第伍拾壱巻 侵入者 気を配るべき相手
第伍拾壱巻 気を配るべき相手
薄暗い砦内の廊下の一角で、野盗の数人が集まっていた
だがその雰囲気は洗練された空気を纏っており、明らかに粗野な野盗のものではない。
訓練された身のこなし。
気配を殺したその動き。
足音をさせずに移動する足さばき。
一見すると粗末にも見えるが、手入れをされている装備。
「来たか」
「小隊長。遅れてすみません。ヤツらに怪しまれないようにバラバラに行動する様に仕向けるのに苦労しまして」
どうやって見知らぬ場所で特定の人物だけが合流することが出来るのか分からないが、そこにまた一人、男が合流してきた。
これで計5人。
「構わん。問題ない」
「まったく、奴らの品性の低さには辟易します。さっさと任務を遂行して帝国に戻らないと自分にまであの品性の低さが移りそうですよ」
遅れてきた男はまずまず端正な顔を歪めて吐き捨てる。
「ぼやくな。もう少しだ、この砦を手中に入れれば、王国の鼻先に文字通りの橋頭堡を置くことができる。そうなれば我が帝国の侵攻も容易になる」
「分かっています。でもやつら剣一つまともに手入れもできないんですよ」
合流してきた男はどうやら先程正面の門からいち早く砦内に侵入した一団の中にいた一人だったようだ。
一番初めに砦内に侵入したにもかかわらず、この一団に合流したのが最後だったところをみると、一緒に入ってきた連中から怪しまれずに抜け出してくるのに相当苦労したようである。
「他の連中もそろそろ動き出す頃です」
別の男が静かに口を開く。
「行くぞ!」
小隊長と呼ばれた男が短く小声で合図をすると、他の者は無言で頷いた。
そして音も無く廊下を素早く駆け抜けていく。
『我が帝国』と語った男達はこの野盗の集団の中にあって別の目的を持ってこの砦に侵入してきたようである。
しかも野盗の集団は規模が大きいとはいえ、どうやら複数の『小隊』が紛れ込んでいるらしかった。
男達の『小隊』は目的地があるのか初めて侵入した砦内を迷うことなく奥へ奥へと進んでいく。
『あんたがた、どこさ♪』
(んっ?)
小隊長と呼ばれている男の耳が自分たちの進もうとしているその廊下の先から、微かにだが声が聞こえてくるのを捉えた。
左手を横に伸ばし後ろの者達を制止する。
流石と言うべきか、先程の他の連中と違い、突然の制止の合図にも動揺を示したり声を発するものは一人もいない。
他の者もかすかに聞こえてくる声にすでに気付いている様である。
耳を澄ましてその音を聞き取ろうとすると、それは幼い少女が歌っているような高く澄んだ感じであった。
『ひごどこさ♪ くまもとさ♪』
それから声のする部屋の近くまで音を立てずに忍び寄り、小隊長と呼ばれていた男は扉の前で左手を軽く上げ、後続の部下達に制止する様に指示を出す。
余談ではあるが、どうやら男達の耳に届いている声はちゃんとした言葉として理解されている様で、多少聞きなれない言葉が入っているとはいえ意味としては通じている様であった。
『くまもとどこさ♪ せんばさ♪』
扉は半開きになっている。
そこからは仄かに明かりが漏れ出ていた。
『せんばやまにはたぬきがおってさ♪』
そっと音をたてぬよう、中を覗いて見て見れば、そこそこ広い部屋の中央で、歌を歌いながら丸い球体を手で叩いている異国の赤い衣装を身にまとった10歳くらいの少女が遊んでいる。
「それをりょうしがてっぽうでうってさ♪」
部屋にはほかに人の気配はない。
「にてさ♪ やいてさ♪ くってさ♪」
部屋自体も広いが自分たちの反対側に同じような扉があるだけで、殺風景な部屋である。
「それをこのはでちょいとか~ぶ~せ♪」
少女が手で叩いていた球体が地面に跳ね上がって足の間スカート?の中に入ってしまい、あるいはわざと入れようとしたのか? いずれにしても失敗したらしく、変わった衣装のスカートらしき部分から零れ落ちた。
「ああ、しっぱいしちゃった!」
コロコロ転がる球体を追いかけて、少女がトコトコと野盗の男達が潜み様子を伺っていた扉の近くまでやってくる。
そして、扉の横の壁に当たった球体に追いつくと、少女は球体を両手で胸元に抱え込むように拾い上げた。
「だれかいるの?」
ふと何かに気が付いたらしく、少女は扉に向かって声を掛けてくる。
先頭の男は一瞬飛び出して瞬時に制圧しようかとも考えたが、その案を即座に破棄して、ゆっくりと開いていた扉から少女の前に姿を現した。
優し気な笑みで室内に入る。
「やあ、お嬢ちゃん。驚かせてしまって済まないね。実は森の中で道に迷ってしまってね。悪いとは思ったんだけど、誰もいない様子だったので勝手に入らせてもらったよ。本当に申し訳ない」
小隊長と呼ばれていた男はそれなりに整った顔立ちをしており、いかつい顔立ちの兵士という風体ではなかったため、比較的好感を持たれやすい容姿をしていた。
それでもこの状況でもう少し歳が上なら、侵入者に悲鳴を上げ騒がれもするかもしれないが、上手くいけば言いくるめられるかもしれないと考えた。
それにいざとなれば、少女といえども間髪入れず喉を掻き切り、声も出させず殺す事も出来る。
そんな計算も合った。
「な~んだ。そうだったんだ」
案の定、少女は疑った様子も無く屈託のない笑顔を浮かべてくる。
「私の名はバーセス。お嬢ちゃんの名前は? いや、答えたくないなら答えなくてもいい。突然入ってきた人間だからな。警戒して当然だ」
優し気に、そして紳士気に声を掛ける。勿論、名乗った名前は偽名であるが。
「わたしの名前はねえ、『さきら』って言うんだよ! 典人お兄ちゃんが付けてくれたの!」
名前を聞かれた少女は先程から浮かべているニコニコとした笑顔をより一層深め満面の笑みで自分の名前を名乗った。
「そうか、サキラか。良い名だな」
「うん! ありがとう!」
名前を褒められたのがよほどうれしかったのか、さきらと名乗った少女は満面の笑みのさらに上の笑みを浮かべて返事をする。
その笑顔を見て、10年後にはさぞやいい女になっているだろうなと素直に小隊長と呼ばれている男は思った。
「お嬢ちゃん……」
「さきらだよ!」
「お嬢……サキラちゃん、こんな所で何してるのかな? もう眠る時間じゃないのかな?」
「『まりつき』をして遊んでるの」
(『マリ』? あああの手の玉のことか)
「おじちゃんは何してるの?」
「おじっ! お兄さんはね、ここに悪い人達がいないか見回りに来たんだ。最近この辺りの森に野盗が出るという噂があってね。おい、お前たち入ってこい! サキラちゃんを驚かさないようにな」
適当な理由をでっち上げる。
まあ、嘘は言っていない。
その野盗の一味が自分達と言うだけである。
正確にはこれも正しくはないが、今はこの目の前の少女が納得すればなんでもいい。
すると扉の向こうから4人の男達が入ってきた。小隊長と呼ばれていた男の指示に従ってか、手には武器を持ってはいない。
しかし、何時でも抜ける様になってはいる。
「ふ~ん、そうなんだ。おじちゃんは凄いね!」
「そうだよ、お兄さんは! すごいんだ。それでここには一人で遊びに来たのかな?」
そんな訳も無かろうが、小さい子が理解しやすいであろう言い回しで問いかけてみる。
「ううん。お友達とここに住んでいるの」
「ここに? お友達は何人くらいいるのかな?」
「う~んとね。ひ~ふ~み~よ~……」
何か意味不明な言葉を呟きながら可愛らしく両手の指を折り始める少女。
聞きなれないその言葉は呪文にも似て、一瞬身構えもしたが、その恰好を見ても異国の少女であることは疑い無さそうであるからには恐らくは数を数えているのだろうと当たりを付けて、男達は緊張を緩める。
話の流れから一緒に住んでいるというお友達の数を数え始めたのであろうが、両手の指を全部折りきってしまったところで小首を傾げてしまいしばらく何事か考えた後、男達を見上げてニッコリとして口を開いた。
「いっぱい!」
その答えに、思わず力が抜けそうになる。
「じゃ、じゃあ、お兄さんくらいの大人の人は何人くらいいるのかな?」
「大人くらいの人はいないかなぁ。いちばん大人っぽいのは、亜華奈お姉ちゃんかいほらお姉ちゃんかも」
「じゃあ、男の人は何人くらいいるのかな?」
「男の人は典人お兄ちゃんだけだよ」
警戒心も無く、目の前の少女は男が訪ねる質問に次々と答えていく。
「ほう」
その答えに男は微かにニヤリと口角を上げる。
「そうか。そのノリトと言う人を呼んできてくれるかな」
「えっとね、今、典人お兄ちゃん達はおでかけしているの」
その言葉にさらに笑みを深める男。
「へえ、いつ帰って来るか分かるかい?」
「分かんない。一週間くらいはかかるかもって」
それからはしばらく他愛もない話をしていると、少女の向こうにある扉の奥からカツンカツンという音が聞こえてきてやがて扉の前で止まった。
いち早くその音を捉えていた男は作った笑みを崩さずに油断なく扉の方にも意識を向けていた。
話の内容から男はいないし、年齢も自分くらいの歳はいないのなら若い娘しかいないのだろうが、幼い子どもの話をそのまま鵜呑みにすることはできなかった。
やがて扉が開き、扉の中から現れたのは、はかなげだが片目を包帯で覆い杖を突き片足義足の少女と、両手を包帯でグルグル巻きにした茶色い長髪の少女だった。
「いほらお姉ちゃん、真截知お姉ちゃん!」
入って来たのは『一本だたら』のいほらと『鎌鼬』の真截知であった。
さきらが二人に駆け寄る。
その言葉に小隊長と呼ばれていた男が僅かだがピクリと眉を動かす。
(イホラ? さっき言っていた一番年上の……それでも20は超えていなさそうだな。それとどうやら戦争孤児の集まりのようだ。いや、もしかしたら此奴らの容姿が整い過ぎているから落ち延びた貴族令嬢とその御付きの侍女衆が平民を装っているってとこか? 最近戦争があったというと……随分東のサンブークかマクニッツァか)
自国の帝国は隣国の公国と緊張状態にあるが、あの国の衣装ではないのは明白だ。だとするともっと遠い国から来たのだろうとその国に当たりを付ける。
「んっ、こんな時分にこんな所に来客か?」
いほらがさきらに尋ねる。
「うん! おじちゃん達はねえ、悪い人がいないか見回りに来たんだって、愛刃お姉ちゃんみたいだね」
「そうか……」
いほらと呼ばれた片目包帯の少女が視線を男に向けてくる。
「その子」
疑問に思われる前に言いくるめようと男は口を開こうとする。
「さきらだよ!」
だが、さきらに征される。
「……サキラちゃんにも言ったんだが、最近この辺りに野盗が増えてね。隠密で捜索していたらこんな所に砦があったと言う訳さ。この森は深いとはいえ、これだけの砦に今まで気が付かなかったのもおかしいと思ってな、調べているところで君たちに会ったと言う訳さ」
「ああ、なるほどな。で、こんな夜分にか?」
流石にさきらと違い疑わし気な視線で見てくる目の前の少女に、だが慌てた様子も無く男は答える。
「それに関しては済まなかったと思っている。なにせ、こんな森の中だ。人が住んでいるとは思いもしなくてな。こちらも君たちを見て驚いているところだ。仮に住んでいるとしたら、野盗か、魔物くらいかと……違うとは思うが、率直に聞こう。君たちは野盗か? もしくは野盗に捕らえられているとか? ならば保護しよう」
「ああ、違うな」
微妙に質問の答えと違うニュアンスのいほらの返事に、わずかに空気が変わる。
その空気を感じ取ってか、小隊長と呼ばれていた男は少女らから見えないように後ろ手で控えている男達にサインを送った。
サインを受けた男達も、表情には出さず自然な動きを装って位置をさりげなく変え、逃げ道を塞ぐように展開する。
そこらの野盗にしては実に堂に入った動きである。
今度は、いほらの隣にいた真截知が口を開いた。
「あたいたちの国にはこういう諺があるんだよ」
男達の間に緊張が走る。
「『嘘吐きは泥棒の始まり』ってね」




