秘匿された過去への旅行計画 3/6
俺が「どうぞ……」と答えると、彼は手を椅子にかざし、触れもしないで椅子を動かすとそこに座った。
「愛しい彼女と喧嘩中かね?」
「…………」
「せっかく再会したのだから、今度こそ彼女を大事にした方がいい。
男女は近くなるほど、ほんの少しの事で喧嘩してしまうものだ。
難しいとは思うが……いつか後悔するぞ」
早速教訓めいた事を言うサリワルディーヌ。
俺はこのマイペースな男に、思わず苛立った溜息を吐いた。
「良く俺の前に姿を現しましたね。
サリワルディーヌ大神殿に、あんなスラムを作って中の住民を食い物にしているくせに」
「それは私に対しての、当てこすりかね?
……だとしたら見当違いだ。
以前も言ったが私は神殿から追放された。
しかも私を見る事が出来るのは、特別な縁を持つ者だけだ。
そして私が聖域に君臨していた時には、スラムなんてものは存在しなかった。
アレは私が居なくなった後、神官達が勝手に作ったものだよ。
私が居なくなったと伝承を残しながら、私の代わりに各地の神殿に居る“誰か”が望んだ事だろう」
「……良く分からない」
「サリワルディーヌと言う名前は、ただの記号に過ぎない。
私と言う存在が私にとってはサリワルディーヌである。
だが他の人間たちにとっては、例えばそこの木にサリワルディーヌと名付ければ、すなわちそれがサリワルディーヌなのだよ。
かつてそれが“棗の木”と呼ばれる存在であったとしてもね。
そう言えば判るかね、お若いの。
誰か狡猾で高い実力を持った何かが、私の名前だけを使ってやっているのだよ」
「それを信じろ……と?」
「私にはそれしか言えないだろう?」
確かに……
俺はそう思い、そして幾度か頷く。
そんな俺にサリワルディーヌは、俺の目を覗き込みながらこう告げた。
「だがそれを知るヒントはある。
それはお前の魂だ……」
「どういう事?」
「私が神殿を追われたのは、アキュラ……つまりお前の転生前の姿が何かをしたからだ。
奴はスマラグダを守るために、何かとんでもない存在と手を結んだ。
だがそれが何であるのかは分からない。
私が怒りに任せて、アキュラ・リンドスの魂を完全に消滅させなかったのはそれを知りたかったからだ。
もちろん自分の声を差し出したペッカーの、願いを聞いたからでもある。
そしてその存在は、とある連中と繋がっている。
……誰だと思う?」
「分かりません……」
「アキュラは死ぬ直前、王剣士が従える7匹の召喚獣、王剣7臣を封印しようとしていた。
しかも奴らは、この私を裏切り、ラドバルムスに与した。
……おかしい話だろう?
アキュラと王剣士は最後の最後、仲間では無かったのだ。
共に私に対して裏切りを働いた筈なのに……
私は真実が知りたい。
どうしてあの日アキュラは儀式の内容を知っており、そして誰の指図で王剣7臣は私を神殿から追放したのか?
……私だってサリワルディーヌと名乗っているくらいだから、神殿を取り戻す力だって無い訳じゃない。
だが何も分からないで力を使えば、私がどこに隠れているのか、敵にも知らしめる。
私が恐れているのはソレだ……
だから私は、現在身を潜め、敵の事をよく知ろうとしている。
そして改めて言うがその答えは、アキュラの生まれ変わりであるお前の魂にある」
「俺は何も知らない……」
「そうだろうな……転生そして生まれ変わりと言うのは、全ての記憶を引き継ぐものではない。
それに父や母が居て、血縁によって継承された力もある。
学者の家に生まれた子の多くが、やはり学者になり。
騎士の子の多くが、やはり戦いに秀でているのはそれが理由だ。
当然性格だって異なるし、記憶をため込む脳髄だって新しい。
新しい記憶が増える度に、古い思い出も消えてしまう。
それらが新しい人生に、何の影響も及ぼさない筈が無いだろう?
そもそも生まれ変わると言っても、以前の魂が完全なくなり、今のお前に移行したわけではない。
つまりアキュラはあの世かこの世……世界のどこかに居るのだ」
それを聞いて俺はびっくりして叫んだ。
「えッ!アキュラはまだどこかに居るの?」
するとサリワルディーヌは頷いて「居る」と答えた。
「霊能に詳しければ、生まれ変わったとされる魂が、過去の人格のまま現在にも存在している事が分かるだろう。
彼等は今日も誰かに語り掛けており、そして彼等の生まれ変わりも、肉体を持って今日に存在する。
よって生まれ変わりとは、繋がった鎖に、新しい鎖がもう一環追加されたイメージを持った方が正解に近い」
「だったらそのアキュラに聞いた方が早いじゃないか?」
「……もちろんそれも試した。
だが、ダメだった。
アキュラは壊れ、そして月の神殿で言葉も無く佇んでいた。
そしてこの前、お前がスマラグダを蘇らせた日に、自らあの世に旅立った。
もうこの世に心残りは無くなったのだろう」
「…………」
「ああなっては、私の声は届かんよ。
心が壊れたアキュラは、もうそっとしてやりたい。
恨みが無いと言えば嘘になる、だがあまりにも哀れだ……
この100年、自分のせいで液体の中に溶かされ、隠されていたスマラグダ。
そしてその為に愛する祖国、そして自分の一族や家族を破滅させた愚かなアキュラ……
思いつくまま自分を呪う言葉を吐いた、あ奴には、もはや呪う言葉も思いつく事ができない。
……あれは自殺だ、死んだ後のその状態を自殺と呼ぶのかは分からんがね。
かろうじて意識があったときに、彼は私に謝罪もした。
私はそれで十分だと思う事にしている」
月の神殿に佇むアキュラと聞いて、俺は自分と目を合わせ、そして語り掛けたあの死体を思い出した。
まるでレミを守るかのように佇んだ死体。
きっと彼がアキュラだ。
「だがアキュラがその様になっても、記憶の全てが消えたわけではない。
何故なら魂は繋がっているからだ、鎖のようにお前とアキュラは別人ではあるが繋がっている。
だから記憶をその鎖を伝って呼び起こすことができれば、過去の事を知る事は十分可能だ。
だからこそ、転生した魂は今の肉体で見た夢の中で、生まれる前の映像を見る事がある。
つまりお前がたまに見る夢がそれだ。
夢が証拠で、確かにお前は過去の自分、つまり転生前の魂と繋がっているのだよ。
アキュラが果たして何世代前のお前なのかは知らないがな。
とにかく、フィーリアがお前を見つけたと言った時、私はこれで全てが分かると安堵した。
ようやく敵の姿を見る事が出来る。
だが、その前にするべき事がある……
まずは私に協力する、フィーリアの身の安全を確保しなければならない。
今やラドバルムスに対抗できるのは彼女だけだからな……
前にも言ったがラドバルムスはまだ諦めていない、おそらく聖地を我が物とするまでは彼は戦いを辞めようとはしないだろう。
だがそれよりも不気味なのは王剣7臣の方だ。
奴らはいまだに王剣を探している。
一体何をしたいのか……
ラドバルムスと違って、奴らの目的が分からない」
どこか無表情に台所に響いたサリワルディーヌの言葉。
その声音が響く中、俺はどうしても知りたい事があったので、ソレを尋ねる事にした。
「すみませんサリワルディーヌ。
王剣7臣の事をもっと詳しく教えてくれませんか?」
それを聞いたサリワルディーヌは、俺の目を見て「まだ思い出せないのか?」と尋ねる。
「少しだけなら思い出します。
でも多くの事は未だに分からないままです。
……以前月の神殿で、ミノタウロスが暴れるのを見ました。
そうしたら頭の中に“暴虐のバルドレ”と言う名前を思い出した。
だけどそれ以上は思い出せない。
教えてくれませんか?このままモヤモヤしたまま過ごしたくはないんです」
俺がそう言うと、サリワルディーヌは「生まれ変わるとは厄介だな」と呟いて溜息を吐く。
「では、私が知る限りではあるが、あの日の事から話を始めよう。
何処から話すか迷うな……
まずは王剣7臣の封印から話そうか。
まずアキュラは、7臣のうち6匹を封印した。
だが1匹の召喚獣だけは封印できなかった。
……名前はセクレタリス」
その名前を聞いた時、なぜか脳裏に威厳を正し、そして桁違いの力を持って俺と切り結んだ、一人の剣士の姿が思い出される。
……そしてそいつが、最後に俺を背後から刺し貫いた事も頭をよぎった。
「ラリー、思い出したのか?」
「……いえ、別に」
なぜか俺は咄嗟に嘘をついた。
そんな俺に、椅子に腰かけるサリワルディーヌは声をかけた
「そうか、それは残念だ。
では再び思い出させるためにも、少し話を変えて王剣や聖剣について説明をしようか。
……きっとそれすら忘れているだろうからな。
あの二つの剣が誕生したのは、私の憂慮が原因だった。
正直に言おう、権力は神も人も狂わせる。
人だけではないのだよ……
特に私の代わりにこの大地を支配する事になった、ラドバルムスとフィーリアはその魔性の力に憑りつかれるかもしれないと、私は恐れた。
そんなある日の事だ、私は世間を乱そうとする邪神達を討伐した。
それはそれは激しい戦いだったが、私はフィーリアやラドバルムスと協力し、何とか邪神達を倒すことが出来た。
そして私は、こうして倒された邪神のうち2柱の邪神の体から、それぞれ一振りずつ。
合計2振りの剣を鍛え上げた。
それが神をも殺せる神剣、聖剣ルシーラと、王剣グイジャールだ。
この二つの剣は、何かあった時は神を殺す剣である。
つまりラドバルムスやフィーリア……二柱への戒めとして作ったのだ。
次に私はそれぞれ7匹の召喚獣を、この剣に守護させ、そして代々の聖剣士や、王剣士と言った、この剣の保持者達の助けとなる事を命じた。
聖剣につけた7匹の召喚獣は7友と呼ぶ。
ペッカーやポンテスがそれだ。
そして今問題になっているのは、王剣につけた7臣と呼ばれる召喚獣。
本来彼等は王に必要とされる様々な徳目を強く受け持ち、そして王剣士を補佐するのが役目だ。
今や王剣7臣は、私の制御も受け付けないがね……
全員の名前を言うと、だ……
筆頭は指揮のセクレタリス。
次席は知恵のビブリオ。
以下、護衛のアルマ。
典雅のサピーレ。
威厳のスーロニューム。
慈愛のパネム。
そしてこの前お前の前に姿を現した、憤怒のバルドレ。この7匹だ。
アキュラはセクレタリス以外の全員を王剣の鞘・柄・鍔に封じ込めた。
だがセクレタリスだけは出来なかった。
セクレタリスは強く、そして心も折らずに抵抗し続けたからだ。
結局アキュラは20年に一度現れる忘却の洞窟にスマラグダを匿う為、セクレタリスに対する追撃の手を緩めた。
間に合わないと思ったのだろう……それが命取りになったがな」
……そう言われた瞬間。
俺は思わず掌で顔を覆い、そしてこらえきれなくなって溜息を吐いた。
そして不意に、自分の体に剣がめり込む感覚が脳裏をよぎる。
体から伝わる痛みと不快な手ごたえ。
肺を血が埋め尽くし、息が詰まるあの感覚。
それと同時に思い出す、俺を見下ろす敵意に満ちたセクレタリスの眼差し……
ガタガタ、ガタガタ……
気が付くと俺は全身を恐怖で震わせていた。
……自慢じゃないが、これまで一度たりとも敵に対して臆した事が無い。
初めて恐怖に体が震える……
「覚えていたのか、それとも意識の奥底に記憶を刻み付けていたか。
まぁどちらでもよい……
あの日の事に恐怖しているなラリー。
生まれて初めてかな?」
「!」
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