第拾弐巻 気随気儘 (きずいきまま)
第拾弐巻 気随気儘 (きずいきまま)
日本の時間の感覚として30分位経っただろうか? 典人は再び昨夜いた巨大な空間、女の子たちが『牢獄核の間』と呼んでいる広間にいる。
そして、典人の周りに100妖? 100鬼? この際、100人の魑魅魍魎……の女の子が集合していた。
典人は半円に集まっている女の子たちの真ん中に立ち、周りをぐるっと見渡してみる。
(それにしても、実に……)
そして思う。
(正に目の保養じゃないか!)
典人は昨夜も思っていたが、何処かのアイドルグループと言われても納得してしまう子ばかりだ。
この子たちが妖怪だと聞かされ、幾つかの妖力を使ったであろう不思議な現象を見せられ理解した今でも違う意味で目を疑う光景である。
狐につままれたのではないかとさえ思う。
まあ、この中には実際狐の妖怪もいるのではあろうが。
狸の爆乳娘はいたし。
思わず鼻の下が伸びそうになる。
この『鼻の下が伸びる』という言葉、好みの異性に会った際締まりのない顔つきになるという意味に取られるが、一説によると、人間の生物的にはその異性が発するフェロモンを鼻孔で無意識のうちに感知しようとする自然の反応なのだそうだ。そうであれば正に言い得て妙な表現であろう。
それはそうと、パッと見ても着物ばかりかと思えば意外と現代風の服装もいる事に気付く。
(確かにこうやって見ると和服が多いけど髪型とかは案外普通に今っぽいな。中には普通の服装の子もいるみたいだし)
それから、一つ咳払いをする。
すると周りの女の子たちは静まり返って典人の言葉を待つ。
昨夜、典人が最初に小豆洗いに名前を名乗った時には典人は気が付かなかったが、そのときにはこの牢獄核の間に全員いて、すでに典人の名前は知っているのであろうが、典人はあえて改めて自己紹介をすることにした。
「昨日は動揺してて皆を見てからの自己紹介がまだだったから、改めて。天神 典人です。こんなことになってしまったけど、どうぞよろしくお願いします」
なんかタイミングを逸した転校生の自己紹介みたいだなと思いつつ、一礼する典人に対して方々から挨拶の声が帰ってくる。
「「よろしくお願いします。御館様!」」
そして女の子たちの返事が一段落着いてから、典人は今朝起きてからここに来るまでに考え思っていたことを切り出すことにした。
「それで、みんながオレのことを御館様と呼んでるけど、多分それはオレの中にある緒札の一枚『ぬらりひょんの七光り』の緒札の影響を受けているからだとおもう。オレ自身には何も力が無い。ただの無力な学生に過ぎないんだ。この先、こんなヤツに付いて来て本当にいいのか?」
皆が隠さず話そうとしてくれたのだから、典人も話す事に決めた。
「昨日はノリと勢いでこの場を仕切ったみたいな形になったけど、みんなが呼んだからと言って、良くも知らないオレなんかがリーダーやっていいのか?」
まずはここからだと典人は思っていたので、だからこそ率直に聞いてみることにした。
集団で活動する以上、まとめる者が必要なのは間違いない。
だけど自分はこの中では一番の新参者だ。
しかもなんの能力も無い一介の高校生。
恐らく、この中で一番の無力だ。
言い終えた後、典人は周囲を一瞥してみる。
不思議と動揺しているような顔は無かった。
「否は無いよ」
女の子の中から声が上がる。
その方を見ると先程皆が集まるまで音楽を奏でてくれていたうちの一人の虚空太鼓であった。
「だろ? 『かもめ』の儀を行う前に皆で決めた事なんだ。実際に御館様を見て反対なものはいるかい?」
周りを見渡し、誰からも反対の声が無い事を確認する虚空太鼓。
「だそうだ。決まりだね。緒札の力だろうが何だろうがバラバラに存在して来たあたしたちをまとめてくれるなら御館様に着いて行くよ」
方々から同意の声が聞こえてくる。
「分かった。ありがとう」
その様子を見て一応の納得をする典人。
(でも、これでいいのか?)
つい思ってしまう。
それはそうだろう。
昨日の今日ですぐに出る答えでは無い。
だけどこのままでは何時まで経っても先に進まないのも明らかだ。
典人は結局少しずつやっていくしかないと割り切り話を続けることにした。
「確認なんだけど、皆は今までどう過ごしていたの?」
「皆バラバラ」
「自由好き勝手に過ごしてたの」
「そしたら、妖力が徐々に減っていって」
「全然回復できなくて」
「流石にこれはまずいと」
「このままでは消えてしまうと」
「その時今まで沈黙していた牢獄核から」
「頭の中に声が聞こえて来て」
「ここで皆で呼ぼうって事になったの」
あちらこちらから声が上がる。
それをまとめると昨夜、座敷童たちが話していた事と大体同じことが帰って来る。
その後は牢獄核が典人に反応したことにより妖力が有る程度皆に補充されるようになり当面の危機は去った事になる。
だが、このまままたバラバラに過ごしていたのでは意味が無い。
典人はそう考え口を開いた。
「皆有難う。それでこれからのことなんだけど、オレも小説やアニメで見たくらいの知識しかないから妖怪についてあまり詳しい訳じゃないんで、これから一人ひとり面接をしていきたいと思います! それから、うまく行くか分からないけど、それぞれに合った役割分担をして集団での生活の形を作っていきたいと思う」
女の子たちは典人の言葉に耳を傾けている。
その表情には何処となく自分たちに出来るのだろうかという不安の色が見え隠れしていた。
「あと、オレの呼び方なんだけど、御館様じゃなくて、もっと気軽な呼び方でもかまわないから」
この言葉に関しては少し戸惑ったようなざわつきが起った。
「それから、オレの緒札の能力で皆の名前を見たんだけど、殆どの子が世の中で呼ばれている妖怪の呼び方で、それぞれの名前を持ってないよね? だから、オレでよければなんだけど、希望する子は名前を付けたいと思うんだけど、どうかな? この場でも良いし、面接のときに言ってくれてもいいから」
ただ、こちらが気楽に呼んでほしいと頼んでおいて、自分は彼女たちを妖怪の名で呼ぶのは、これから先、この訳の分からない状況で何か違うような気がしていた典人は一つの提案をしてみることにした。
これにはどよめきが起こった。
恐らく典人の提案は妖怪たち女の子にとっては予想していなかった申し出なのだろう。そんな中勢いよく飛び出してきたものがいた。
「は~い! わたち、名前ほしい!」
「!!!」
その飛び出てきたこの格好を見て典人は思わず目を見開いてしまった。
それもそうだろう。
なんせ小学生低学年くらいの可愛らしい小さな少女が胸と股間に葉っぱを付けただけの状態のままで元気よく走り寄って来たからである。
どこかの美術館でそんな構図の絵とか彫刻とか有りそうではあるが、典人もそんなに芸術に詳しい訳では無いが何気にそういうのは成人した大人がモデルになっている事が多いと思う。最低でも鈴彦姫くらいの見た目の年齢だろう。まあ、あれはあれで際ど過ぎて違う問題があると思うが。だが、これは流石に背徳的すぎる光景だろう。なまじ元が愛らしいだけに洒落になっていない。
「待て待て待て! これは、誰か! バスタオルか何か持ってないか!」
典人は慌てて、飛び出てきた子どもの肩を掴んで制止する。そして女の子の輪に向かって声を上げた。
と同時に頭をフル回転して考える。
(これは流石にダメだろ! どうする? オレは今、夏服だから上着とか着てないし、えっと……あっ、絹狸ちゃんなら絹ってつくし、そういう能力なんじゃ)
典人がそう考え口を開こうとした瞬間、女の子の輪の中から突然、帯のような物が飛んできて典人が抑えている少女の身体に巻き付いた。
「うわあ!」
いきなり自分の身体に布が巻き付いてきた為、びっくりして目を丸くする少女。
「これでよろしかったですか?」
声がして、帯の様な物が飛んできた辺りから一人の女の子が典人の元に歩み出てきる。
「ああ、助かったよ。有難う。君は?」
「いえ、お役に立てて何よりです。機尋と申します」
機尋と名乗った子を見る。年のころは典人と同じか少し上ぐらい。前髪を一直線に切りそろえ長い黒髪のストレートロングに振袖の様な薄い黄色の着物を着たおしとやかそうな女の子である。
そして、自分が抑えている少女を見る。ウェーブのかかった早緑色の髪とくりっとした瞳をパチクリさせた可愛らしい少女である。
さっきは恰好が恰好だったためあまり見ないようにしていたが、これで取りあえずはちゃんと隠すべきところは隠すことが出来たと典人は思う。
最も今の状況でもお風呂上りの少女がバスタオル一枚で目の前にいるという光景ではあるのだが。
始めのインパクトが強すぎて、典人はその事に気が付くことがない。
交渉術で『ハイボールテクニック』というのがあるそうだ。
初めにとんでも無く外れた条件をわざと出し、それが駄目出しされると、今度は条件を引き下げる。
それでも十分相手方にとってみればハードルの高い条件が出されているのではあるが、前に出された条件があまりにも外れ過ぎていた為、それでもマシと許容してしまう。
意味は違うかもしれないが典人の思考は今、こんな感じであろう。
「今までその恰好のままだったの?」
「うん、そうだよ!」
少女は元気よく答える。その笑顔に全くの邪気はない。
「誰も何も言わなかったの?」
「うん、どうして? のりとおにいちゃま」
「どうしてって……」
典人は言葉に詰まってしまった。
「典人様、基本的に妖怪同氏は互いの有り方をそのまま受け入れていますので、どの様な在り方でも争ってでもいなければ殆ど気にしません。例えば河童は元来全裸ですよ」
女の子の輪の中から出てきた子に目をやる。
見た目、典人と変わらない感じだ。
緑色のウェーブのかかった長い髪や瞳は何処となく典人が抑えている子に似ているような気がする。
「いるの、河童?」
「はい、いますよ」
「すぐに呼んで……じゃ無くて、出て来る時はちゃんと服着させてね。って、君は? この子のお姉さん?」
即座に視線を思わず女の子の輪の中に走らせるくらいには自分の心に正直なスケベである典人ではあるが、一応常識的な思考は持ち合わせているようだ。
「いいえ、わたしは木霊です」
典人も流石に大まかではあるがこの名は知っていた。森の木々の精霊で森の中で音が反響する現象の謂れとなったものであると。
「そして、その子は『木の子』といいます。山の妖で木の葉で作った衣服を身に着け、普段は群れを成して山で遊んでいます」
「これを衣服と言いますか!?」
典人の感性としては、葉っぱで胸と股間を隠しただけを『服』というにはあまりにも斬新で前衛的過ぎた。
「ねえねえ、のりとおにいちゃま、わたちになまえちょうだい!」
「えっ、あっ、そうだったね」
思わず始めのインパクトが強すぎて当初の目的を忘れかけていた典人であったが、木の子にせがまれてそうだったと思い出す。そして、ズボンの右後ろポケットから手帳を取り出してメモが取れるようにしてから考え始める。
「『木の子』かあ……」
(きのこ、このき、じゃあ変か。う~ん)
「じゃあ『木の実』ちゃんって言うのはどうかな?」
咄嗟の思い付きではあったが、案外、この子には合っているのではと典人は思った。
「このみかあ。うん! ありがとね、のりとおにいちゃま」
どうやら気に入ってくれたようだ。
喜んで首根っこにしがみ付いてくる木の実の両脇を両手で抱えて地面に下ろし、木の実共々、機尋の方に向き直る。
「それじゃあ、機尋さん」
「あのお、わたくしにも名前を付けて頂けないでしょうか?」
「あっ、ゴメン。……そうだなあ」
(はたひろ、はひろ、たひろ、違うなあ)
「それじゃあ、『千尋』さんでどうだろう?」
「千尋ですね。はい、有難うございます」
典人は少し安直だったかなと思ったが、こちらも気に入ってくれたようだ。
「それで改めて。さっきのを見たところ、千尋さんは布関係の妖力を使うことが出来るという事で合ってるかな?」
「ええ、その見立てで合っていますよ」
「じゃあ、服とか作るの得意だったりします?」
期待を込めて聞いてみる。
「わたくしは機織りの妖ですので、そういった物を作ることを得てとしております」
期待通りの答えが返って来て、典人は一つ頷いた。
機尋は帰らぬ夫を待ちながら機を織っていた妻の念が布に籠り蛇と化し、夫の元へ飛んで行ったとされる妖で、機織り自体が水神とのかかわりも示唆されている。
「それじゃあ、改めて千尋さん。木の実ちゃんの衣服を作ってもらえませんか?」
まだ、面接を行った訳では無いが、間違いなく適任だろうと典人はお願いしてみる。
「分かりました。ねえ、木の実ちゃん。何色の服が良い?」
「う~んとね、ちひろおねえちゃま、わたち、あおいろがいい!」
早速お互いの名を呼び合っている二人。呼んだ方も呼ばれた方も何処と無く嬉しそうにしている。
「そう。では後で木の実ちゃんに似合う可愛らしい服を作って差し上げましょうね」
「やった! 有難う、ちひろおねえちゃま」
「ふふっ、何か良いものですね」
二人のやり取りを微笑ましく見ていた典人の傍に先程の木霊が寄ってきた。と同時に甘い花の香りがフワッと鼻孔をくすぐる。
「あの、宜しければ私も名前を頂けないでしょうか?」
「もちろん」
(こだまかあ、たしか『木の霊』って書いたよな。きれい……この子には合っていそうだし、悪くないと思うけど)
「えっと、『麗紀』って言うのはどうかな?」
「麗紀ですね」
ニッコリと微笑む。
花が咲いた様な笑顔とは正にこの事であろう。
思わず、その笑顔に見とれてしまっていた典人だが、ふと気が付けば麗紀の少し後ろから女の子たちが日本人気質と言うべきか理路整然と一列に並んでいる光景が広がっていた。
どうやら面接まで待ちきれず殆ど全員が並んでいるらしかった。
この後、典人は初日から怒涛の名付け『百鬼昼行』の行列をさばく事となった。
「マジか」




