父親 二
「レオニード、君のお父さんが」
ライカの祖父の言葉が終わる前に僕は走り始める。父さんは巨人族の侵攻を食い止めるために出陣していた。父さんの身に何か起こったというなら負傷したか戦死したのに決まっている。ライカの祖父の慌て具合からして戦死では無く負傷のはずだが、状態は非常に悪いのだろうと思われた。
急げば回復魔法で治療することができるかもしれない。僕は周囲の目も気にせず全速力で自宅へと走る。家の周りには既に集落の人たちが集まってきていて忙しく動き回っている。
「どいて!父さんはどこ!」
「レオニード君!広間に寝かせてるよ!急がないと間に合わないよ」
僕の言葉に玄関口の前にいた人たちは一斉に道をあけてくれる。父さんはまだ持ちこたえているようだが状態は良くないようだ。
父さんはテーブルをベッド代わりにして寝かされていた。左腕は失われているし、左足には添え木が当てられてはいるが、ところどころいびつに曲がっている。全身を覆うように巻かれている包帯は乾いた血液で赤黒く染められていた。
僕が回復魔法を使うと淡い光が父さんの体に降り注いでいくが、回復魔法はこうかをあらわさない。それでも何度も回復魔法を使う。回復魔法も万能ではない。魔法で回復できる限界は既に超えていた。
「レオニードか……。父さんが巨人どもを追い払ったから安心していいぞ……」
土気色の顔色をした父さんが僕に向かって誇らしげに言う。
魔王時代にも何度も経験したことを思い出す。仲間を、部下を同じように助けようとして助けられなかった。何度味わっても決して慣れる事の無い無力感が僕を襲う。
「いやっ!ヴァルター死なないで!!!」
母さんは既にこと切れている父さんの体を抱きしめて泣きながら叫んでいる。父さんの体は母さんの腕の中で消えていきゴトリという音を立てて魔石だけが残される。
「大丈夫?とにかく奥へ行って横になりましょう」
そういうと近所の奥さんが、放心してぐったりした母さんを寝室へと連れて行ってくれる。僕は後に残された魔石を手に取る。そんなつもりは無かったのだが魔石に残された父さんの記憶が流れ込んでくる。
まだ十代に見える若い父さんの記憶が見える。父さんはまだ家を継いでなくて軍に勤務する兵士の一人のようで、どうやらこれから母さんにプロポーズをするつもりのようだ。
『えーっと、あれだ……。その、俺と結婚してください!』
父さんの言葉に母さんは顔を真っ赤にして照れているが、はっきりとうなずくのが見える。
場面は代わり長男のオスカー兄さんが生まれる。
『フラウ、やったぞ男の子だ』
父さんの喜ぶ気持ちがはっきりと伝わってくる。更にいろんな記憶が流れ込んでくるが、どの記憶からも家族への愛情があふれていた。
『レオニード、ウキをしっかりと見てタイミングを合わせるんだぞ』
僕に関する記憶だった。これは初めて父さんと魚釣りへ行った時の記憶だ。魚釣りは前世ではやったことが無く父さんに教えて貰ったものだ。思い通りにいかない魚とのやり取りの楽しさを教えてくれた。魚釣りは僕の一番の趣味になっている。
父さんの記憶も最後に近付いてきていた。巨人族は領土を求めてはいない。求めているのは略奪と労働力の確保だけだ。殺し奪い連れ帰って働かせる。そして働けなくなった人間は巨人達の食卓にのぼることになる。
『ここで俺たちが侵攻を止めないと、家族が犠牲になるかもしれない』
三メテル(約三メートル)から五メテル程もある巨人兵達が百人以上も完全武装で攻めてくる。その中でも特に目立つのが指揮官で、それは身の丈十メテルにも及ぼうかという一つ目の巨人だった。
父さんは最前線に配属されていて周りの兵達の士気は高くない。あの巨大な一つ目の巨人は残虐さで悪名が高い。親の目の前で子供を丸かじりにするだとか、意味もなく人を炎の中に放り込んだだとか噂話は枚挙にいとがまない。
「恐ろしい相手だ。だからこそ俺たちが追い返さなければならない!」
父さんが周りの騎士たちに檄を飛ばす。少しだが士気が回復したようにみえた。誰からともなく士気を上げるために鬨の声を上げると、巨人たちに向かって突進を開始する。
騎兵と歩兵の進軍を後押しするように弓兵の矢と魔導士の魔法が巨人たちに向かって飛んでいく。しかし、プレートメイルでもやすやすと突き通すであろう弓兵の矢でも、大部分は巨人の分厚い皮膚にはじかれてしまう。魔導士の魔法も似たようなものでアイスランスやファイヤーボールといった魔法はどれも、巨人族の命を奪うまでの効果は上げられないでいる。
「フゥーハハ、虫けらどもめ。俺様の棍棒のしみにしてくれる!!1」
前線に出てきた一つ目の巨人は、仲間の巨人を殺して奪った大腿骨で出来ているという巨大な棍棒を振り回す。黄ばんだ骨に鋼鉄の輪がいくつもはまっていて、その圧倒的な重量と大きさで一振りごとに数十人の命を奪っていく。
一つ目の巨人に向かって魔導士の魔法に弓兵の弓が降り注いでいるが、たまに目を守る程度で騎士たちを蹂躙していく。それでも騎士たちは巨人の足に向かって剣で斬り続けているが大した効果を上げることは出来ないでいる。
魔力が底をついてきたのか魔導士たちは魔法を撃つのをやめて後方へ下がったようだ。あの程度の魔法を使ったくらいで終わりだなんて、技術も魔力もリタの足もとにも及ばない。
「もう少しだ、もう少し持ちこたえれば俺たちの勝ちだ!」
父さんは声を上げて仲間を励ます。仲間たちもそれに答えて獅子奮迅の働きを見せる。一方的な虐殺という状況は変わっていないが、それでも何とか防衛線を維持している。
ついに防衛線が崩れるかと思われたその時、戦場に轟音が鳴り響く。ややあって数人の巨人たちを巻き込んで爆発が起こる。
「うおおおおおおおお!!!大砲が間に合ったぞ!!」
誰かの叫び声は二度目の轟音にかき消される。またも数人の巨人が倒れる。大砲はいまだに試験中の最新兵器で数が少なく、各地の戦場を転々としている。巨人襲来の一報をうけて派遣されギリギリ間に合った形だった。
「押し込めええええ!!!」
轟音が鳴り響くたびに巨人が倒れていき、一つ目の巨人が撤退の命令を出す。後退をはじめた巨人たちを追う事はしない。深追いしたところでこちらの被害が増える一方になることは見えている。
「俺たちの勝利だ!」
隣にいた騎士が勝どきをあげる。それを聞いた父さんは力を失い馬上から滑り落ちる。一つ目の巨人の棍棒が掠めていたのに気迫だけで戦い続けていたのだ。
『これで、家族のすむ集落は安全だ……』
それが父さんの最後の記憶だった
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