#10
あの頃の親父は、絶望的に強大だった。
そしてあの頃の俺は、絶望的に無力だった。
ぼくはなんのために、うまれてきたんだ?
小柄で華奢な体格だった俺は、この世界の有り様を呪った。
だが、そんな俺が呪ったこの世界の有り様も、けっして不変では無かった。
時の流れは平等に進む。それは一方には衰退を、そしてもう一方には隆盛をもたらす。
高校に上がったある日、いつもの様に俺は親父に殴られた。何が原因だったかは忘れたが、恐らくつまらない事だったと思う。そして俺はあの日、初めて親父に掴みかかった。突然の反撃に面食らった親父は明らかに狼狽していた。最初は掴み合いになっていたが、いつしか生まれていた体格の差によって、親父は倒れた。俺は親父に馬乗りになって拳を振るった。何度も何度も殴った。気付けば、親父は気を失っていた。俺は呆然となりながら血に染まった自分の拳を見て叫んでいた。
抑圧からの解放は、二人の関係を逆転させた。それ以来親父は俺に何も言わなくなった。そもそも自分よりも弱い者を服従させる事、そして自分よりも強い者に服従する事で、生きてきた人間だったのだろう。
親父はただ酒を飲んでいた。時折大声を出す事があったが、俺が怒鳴るとすぐに大人しくなった。俺の機嫌が悪い時は、親父の胸ぐらを掴んでやった。殴る素振りを見せるとビクビクしていた。こんな最低の人間の事を殴っても仕方ない、俺はそう思う事にしていた。
だが、どこかでこうも思っていた。
俺もいつしか、親父と同じ様な人間になるのではないか、と。
それは一種の恐怖だった。俺自身が最も忌み嫌った人間と同じになる。刻まれた螺旋に逆らう事などできるのか。
そして時間は流れ、恐れていた事は現実となり、体調を崩して呆気なく亡くなったお袋の後を追う様にして親父は死んだ。自らの手で自らの命を絶つ、という最悪な方法で。
親父はもう死んだ。この世には居ない。もしこの場所に存在しているとすれば、それは、幻に過ぎない。
アウトリガーの戦いは心の戦いだ。
アウトリガー自体が何なのか、俺は知らない。そもそもここがどこで、俺が何をやっているのかもよくわからない。だが、これだけは言える。
勝ち続ける人生が無い様に、負け続ける人生も、無い。
だから、今この場所で俺がすべき事は、決まってる。
俺は雄叫びを上げた。
ガキンッ、という、撃鉄が跳ね上げられた音がして、同時に身体の中心に火が灯る。力が、漲ってくる。自分の中のメーターが上がっていく。俺が、本当の俺に変わっていく。メーターの針がレッドゾーンを振り切り、そして臨界点を超えた時、ガツン、という、引き金が引かれた様な大きな音がした。
着火。火花が見えた。閃光、そして爆発。容器の中を逃げ場を求めて駆け巡った圧力は、やがて内側から膨れ上がりその容器ごと破壊する。意識が遮断され、同時に身体全体が内側から裏返った様な感覚があった。身体の中で何かが爆発し、その衝撃によって自分が破壊され、そして新たな別の何かに、俺の身体が再構築されていく―――
爆発によって放出された熱気が再構築された身体全体を覆っていたが、それは俺にとって心地良い熱だった。俺は目を開け自分の身体を確認した。
空手の道着をモチーフにした様な赤と白を基調としたボディスーツ。それぞれ右腕と右脚の部分には炎、真っ赤に燃え盛る炎が大きくあしらわれていた。力が漲っていた。溢れ出す力が炎となって、周りの全てを燃やし尽くしてしまいそうな気がした。
俺は目を閉じると、息をゆっくりと吐き出した。そして大きく息を吸い込み、また吐き出した。身体中のあらゆる細胞が目を覚まし、そして唸りを上げる。目を開ける。右腕から赤い炎が轟々と音を上げて巻き上がる。俺は叫び、そして走り出した。