第伍拾巻 侵入者 呑気な惨劇
第伍拾巻 侵入者 呑気な惨劇
砦の壁を超えた内側の一つの広場の一廓で、凄惨な姉妹喧嘩が繰り広げられていた。
姉妹喧嘩と言っても口喧嘩程度ではあるのだが、その姉妹喧嘩をしているのは『七人みさき』のみさき姉妹である。
その内容はと言うと……。
「わたしの初めてなんですから良いの出してくださいよ」
そういうと、みさき姉妹の三女設定であるみささは男に馬乗りに跨ったまま、艶やかな笑みを浮かべる。
「もっとも奪うのはわたしの方。出してもらうものは命と能力ですけどね」
「やっ、やめっ! うがっ!」
徐に跨り掴んでいた野盗の男の首をポキリと負った。
とてもか弱そうな外見からは想像もできないような力を持っているのだが、男の首を追ったその瞬間でさえ、まるで花の茎を折る様な繊細な手つきだったのが、より男達の恐怖を煽っていた。
周りを見れば、手足が織られているのか、腕や足があらぬ方向を向いたままの複数の男達が、もがきながら苦悶の表情を浮かべ地面を這いつくばっている光景が広がっている。
「う~ん。なんかパッとしないのよねえ。こっちは……あっ、ハズレ……う~ん、意外とないものね」
ところが、そんな男達の表情などまるで気にした様子もなく、みささは掴んでいた男をポイッと投げ捨てて首を傾げて右手の人差し指を右頬に添わせ可愛らしく悩み始める。
まるでその表情が「今日着けていくアクセサリーどうしよう?」と、あれでもないこれでもないと悩んでいる少女のようであった。
「みささ! あんた早くあたいに権利渡しなさいよね。権利の無い時に殺しても能力を奪えないんだから、いい加減とどめが刺せないじゃないのさ!」
そこに、みさき姉妹の四女設定であるみさとが食って掛かる。
「たっ、助っ!」
「仕方ないじゃない。権利が無い時に能力が奪えないのは姉妹皆同じ条件なんだから。気に入った能力を持っている奴が見つからないんだからもう少し待ちなさいよね! ……う~ん、こっちは……『フクロウの鳴き真似』かあ。う~ん、微妙」
負けじとみささが反論する。別の野盗の男の首の骨を折りながら。
「どうせ、こんなちんけな野盗連中、ろくな能力持っているわけないでしょ。そんなえり好みしてないで、いいから適当に殺して奪ってさっさと権利渡せってえの」
「そうだよ。みさと姉の言う通り。この世界に来て初めてなんだから。適当に奪って能力付けておいて次の権利が来るのを待てばいいじゃん」
そこにみさき姉妹の六女設定であるみさのがみさとの援護に入る。
みささたちが言っている『能力』はこの世界で言うところの『スキル』に当たる。
『フクロウの鳴き真似』は文字通り、フクロウの鳴きまねである。あくまで鳴きまねであって、フクロウと意思疎通が図れるわけではない。ただ、普通の人間には見分けが付きにくいので、仲間同士の合図として使われる技能である。
「やめっ!」
「みさとだけじゃなくみさのまで。こっちは『暗視』かあ。使えないなあ」
言い争いをしながらも手を止めずに野盗の男の息の根を止めて回るみささ。
『暗視』のスキルは文字通り、暗闇を見通すスキルであり、普通の人間であれば非常に有用なスキルである。ましてや野盗からすれば尚更言うまでもない。しかし、暗闇でも動き回るのに何ら支障のない『七人みさき』の彼女たちにとってみれば、奪ったところで全くもって意味のない能力ともいえる。
「後が閊えてるんですよ。いらないのなら今回はパスしてください」
さらにみさき姉妹の末っ子設定、七女のみさなが丁寧口調で追従する。
3対1じゃ、言い争いも分が悪いと、仕方ないかとあきらめの溜め息を付いて『七人みさき』のみささは殺しはせず動けぬようにだけしていた男の首をまた一人、無造作に折った。
ちなみに、長女設定のみさおと次女設定のみさらは早々に決め、おっとりしている五女設定のみさりはのんびりと、野盗達が逃げ出さないように手足を折りながら、他の姉妹たちの言い争いを傍観している。
「みさなも。もう! 分かったわよ。しょうがない、『鍵開け』かあ。これでしばらくは我慢するか」
すると、みささの胸元の印がわずかに光ってから光を失い、みさとの胸元の印が淡く光を帯びたようになった。
印というのは七姉妹がそれぞれに胸元に持つほくろのような痣のような印で、姉妹順らしくその数が1からひとつづつ増えて言っている。
以前、『覚』の慧理が典人に七姉妹の見分け方として教えていたものである。
この『七人みさき』のみさき姉妹がこの世界で得た能力は「殺した相手を身代わりに自分が浄化される」のではなく『殺した相手の能力を奪う』というものであった。
これだけ聞くとかなり良さそうに見えるが、そこまで使い勝手が良い能力ではない。
奪えるのは姉妹順番であり、権利を持っていない時にいくら殺しても意味が無いうえ、持てる能力は一つで、新たに能力を奪うと持っていた能力は上書きされ失われてしまうのである。
ただ、前の能力も全く能力が使えなくなるという訳でもなく、技量的なものは一応ある程度残るようだ。まだ使い始めのため、残る程度は今現在は定かではないが。
『七人みさき』たちは初めてにも拘らず、この世界に跳ばされてきた際の影響か、その事を感覚的に理解していたようだった。
ちなみに、典人を召喚する前、砦の他の女の子たちに仕掛けようとしたことがあるが、その頃は互いに牽制しあっていたせいか、相手も力のある妖のためか、今となっては幸いなことにうまくいってはいなかった。
現在、典人が来てからはそんな気は起きなくなっている。
「よし! あたいの番が来た! おいお前、いい能力持ってるだろうな?」
「ひっ!」
見た目そっくりの七つ子の中でも多少雑な口調のみさとが、それでも思わず見惚れてしまうような笑顔で男に語り掛けるが、流石に野盗の男もこの期に及んでデレっと鼻の下を伸ばせるはずもなく、むしろ肝を縮め上げながら悲鳴を上げていた。
「みさと姉も早くしてよ。ほんと、跡が閊えてるんだから。ただでさえ、みさり姉が長そうなんだし」
「私~ぃ?」
「お願いしますね」
みさながみさりの方を見やってから、真剣にみさとに頼んでいた。
「ああもう! 分かったよ! って、ことでお前、良い能力持ってなかったら、ただじゃおかねえからな」
「ひっ!」
殺してからでないと相手の能力を奪うことが出来ない能力なので、この脅しには何の意味も無い気がする。
元の世界、日本での少女たちのどこかお出かけ前の身支度の洗面所の鏡の奪い合いの様な光景の姉妹喧嘩の会話に、野盗の男達は戦慄を覚えていた。
当たり前である。その奪い合ってる『鏡』は自分たちの『命』と『能力』とやらで、しかもこの姉妹達にとってみれば『能力』よりも『命』の方が遥かに軽いのである。
そしてその命よりも価値のある『能力』を選ぶためだけに、野盗達は手足を折られ動けないまま風前の灯の命を繋ぎ留めさせられ、目の前でまるで今日付けて行くアクセサリーをとっかえひっかえ選ぶかのように、命を奪われ、物色され、気に入らなければ打ち捨てられていく仮にも仲間の骸となった身体を眺めさせられているのである。
その時間は恐らく当事者にとってみればとてつもなく長く感じられたであろう。
そして、七姉妹のワイのワイのと騒ぐその時間はまだしばらく続いて行くのだった。
◇
砦の中は広く、また霧も掛かっている為視界があまり利かず、集団でウロウロしていた連中がたまたま正面門の広場へでると、そこには何処かの貴族令嬢かというようなヒラヒラとした白と黒のドレスに身を包んだ少女が二人、その身体に釣り合わぬ大きな武器を持ち、砦の内側、門の前に立ちふさがっている光景が目に入ってきた。
巨大な牛刀を持った『牛頭』の司宇と斬馬刀を持った『馬頭』の真宇である。
「外には出させない」
「先っちょたりとも入れさせない」
言動は相変わらず微妙ではある。
だが、策とはいえ一旦は素通りさせたものの、砦から出させる気のない二人は徐に武器を構えた。
「見ろよ! 自分の力も考えずデカい武器を持ち出せばいいとでも思ってやがるぜ」
「所詮は女のお子ちゃまか」
「まあ、歳の割りには胸がデカそうなのは大したもんだけどな」
「武器よりよっぽど良いモノ持ってるじゃねえか」
「ちげえねえ! げへへへへ」
当たり前と言うべきか、それを見て恐れる事も無くひたひたとした下卑た笑いを浮かべ、劣情に染まった気配を隠そうともせず露骨な視線を二人の肢体に向けてくる野盗の男達。
「策とはいえ、わたしたちの守護する門をこんな下賎の輩を素通りさせたなんて」
「欲求不満」
対する司宇と真宇はそんな視線にさらされてか、あからさまにその整った顔を顰め、露骨に不服そうな表情を浮かべる。
「あん? 何だ、そっちの足のむっちりした姉ちゃんは溜まってんのか? 良いぜ、相手してやんよ。可愛けりゃ、俺様は胸の大きさには拘らねえ、広い心の持ち主だからよ」
「じゃあ、俺は大きい方で」
「俺は黒いドレスのほうだな」
「そんじゃあ、俺は狭い心の持ち主だからよ。ちっこくて狭そうな方にするぜ」
「「ぎゃははははっ!」」
野盗達はゲラゲラと笑いながら、好き勝手な感想を口にしながら二手に分かれて、それぞれに二人を取り囲もうとして動き出そうとする。
「一人一人は面倒臭いね」
「一度に相手する」
その言葉に何を勘違いしたか野盗の男達から口笛やら歓声やらが上がる。
「ヒュー」
「へへっ、顔に似合わず言うねえ」
「複数相手がおこの身ってか」
「お望み通り、腰が経たなくしてやるよ」
気の早い男などはズボンのベルトに手をかけようとしていた。
だが、次の瞬間。
「「騰っ!」」
掛け声とともに踏み込んだ司宇と真宇はそれぞれに向かってきていた男たちの中心付近に滑り込む様に移動すると、なんて事も無い動作で一回転し手に持っているそれぞれの武器を横薙ぎに振るう。
「へっ?」
誰が発した声だろうか? 間の抜けた声が上がる。
その後ドサリと言う音がして、
ボタリというおととグチャリという粘着質な音が続いた。
そして、男たちの上半身と下半身が離れ離れになり、ボタボタと内臓を飛び散らせつつ地面に落ち倒れたの等の男達が、ようやく事の私大に気付き絶叫を上げる。
「うわああああっ!」
「ぎゃあああああっ!!」
「足がああっ、俺の足がああっ!!!」
一瞬にして、正に阿鼻叫喚の地獄絵図の光景が出来上がっていた。
胴体を分断されても即死というわけにはいかない。
僅かの間ではあるが、人間はしばらくの間生きている。
想像したくもない苦痛と、死への恐怖を伴って。
絶叫をあげて痛みを訴える者。
その場でもがき苦しむ者。
ただ泣き叫ぶ者。
中には手だけで這い、その場から逃げ出そうとする者もいた。
だが、それも長くは続かず、叫び声はすぐになくなり、そこに残されていたのは物言わぬ内臓を飛び散らせた死体の群れと、それぞれの中心に立っている少女の姿だけとなっていた。
ただ辺りには静寂と、濃い血の臭いが広がるのみとなっている。
やがて、二人の少女はごく自然な動作でそれぞれの刀に付いた血を振り払うかのように同時に一閃し溜め息を付く。
「もう腰が経たなくなったの? だらしないですね」
「これじゃあ、二回戦目は無理」
この状況を作り出した張本人の二人の少女は相変わらずの言動で事もなげに言ってのけた。
そして、
「「門が汚れなくて良かった」」
心からの安堵といった感想を述べるのだった。




