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休日 一

 ついにこの日がやってきた。今日は平日だけど、僕にとっては久しぶりの休暇だ。嬉しくて無駄に早起きしてしまったので当番では無かったけど、朝食を準備してコーヒーを淹れていると三人が起きてきた。


「レオ君おはよう。今日は早いんだね」


「朝早くに目が覚めたからね。さあ、みんな席について。もうすぐ出来上がるよ」


 僕はトーストとカリカリベーコンの目玉焼き、それに特製のコーヒーをつけてテーブルに並べていく。僕とエクレアのカップはブラックで、ライカとリタの分はラテにしてある。ミルクと砂糖のおかげで最近はライカもコーヒーを飲むようになったのだ。


「おはようございます。レオニード様の手作り朝食を食べられるとは、今日は良い一日になりそうです」


「おはよう。朝食はウチの当番やったけど作ってくれたんやね。ありがとう」


「気にしなくていいよリタ。久しぶりの休みに出でかけるのが楽しみで、早く目が覚めちゃっただけだから」


 テーブルに朝食を並べ終え、自分の席についた僕にライカが話しかけてくる。


「レオ君、今日は私も休みなんだけど出かけるなら一緒に行ってもいい?」


「うん、いいよ。一緒に出掛けようか」


 なぜか、食事をしていたリタとエクレアの手がピタリととまる。


「ウチ、風邪ひいたみたいやし、学園は休みにしてついていくわ」


「わたくしも、急に風邪気味になったので仕事は休ませていただこうかと思います」


 二人とも遊びに行きたいのかそんなことを言い出した。


「ダメだよ二人とも。ここしばらくの間は遊びに出かける事が無かったから、遊びに行きたい気持ちは分かるけどずる休みはダメだよ」


「それに風邪ひいてるなら、休むにしても家で安静にしてないとね」


 続けて放たれたライカの言葉に、二人とも不服そうに口を尖らせる。


「ちゃんと二人ともお土産を買ってきてあげるし、休みが重なった時にどこか連れて行ってあげるから」


「ほんまやな。約束やで」


「約束していただけますか?」


「うん、約束するよ」


 二人には何か美味しいお菓子でも買ってきてあげよう。



「レオ君と二人で歩くの久しぶりだね」


「そうだね。最近は四人一緒に居るか、仕事や学園でバラバラかだったからね」


 こうしてライカと二人で歩くのはいつぶりだろう。集落を出たころからだからもう二か月ぶりくらいだろうか。仕事を始めたり慣れない生活でバタバタしていたせいで意識してなかったけど、集落を出てから随分と時間が経っていた事に初めて気づいた。


 近所にある酒屋に寄って吟遊詩人に教えられたとおり、麦酒を小ぶりな樽に入れてもらう。酒屋の存在は知っていたが入るのは初めてだ。麦酒には目が無いらしく、持っていくと機嫌よく仕事を受けてくれるらしい。昔一緒にレーヴァテインを作った男も酒好きだった。職人と酒とは切っても切れない関係なのかもしれない。


「お酒なんてどうするの?」


「吟遊詩人に教えてもらった楽器職人の所に行くのに麦酒を持って行った方がいいって聞いたから」


「楽器職人? レオ君音楽を始めるの?」


 僕の返事を聞いたライカが不思議そうに聞いてくる。楽器の事はまだ誰にも話して無かったから不思議に思うのも仕方ない。


「うん、ちょっと興味があるんだよね」


「楽器かあ。うーん、意外と似合うかもしれないね」


 目的の楽器職人は道具屋横丁と呼ばれる職人たちが集まっている場所にある。なんでも世界各地から集まってきた素材を扱う店を中心に職人が集まり、職人に道具を売ったり職人が作ったものを買い取ったりする店が増えて、更に職人が増えてといったことで自然にできたらしい。


 僕たちは吟遊詩人に教えられた場所に来ているはずなのだけど、周りを見渡してもどこにも楽器工房の看板は出ていない。目の前にあるのはごくごく普通の民家にだった。

 

「楽器工房の看板見当たらないね」


「教えてもらった場所はここで合ってるはずなんだけど……。ここじゃないのかなあ?」


「あっちの方見に行ってみる?」


 ライカの指さすほうへと歩き出そうとしたその時、民家の中から吟遊詩人の持っていたのと同じリュートの音が民家の中から聞こえてきた。


「あ、楽器の音が聞こえるよ」


「やっぱりここなのかな。看板は出てないけど聞いてみようか」


 分厚いオーク材で出来た扉をノックすると、中からら聞こえていた音楽が止まった。ほどなくして中から扉を開いたのは髭を豊かに蓄えたドヴェルグだった。坑道都市から出たがらないドヴェルグがこんなところに居るのを見て僕は驚いてしまう。


「なんじゃ? 泡を食ったような顔して、ワシの工房になにか用かな?」


「すみません、ドヴェルグとは思ってなくてびっくりしてしまって」


 今度はドヴェルグが驚いたような顔をする。


「ほう、ドヴェルグの事を知っておるのか。だが、ワシらのように坑道都市を離れたドヴェルグはドワーフと呼ばれておる。まあ、ただの魔族と思われる事の方が多いがな」


 魔王の友人だったドヴェルグの王を思い出す。長命なドヴェルグの事だからもしかしたら今も生きてるかもしれない。


「で、なんの要件だ? まさかドワーフを見に来たというわけではあるまい」


「そうでした。吟遊詩人の方にここで楽器を作っていると聞いてきました」


 僕は麦酒の詰まった樽をドヴェルグに手渡す。無類の酒好きである彼らへのお土産なら酒以上のものはないだろう。ドヴェルグは相好そうごうを崩して樽を受け取ると僕たちを中にいれてくれた。


 中に入るとテレピン油のツンとした匂いが鼻を刺激する。見渡すと薄暗い部屋には所狭しと楽器が置かれていて、ニスを塗ったばかりであろう楽器が天井から幾つも吊るされていた。


「すごーい、これ全部楽器なの?! 色んな形のがあるよ」


「お嬢ちゃんは楽器は詳しくないのか。で、ボウズはなんの楽器が欲しいんだ?」


「実は僕も楽器には詳しくなくて……」


 ドヴェルグはため息をつくと、楽器について説明してくれた。


「どの楽器がいいかは何をやりたいかによるな。リュートかフィドル、それかハーディ・ガーディってところか。どんなことに使いたいんだ?」


 僕はエクレアが吟遊詩人の音楽に合わせて踊っていたのをみて、それがきっかけで楽器に興味を持ったこと。彼と同じように剣舞の伴奏をしたり、ライカの弓でも芸ができないかと考えている事などを話した。


「それならハーディ・ガーディが良いだろうな」


 そういってドヴェルグは不思議な形をした楽器を見せてくれた。洋梨を半分に切ったような形のボディに木箱とハンドルがついているような外見で、ハンドルを回すと木で出来たホイールが回転するようになっている。回転するホイールが弦をこする事で音が出るようになっていて、弦が通る木箱についているキーを押すと色んな音程の音が出るようになっていた。


 ドヴェルグは器用にハンドルを回して音楽を奏でる。ドヴェルグの言う通り、吟遊詩人達が持っていたリュートよりもこっちの方が確かに踊りなどの伴奏には合っているように思える。僕はその何とも言えない不思議な旋律を放つハーディ・ガーディの魅力に憑りつかれてしまった。


「すごい……」


「これなら小銀貨三枚ってところだな。今からなら夏までには完成すると思うがどうする?」


 小銀貨三枚と言えば結構な金額だが、僕の稼ぎでも買えない金額ではない。一も二もなくお願いしたいところだけど問題があった。


「欲しいですけど、演奏の仕方が分からないので」


「そのことなら、楽器が出来るまでの間に週に一度ここに通って覚えればいい」


「いいんですか?! それならお願いしたいです」


 僕は小銀貨一枚を材料費として支払って工房を後にする。これから練習のために通う度に自分の楽器が作られていく工程を見ることができるはずだ。それを想像するだけでわくわくしてくる。

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