第陸拾肆巻 頭領戦 木埜葉 vs 頭領 気負う
第陸拾壱巻 頭領戦 木埜葉 vs 頭領 気負う
「えいっ! やあ!」
裏門の広場では夜の闇に月明かりだけが辺りを照らし出す中、『木の葉天狗』の木埜葉が、刀を幾重にも振るい、野盗たちに頭領と呼ばれていた男、ガズルに向かって果敢に向かい、斬りかかっていっていた。
小柄な体躯とこの世界で言うところの狼人族ならではの敏捷性を持って相手を翻弄するような素早い身のこなしで左右へと走り込み、鋭い一撃を叩き込んでいく。
普通の人間であれば、この木埜葉の素早い攻撃に身体が追い付かず太刀打ちできないであろう。
それが証拠に、始めに忍び込んできた野盗の男達はこの動きに対処することが出来ずに次々と斬り伏せられていった。
だが、
「どうした?」
今は違っていた。
傍から見れば、見た目通りに子供が大人に突っかかっているようにしか見えない。
野盗の頭領、ガズルという男の持つ得物は巨大な戦斧であり、重量は重く、斧の刃は厚く、柄は長く、全体として大きい、所謂「重厚長大」を絵にかいたような超重量武器である。
それにもかかわらずだ。
小回りも剣速も小柄で俊敏な木埜葉の方が上の筈なのに、全くもって一太刀たりとも浴びせることが出来ずにいる。
まるで相手になっていない。
先ほどまでの連中とは段違いだ。
野盗になる奴らにもいろいろいる。
罪を犯して国から追われる事となり国から逃げた者。
冒険者がルールを破り資格を失い冒険者を続けられなくなった者。
戦場で傭兵として雇われていたがその陣営が負けそうになり逃げ出した者。
農村で生活していたが食べるだけの収穫を得られず村を捨てた者。
野盗のアジトで連れ去られた女に産まされそこで育った者……。
そんな荒くれ者の集まりである野盗という集団に会って、頭領と目される男は往々にしてその強さや力での支配といったものがまず先に立つことになる。
このガズルという男も例外ではない。
懐に飛び込めば、この手の超重量武器は取り回しが効かず威力も格段に落ちる。
木埜葉もそれは理解していた。
大振りを誘い、隙を作らせようとするが上手くいかない。
右に走り込み斜め下から斬り上げる。
が、防がれる。
すかさず回転して身をひるがえし横へ薙ぐ。
これも止められた。
だがさらに木埜葉は右に走り、今度は体勢を低くして足首を狙う。
それでも読まれていたのか、ガズルが斧を回し、体勢を低くしている木埜葉に掬い上げるように、刃を振るってきた。
木埜葉は咄嗟に斜め左に転がりそれを躱す。
直後、ブンという風切り音とともに木埜葉がさっきまでいた場所を巨大な斧の刃が通り過ぎていく。
それから素早く木埜葉は一旦距離を取り構え直す。
刀の刃越しに相手を見つめ、刹那思考する。
自分の攻撃はすべて軽々と防がれている。
相手の攻撃は得物の割りに素早く、一撃でも当たれば致命傷になりかねない。
息こそ乱れていないにしろ、余裕がないのは事実である。
「歳の割りにはなかなかのスピードと剣捌きだ。獣人らしく、体格のわりに剣にも重さがある。惜しいな。おめえ、俺の配下になる気はあるか? 優遇してやるぞ」
そこにガズルから不意に声が掛かる。
ガズルの声からは下劣な下心の響きはない。
もとより先ほどまでの野盗連中から向けられた欲望丸出しの視線とは明らかに違っている。
ある意味、純粋に興味を持たれたということはすぐに理解できた。
「お断りいたします」
だが、相手の意図が理解できたことと、それを受け入れるかということは話が別だ。
木埜葉は迷った様子も見せず即座にきっぱりと言い切ると、自分と相手の距離を目で測り、数歩前に歩み出た。
そして、大きく一呼吸。
「いきます! ワオォオ~ン!」
木埜葉が喉の奥からの咆哮を上げる。
これは『木の子』の木の実が森で羊の皮を被った狼に襲われていた際、助けに駆けつけた木埜葉が羊の皮を被った狼の群れに使った技であり、一時的に相手を怯ませる効果がある。
木埜葉は咆哮を放つと同時に、硬直状態であろう頭領と呼ばれていた男に向かって斬りかかっていった。
しかし、
「ほう、珍しい。特殊スキル持ちか。差し詰め相手を萎縮させる効果ってところだろうが。だが」
ガズルは軽々と巨大な戦斧を横に振り抜いた。
「俺様には意味がねえ」
「くっ!」
気付きはしたが、急に止まろうとした木埜葉は避けるのには間に合わない。
咄嗟にそれを刀を立ててその背をもう一方の掌で支え後ろに跳び防ごうとする
が、まるでガズルは机の上にあった空の杯を気が付かずに振った手で誤って吹き飛ばしてしまったかのように無造作に振り抜いていた。
目の前にいる標的の木埜葉などいないかの如く。
「ぎゃん!」
弾き飛ばされるように横に薙ぎ払われた木埜葉はそのままの勢いに押され吹き飛ばされ壁に激突する。
ドンッという、強い衝撃音がした。
「かはっ!」
上下で抑え、斧の刃とは斬り結んだ形となったおかげで、直撃は避けることが出来たようだが、壁に背中からまともに叩き付けられたため、肺から空気が強制的に掃きださせられる。
続いてズルズルと地面に沈み込む木埜葉。
見れば、巨大な斧の風圧でなのか、肩と反対の脇の下の服が切れ、そこから除いた素肌から真っ赤な血が流れ出ていた。
(たった一閃、風圧だけで……)
反応が間に合わず、刀を盾にまともに刃を合わせることができていなかったら、恐らくは上半身と下半身が分断されていたであろう。
さらに言うなら、『一本だたら』のいほらが鍛えてくれた刀だからこそ凌ぎきったが、普通の刀ではまず間違いなく刀ごと両断されていたに違いない。
(いほらさんの刀のおかげで……いほらさん、有難うございます)
「ほう、この俺様の『獄壊の魔戦斧』の一閃で両断できなかったか。いい反応でもあるが、何より剣に救われたな。変わった形だが、なかなかいい剣を持っているじゃねえか。
どうやら、このガズルの持つ巨大な戦斧は普通の武器では無く、特別な魔法武具であるようだ。
「……」
木埜葉はガズルの言葉には答えず、代わりに立ち上がろうとする。
直接斬られたわけではないのに、切れた傷口がズキリと痛む。
木埜葉はそれでも奥歯をきつくかんで立ち上がった。
(こんどは空から)
刀を一度鞘に収め、翼を具現化すべく両手で印を結ぼうとする。
「何もさせねえよ!」
何事かを察したガズルが離れたその場で斧を地面に向かって振り下ろす。
ドゴンという轟音と共に巨大な斧の直線状に地面を削り土煙を伴う衝撃波が木埜葉に向かって襲いかかってきた。
(なっ! ……間に合わない!)
翼を具現化させるために印を組み精神を集中しなければならない木埜葉は反応が一瞬遅れる。
まだまだ未熟ゆえ、仕方のないことではあるが、それが致命的だ。
「がはっ!」
今度は巨大斧からの大地を抉りながら襲ってくる衝撃波の一撃を防ぐことも躱すことも出来ずに、まともに正面から受ける事となり、再び砦の壁へと叩き付けられてしまった。
木埜葉ごと叩き付けられたその衝撃波の一撃で砦の壁の一部が破壊される。
轟音とともに立ち上がった土煙が晴れると、そこには崩れた瓦礫と共に辛うじて残った石壁に背中を預けぐったりとしている木埜葉の無残な姿が現れた。
(くっ……あっ、肋がやられました。早く立ち上がらないと……)
木埜葉は意識が朦朧としながらも懸命に瓦礫の中から立ち上がろうと、刀を杖に足に力を込める。
しかし、支えにしている刀がカチャカチャと鳴る音が木埜葉の身体の状態を如実に物語っていた。
(まだ……戦えます!)
だがやはり、力を込めたはずの足が言う事を聞かず、途中まで立ち上がりかけて、再び瓦礫の中に崩れ落ちてしまう。
(はやく立ち上がらないと……)
口元から血が滴り、襟元へと流れ落ちる。
ふと、木埜葉の頭上に影が差す。
(!)
「思った以上に頑丈だな」
木埜葉が見上げた目の前には巨大な斧を肩に担いだガズルが歩いてきており、木埜葉を見下ろすように仁王立ちしていた。
「一度は聞いたぞ。少しもったいない気もするがよう。諦めな。俺は俺の軍門に下らなかった以上、女子供でも容赦はしねえぜ」
さして惜しくも無さそうにそういうと、ガズルは巨大な斧を高々と頭上に振り上げた。
(典人様、天音お姉さま、御役目すら果たせず、不甲斐無い僕ですみません)
それでも気丈に目を閉じることなく、木埜葉は野盗の頭領と呼ばれていた男を最後まで見据えようとしていた。
「ほう、これから縦に真っ二つになる覚悟は出来ているようだな」
(天音お姉さま!)
木埜葉は月光に照らされて鈍く光る巨大な戦斧を見つめながら心の中で呟く。
ガズルが殺戮に酔いしれるかのような笑みを浮かべた。
「『妖術『天狗の旋風』!」
頭上から声がした瞬間、ガズルは巨大な斧を振り上げたまま、後ろに飛びのいた。
その直後。
強烈な風の塊が地面に叩き付けられ、先程までガズルのいた場所を抉った。
すかさず背中に黒い翼を持つ少女が上空から大きくその翼を羽ばたかせ、木埜葉とガズルとの間に割って入るように降り立ってくる。
『川天狗』の天音であった。
その手には『天狗の羽団扇』と呼ばれる、八手の葉に似た形のものが握られている。
天音は間髪を入れず手に持っていた羽団扇を振るう。
「妖術『天狗の礫』!」
それと同時に無数の石礫がガズルに向かって飛んでいく。
だが、ガズルは顔めがけて飛んで来る石つぶてを斧を盾にして難なくかわす。
天音はその隙に木埜葉を抱きかかえると、その場から離脱して、距離を取り、少し離れた場所に轟音を聞き付け駆けつけてきた『センポクカンポク』の餞保に木埜葉を託そうとする。
「……申し訳……ありません。お姉さま、力及ばず……」
「いいのですよ木埜葉。良く持ちこたえました。後は私に任せて安静にしていなさい」
「はい。天音お姉さま」
木埜葉は安心したのか、少しだけ微笑を浮かべるとゆっくりと目を閉じた。
天音はそんな木埜葉の口元の血を拭ってやると、頭を優しく一撫でする。
「餞保さん、木埜葉をお願いします」
「はい、お任せください。 ……天音さん、御武運を」
天音は餞保に木埜葉をお願いすると、ゆっくりと野盗の頭領へと振り返った。
空気が、ピンッと張り詰める。
その顔はいつもの穏やかな表情は無く、まるで感情の抜け落ちた例えるならば能面のような冷たい美貌を湛えていた。




