労働の対価
麻袋を担ぎ上げると焙煎前のコーヒー豆に特有の青臭ささのある香りがする。この香りは南の海の向こうにある大陸産だと思う。今日も朝からコーヒー豆の詰まった麻袋を王国各地へ出荷するために仕分けする作業を続けている。
荷捌きの仕事は、最初分からない事ばかりでとまどったが、一か月ほどの経験で色んな事が分かるようになった。
結局のところ僕はカウフマン商会で働いている。最初は自分で仕事を探したのだが、学園に通いながらでも働ける融通のきく仕事はろくなものがなかった。なんのコネもない貧乏貴族の四男という立場ではそれが限界だったのだ。
「新入り、それはあっちの舟だ。っていうまでもなく分かってるようだな。よし、それを運んだら昼休憩に入ってくれ」
僕は監督に返事をして荷物を下ろすと控室に戻る。鞄の中からバスケットを取り出して昼食をとる。昨日の夕食の残りをパンにはさんだ魚フライサンドイッチと、水筒に入っているコーヒーという簡単なものだ。リタが魔法で淹れたコーヒーを楽しんでいると、頬にある傷が特徴の三十がらみの先輩が話しかけてきた。
「にいちゃん…… いやレオニード、若いのに真面目に働くし大したもんだ」
「いやいや、仕事を覚えるだけでいっぱいいっぱいですよ」
「最初は辛く当たってすまなかったなあ……」
僕は曖昧な笑顔で返事をごまかしておく。最近は無くななったが、入ってすぐの頃には意味のない荷物移動を命じられたり、新入りイジメともとれるような扱いをされていた。
「ホントにすまなかったよ。レッドシールド商会から送り込まれてきたスパイかと思ってよ」
「スパイ?」
「そうだよ。商売っていうのもとどのつまり戦争みたいなもんだからな。仕入価格から交易ルート、使ってる職人まで商売敵の事は丸裸にしたいのさ」
この世界で働くまでは知らなかったことだが、商売の世界では入荷が一日早かっただけで巨万の富を得る事もあるし、逆に一日遅れたせいで身代を失うという事もあるという話だ。商売敵を出し抜くためにスパイするということも十分あり得る話だと思う。
傷跡先輩は急に真面目な表情になって声を低くすると、ささやくように言う。
「実はな、俺も最初はスパイとしてここに来たんだよ」
「えっ?! 冗談ですよね?」
「本当の事だ。お前が知ってるか分からんがカウフマン商会の独占商品に収納魔法の掛かった鞄があってな。貴族連中に飛ぶように売れて利益率も凄いらしいんだが、肝心の作ってる職人が分からねえ」
「な、なるほど」
収納魔法を加工してるっていう職人はたぶん僕の事だね。カウフマンさんからは特に口止めされてないけど、わざわざ自分から言う必要はないし黙っておこう。
「その職人を突き止めてこいって事で、何年か前にレッドシールド商会に送り込まれたんだが、カウフマンさんの人柄に惚れこんじまってな。以来カウフマンさんに忠誠を誓ってるってわけさ」
「へえ、カウフマンさんって随分人望があるんだね」
「そりゃそうだよ。誠実だし、慈悲に溢れてるしな。孤児院を作ったり、庶民のための病院を作ったりしてるしな。他にも戦闘で焼きだされた人に食事や毛布を配ったりもしてるぞ」
頬傷先輩はカウフマンの慈善事業を自分の事のように自慢げに語ってくれる。元スパイとは思えないほどの心酔ぶりだ。孤児院の事は相談された事があったから知ってたけど、他にも色々とやっていたのは知らなかった。
「そのカウフマンさんがピンチだった時に、お金を出して助けてくれたっていう謎のオーナーが俺の二大ヒーローなんだ。なんでも目の見えなかったお嬢様まで治しちまったらしい。マジでスゲーよな」
「へえ、そ、そうなんだ……」
「おうよ、カウフマンさんの人柄を見抜いて、数十枚の金貨をぽんと出したって人はどんな人なんだろうな。憧れるぜ」
心当たりがある。というか、それも僕の事で間違いない。目の前でサンドイッチを食べてます。結局この後、昼休憩が終わるまで傷跡先輩の話を聞かされた。
午後からは港に入った大型船から降ろされてきた荷物の整理をすることになった。紅茶の詰まった木箱の中から東の果てで作られた美しい陶磁器を取り出して仕分けしていく。
「すごい、こんな絵見たことないや」
今まで一度も見た事の無い色使い、技法で見事に描かれた金色の角を持った美しい獣が描かれた大皿に目を奪われる。
「皿に見惚れてないで、どんどん仕分けしろ。急がないと次の荷物が来ちまうぞ」
現場監督に怒鳴られて、僕は慌てて仕分けを再開する。誰が考え出したのか知らないけれど紅茶を緩衝材に使って、割れやすい焼き物を保護するというのはすごい知恵だと思う。終業時間まで掛かってやっと陶磁器の仕分けは終わったけど、あの金色の獣の皿以上に見事な焼き物は無かった。買い取れないかカウフマンさんに相談してみようかな。
仕事を終え交渉の果てに大皿を手に入れた僕は、ライカとエクレアを迎えに行くために南西地区の商店街を歩く。二人は王都に来た日にみんなでいった食堂でウエイトレスとして働いている。夕方になって店じまいを始めている露店も多いが、入れ替わりに今から開店する飲食店もある。
大道芸人や吟遊詩人が集まっている所に差し掛かった僕は、足を止めて楽器を演奏する吟遊詩人を見る。ライカとエクレアの仕事上がりまでの時間、吟遊詩人や大道芸人が集まっているここで時間を潰すのが日課のようになっている。
「毎日見に来てるのに、よく飽きないね」
演奏が終わり、僕が小銅貨を楽器ケースに投げ入れると、吟遊詩人が不意に話しかけてきた。どうやら僕の顔を覚えていたみたいだった。見物人の数は多いのに素晴らしい記憶力だと感心する。
「実は楽器に興味があって」
「へえ。君は吟遊詩人にでもなりたいのかい?」
何と答えるのが正解なのだろうか。とにかく知らない世界を見に行きたいという衝動があるのは確かだけど、吟遊詩人になりたいのかと問われれば違うように思う。
「吟遊詩人になりたいのかと言われると、わかりません。ただ、知らない風景を見たいんです」
「なるほどな。旅に出る事と楽器に何の関係が?」
僕はエクレアの剣舞を見た事、自分もあんな風に演奏をしてみたいと思った事などを話す。僕は言葉を口にだすことで、心の片隅でぼんやりとしていた憧れが、はっきりとした形になってくるのを感じていた。
「ふうん、じゃあ王都で一番腕のいい楽器職人を紹介してあげるから一度行ってみたらどうだい?」
吟遊詩人が教えてくれた場所を記憶する。次の休みの日にでも尋ねてみようと思う。僕は丁寧にお礼を言ってライカとエクレアの働く食堂に向かって歩き始める。
「レオ君お待たせ」
「レオニード様。わざわざ迎えに来ていただき、ありがとうございます」
仕事を終えて店から出てきたライカとエクレアは両手に荷物を持っていた。
「その荷物はどうしたの?」
「店長が、今日は店を早く閉める事になったから、残った料理をもってけって」
二人が両手に持ってる量を見ると結構な量に見える。軽く十人前くらいはあるんじゃないだろうか。
「なるほど、それは夕食を作る手間が省けるけど。今日は夕食の当番誰だっけ?」
「わたくしでございます。かなり量がありますので、明日の昼のお弁当分くらいまで賄えるかと思います」
「それで終わるかなあ? かなり多かったよ」
ライカが言うには軽く十五人前ほどはあるらしい。どうしても残りそうだったら氷魔法で凍らせておくしかないかもしれない。
「少し急ごうか、リタがおなかをすかせて待ってるだろうし」
譲ってもらった大皿が早速役に立ちそうだ。
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