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住む場所

 僕たちはリタの住んでいる家に向かって歩く。


「レオはどの学科にするんや? やっぱり魔導科よね?」


「いや、僕は商業科に行こうと思ってるよ」


「えぇー、なんやの一緒の学科やないんか……。先輩風を吹かせまくったろと思ってたのに」


 僕は学園に通う事になるけれど、 ライカとエクレアはどうするつもりなのだろうか。


「 そういえば、ライカとのエクレアは学園はどうするつもりなの?」


「 学園かあ、行ってみたいけどお金も稼がないといけないから」


「わたくしは、今さら学園などというものには興味がございません」


 ライカとはちがって、エクレアは興味が無いらしい。まあ千年以上生きていればそうだろう。


「ライカは行きたいのか。学費の事なんて心配しないで一緒にいけばいいよ」


「え? いいの?」


「もちろん。ダメなわけないでしょ」


 お金の心配は要らない位あるのだ、意味もなく無駄に使うのならともかくライカの学費に使うのにためらう必要はない。


「わたくしも生徒としてではなく、奴隷兼メイドとして学園にお供させていただきます」


「働きながら学園に通うのにメイド連れてるとか意味分からないから! エクレアもついてくるなら学生としてじゃなきゃダメだよ」


 働きながら学園に通う苦学生かと思いきや、自称性奴隷兼メイドをつれて通学とかわけがわからない。そんな生徒を周りがどんな目で見るのか想像するだけでも恐ろしい。


「せやで、それにメイドやら執事やらは学園の入り口までしか入られへんよ」


「さようでございますか。では、わたくしも生徒として通いたいと思います」


 リタの少し的外れにも思える言葉に、あっさりと学園入学を口にするエクレア。彼女の分の学費も僕が出してあげればいいか。きっとみんなで通った方が楽しいだろうし。


「それより二人とも勉強は出来るんか? 入学試験結構難しいよ」


「エクレアは読み書きは問題ないみたいだし、ライカには共通語と南方語の読み書きを僕が教えてあるから大丈夫だと思うよ」


「そんなら言語は大丈夫やね。あとは計算問題くらいか」


 計算という言葉を聞いた瞬間、ライカの表情が色を失う。アンデットのような目になったライカは、これまたアンデットのうめき声のようにつぶやく。


「け……計算問題もあるの?」


「当然やろ。あんたレオに計算は習わんかったん?」 


 僕はちゃんとライカに計算も教えたよ。でも、ライカは計算は苦手らしくて放り出してしまったのだ。まだ試験まで時間はあるしもう一度教えれば何とか間に合うはずだ。


「まあ、たぶん間に合うよ。また一から教えてあげるから」


「がんばる……」


 ライカは力なくにへっと笑って答えるが、こういう表情を見せるのはよほど自信が無い時だけだという事を僕は知っている。


「レオニード様、わたくしにも何か教えてくださいませんか?」


「ええっ、エクレアは僕に教わるような事ないでしょ?」


「学問に関してはその通りでございますが、折角の機会でございますので」


 機会ってなんだ。エクレアはときどきこういうよくわからない事を言う。不思議ちゃんなのだろうか。


「なあレオ、ウチにもなんか教えてーな」


「リタまでっ? 魔法は学園で教えてくれるんじゃないの?」


「魔法科は、ほんま期待外れやったで……。一番優秀な先生でもアイスランスを四本同時に出せるのが自慢なんやもん」


 魔法が衰退しているのは分かっていたけど、そこまでとは思っていなかった。その程度ならリタは既に教師たちより既に魔法では上という事になる。それなら、リタはなぜ僕に魔法科を勧めようとしていたのだろう。


「そういう事なら、魔法は僕が教えてあげるのがいいのかな」


「やはり、わたくしだけ何も教えていただけないというのは不公平でございます」


 エクレアが不満げに抗議の言葉を上げる。あまり表情を変えない子だけど、最近の僕はちょっとした表情の違いを見分けられるようになってきている。


「エクレアに教える事ね……。何か考えておくよ」


「レオニード様! 是非わたくしに女の喜びというものを教えていた――」


 エクレアが最後まで言い切る前に「あほか?!」、「バカじゃないの?!」とライカとリタからツッコミが入る。


 どのくらい歩いただろうか、リタに続いて角を曲がると急に落ち着いた雰囲気の住宅街に風景がかわる。それからしばらくしてリタが立ち止まる。


「あれがみんなで住むことになる家やで」


 リタが指さして見せる建物の規模は想像していた以上に大きかった。ライカの実家はもとより僕の実家よりも大きくて立派なレンガ造りの二回建てで、別邸というには立派過ぎる建物だった。


「うわ!おっきい」


 ライカは眼をまん丸にして屋敷の大きさに驚いている。これほど大きな屋敷は故郷の近くでは近隣の領主の館位のものだ。ライカが驚くのも無理はない。


「いまはウチしか住んでへんから遠慮はいらんよ」


「へえ、リタ一人なのか。こんなに立派な建物なのにもったいない」


 高級住宅地らしいこの付近でも、どちらかというと大きい方に分類されるだろう立派な建物だ。このような場所にリタ一人だけで住んでいるというのは本当にもったいないと思う。


「前はおとんの所に来る客に泊まってもらう場所やったんよ。でも、今はホテルがあるからこっちはつかわなくなったから」


「なるほどね」


「ここは売りに出して、ウチは学園の寮にでも入ろうかと思ってたんやけど、レオ達も一緒に住むことになって丁度よかったわ」


 リタが内部を一通り案内してくれているのだが、来賓用というだけあって派手さはないものの豪華な造りだ。


 豪華な裏庭で、特に目を引くのが外から綺麗な水が引き込んである池で、色とりどりの観賞魚が悠然ゆうぜんと泳いでいて、池のほとりにはお茶を楽しむための東屋あずまやが建っている。


 池だけではなく四季折々の花々がよく考えられた配置で植えられていて、年中花を楽しむことができるようになっている。最近はリタ一人で住んでいるという言葉通り所々に雑草が混じっているのが残念に思う。暇を見て手入れしてあげよう。それにしても、ただの学生の住居としては分不相応にもほどがあるだろう。


 一通り建物を案内してもらい、旅のほこりを風呂で流した僕たちは夕食をとった。そして今、建物の見取り図を前に部屋割りを決めていた。


「わたしはレオ君と一緒にこの一番大きい部屋でいいかな」


「わたくしも、その部屋で問題ございません」


「えーっと? 余ってる部屋沢山あるんだし一人一部屋で良いと思うんだけど」


「レオの言う通りや。そもそも男女同室っていうのがありえへんやろ」


 どうやらリタは常識的な考えの持ち主らしい。すでに慣れたとはいえ同室というのは着替えやら色々と気を遣う事が多くなる。別室のほうが何かと都合がいい。


「でも、レオの部屋はその部屋でええんちゃう? 残りの二人はウチと一緒の二階で」


「それでいいんじゃないかな? ライカとエクレアもそれでいいよね?」


 僕は有無を言わせぬような強い口調でライカとエクレアに聞く。二人とも不承不承ふしょうぶしょうといった様子ながらも受け入れてくれた。


「思ってた以上に広いな、この部屋」


 見取り図で見て大体予想はついていたけど、もともと来賓用の部屋だったらしく思ってた以上に広い部屋だ。無駄に大きなベッドが中心に置かれた寝室のほかにリビングがあり、そのうえ専用の風呂にトイレまでも備わっていて、ちょっとした家のような造りになっている。


 確かに魔王の寝室はもっと広かったけど、十年以上もの間端から端まで数歩でたどり着いてしまうような狭い部屋に住んでいたのだ。この部屋の広さでもなんだか落ち着かない気分になってくる。こういうのを庶民的な感覚というのだろう。


「どうして三人とも枕をもって来てるの?」


 ライカとエクレアは「いつも通りじゃない」、「当然の事でございます」と言ってあたりまえのようにベッドの上に上がってきて寝る準備を始める。最後に残ったリタは、ほんの少しだけ躊躇ちゅうちょするような表情を見せるが、結局はベッドの方へと歩き始める。


「せやかて、この二人どうしてもレオの所へ行くっていうし、二人同時に見張るためには一緒に居るしかないんや」


 赤くなって早口でいうリタは、レースで飾られている黒のベビードールを着ている。そして、なぜか枕ではなくぬいぐるみを抱えている。リタは一度ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめるとベッドの上に上がってきた。


 無駄に広いベッドは、四人乗ってもまだまだ余裕がある。とはいえ、今夜もどうやら気を使いながら眠ることになりそうだ。

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