仕立屋
目が覚めると、息がかかるくらい近くで僕を見ているエクレアの赤い瞳と眼があった。
「レオニード様、おはようございます」
「あ、うん、おはよう。エクレアはなにをしるのかな?」
「朝食の準備ができましたので起こしに来たついでに、レオニード様の寝顔を鑑賞させていただいておりました」
エクレアの言葉で初めて部屋に僕とエクレアしか居ない事に気づいた。最初に侵入を許した時もそうだが、僕の警戒心は相当たるんでしまっているようだ。
「ところで、寝顔鑑賞ってなんなのかな?」
「言葉の通りでございますが?」
まあいいや、真剣に考えたら負けだと思う。さらりと流して顔を洗ってダイニングへ向かうと既にライカもリタも着替えを済ませて食事をしていた。彼女達がつくったのであろう簡単な食事でメニューには不満は全くない。不満はないのだけど、コーヒーがついてないのはどういう事だろう。
幸いな事にお湯は沸かしてあったので少しだけ温めなおして適温にして準備をしながら皆に聞く。
「コーヒー淹れるけど、飲む人は?」
「レオ君ほんとコーヒー好きだよね。私は苦いから要らない」
「ウチは貰おうかな、砂糖とミルクちゃんと入れといてな」
「わたくしもいただきます。レオニード様が下さるというものなら全て喜んでいただきます」
僕の分も入れて三杯分のコーヒー豆を、風の生活魔法で細かく挽いていく。色々と挽き具合を試した結果出来るだけ細かく挽く細引にするのが、僕の一番の好みだという事が分かっている。これを普通のろ紙ではなく、そのままコーヒーカップの中にお湯と一緒にいれる。
「へえ、手慣れてるやんか」
僕がコーヒーを淹れている所を始めて見るリタが感想を述べる。
「コーヒーは初めて飲んだ時から、気に入っちゃって毎日のように淹れてるからね」
「そういえばオトンの所でもいっつもコーヒー飲んでるな。悪魔の飲み物って言うてる宗教もあるのに」
「そのへんはまあ、元魔王だしね。悪魔とはちょっと違うけれど」
話してる間にいい感じに抽出できたコーヒーから、豆の粉末だけを取り除いていく。
「なんやそれ、コーヒーを淹れる為だけの魔法か?」
「そうだよ。紙のろ紙を使うよりこっちの方が美味しくなるからね」
そう、これはコーヒーを美味しく淹れる為だけに僕がカスタマイズしたオリジナルの魔法だ。リタのカップにはミルクと砂糖を入れて、僕とエクレアの分はそのままブラックでテーブルへと運ぶ。
「今日は買い物に行くんだよね? レオ君、本当に私たちの服買ってくれるの? 学費も出してもらうのに本当にいいの?」
「意味のない無駄な買い物はしたくないけど、服や学費は必要なものだからね」
「うわっ、なんやこのコーヒーめっちゃうま」
リタがコーヒーの味に驚きの声を上げる。こんどリタにもコーヒーを淹れるための魔法を教えてあげよう。
「レオニード様が淹れてくださったコーヒーでございます。美味しいのに決まっております」
こうしてコーヒー好きを一人増やして朝食を終えると、僕たちは準備をして家をでた。
「レオ君が買ってくれるならなんでも嬉しいけど、いい感じのがあればいいな」
「さようでございますね。好みのものがあればよいのですが」
「仕立ててもらうんとちゃうの? 好きなデザイン頼めばいいやん?」
「うん、折角だし仕立ててもらおう」
僕たちみたいな庶民は古着を買うのが一般的で、仕立ててもらうというのは無くはないけど珍しい。でも、王都での新生活が始まるわけだし少しくらい贅沢したって罰は当たらないと思う。
今日は丸一日時間があるので、まずはリタに王都を案内してもらう事になった。
王都は魔族と人間が共存するようになってから、この場所に遷都されただけあってよく考えられた町割りになっていた。
王城を中心に放射状に大通りが広がっていて、どこからでも王城が見えるようになっている。街を縫うように流れいる水路に、小舟が行き交い商人達の荷物や人を運んでいた。
「あーあ、折角の週末ももう終わりや。レオ達は明日からはどないするつもりなん?」
「僕は仕事を探そうと思ってるよ」
「ふうん、そんなにお金持ってるのに働くんか。オトンに聞いてみたらどない? 多分なんか仕事あるよ」
カウフマンさんに相談するのも良いのだろうけど、できれば仕事くらいは自分で見つけたい。
「レオニード様がわざわざ働かなくても、お金でしたらわたくしが代わりに稼いでまいりますが……」
「いや、社会勉強も兼ねてね。まだまだ分からない事がいっぱいあるからね」
「そうだね。レオ君はお金の種類から勉強しないとね」
ライカがからかうように言う。こんなことを言われては僕も黙っている訳にはいかない。
「そういうライカも、掛け算できるようにならないとね」
「これはどっちが勝ちか判定が難しいところや」
「レオニード様の勝ちに決まっております」
仕立屋がある南西地区は貴族や商人相手のお店が多く、僕たちには少し場違いな感じがする。その中でリタだけ違和感が無いのはさすがは大商人の一人娘と言ったところだ。先頭を歩くリタはすたすたと迷いのない足取りで白壁の建物へと入っていく。
店に入ると品の良いスーツ姿の白髭を蓄えた年配の店主らしき人物が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませカウフマン様、今日はどのようなご用件で?」
「みんなで服を仕立ててもらいに来たんよ」
「なるほど、ご予算はいかほどで?」
「予算はどないするんや?」
リタが僕に予算を尋ねてくる。服なんて自分で買うのは初めてだし、古着でなくて仕立ててもらうとなるとなおさら値段の予想がつかない。とりあえず足りないよりは多めの方がいいだろうと、革袋から金貨を二枚ほど取り出す。
「じゃあ、これでここにいる四人分の服を」
「どこかの舞踏会に参加なさるので? それでしたら会場に合わせて仕立てる必要がありますが……」
「いや、おっちゃん。ドレスやなくて普段着や、それも学校に着ていくようなやつ」
笑いをこらえるような表情でリタが店主に言う。よく見るとライカ笑いをかみ殺しているし、さらにショックなことにエクレアまで背中を見せて肩を震わせていた。
「それでしたら、大銀貨が一枚もあれば十分です」
僕は金貨を革袋にしまい、かわりに大銀貨を取り出して店主に手渡す。やっぱりカウフマンさんの所で働かせてもらって、金銭価格を身に着けた方がいいのかもしれない。
「おい、ベティお客さんだ手伝っておくれ」
店主が奥に向かって声をかけると、一人の女性が奥から現れた。その女性は髪はぼさぼさだし、表情が全く見えない位に分厚い眼鏡をかけているけど、不思議と嫌な感じはしなかった。
「じゃあベティは女性陣の採寸を頼むよ。私はお客様の採寸をさせていただきますね」
ライカ達はベティと呼ばれている女性に連れられて奥へと行く。僕は同じように店主に連れられて別の部屋に入る。
「普段着用ということですが、どのようなものを仕立てましょうか? お気に召すものがあればよいのですが」
そういうと店主はいくつかデザインの違う服を僕に見せてくれる。どれもよさそうに見えるけど、仕事にも使いたいし、学園にも着ていけるものがいい。そうなると必然的にデザインは限られてくる、ジュストコールにシャツ、それとズボンという事になる。
「ではこちらでよろしいでしょうか? 試着してみますか?」
「試着は良いかな。あまり派手にならないようにしてほしいんだけど」
「承知いたしました。では、生地の色はどのように?」
そういって今度は生地の切れ端を綴じた見本帳を見せてくれる。
「この茶色の布で」
「それは結構な選択ですね。この布の産地は――」
店主の説明はドアを開ける音に遮られる。ドアの方を向くと両手いっぱいに服を抱えたライカ達が部屋の中に入ってきた。
「ねえ!なかなか決められないからレオ君の意見を聞かせてよ!」
「そうそう、レオの意見は是非聞いとかんとな!」
「わたくしの服もレオニード様に選んでいただきたく思います」
そのあとは次々と着替えてきて、僕に服を見せるという見本市のような状態になった。最終的に三人が選んだ服はというと。
ライカは襟元が大きく開いた白いブラウスに、赤のボディスと赤のひざ丈のスカート。それに紺色のエプロンを選んだ。ボディスとスカートには細かい白地の柄と刺繍がついていて、とてもよく似合っていた。
エクレアはホルターネックの上半身に密着した白いトップスに、緑のショールと同じく緑のハーレムパンツ。腰にはコイン飾りのついたヒップスカーフ。王都でもあまり見ない随分異国風なだけど、これもどこか不思議な雰囲気をもったエクレアらしさのように思える。
リタは僕が選んだジュストコールを女の子向けに仕立て直したような上着に、脛丈のチュールスカートで、どちらも深い水の底のような黒にも見える藍に白い飾りがついている。とても上品なデザインだけど神秘的な雰囲気も少しあって魔導士らしくも見える。
店を出る頃には陽は既に傾いていて空は紅に染まり始めている。とても疲れたけど、三人とも幸せそうににこにこしているから、それだけで報われた気分になれた。
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