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父親 三

 母さんが寝静まったのを見計らってベッドから起きだしだ僕は、父さんが愛用していた剣を持つと、最低限の旅支度をして窓からこっそりと外へ出る。母さんを一人で置いていくのは気が引けるが、僕が居なくても近所の人たちが助けてくれるはずだし、兄さんたちも二三日中には帰ってくるだろう。


 いつから居たのだろう、家の前には左手に弓を持ってライカが立っていた。僕が巨人の所へ行こうとしていることは完全にバレているのだろう、ライカは静かに話す。


「どこへ行くの?」


「ちょっと借りを返しにな……」


「私もついていく」


 よく見るとライカも旅支度をしているようで鞄は重そうだし、矢筒には目いっぱいの矢が収められている。僕はライカを連れて行くつもりなんて一切ない。一人で十分だし、むしろライカが足手まといになる可能性の方が高い。


「連れて行くわけないだろ」


「ダメって言っても絶対についていくもん」


「絶対にダメだ。足手まといになるだけだ」


 ライカはその大きな瞳に涙をいっぱいにためている。


「じゃあ、レオ君は私が戦いに行くときに、ついてくるなって言ったら来ないの?」


「ついていくのに決まってるだろ」


「じゃあ、私もついていくよ!」


 ライカの聞き分けの無い態度に苛立ってつい声を荒げて言う。


「邪魔だって言ってるだろう。死ぬかもしれないんだぞ」


「私はレオ君を守る弓使いだもん。置いていかれる位なら死んだほうがいい」


 こういう時のライカが何をいっても諦めない事は僕自身が一番よく知っている。たとえ隙を突いて逃げても一人で追いかけてくるのは目に見えている。僕は諦めてため息をひとつつく。


「わかった……。その代わり僕が言う通りに動くんだよ」


「うん!」


 話を聞くと既に僕と出かけると書置きをしてきたらしい。なんとも準備の良い事だと感心する。


 昼に聞いた話だと巨人たちは、ここから二十五リール(約一〇〇キロメートル)ほどの所にある砦を襲うつもりらしく移動しているらしい。巨人の移動に合わせて大砲を運搬するのだが、巨人たちのほうが移動速度が速く間に合うか分からないという話だ。


 魔法をつかって速度を上げていけば、往復で三日もあれば帰ってこられるはずだ。集落を出るまでは知り合いに見つからないようにするためケモノ道を通ったが、集落から離れてからは街道を行く。


「急ぐから、魔法で足を速くするよ」


「なにこれ!速い速い!!」


「ちょっとライカ、あまり調子に乗って転ばないでくれよ」


 幸い他の旅人はほとんどおらず人目をはばかることなく距離を稼ぐことができた。


 今日は野宿することになったが、僕は野宿は初めててどうするか悩んでしまい、どこから手をつければいいか分からない。それに比べてライカは、いつも祖父と山で狩りをしながら野宿をするだけあって、非常に手慣れた動きで準備をしていく。


 沸かしたお湯に刻んだ野菜と干し肉を入れて、塩で簡単に味付けをしただけのスープと、固くなったパンという質素な夕食をとる。朝食も昼食も歩きながらパンを少しかじる程度だったこともあって、こんな質素な食事でも御馳走のように感じる。僕とライカが食事を食べ終えるまでに大した時間はかからなかった。


「ちょっと弓を貸してくれる?」


「どうするの?」


 不思議そうにしながらもライカは弓を差し出してくる。


「このままじゃ威力が全然足りないから、強化魔法をかけるんだよ」


「そんなことができるの?」


 ライカの弓の上達に影響するかもしれないし、あまりやりたくはないのだが巨人を相手にする以上はそんなことを言っている場合ではない。


「これで良いかな。一時間くらいは効果があるから感覚をつかんでおいてくれる?」


「うん、わかった」


 今までとはあまりにも違う感覚に苦労しているようで、樹の幹に書いた的に当てるのもやっとの様子だ。


「うぅ……。むずかしぃ……」


「そりゃあ、矢の速さも飛び方も全然違うからね」


 ライカは魔法の光で的を照らしながら二時間ほど練習して、やっといつものように弓を使いこなせるようになった。感覚さえつかんでしまえばあとは早くて、すぐにいつものように弓を使いこなせるようになった。


「じゃあ、今日はもう寝ようか」


 僕は焚火の残り火で温めておいたミルクをマグカップに注いでライカに差し出す。マグカップを受け取ったライカはふうふうと息を吹きかけて冷ましながらそれを飲む。その姿を眺めながら僕も自分のマグカップにミルクを注いで飲む。



 僕はなかなか寝付けず毛布にくるまったまま考えを巡らせる。父さんの記憶でみた巨人は明らかにおかしかったし、人狼族も魔王だった頃の記憶と全く違う。記憶をたどるが魔王だった千年の間にこれほど様子が変わった生物は存在しなかった。明らかに異常な事だと言えるだろう。


 魔王としての最後の記憶、二人の女神の祝福という言葉が気になっている……。なにか特別な能力が増えたわけでもないし、以前より強くなったわけでもない。もしかしたら、あの女神たちの祝福とやらが巨人や人狼の異常な進化と関係しているのだろうか。


 実はよく似ているが別の世界だという可能性だって考えられる。だとすれば千年経っているという前提自体が崩れてしまうわけだ。これは考えるだけ無駄だな。そんなとりとめのない思考はライカの言葉で遮られる。


「ねえ……。レオ君起きてる?」


「うん?」


 背後でライカがもぞもぞと僕の方へと向きを変えているのがわかる。


「少し怖い……。レオ君は怖くないの?」


「巨人自体は、全然怖くないけど……」


「けど?」


 僕はなにが引っかかっているのか考える。ほんの少しだけある不安感の正体はすぐに分かった。


「ライカが怪我をするかもって考えるのと怖いかな。だから絶対に無茶はするなよ」


「うん。レオ君の言う通りにする。だから絶対に置いていかないでね……」


 ライカの言葉につい苦笑してしまう。


「置いていっても、ついてくるくせに……」


「まあ、そうなんだけどね」


 魔法で強化していたとはいえ、昨夜から丸一日近く移動をつづけていたのだ。口には出さなくても疲れていたのだろう。ライカはすぐに寝息を立てはじめる。僕も考えても答えなんて出ない事は分かっているしそのまま寝てしまう。



 朝から移動を開始してすぐに、巨人の動向を監視している部隊の駐屯地が見つかった。見つからないように注意しながら近づいて様子をうかがう。巨人達にやられたらしき負傷した兵士たちが搬送を待ちながらうめき声をあげている。負傷兵に巻かれた包帯からは、ところどころから赤黒い血のにじみだして固まっていた。


 ライカを駐屯地にほど近い林の中に置いてきたのは正解だった。この状況はライカには刺激が強すぎる。


「想像以上に酷いな……」


 巨人を相手にしているだけあって人間に対する警戒はされていないらしく、すんなりと指令部らしき場所にもぐりこむことができた。壁に掲げられたこのあたりの地図から地理を頭にいれていると、任務を終えたらしき騎士が報告をしにやってきた。


「巨人どもは、ここから小一時間程のウィルチ山のふもとに陣取っています」


 続けて色々な報告がなされるが、僕は巨人達の居場所だけを聞くと静かに駐屯地を後にした。

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