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奴隷の少女

 旅に出てまだ数日だけど、僕は王都へ向かう旅を満喫している。視界に入る山の形も故郷の様子とは違っているし、聞こえてくる鳥の鳴き声も違う。とても小さなことだけど、こんなことでも楽しくて予定よりゆっくりと進んでいた。


 今僕の目の前には広大なブドウ畑が広がっていた。集落では麦や野菜ばかりでブドウを栽培しているような家は無かったから、こんなに広大なブドウ畑をみるのは初めてだった。ブドウの木が整然と並ぶ姿はなにか一つの絵画でも見ているようで、いくら見ていても飽きない美しさがある。


「こんなところで何してるんだ?」


 ブドウ畑に見入っている僕に話しかけてきたのは、農機具をもった農家の男だった。ブドウ畑をぼんやりと眺めている姿をいぶかしんだのだろう。僕は警戒をとくように微笑んで答える。


「学園へ入学するために王都へ向かう旅の途中なんですけど、ブドウ畑を見ていたんです。集落ではブドウは作っていなかったから」


 僕の説明に納得したらしく、農家の男は笑顔を浮かべると自慢げに説明してくれる。


「そうか、この辺りの気候はブドウの栽培に向いていてな。昔からいいワインができるので有名なんだ」


「なるほど。ワインか」


 ワインと言われて僕は、魔王のお気に入りだったシルクのような舌触りをもった甘めのワインを思い出す。あの銘柄のワインは今でも作られているのだろうか。


「面白いものを見たいのなら、道を急いだほうがいい。この先の峠道を超えれば海が見えるからな」


「本当に?! それは是非見てみたいな」


 僕は農家の男にお礼を言って先を急ぐ、魔王の支配地域は内陸部だったから、海を見た記憶は数えるほどしかなかった。


 曲がりくねった山道を急いで歩いていると、前方に商人らしき隊列が見えてきた。それはどうやら奴隷商の商隊のようだった。


 借金のカタに売られたり色々とあったのだろう。隊列を組んで歩く奴隷たちの顔には生気がなく、ぼろきれのような衣服の所々に乾いた血が付いている人もいる。あの時出会わなければ、もしかしたらリタもこんな風になっていたのかもしれない。


 商隊を護衛する兵士もやはり奴隷のようで、どこかしら体に奴隷紋が現れている。かなり魔法が衰退しているというのに、つまらない魔法だけは相も変わらず受け継がれているんだな。僕はどうにもやりきれない気分になってくる。


 さっさと追い越してしまおうと歩く速度をあげていく。労働力としてではない高価な奴隷を乗せているのだと思われる鉄格子の扉がついた馬車を追いこそうとした時だった。


「魔王様!やっと見つけました」


 不意に馬車の中から声がかけられる。僕がぎょっとしてそちらを見ると、白に近い銀髪と血のように赤い瞳をもった少女と視線があった。


「やはり魔王様です。お姿は変わっておられますが間違いこざいません」


 少女は自分の手首程もある頑丈そうな鉄格子を、ぐにゃりとこともなげに捻じ曲げて馬車から降りてくる。少女の着ている服は何かの革で出来た殆ど下着と言っても過言ではない、透き通るような白い肌を惜しげもなく披露ひろうしている。


「魔王様復活なされたのでございますね。お会いしたく思っておりました」


 そう言って彼女は跪いてこうべを垂れる。色素が薄いせいで白っぽい肌、赤い瞳そして先ほど見せた怪力。ヴァンパイアの一族なのは間違いないだろう。見た目は十六、七歳くらいに見えるが、実際の年齢はわからない。


 この少女もやはり奴隷にされているようで、左腰にピンク色の奴隷紋が刻まれている。


「復活したわけじゃないんだけどね……。君、前に会った事あったかな?」


 ヴァンパイアの一族は数がとても少ない。魔王だった頃の知り合いだったとすれば分からないはずはないのだけど、この少女は見たことが無かった。


「わたくし、魔王様のメイドをしておりました」


 もう一度彼女の顔をみて記憶をたどる。そういわれてみれば見覚えのある顔だ。確かヴァンパイアの戦士、暁のディザルの娘だったはずだ。戦死したディザルの娘を城でメイドとして引き取った記憶がある。


「ああ、暁のディザルの娘さんか」


「はい、その通りでございます。エクレア・ディザルと申します」


「ディザルだと髭もじゃのおじさんしか思い浮かばないから、エクレアって呼んでもいいかな?」


「……………………」


 なぜかエクレアは耳まで真っ赤にしてうつむいてしまう。なるほど圧倒的に長寿なヴァンパイア族なら前世のぼくを知っていても何の不思議もない。エクレアには色々と聞いてみたいこともある。なにから話そうかと考えていると、だみ声の怒声が思考に割って入ってきた。


「おいこらガキが、商品に勝手に手を出してるんじゃねえぞ」


 いつの間にか集まってきていた奴隷の兵士が僕の両手を掴む。エクレアのほうも同じように取り押さえられている。普段ならヴァンパイアの筋力をもってすればこんな風に取り押さえられるなんて事は無いはずだ。やはり奴隷契約をさせられている影響だろうか。


「困るな……。高価な商品だってのに、それとも買ってくれるのか?」


 兵士たちの後ろから現れたのは高そうな服を着た男が僕に言う。趣味の悪い貴金属装飾品を身に着けていて、いかにも成り上がり者にしか見えない男だ。この程度の兵士たちなら振りほどいて逃げる事も倒すことも簡単だけど、どう対処するのが一番なのか迷ってしまう。


「こらクソガキ、社長に返事をしろ!」


 僕が黙っていることに業を煮やしたのか、兵士は僕を殴ろうと腕を振り上げる。その腕が振り下ろされるより早く飛び出してきたエクレアは、兵士の腕をつかんでギリギリとじ上げる。


「その御方に手を出そうとするなんて、あなた方は死にたいのですか?」


 言い終える頃には兵士は既に地面に引き倒されて意識を刈り取られていた。


「主に逆らうような奴隷にはしつけが必要だな」


 奴隷商の言葉に合わせるように、エクレアの腰にあるピンク色の奴隷紋が光る。命令に逆らった奴隷に激痛を与えるという呪いの一種だ。その痛みは反乱を起こした生涯不敗の剣闘士奴隷が、苦痛に転げまわり涙を流したという逸話があるくらいだった。


「くっ……。これしきではわたくしを止めることなどできません」


 エクレアはほんの少し眉をしかめただけだった。エクレアは倒れている奴隷の腰から剣を抜き取ると、平然と奴隷商に向かって歩いていく。


「なんだと!奴隷紋の制裁を受けて立って居られるなどと……」


「癖になるほどの痛みではございません。そして――」


 エクレアは奴隷商にむかって剣を振り上げる。


「わたくしの大切な魔王様に手を出そうとした事を、地獄で後悔してくださいませ」


 僕は奴隷商とエクレアの間に割って入る。ちょっと殴られそうになっただけで相手を殺すとか魔王だった頃でもあり得ない。貧乏騎士の四男である今ならもっとあり得ない。


「そこまでだよ、エクレア」


 エクレアは不満そうな表情を浮かべるが、少しして剣を下す。僕の後ろで奴隷商がほうっと安堵の吐息をもらすのが聞こえる。


「では、わたくしが借りたお金をお返ししますので、それでよろしゅうございますか?」


 エクレアは金貨を一枚取り出して奴隷商に差し出す。


「金貨一枚は貸した金額だろう!利子がついて金貨三枚になってるんだよ」


 僕の後ろで奴隷商が怒鳴る。大きく出るなら僕を挟まないで欲しい。それにしても、この期に及んで未だに利益を追求しているこの男はある意味大物なのかもしれない。


「じゃあ、金貨二枚は僕が払うよ。それで問題ないね?」


 僕は金貨と白金貨をまとめて入れてある革袋から金貨を取り出して奴隷商に手渡す。


「確かに。いやだなお坊ちゃん。お客様ならそう言っていただければ話が早かったのに」


 急に腰の低くなった奴隷商は所有権を移す手続きを準備する。手続きと言っても簡単なもので奴隷商がエクレアの奴隷紋に手をかざして力ある言葉(キーワード)を唱えたあと、新たな所有者になる僕が同じようにして力ある言葉(キーワード)を唱えるというだけだ。


 手続きが終わると、各種奴隷紋の発動方法をレクチャーされる。どうやらピンクの奴隷紋は性奴隷専用のもので、奴隷紋も効果も制裁のほかは催淫やら避妊といった効果ばかりである。エクレアの私物が入った布袋も返してもらって取引はすべて完了した。


「では、お楽しみください。新しい奴隷が欲しくなった時はいつでもお声かけくださいね」


 満面の笑みを浮かべて僕に店のチラシを手渡すと奴隷商は出発していく。こうして僕は奴隷の主人になった。なにげに魔王時代も含めて初めての体験だ。

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