 意気自如(いきじじょ)
第漆拾巻 意気自如 (いきじじょ)
砦の破壊された裏門の広場では野盗達の頭領と『川天狗』の天音との戦いの事後処理が行なわれている。
『オボノヤス』の夜簾補が張っていた霧は晴れたとはいえ、この異世界特有の二つの月明かりだけの深夜の暗がりの中にも拘わらず、女の子たちは負傷者を運んだり、門が破壊されてできた瓦礫を片付けたりと機敏に動き始めていた。
「月世さん、天音さんと木埜葉ちゃんを大浴場隣の医務室に運んで、身体を拭ってあげてから手当してあげてください。その後は手の空いている方は大浴場の亜華奈さんたちの応援をお願いします」
「はいっ、分かりました」
運ばれていく天音に付き添おうとしていた『洗濯狐』の月世を呼び止め、『硯の精』の鈴璃がてきぱきと指示を出していく。
「わたしも行きます!」
その少し砦側を見れば、先に運ばれている『木の葉天狗』の木埜葉に付き添う『センポクカンポク』の餞保に駆け寄り『薬缶吊る』の冶架が申し出ていた。
「あたちも行く! 木埜葉ちゃんの看病する!」
そこに『赤殿中』の灯狸も加わってくる。
「助かります。他にも怪我をされた方がいるかもしれませんし」
餞保はその申し出にニッコリとほほ笑んで、冶架と灯狸に礼を言う。
他の女の子たちもそれぞれにまだ残っているかもしれない野盗連中の対処に向かっていった。
一通り場が落ち着いたのを見回して鈴璃が『方相氏』の練に声をかける。
「練さん、後をお任せしてよろしいですか?」
「承知しました」
「そろそろ一段落付きそうなので、砦の周囲の様子を見てきますね」
一通り指示を出し終えると鈴璃が、その後ろ姿を見送りながら残っていた者に断りを入れて破壊された門へと向かおうとする。
「おひとりでは危険です。単独行動は駄目だとご自分でいわれたではありませんか」
そんな鈴璃に対して、てっきり後を任せて砦に戻るものと思っていた練が、一人で砦の外に向かおうとするのを慌てて止めに入る。
「そうですね。自分が注意をしておいて、それでは他の方々に示しがつきませんね。どうしましょうか?」
鈴璃が右手の人差し指を頬に添え考え込むと、砦の方から声が掛かった。
「なら、わたしが付いていくよ」
鈴璃と練が振り向いた先、そこにいたのは『妙多羅天女』の妙羅だった。
妙羅は両脇に2匹の狼を従えて近づいてくる。
「縄張りの偵察は狼の得意とするところだからね」
「では、よろしくお願いしますね妙羅さん」
「任せて」
鈴璃が頭を下げて頼むと、妙羅は軽く請け負って片方の狼の頭を撫でながら自分の胸をポンと叩いてみせる。
それから、鈴璃と妙羅は破壊された砦の裏門を潜って森の奥、以前まで結界の境界があった範囲の外へと向かって歩き始めていった。
◇
砦内の会議室のようなある一室では何人かの女の子が集まって事務処理のようなことをしていた。
そこに。
「珠奇さん、こちらの野盗の始末は全員終わりましたよ」
「申し訳ありません。私たちの方は能力の性質上、生きて捕らえた者は一人もいないのですが」
『七人みさき』の長女設定のみさおと次女設定のみさらが顔を出した。
「えっと……みさおにみさら、お疲れ。心配しなくても大丈夫だよ。他の所で何人か捕らえてくれているから」
『算盤小僧、実は算盤小娘』の珠奇が、机に向かい何やら書いていた手を止めて顔を上げ、入ってきた二人を見てしばし止まり、その胸元を見てみさおとみさらだと理解してから労う。
この姉妹、いや『七人みさき』の7姉妹は一見見ただけでは判断が付きにくい。
この世界に跳ばされてきてからならかなりの年月は経っているだろうが、それなりに話すようになったのは典人を召喚してからの事になる。
故にまだ個々の性格や癖などといった特徴的な違いを見分けるに至ってはいない。
それを見分ける方法は胸元にあるホクロの数である。
ただ、本人は全く気にしてはいないが、珠奇が他の子の胸辺りを凝視しているのは傍から見ると、自分の胸にコンプレックスを持っているのだろうかとも思えてしまう。
繰り返すが、全くそんなことはないのだが……。
ちなみに、みさき7姉妹の胸の大きさは全員同じで平均サイズである。
「そうですか」
「安心しました」
長女設定のみさおは納得したように頷き、次女設定で補佐をするポジションになってしまっているからか、何かと気を使ってしまうみさらが、ホッと胸を撫でおろす。
「お疲れさまでしたみさおさん、みさらさん。お茶の用意ができていますのでどうぞ」
お盆に2人分のお茶とお菓子を乗せた『宗旦狐』の爽が歩み寄ってくる。
「「ありがとうございます爽さん」」
「お茶請けは梓さんが日持ちするからと作り置きしていってくれた落雁です」
「へえ、いろんな形があるんですね。可愛い」
「色も種類があって、よくこれだけの色を」
落雁とはもち米の粉や米粉、小麦粉などに砂糖や水飴を着色料と混ぜ、木型に入れ押し固めて乾燥させて作られた『打ちもの』と呼ばれる干菓子の一種で、名前の由来には諸説あり、わたってきた際の音の変化や白い中にある黒い粒が雪の上に降り立った雁のようだというところからきているという説がある。
「木型は麗紀さんといほらさんが作ってくれたんですよ。砂糖に変わる甘味や色も麗紀さんが森で探してきてくれて。こちらにみさささんたちの分もありますので、一緒に持っていきますね」
そういいながら『禅釜尚』の陽泉がその場に残っている他のみさき姉妹たちの分を用意している。
「すみません陽泉さん。手伝いますね」
「大丈夫ですよ。それよりもお疲れでしょ」
「こちらは手こずる相手もいませんでしたので」
「そうですか。それは何よりでした」
やはり何かと苦労性なみさらが陽泉とともに運ぶのを手伝い始めた。
「でも、何人かは壁を超えて砦の外へ逃走したみたいですね」
そんなやり取りの様子を見ながら、みさおが珠奇に懸念していることを投げかけてみる。
「それも心配ないよ。紫雲や千補たちが砦の外に逃げた連中の処理をしに網を張ってくれているからね」
「そうですか」
「多少は無理をしている子たちもいるかもしれないけれど、おおむね、計算通りだね」
珠奇は軽く伸びをしてから窓の外を見やる。
窓の外には夜簾補の張っていた霧も晴れ、この世界が異世界であると証明するかのように輝く二つの月が静かに夜の空に浮かんでいた
珠奇は体を傾け、机に片肘を付き頬杖をしてその月を見ながら呟く。
「そろそろ、砦内も掃討戦に移行かな」




