第拾肆巻 気の合う二人
第拾肆巻 気の合う二人
「それじゃあ、絹狸ちゃんの名前は絹姫でどうかな?
「はい。有難うございます」
喜びの表情と共にその圧巻とも言うべき巨大な胸が上下に揺れる。
今朝、この『牢獄核の間』に来て初めて言葉を交わしたときの何処か引け目を感じているような様子は少し薄れたように典人には感じられた。
「よかったねえ絹姫ちゃん!」
「うん、瞑魔ちゃん」
「何か照れるねえ」
先に名付けが終わっていた『豆狸』の瞑魔と一緒に抱き合って喜んでいる。そう言えば同じ狸の妖なので仲が良いとか言っていたような気がすると典人は思い出していた。
それにしてもこの『豆狸』の瞑魔も『絹狸』の絹姫には及ばないものの、かなりの爆乳の持ち主である。魑魅魍魎たちをこの牢獄核に引きずり込んだ何者かの陰謀か? それとも狸人族の特徴化? どちらにしろこの二人が抱き合って喜んでいる光景は官能的と言うより、圧巻×2の迫力が有る。
(取り敢えずこれは今日のウイニングショットだな。……ウイニングショットは一日に何回あっても良いもんだ!)
そして今目の前で繰り広げられている素晴らしい光景はしっかりと心のアルバムに加えることを忘れなかった典人であった。
なにしろ、二人が少しでも身じろぎする度に、その柔らかそうな胸同士が押し付け合いムニュムニュと形を変えているのである。
典人はしばしその光景に呆けた様に見入っていた。健康的な高校生の典人が拒否する理由は何もない! 断言しよう。断じて何も無い!
「……思いっきり挟まれたい」
思わずそんな言葉が自然と口から洩れてくる典人。
「分かった」
ところが不意に横合いから声が掛かる。
「へっ?」
典人がその声に反応すると同時に、典人の身体、腰の辺りに何やら感触があった。
柔らかいものではない。
目線を下に下げる。
「えっ? うわあ! 何だこりゃ!」
見ると自分の腰の周りを巨大な蟹のハサミがしっかりとキャッチしているではないか。
その根元を辿って目線を移していくと、左手を大きな蟹の手に変化させている、赤髪を後ろで左右二つの三つ編みにしている女の子が立っていた。
右手は普通の人間の手をしているので、変化させたで恐らく合っているのだろう。
「思いっきり挟んであげるね」
「ちょっ、待っ! ぐえええぇぇぇ!」
その言葉と同時に蟹のハサミに力が入り、典人の望み通り? に思いっきり挟まれていった。
「待って! 待って! 痛い! 痛い! ギブギブッ!」
思わずハサミをポンポンと二回タップしてギブアップの意思を伝える典人。
それを理解してくれたのか、力を緩めハサミを消し左手を元に戻した赤髪の女の子。
「問題です! 両足8本。横歩きが得意で、眼は天上を見る。さて、わたしは何でしょう?」
そう言うと再び左手を巨大なハサミに変化させて、まるでカウントダウンでもするかの様にカチカチとハサミを鳴らし始めた。
(今の状況はスルーかい!? 人を挟んだ後、いきなりクイズって……)
「いや、何でしょうも何も、君、『化け蟹』だよね」
「正解! 切れるね御館様」
「え~っと……ちなみに、外れるとまた、そのハサミで挟まれてたの?」
「ううん、このハサミで……」
「このハサミで?」
「張り倒してた」
「死ぬぞ多分!」
可愛いが無表情系の顔に微妙に照れた様な表情を浮かべながら変化させた腕のハサミを鋭い音と共に振りぬく化け蟹と名乗った少女に、思わず突っ込みを入れてしまう典人。
ちなみに『化け蟹』は各地に伝承が有り、旅の僧などに化け、人に問答を仕掛け間違えると殴り殺すという妖怪として知られている事が多い。
「名前」
「マイペースだなあ」
典人の感想を他所に、今度は両方の手をハサミに変化させて再びカウントダウンをするかの様にカチカチとハサミを鳴らし出す赤髪二本三つ編みの少女。
「わっ、わかったから、そのカウントダウンは止めて! ……バケガニだろ……文字を並び替えて……『はにか』なんてどうだ?」
「はにか……有難う」
取り敢えず気に入ってくれた様子なので、緊張の糸以外の物が切れなくて良かったと典人は安堵の息を漏らす。
「それにしても何でいきなり?」
「二人を見てて横に進まなそうだったから」
「横に? ああ、前に進まないね。だからって、危ないから無闇にハサミで人を挟んではいけません」
「あたし、間違えた? 不正解? 罰ゲーム、脱皮しないと」
「脱皮?」
そう言うとはにかは徐に赤い着物を脱ぎだそうとしていた。
「お待ちなさい! 化け蟹さ……はにかさん」
そこに『川天狗』の少女が止めに入る。
「何をなさろうとしているのです。無闇に殿方の前で服を肌蹴させてはいけませんよ、はにかさん」
昨夜、自分も羽が作り物でない事を証明する為に脱ぎ掛けたのは何処へやらと口には出さない典人であった。ちなみに『川天狗』の少女は天音と名付けられている。
「でも、絡新婦が「わっちの世界では罰ゲームは脱衣が常識」って教えてくれた」
「あの子は!」
「まあまあ、ここは押さえて。典人もユリユリなシーンに見とれてないで先、進めなよ」
今度は、『やんぼし』……夜星がいきなり影から割って入る。
「そう言っても、癒しは大切だと思わないか?」
「大丈夫、癒しならまだまだたくさんいるから」
そう言って夜星はある方向を指さして良い笑顔を向けてくる。
「はあ」
典人は夜星の言葉に『絹狸』の絹姫と『豆狸』の瞑魔が抱き合っている後方を見やり溜め息をつく。
言っている事に間違いはない。見ているのが前提であればという話ではあるが。そうであれば、これ程癒しな時間もそうそうないと典人も思う。なにせ、ある種の人がキーワードを見ただけで「もうお腹いっぱい!」とブラウザバックとかそっ閉じとかしそうな美少女のオンパレードの様な状況なのだから。
「やっと、半分くらいか?」
百人の魑魅魍魎の女の子への名前付けを始めて早数時間。
典人は振り返る。
(100人の女の子に名前を付けるの。意外と直感で行けるんじゃねえ? ……そんな事を思っていた時期、オレにもありました)
所詮は一介の高校生に過ぎない典人のボキャブラリーではすぐに壁にぶち当たってしまった。
他の女の子と被ってはいけないし、漢字もあまり女の子に合わなそうなのはできるだけ避けたいと考えると、知っている文字で使える文字は結構少ないことに気付かされた。
改めて自分のボキャブラリーの無さを痛感する事となった。
名前を着け終わった子も名付け待ちの列から外れてはいるが、典人の周りに残っていたり、少し離れて最初に集まって来た時の様に取り囲む様に輪になって名付けの様子に聞き入っている。
いずれにしても、この地下ホールから出ていった子はいないようだ。
皆、興味津々といった顔をしている。
列は徐々に減っては来てはいるのであろうがホール内の人数が変わっていないので、典人としてはこの名前付けの『百鬼昼行』が果てしないデスマーチの様に感じる。
だが、改めてそれぞれで名前を教え合うよりも、ここで皆に聞いていてもらった方が手っ取り早くスムーズに先に進めると考え、このままにしておくことにした。
この場で話せない特性とか妖力については面接の時、改めてマンツーマンで話せば良いと考えている。
「えっと、次の子、どうぞ」
典人が列に向かって声を掛けると、お揃いの櫛を髪に刺し、そっくりな双子の様な少女が息もピッタリに走り寄って来て同時に止まる。見た目、典人と同じくらいの歳だろうか。
お揃いの服で腕は両肩まで露わにし、下は水着の様になっており両足は太腿まで露出し、その付け根からスラリと伸びた美腕美脚を強調している。鈴姫と名付けられた『鈴彦姫』の様なきわどさはないため、どちらかと言えば爽やかスポーツ系美少女双子姉妹と言った感じである。
「「私たち、足長手長です、どうぞよろしく。典人様!」」
「バイノーラル」
『足長手長』はそれぞれ手と足が異常に長い妖で、二人一組で足長が手長を背負って魚を取る姿が描かれている事が多い。ただ、今見る限りではスラッとはしているが異常という程ではない。また、龍宮の話にも登場し、龍王の眷属や須佐之男命の八岐大蛇退治の話に出て来る足名椎・手名椎との関連も示唆されている。
「アシナガ・テナガか……じゃあ、足長ちゃんが芦那ちゃんで、手長ちゃんが薙那ちゃんでどうかな?」
「「ありがとうございます!」」
二人が息ピッタリに反対の掌をお互いに絡めて笑顔でお礼を言ってくる。
その優雅な所作は大和撫子しかと言った感じであり、何とも破壊力のあるポーズである。
「えっと、次の子、どうぞ」
こんどは、何ともフリフリとした衣装を身にまとった10歳くらいの二人組が近付いてきた。
「牛頭です」
「馬頭です」
流石にこの二人の名前には聞き覚えがある典人ではあったが、
「なあ、そのフリフリしたドレス姿は一体どうしたんだ? 作ってもらったのか?」
着物が多い中ではかなり目立つ衣装に、典人も思わず質問していた。
「こちらに跳ばされて人間種の姿になった時にはすでにこの格好でした」
「跳ばした奴の趣味か。牛頭にゴスロリって……」
「ゴズロリ。ちなみに私は多分付き添い」
「駄洒落かよ! 絶対これやったヤツふざけてやがる!」
『牛頭』らしき少女を見れば、白いゴスロリ衣装に、その見た目の容姿にそぐわない大きな胸が印象的だ。それに対して『馬頭』らしき少女は黒いゴスロリ衣装にスレンダーな体系シャープな面持ちが印象的である。
「それじゃあ、牛頭ちゃんが司宇ちゃんで、馬頭ちゃんが真宇ちゃんでどうかな?」
「「有難うございます! わたしたち、門の守護なら日本トップクラスです!」」
二人が自己アピールをすると同時にそれぞれ手に武器が出現した。その武器は二人の小柄な体躯にはそぐわない程大きな刀であり、典人はそのかなり大きめの刀を見て尋ねていた。
「大きな刀? 薙刀?」
「わたしのは牛刀です」
「わたしは斬馬刀」
二人は胸を張って誇らしげに答えるのだが。
「……」
(牛頭の得物が牛刀で、馬頭の得物が斬馬刀ってどうなんだろ? 自虐ネタにしかならないと思うんだが……)
「「わたしたち、夢は馬頭観音様に罵倒されることです!」」
「とんでも発言頂きました! 自虐ネタどころかドMキャラか!?」
またも二人が胸を張って自己アピール? をするが、皆が揃っているホール内で言う内容としては、アレ過ぎてどうしたもんかと目線を別の方向に逸らしかける典人。
「今は御館様でも構いません。さあ、どうぞ。ご存分に罵ってください!」
「どうぞと言われても」
「さあ!」
「さあと言われても」
「「さあ! さあ! 遠慮せず!」」
「うっ」
危害を加える事は無いだろうが、巨大な武器を持って迫る二人の異様な程の鬼気迫る迫力に典人は一歩後ろに退いてしまっていた。
「典人、二人に『牛溲馬勃』って言って上げると喜ぶ」
そんな典人を見かねてか、『覚』の慧理が典人の耳元でそっと囁く。
「ぎゅうしゅうばぼつ?」
典人はその聞きなれない言葉をオウム返しに声に出していた。
「ああ、ご主人様! 罵倒して頂けるだけではなく」
「同時にわたしたち両方まとめて、いきなりその様なプレイまで要求して来るなんて何て高度な!」
二人は恍惚とした表情で馬の様にブルリと身体を震わせた。
「流石はわたしたち鬼畜の長たる方です!」
「末永く可愛がって下さいませ!」
「鬼畜の長って……間違ってはないのか?」
「……典人、褒められた。良かったね」
「褒められてな……たのか? 慧理! 一体何を言わせた」
「……四文字熟語」
問われた慧理はすまし顔で答える。
「そうじゃない! 意味だ意味!」
「……勉強したまえ、学生さん」
尚も問う典人に、慧理は典人の肩をポンポンと叩いて答える。にしても、典人より軽く頭一つ分以上小さいため、何とも微笑ましい光景になっていた。
(教える気ないなコイツ。小悪魔系か)
「……♪ 小悪魔じゃなくて、妖怪。これ重要。ここテストに出ま~す?」
「何のテストだよ! それと、何で疑問形なんだ? それは兎も角、このコンビが地獄の門番で大丈夫だったのか? なんかいろいろ心配になるんだが」
「大丈夫ですよ。
「他にも寅頭とか猪頭とか交代の子はいる」
「大丈夫、なのか、それ?」
「「御主人様、わたしたち、牛馬の如く働かせて頂きます!」」
(突っ込んだら負けなんだろうな)
「……突っ込んでも大丈夫だと思う」
「慧理、そこまでにしておこうな」
「……言葉責めは趣味じゃない?」
(突っ込まなくても負けなんだな)