王都へ
だんだんと朝夕の寒さが和らぎ、気の早い鳥たちが春の訪れをさえずり始めた三月。十四歳になった僕は家督を継いでバルクホルン家の長になったオスカー兄さんの書斎に呼び出されていた。
「レオニード、そこに座りなさい」
「はい」
聞くまでもなく兄さんの話の内容はもう分かっていた。王都へいって学園へ入学するという話だ。
「学園の話ですね」
「そういうことだ。レオニードはどの学科を選ぶのか決めているのか?やはり士官科か魔法科を目指すのか?」
主に軍人を育成する士官科と、魔導士を育成する魔法科は卒業後の進路も不安がない。そのうえ在学中から国の役人扱いという事で給料ももらえるので人気が高く優秀な生徒が多く集まる。
働き次第では新たに騎士号を授与されて取り立てられるという事も珍しくない。僕みたいな貧乏騎士家の次男三男といった厄介者には特に人気の学科だった。兄さんが最初にこの二つを挙げるのは当然だった。
「いえ、僕は商業科にいこうかと思っています」
「お前は変わり者だな。騎士の家に生まれて商人になりたいのか?」
兄さんはいぶかし気な表情を見せて僕に質問する。そのように思われるのも仕方ないだろう。
「いえ、商人になりたいわけではありませんよ。兄さん、ヒョウに似た模様をもった首が長く巨大な生き物を知っていますか?」
「なんだそれは、そんな生き物は聞いたことが無いな」
「では、船乗りを美しい歌声で惑わして喰らうという海の怪物の事は聞いたことがありますか?」
「それなら聞いたことがあるぞ。確かセイレーンと言ったかな」
僕はカウフマンさんに聞くはるか彼方の異国の話に心を奪われているのだ。見た事の無いもの行ったことのない場所にあこがれを感じているのだ。そういう旅をするなら商人としてのスキルは身に着けておいて損はない。
「僕はそういった物を見たり、はるか彼方の異国へと行ったりしたいのです。そのためには旅をしながらお金を稼ぐ方法を知らねばなりません」
兄さんは話す僕にじっと目を向けて何かを見極めようとしているように見えた。
「それで商業科か……。士官科や魔法科として学費の免除が殆ど受けられないから、働きながら学園へ通う事になるぞ」
「それはもとより承知しています。自分のやりたいことをやるのです。なにも苦にすることはありません」
商業科に入るとなると、たとえ学年主席だったとしても学費免除を受けることは難しいと言われている。働きながら通う事になるだろうし、それなりに大変な生活を送ることになるのは間違いない。でも、魔法科や士官科に行って何年も軍などで働く事になるのはごめんだった。
「そうか、一応確認しておきたくて聞いたが結局のところ俺の答えは決まっているからな」
兄さんは満足したように一つうなずくとふっと破顔する。
「自分で決めた事だ、後悔しないように全力で頑張りなさい。これは父さん俺が学園に向かう時もエーリッヒにもダドリーにも父さんが言ってた言葉だ。レオニードにも同じ言葉を贈ろう」
兄さんは机の引き出しから小さな巾着を取り出して机の上に置く。
「この中には、銀貨が三枚入っている。これで物価の高い王都でも切り詰めれれば二か月は暮らせるはずだ。入学試験が始まる夏までには、しっかりと仕事と住む場所を見つけておくんだぞ」
「ありがとうございます。兄さん」
「本当は卒業するまで位面倒を見てやれればいいんだろうが……。すまないな、我が家ではこれ以上の事をしてやることは出来ない」
兄さんはそういうと本当に申し訳なさそうな表情を見せる。僕は兄さんににっこりと微笑んで言う。
「ここまで育ててもらって感謝してます」
「そう言ってもらうと報われるよ。で、出発はいつにする?」
目標もある。仕事に関してもカウフマンさんに紹介してもらえばどうにでもなるだろう。迷うことは無い速ければ早いほどいいのだから。
「明日にでもたとうかと思っています」
「そうか。何があろうとここはお前の家だ、いつでも帰ってきていいんだぞ」
兄さんにお礼を言って書斎を出ると、僕は自室に戻って荷造りを始める。旅の荷物と言ってもたいした量ではない。着替えの服は鞄ひとつに収まってしまうし、本は数冊しかないし、それ以外の持ち物と言えば木を削ったりして作ったものが少しばかりあるだけだ。あっという間に準備が終わってしまう。
僕がそこへ行くといつものようにライカは居て、いつものように弓を引いていた。その弓の腕前は猟師ギルドにおいて毛皮を全く傷つけず仕留める事で有名になっていた。おかげでライカの仕留めた獲物の毛皮は相場の倍以上で売れる事も珍しくはないらしい。
僕がやってきた事に気づいたライカは弓を引くのをやめて笑顔を見せる。
「レオ君、今日は遅かったね」
「兄さんと少し話してたからね」
ライカはこの二年で随分と女の子らしく成長していた。特に胸は弓を引くための胸当てを身に着けているにもかかわらず強烈に存在を主張している。
「兄さんと話って?まさかレオ君も王都の学園へ行っちゃうの」
「うん、そのうちにね」
予想はしていたのだろうけど、ライカは表情を曇らせる。ひとふさだけ編んでいる真っ赤な髪がゆれる。
「ここに居て、私と狩をしてのんびりと暮らすんじゃダメなの?」
「昔はそれでもいいかなって思ってたけど、今はやりたいことがあるからね」
「やりたいことって?」
僕は兄さんに話したのと同じことをライカにも説明する。旅へのあこがれは繰り返し話すたびにより強くなっていくように感じられる。
「そっか……。そしたら私一人になっちゃうな」
と、ライカはつぶやいた。小さい集落だから同年代は他には居ない。僕が王都へ向かうとライカの遊び相手は居なくなってしまう。僕はライカを励ますために言う。
「住むところとか決まったら、ちゃんと手紙を送るから」
「夏と冬の休みには必ず帰ってきてよね」
「努力するよ」
必ず帰ってくると約束してあげたいけど、学費も稼がないといけないし帰ってこれるかどうか分からない。もしかしたら卒業するまで一度も戻れないかもしれないのだ。
「約束はしてくれないんだね」
「うん、働きながらになるから。でも出来るだけ帰ってくるよ」
ライカは小さく「待ってるからね」と言ったあと、僕の瞳をまっすぐに見つめる。
「でも、卒業して旅をするときには私もついていくからね。約束だよ」
「わかった約束するよ」
翌朝早く、晴れ渡る青空のもと僕は王都へ向かって歩き始める。カウフマンさんの店のある街より遠くへいくのは人生で初めての事だ。知らない街へと向かうのは、色々と不安もあるけど期待の方がずっと大きかった。
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