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俺の騎士道!  作者: 多摩川
青年従士聖地修行編
90/147

雨と15歳

1/2修正しました。

―アルバルヴェ王国首都セルティナ




セルティナにある王立魔導大学の授業は少し変わっている。

この学校はあらゆる年代の生徒が学んでいるのが特徴(とくちょう)で。

そして実践的(じっせんてき)な講義が受講できる。

そんな講義だが、当然いつもなら(せい)講師(こうし)が講義を開いてくれるのだが、今日は生徒が生徒を教えていた。

これは教わるだけではなく、教える事でも多くの事が学べると言う、学長のエニア・ダフネスの方針だ。

ただしその日講師役を務めていたのは、肌が浅黒い15歳の若者。

彼がまだ大学に入って日の浅い、新入生に教鞭(きょうべん)をとっていた。

因みにこの若すぎる講師役の生徒の存在、これはさすがにこの大学でも異例の事である。


……さてこの日の授業風景は。

本来のこの講義を取り仕切る正講師の魔導士が、この肌の浅黒い若者が講義する様を、(けわ)しい目で見守っている。

この魔導士としては卒業試験の様な気持ちでこの場に立ち会っていた。

そんな生徒と正講師の魔導士……両者の険しい視線を集める中、若者は堂々とした振る舞いを崩さず、講義を行う。


「……つまり、()(どう)とは自分の魂が存在する体、その外側から(みちび)いてくる力の総称(そうしょう)であるという事です。

ゆえにその場所の魔力が枯渇(こかつ)すると、魔導として使う事が出来ないという訳です。

ここまでは良いですね?

ではなぜ魔導が使えるのか……それは自身の中にある“内なる力”が触媒(しょくばい)となり、体外に存在する魔力に対し作用をするからです。

あるいは火となり、あるいは氷となり、そして風となり力となる。ですから……」


カーンカーンカーン


授業の途中で鐘が鳴り、授業の終わりが告げられてしまった。

瞬時にざわつく教室の中、その中で講師役の生徒が悔しそうに「では終わります」と声を上げる。

他の生徒はその声を聴いているのか居ないのか……バラバラと席を断ち、そして廊下に消えていく。

思ったようにできなかったと、首を振る、肌の浅黒い生徒。

その彼に正講師の魔導士が微笑(ほほえ)みながら近づいて声をかけた。


「お疲れシド、どうだったかね?」

「ああ先生、上手く時間内に収められなかったです。

難しいですね……」

「ハッハッハッ……いきなり出来たら私の立場も無いよ。

だが話の内容も正確だったし、君の歳でココまで出来れば立派なもんだ」

「はぁ、ありがとうございます」

「だが……本当に君はいったん魔導の勉強を辞めてしまうのかね?」


正講師の魔導士が、惜しむような眼でそう肌の浅黒いシドにそう言うと、彼は「すみません……」と答えた。

正講師は「惜しいな、君なら望めば近衛にだって推薦(すいせん)できるのに……」と言って目を伏せる。


「すみません、僕はフィラン殿下と共に、シルトに行かなければならないんです」

「ああ、それはグラニール(ヴィープゲスケ)理事長から聞いている。

君は殿下の側近候補として、ともに勉強に励むそうだな。

……どこに居ても魔導の勉強はできる。

復学する意思があれば、いつでも戻ってきなさい」

「ありがとうございます」


シドがそうお礼を述べると、講師はポンとシドの肩を叩き、そして廊下に向かった。

こうしてこの日、シドの4年にも渡った魔導大学生活が終わったのである。




シドの本名はイリアシド・ネリアースと言う。

聖地の聖地フォーザック王国の王族出身だが、子供の頃このアルバルヴェに疎開(そかい)してきた貴公子だ。

ただし(わず)かな(えん)しか持たず、かつ王家の直系からは外れた彼は、それほど恵まれているとは言い難い子供時代を送る。

他の人よりも浅黒い肌の色をなじられ、そして差別されたのだ。

この暗く悲しい日々は、友人に恵まれるまで続いた。


この境涯(きょうがい)から分かる様に、シドと言う少年は、この国では与えられるよりもつかみ取るべき物の方が多い生まれなのは間違いない。

……平たく言うと、成り上がるべき人間なのだ。

彼もまた成り上がる事に興味はある。


そこで最初は剣を学んで見たのだが、友人であるラリー、そしてフィラン殿下と言った面々の実力を見て早々に諦めた。

二人はまるで才能の塊の様だった。

これとは張り合えないと思ったシドは、今度は勉学にその可能性を見出そうとしていた。

友人は皆お金持ちで、かつ性格がおかしい人達ばかりなので、こっちの方面で居場所を求めたというのもある。

こうしてシドは“シド先生”とからかわれるような秀才へと変貌(へんぼう)していった。


ただしこの事はホリアン王やリファリアス王太子の、興味を引き付けるようになる。

と、言うのもフィラン王子につける側近として、シドはこの二人にぴったりだと思われるようになったからだ。


さてなぜシドが側近候補なのか説明しよう。

煌びやかで個性的な、フィラン王子の側近候補は幾人かいる。

とは言え最有力候補と言えば3人だ。

理由は後に述べるが、これはフィランの性格上の問題の為だ。


まずはゲラルド・ヴィープゲスケを紹介しよう。愛称はラリー。

父は王家の準家族、ホリアン2世の弟分でこの国一番の魔導士グラニール・ヴィープゲスケ元男爵。

母方の叔父(おじ)が剣術の聖騎士流宗家にして、ガーブ地方を収めるガーブ男爵ガルボルム・バルザックだ。

ラリーはどちらかと言うと母方のバルザック家の血が濃いように思われる。

しかしこのラリーは、何故かフィラン王子と関係がおかしいように王には見えた。

しかもこの子は、王国で最も栄えている剣術の宗家を引き継ぐ可能性がある。

そしてフィラン王子は、この国で半ば独立勢力と化しているシルト大公領を引き継ぐ可能性があった。

そうなると聖騎士流剣士が、王室のコントロールを離れ、将来シルト大公の影響を受けるかもしれない。

なので彼を未来のシルト大公の(そば)につける事に、ホリアン王は懸念(けねん)を抱いていた。

……平たく言うと“息子とうまくいくかなぁ?”と思われ、かつ“手元に置いておきたい”と思われているのだ。


次にイリアン・ホーマチェット。愛称はイリアン様。

父はアルバルヴェ王国でも大領を有する、王党派の重鎮(じゅうちん)ベレウス・ホーマチェット。

グラニールが準家族なら、こちらは友人と呼べる忠臣である。

こちらは最もフィランの側近に出来ない存在で、理由は簡単。

ホーマチェット家を王室から離せば、王家の力が大きく落ちてしまうからだ。

それだけこの家は大きい。

しかもイリアンはベレウスの唯一の嫡出子の男であり、確実に将来ホーマチェット家の跡を継ぐ。

そんな人材は王太子も王も、シルト大公に差し出す事が出来ない。


そこで残ったのはシドなのである。


今やフィラン王子と言うのは、人付き合いをそつなくこなす少年だ。

しかし彼は元々シャイな性格であり、やはり本当に心を開くのはごく限られた人間だけである。

……やはり性格は早々全て変わる事は無い。

彼は家族を除くと、やはり4馬鹿と呼ばれた、友人にしか特別な表情を見せなかった。

……勿論他に学友と呼べる存在が、フィラン王子に居ない訳ではない。

しかしフィランは、そんな彼等が幼少期に自分を無視して、大きくなったら掌を返して近寄ってきた子に見えてしまうのである。

……本棚の傍しか居場所が無かった、あの幼い日々は、いまだに彼に暗い影を落としている。

なので、フィランはどうも、他のアルバルヴェ貴族の子弟を信用していない様子だ。

逆に幼少期のフィランを知らない、シルト出身の後輩たちの方が、仲が良かった。

彼等は純粋に先輩と後輩の仲だからだろう。


こうして消去法的に考えた結果。

……王と王太子の二人は、シドに目をつけた。

シドにはそんなしがらみが全く無いうえに、フィラン王子とものすごく仲が良い。

やはり可愛いフィランの為に、4馬鹿の中から誰か側近を付けてやりたい。

そんなアホどもの中で、フィランと行動を共にできる可能性があるのは、勉強が得意なシドだけに見えた。

そんな事情もあってシドは、王や王太子に期待されている存在なのである。




シドは教室から抜けたその足で、同じ大学の構内にある、付属の剣術学校に向かっていた。

……6歳の頃からだから、9年間も通った剣術学校。

いまや魔導大学付属剣術学校と言えば、貴族が通う剣術学校の中では、この国一番の名門剣術学校と目されるようになった。

設立僅か9年で、3人の白銀の騎士(ラリー含む)を輩出(はいしゅつ)し、全国の貴族の子弟の中で、腕に覚えがあるものが入門するこの学校は、今日特別な日を迎えていた。

……この学校で長く生徒のリーダーを務めていたフィラン王子が、ついにこの学校を去り、シルトの海洋大学に留学するからである。

なので今日は、お別れのパーティが開かれていた。


シドが辿り着いた時、会場はもうすでに盛り上がっていて、今は通うのを辞めた者も含め、たくさんの少年達が集まっていた。

人の輪の中では、上半身裸の少年がレスリングに興じており、投げたり投げられたりしながら笑い転げている。

そんな中で、師のボグマスは、一番(いちばん)年嵩(としかさ)が上の子達と歓談(かんだん)していた。

そしてそこにはフィラン王子、そしてイリアンも居る。

それを目ざとく見つけたシドがそちらに行くと、彼等もシドを見て手を挙げる。


「シド、遅いよ!」

「悪い、授業が長引いてしまったんだ」

「シド先生、逆でしょ、授業をしていたんでしょ?」


さらさらとした髪を風になびかせながら、色っぽい少年がからかうように言うと、シドは「イリアン様、勘弁してよぉ」と答えた。

イリアンはそれを聞くとからからと笑って「“様”って言うな……」と言った。

その傍では柔らかい笑みを浮かべた美しい顔立ちの少年が、不意にこう言葉を上げた。


「そう言えばラリーから手紙が来たよ」

『え!見たいっ』


イリアンとシドが、声を揃えてそう言うとこの美形の少年は、手紙の束を二人に渡して苦笑いを浮かべてこう言った。


「シルトの税関も適当だよね、4か月分の手紙をまとめて昨日王宮に届けに来たよ」

「あちゃぁ、殿下、あの連中を……し・か・っ・て・ネ❤」


イリアンがそう言うと、殿下と呼ばれた少年は笑いながら「リアに言っておくよ」と答えた。

こうして受け取った手紙を手分けして熟読する二人。


「殿下、ラリーは元気ですか?」


殿下と呼ばれる少年は、15歳になったフィラン王子である。

彼はその美しい顔を嬉しそうにほころばせながら「ああ、相変わらず無茶しているようだ」と答えた。


「ラリーは心配だ、アイツはまっすぐ“道”を歩く事が出来ない性質だから……」


ボグマスがそう言うと、フィランは何度も同意するように頷いて言った。


「マスター、どうやらそれは当たったようですね」

「……アイツは何をやりました?」

「なんでも先輩従士を川に投げ飛ばしたらしく。

アルバルヴェ騎士館に居られなくなって、同盟騎士館のソードマスターで、ヨルダンとかいう騎士に仕えているようです」


フィランがそう言うと、ボグマスは「ああ……」と呻いて顔を両手で覆った。


「あの馬鹿、やっぱり我慢ができなかったか……」


それを聞いたフィランは大喜びだ。

少年王子は「僕らのラリーは、(はずかし)められたらタダでは済まさないですよ」と言った。

イリアンも話を聞いていたらしく「恐れ知らずのラリー・チリだしね」と言って笑った。

手紙を読むのが早いシドは、ラリーの手紙を速読(そくどく)すると、首を(かし)げてフィランに言った。


「でも手紙にはどこにも、従士を川に投げたとか書いてないよ。

マスターヨルダンの事は書いているけど……」

「ああ、それはもう一人手紙のやり取りをしている奴が居るから、そいつからの情報なんだ……」


そう言うとフィランは一通の手紙をシドに渡した。

差出人の名前は……ヴィタース・ワズワスと書いてある。


「ビトと仲が良かったんですか?」


シドがそう言うとフィランは「クラリアーナの弟だしね」と言って得意げに笑った。


「なんでも借金苦に苦しんだビトを救うために、その従士をラリーが()らしめたらしいよ。

ワズワス伯爵もビトの修業の様子を嘆いていたよ。

……ビトもどうしようもないよね。

だから今度ワズワス伯爵も、大学に寄付するんだってお父様が言っていた、グラニールに恩を着せたいんだろうね。

つまり口封じだ」


それを聞いたイリアンは「大人は汚い……」と言って、首を振る。


「まぁいいじゃん。

ビトにはラリーの情報と引き換えに、僕も修行を“援助(えんじょ)”しているんだ。

良いスパイだよ、実際にアイツはさ……」


そう言って悪い笑みを浮かべたフィラン。

事情を知るシドとイリアンもニヤッと笑う。

そしてそのままシドが、「ラリーの話って面白いよね、まるで紙芝居か人形劇みたいだ」と言うと、フィランも大きく頷いて答えた。


「昔からラリーって、身内以外に無茶苦茶やるしね。

剣術学校の悪達を、壁にぶら下げたときのこと覚えてる?

昼間リンチされて、壁に吊るしたのは次の日の朝だよ?

“コイツはなんて仕事が早いんだっ”て、僕は感心したもの!」


するとボグマスが溜息を吐きながら「やっぱり、アイツが犯人か……」と呟いた。

フィランは(あ、いけない……)と思って目線をそらす。

イリアンがその空気の中で言葉を引きついだ。


「まぁでもビトもこれで安心でしょ、ラリーが後ろに控えていると知れば、誰もビトにちょっかい出さないしね。

ラリーは怒るとおっかないからさ」


それを聞いたシドが「あれ?イリアン、ラリーを怒らせたことあったっけ……」と言った。

イリアンはにやけながら首を振ると、急いで訂正をするように「いや、無いけど雰囲気あるじゃん、ラリーって……」答える。

フィランはそれを聞くと微笑んだ。


「この中でラリーを怒らせたのは僕だけだね。

正直ラリーは怖いよ、人間じゃなくてまるで狼と対決しているような感じがするんだ。

眼の中に殺意が(みなぎ)っていてね、戦っていると(ああ、負けたら殺されるかもしれない)って思うんだ。

凄く背中がヒリヒリする……

あんな戦いをまたしたいよ……思い出しただけでも胸が高鳴る」


ボグマスはそれを聞くと「殿下、もうラリーと命を懸けるのはおやめください」と言った。

フィランは顔をしかめると、不満を込めた溜息を吐く。


「……ラリーはもっと強くなる。

そしてラリーを倒すのは僕なんだ」

「ま、まぁ殿下、ラリーはいつか皆で倒すとして」

「イリアン、僕は正々堂々と対決して……」

「まぁ、まぁ、まぁ……それよりもラリーに伝えたんですか?

殿下とイフリアネが婚約したこと……」


イリアンがそう言うとフィランは、思わずニヤけながら「いや、まだだ」と答えた。


「それを伝えた方がいいんじゃないですか?

ラリーもびっくりしますよ」

「まぁ……ね。

でもイリアン、この話はラリーが帰って来てから話したほうが良くない?

驚かせてみたいんだけど……」

「それも面白いですけど、でも僕とシド、そしてマスターも一緒にシルトに今度留学するじゃないですか。

流石にラリーも気が付くと思うけどな」


そう言われるとフィランも(そう言うものか……)と思って頷いた。

イリアンとしては、これ以上ラリーを仲間外れにするのは気が引けたから、そう提案したのだ。

……フィランはそれには気が付かない。


「殿下、どうしてそこまでラリーの事を気にかけるんですか?」


これを見てシドが、首を傾げながら尋ねると、フィランが答える。


「僕はラリーの研究家なんだ。

2年しか一緒に居なかったけど、あんなに印象深い人間を見た事が無い。

離れていても、その話を聞くだけで面白いしね。

それに知ってた?

ラリーは命がけの戦いで、一回も不覚(ふかく)を取った事が無いんだ。

同世代では一番凄い剣士が、もしかしてラリーじゃないかと僕は思ってる。

でもそんなラリーと互角だった剣士が一人いる。

それは僕なんだ……

僕はラリーが好きだけど、同時にラリーを倒したい。

僕がアイツを倒すまで、アイツは誰にも負けて欲しくない……

だからあいつが今どんな修行をしているのか、いつも興味が尽きないんだよ。

(おく)れを取りたくないしね……王族だけど一人の騎士として、彼を()えたいと思ってる」


フィランがそう言うと、イリアンとシドは改めてその眼に敬意を浮かべてフィランを見る。

ボグマスも「殿下、立派です……」と言って目に涙を浮かべた。

そしてボグマスはかつての自分の姿と、目の前の若者たちを重ね合わせ、ゆっくりと昔の事を語りだした。


「熱いな、殿下も、ラリーも……

自分が若いころ、私も若きマスターストリアムと、(けん)()を競っておりました。

私ボグマスも、そんな剣友の存在に励まされ、剣の修業に励んだものです」


そう言って彼は胸の奥底で、かつて燃え上がらせた情熱の温度を思い出す。

その様子に、少年3人は目を見合わせ、そして楽し気に笑うのだった。




シルト大公のただ一人の嫡出子であるイフリアネ・カルオーンと、アルバルヴェ王国の第2王子フィランとの婚約が発表されたのは間もなくだった。

シルトの貴族にとっては、フィラン王子と言うのは、彼の剣友の多くがシルト貴族の子弟だった事もあり知らない間柄ではない。

とは言え独自のシルト文化を持つ彼等にとって、アルバルヴェ王国に完全に統合される懸念を抱かせるのに十分だった。

実際にソレを疑う声は大きい。

なのでシルト貴族の有力者の中から、将来の大公配(たいこうはい)(未来のシルト大公イフリアネの夫)を出したいという声も上がる。

つまりすんなり、フィランとイフリアネが結婚できるという訳ではないのだ。


そこでアルバルヴェ王国の王室の力を、国中に浸透(しんとう)させたいホリアン2世は、息子をシルト大公領の海洋大学に、留学と言う形で預ける事にした。

そこで彼を護衛(ごえい)する騎士として、マスターボグマス。

学友としてイリアンとイリアシドを、海洋大学に息子と共に入学させる。

こうして彼等、若き15歳達は、ラリーとは違う形で、波乱含みの世界へと足を踏み入れて行く事になる。


◇◇◇◇


それから一か月後。

―聖地ルクスディーヌのアルバルヴェ騎士館




5月になる。

ここから11月までの間、聖地は雨季になり、空には雲が多くなる。

しかし雨季とはいっても雨は、スコールの様にさっと降ったりするだけだ。

何日も降る事はほとんどない。

とは言え幾日も降る場合はある。

俺はこんな雨季のある日に、叔父であるドイドの元を訪れていた。

彼は俺が訪れたと聞くと、そのまま(うまや)に向かい、一頭の馬を俺に見せた。


「どうだ?軍馬ではないが、体格も良いし、贈り物に良いと思うが……」

「ありがとうございます、これならきっと彼にも似合うと思います」


俺は目の前にいる若い馬の様子に満足し、叔父に感謝を()べる。

叔父のドイドはそんな俺の様子に、微笑みながら頷き、馬の首を()でながら俺に語りかけた。


「まさかお前が、自分の師の為に贈り物を用意しようと言ったのは驚いた……」

「いやぁ、手柄を立てたら(おん)(かたち)にして返したかったんです。

馬術を教えてくれたのはヴィーゾンですしね……」

「なるほど……エルワンダルの騎士ヴィーゾンの弟子になったのか」

「え?」


俺が思わず首を傾げると叔父は「なんだ知らなかったのか?」と言った。


「余計な事を言った……」

「叔父さん、ここまで言ったのだからもう少し教えてくださいよ」

「まぁ、先ほど言った通りだ。

後は直接本人から聞け」

「ええっ!」

「我慢しろ、金貨7枚でこれだけの馬を用意してやったのだから。

それと……これをやる」


そう言うと叔父は俺に一枚の書状を渡した。

見るとそこには大きく“武装免状”と書いてあり……

武装免状!


「叔父さんっ、コレっ!」

「お前も師を思いやれるほどに成長したのだ。

剣の腕前ならもう言う事も無い、さらに精進を重ねよ、ラリー……」


そう言うと叔父のドイドは「俺がバラしたと、ヴィーゾンに言うなよ」と告げ、アルバルヴェ騎士館に向かって帰って行った。

背筋を伸ばし、威厳のある(しぶ)いカッコよさを放ちながら歩き去る彼。

その姿に頭を下げた俺は、早速武装免状をまじまじと見る事にした。

武装免状は文字通り、聖騎士流の剣士として武装を許された者に与えられた免状である。

聖騎士流約6万の剣士のうち約1万5千の剣士がこの免状を持っている。

これを持つ者は自身の装備品に、赤い剣のマークを記すことが許されるのだ。

俺は宝物の様に大事に免状を懐にしまうと、新しく手に入れた馬の首を撫でた。


(はぁ……家にすぐに帰りたくない)


そして何故か嬉しさの次に、悲しさが胸をよぎったのだ。


……説明しよう。

最近あの広い我が家は、妙な連中がたむろしている。

……ヨルダンの身内、アシモスとアマーリオのせいだ。

彼等は我が家の(はな)れをアジトに、秘密の活動を続けている。

どうしてこうなった?と思わざるを得ないが、人類救済の為に、連中は(あふ)れる熱意(ねつい)(たぎ)らせていた……

しかもヨルダン公認だから、ヨソでやれとも言えない、ヨルダンに逆らうなんてできるはずもない。

そこで少しでも帰宅の時間を遅らせたい俺は、何か仕事を探した。


(あっそうだ……帰りに、二フラム館長に会って、拝領(はいりょう)している飼葉の量を増やしてもらうようにお願いしようか)


ちょうど仕事を見つけた俺は、早速同盟騎士館に向かうべく(きびす)を返そうとした。

……そんな時である。


「ああっ!良い所に居たッ」


誰かが俺を見て奇声(きせい)を発したのでそちらを向くと、ビトことヴィタース・ワズワスが俺の元に駆け寄ってくる。


「ようビト、急にどうした?」

「ラリー。ちょっと来てよ」


ビトはそう言うなり俺の(そで)を引いてどこかへと向かった。


「ちょ、ちょっと待てよビト。

一体どこに行くんだよ?」

「いいから来て、頼むからさっ!」


頼むって言われてもなぁ……

俺は事情が呑み込めず、しぶしぶ人について行く。

やがて俺はアルバルヴェ騎士館と、ダナバンド騎士館の中央にある、広い芝生(しばふ)の広場に連れてこられた。

芝生の中央には不安げな表情の、アルバルヴェ人従士と小姓が居て、それを挑発的な目で知らない顔の従士達が見つめている。


「皆っ、ラリーを連れてきたよ!」


ビトがそう言うと、これまで暗い顔をしていたアルバルヴェ人の少年達が、皆俺の顔を見てパァーッと顔を明るくした。


「ラリー、来てくれてありがとう!」

「助かったよラリー、来てくれて……

これで名誉が(たも)てるよ!」


事情が全く分からない俺はそんなことを言われても『?』である。

首を傾げる俺の前で、ビトが勝ち誇ったように、見知らぬ連中に言い放った。


「ダナバンドの従士の方が強いって言ったよな?

だけどな、こっちには“北の子狼”と呼ばれるラリーが居るんだ。

お前達なんか、ラリー相手に誰も勝てないからなっ!」


おまっ!なんつぅー事をッ……

俺が思わず目を見開いて驚いていると、どうやらダナバンドの従士らしい、私服に鎧覆い(ホバーク)を上から羽織った連中が笑い出す。

そして俺とビトを指さして言った。


「何を連れてくるのかと思えば“子狼”かよ」

「動物じゃなくて人間は居なかったのかよ、ビトちゃんよぉ?

ギャーッハッハッハッ!」

『…………』


一瞬で俺のこめかみに青筋(あおすじ)が走る。

……ぶっ殺されてぇのかこいつらはヨォ。


「おいビト、なんだこのサルどもは」


俺は(すご)みながらビトにそう言うと、ビトが顔を引きつらせながら言った。


「お、俺は何も言ってないよ。

ラリー、こいつらは誰に喧嘩を売っているのか知らないんだ……」


この()に及んで、なぜかフィロリア語がおかしくなるビト。

イライラした俺がビトの目を見つめていると、連中の一人が俺に顔を近づけて言った。


「よう“子狼さん”ヨォ。

(まえ)(ごと)きの事を、俺達が知っている筈……」


バゴーンッ!


俺は次の瞬間、うるさいコイツの(はな)(ぱしら)(なぐ)り飛ばした。


「ウルセェな、消えろクズどもめ!」


俺がそう一喝すると、ダナバンド人のこいつらは早速色めき立って、俺に掴みかかる。

その手を取って難なく(ひね)った俺は、たじろぐこいつらを“殺してやろうか?”と思いながら言った。


「かかって来るのか?

剣でも殴り合いでもどっちでもいいぞ……」


そう言うと連中は『テメェ、後悔させてやる』と言って剣を抜きはらった。

俺は手を捻って動きを止めているそいつの手をさらに捻ると、そいつの肩口を引き絞って脱臼(だっきゅう)させた!


「ぎゃぁぁぁぁぁ、痛い、痛いぃィィィッ!」


こうして一人早速戦線離脱させた俺は、腰の剣を抜きはらって、剣の切っ先を相手の(くるぶし)に向けた。


鉄門の構え。


「最初に剣を抜いたのはお前達だ、後はどうなっても知らねぇからな……」


俺はそう言うと、ゆっくりと歩いて相手との距離を詰めていく。

相手の数は残り3人。

俺に気圧(けお)されて後ずさっていく……


「何やってるんだ貴様らっ!」


遠くのダナバンド騎士館の方から、誰かが目ざとく俺達を見つけて大声を上げた。


「やば、ラリー、逃げるよ!」


ビトがそう言って、俺の袖を引いて逃げ出した。

その声を聴きダナバンドの従士達も剣を収めて逃げだしていく!


「待て、貴様ら待てっ!」


こうなっては待てと言われて待つ奴もおらず、俺やビトそして他の連中も一斉に逃げ出した。

どうやら安全と思われる建物に逃げ込んだ俺達は、息を荒げながら(ほこり)まみれの廊下に座り込む。


「はぁハァハァ……ビト、どう言う事か説明しろよ!」


俺がそう言うとビトもまた息を荒げながらこう言った。


「最近アイツらがちょっかいかけてくるんだ。

この前なんか、ウチの小姓の子の服を酷く汚されたしさ。

それでアイツらに謝罪を求めたら、アイツら仲間を呼んで数を頼りに俺達を(おど)すんだ。

それで今日俺達も数を揃えて行ったんだけど……(ひど)いんだよ、アイツら腰に剣を下げていたんだ!」


話を聞いて、イライラがさらに高まる俺。

俺はビトに対して腹が立った。


「ふざけんなテメェ!

これから討ち入りしようかって時に、相手は剣を持ってました、卑怯でしたって……

そんな恥ずかしい事よく言えたなぁっ!

だったらテメェは鎖帷子(くさりかたびら)でも着こんで行ったら良いじゃねぇかっ。

勝つ為に日々訓練しているんだぞ?

お前今の話館長ドイド・バルザックに知られたらタダじゃすまないからな!」


俺がそう言うとビトは、悲しそうな顔で目を伏せた。

しばらくその様子を見ていると、なぜか俺はバツが悪くなり、そして溜息を吐くとこういった。


「いや、まぁ……これからはそうしろって事だよ。

俺はこの事を誰にも言わないから。

ビトだけじゃなくてお前達も、気を付けろよ。

それにしてもあのダナバンド人、大した事無い奴だったなぁ」


話を変えたくてそう言うと、ビトが待ってました!とばかりに話に食いつく。


「だよね、さすがラリーだよ。

本当に人を殴るのに躊躇(ためら)いが無いもんね!」


え、それ()めてるの?


「本当だよ、部屋(へや)(ちょう)(ラリーの事)はさすがパネェよ。

たった1人相手に、4人の従士が押されていったんだからさ!」

「そうそう、先に剣を抜いたのはお前達だって、カッコいい啖呵(たんか)を切ったしね」

「あ、ああそう?」


俺はそう言って俺を褒めてくれる少年達の輪の中で、気分良く過ごす俺。

こうして成り行きとは言え、仲間の喜ぶ事をしたというのは非常に気分が良い。

気持ちも大きくした俺が、先程の事を思い出せる限り、盛り上げて話していた。

とにかく俺はアルバルヴェ人、少年従士そして小姓の子達の名誉を守ったらしく、皆にちやほやされた。


◇◇◇◇


まぁそんな事もあり、お使いを済ませた俺が帰って来たのは昼の盛りを過ぎた頃だった。

孤児院に帰るなり、ヴィーゾンを捕まえた俺は、驚く顔を(おが)みたくて急いで馬を見せた。


「これを俺にくれるって言うのか?」


ヴィーゾンは目を見開くと信じられないと言った様子で、この新しい馬を見つめる。

その(かたわ)らには騒ぎを聞きつけてやってきたヨルダンも居た。

俺はヴィーゾンの嬉しそうな様子を見て、ホッと安心しながら言った。


「叔父の尽力もありましたが、この前の手柄の報奨金で買えた馬です。

馬術を教えてくれたお礼です、納めて下さい……」


この様子見てヨルダンも「授業料か、気が利いているな……」と笑った。


「世話はどうするんだ?」


ヴィーゾンは自分の馬が嬉しいのだろう、まるで少年のように目を輝かせながら、そう俺に尋ねた。


「俺の家で面倒を見ます、ですのでもう一人、馬の世話役で従士か小姓が欲しいです」


俺がそう言うとヨルダンは渋い顔をして「馬を2頭面倒見るのも、3頭見るのも手間は変わらん」と……

ありがたい言葉、ありがとうございます。

つまり却下でございますね、マスター……


この俺とヨルダンの様子をヴィーゾンは「アッハッハッ……」と笑いながら見守る。

やがて彼は新しい自分の愛馬の鼻の下を撫でながら言った。


「自分の馬を持つのは5年ぶりだ、心が高鳴るよ……

飼葉(かいば)の方は手配したのか?」

「ええ、帰る前に館長(二フラム・ローン)に相談したら増やしてくれるそうです」


そう答えると、ヴィーゾンは俺の肩を無言で抱きしめて、次に親しみのこもった眼で俺に言った。


「もっと色んな事を教えてやる。

こう見えても俺は、故郷じゃ名前の通った男だったんだ」

「騎士だったんですか?」

「館長から聞いたのか?」

「叔父から……」

「なるほど、ドイド館長か……

それ以外には何か聞いているか?」

「いえ、なにも……」

「なるほど、そうだな。

まだ何も言えない……お前を信じてない訳じゃないが、人を不幸にしかねないんでね。

俺が騎士だった事も内緒にしてほしい」

「分かりました、(さっ)します」

「ああ、頼む……その代わり、きちんとしたエルワンダル流の技術を教えてやる」


その後俺達は馬を囲んで馬術についてあーだこーだと話し合った。

どうやら馬術に関しては、ヨルダンでもヴィーゾンにかなわないらしく、彼もまた目を見開いてヴィーゾンの話を聞いている。

やがてヴィーゾンはこの馬に馬具をつけると、嬉しそうに乗り回し、そしてそのまま孤児院の外へと出て行った。

日が暮れたら、馬を戻しに俺の家に来る。




子供達が畑から帰って来ると言うので、辞去して帰宅の途に就いたのはそれから間もなくだった。

気が付くと時刻は夕方である。

空は半分以上を雲で覆い、どこか水気を含む空気を(まと)う。

夕焼けは冴えない色で、明日も一雨来そうな雰囲気が漂った。

孤児院の門の前で、そんな空を見ていると誰かが俺を見ている事に気が付く。

そこでそちらに目を向けると、俺の事に気が付かないかの様に、それでいてしっかりと横顔を見せつけるように女が立っていた。

気が強そうな目線を持った、美しい女性。

そして足はすらりと長く、そして色っぽい太もも……


レミちゃんだぁ!


「おーい、おーい!」


嬉しくて嬉しくて、犬だったら尻尾(しっぽ)をプリンプリン振り回すようにその女の子に呼びかけた。

彼女は俺に声を掛けられて、初めて俺に気が付いたと言わんばかりの様子で「あれ、お前は……」と一言……

もう、じれったいなぁ。


「本当に来てくれたんだ!

嬉しいなぁ、誰かと一緒に来たの?

家族?それともお手伝いさん?」


とにかくグイグイ押しながら彼女に話しかける。

今初めて気が付いたのだが、きれいなオリーブグリーンの目をしてるやん。

彼女は、その眼を楽しげに細めて俺を見た。


「お前は面白いな」

「そう?ありがとう。

それよりも俺の名前覚えてる?」

「ラリーだったな」

「大正解!だからお前じゃなくてラリーって呼んでね」


とにかく浮かれた俺は、とにかく明るくしゃべり倒す。

やがてレミちゃんは、手元から俺の服を取り出して俺に渡した。


「これを返して欲しいのだろう?」

「うわ―ちゃんと返してくれるんだ。

レミちゃん本当に義理堅い子なんだね。

凄い嬉しい俺……あ、しかもちゃんと洗濯(せんたく)してくれている。

すごく気が利いてる、本当に嬉しいよレミちゃん」


とにかくどんな小さな事でも、見つけては褒める褒める、褒める俺!

褒められて嫌な気がする人は居ない。

レミちゃんの気持ちも良くなったようで、躊躇うような表情は消え、まっすぐ笑い始めた。

そこで俺は「今から時間ある?ご飯食べようか……」と提案した。

レミちゃんは俺の顔を見ると「悪いから」と言い出す。

ここで逃がすことはできない俺は、無い知恵を絞って言った。


「悪いだなんてとんでもない。

俺はお父様から“恩には必ず報いるように”って言い含められているんだ。

我がヴィープゲスケ家の家訓(かくん)だから、これに反する訳にはいかないんだよ。

もし反する行動をしたら、俺はお父様から親子の縁を切られてしまうからね」


我がヴィープゲスケ家にそんな(おきて)は……無い。

当然うちのパパもそんなことを言った覚えは無い。

だけどまぁ、アレだ。(うそ)方便(ほうべん)だ!

俺のその言葉に戸惑うレミちゃんに、俺はダメ押しで言った。


「俺を助けると思って。

そうじゃないとお父様が怒り狂ってしまうんだ、ね?」


因みにウチのパパが俺を怒ったのは、人生で一回だけ、ガーブから脱走してエリクサーを回収しに来たときだけである。

彼が怒り狂う所を俺は見た事が無い。

もう1回嘘をついた以上は、後は2回も3回も同じこと、と思った俺は流れるように嘘を吐きまくる。

やがてそんな俺の熱意に胸を打たれたのか「じゃあ、頂こうか……」と、レミちゃんは言った。

俺は次の瞬間彼女の手を引いて町に歩き出した。


「ねぇ何食べる?お肉?お魚?

もう好きなもの頼んでいいからね」


因みに俺の今の気分はお肉である。

躊躇った瞬間《じゃあ、お肉の美味しい店行こうか?》と言う気満々だ。

どさくさに紛れて彼女の手を取って歩く俺は、踊りだしたい気分だった。

やがてレミちゃんは言った。


「ラリーが食べたいもので良い」


来たぁ、お肉決定!


「じゃあ、お肉の美味しいお店行こうか?」


きょうは鶏肉食べちゃうぞ!

そう思ってルンルンの俺に彼女が言った。


「あ、やっぱり魚が良い……」

「……ああ、そうだね」


ええ……そう来たんだぁ、そう来ちゃいましたかぁ。

うーん、我儘(わがまま)なのかもなぁ。

そう思ってテンションが落ちる俺、府と目線を下げるときれいな足が……

……ムラムラしてきました。


「じゃあ、お魚の美味しいお店行こうか。

(ぼう)(たら)のスープがおいしいお店があるんだよ。

棒鱈って知ってる?」


きれいな脚は貴重だ、(へこ)みかけた俺のテンションをもう一回復活させてくれる!


「棒鱈?」

「知らないんだ、僕らアルバルヴェ人にとってはおなじみの保存食で、(たら)って言う魚を棒状に切り分けて、()した物なんだ。

煮出して元に戻すんだけど、おいしいスープが取れるんだよ。

内陸部でも食べられる海の魚だから、人気があるんだ。

聖地でも輸入されているんだけど、高いからね……ここだと故郷の6倍の値段がするんだ」

「へぇ」


俺の棒鱈のお話しを、きれいな目を大きく開いて聞いてくれるレミちゃん。

もう可愛い、大人可愛い顔してます。

ツンツンしている所がとっても可愛いです。


はしゃぐ俺を包むように、人が行きかう町の様子。

夕刻のルクスディーヌは、通りのあちらこちらから祈りの声が響いていた。

その音と乳香の匂いにまかれて俺達は人波を()って歩いて行く。

何時もなら埃が立ち上るこの町も、雨季は砂埃が重く、空気が澄む。

そんな光景の中で、隣に居る子の目は夕焼けの赤い光を受けて、オリーブグリーンではなくどこか不思議な色で輝いていた。

そんな彼女の目をつい長く見てしまったせいなのか、彼女は恥ずかしそうに笑うと「まっすぐ見て、こっち見なくていいから」と言った。


「ああ、ごめん。きれいな目の色だよね」

「私?」

「うん、レミちゃんきれいな緑色だ」

「ああ、ありがとう……ラリーもきれいな青い目だ」

「そう?目を褒められたのは生れて初めてかな……」

「へぇ……いや、こっち見なくていいから」


そう言ってじゃれるように語り合う。

ああ、楽しいです、とっても……


やがて俺達はレストランに辿り着き、川魚や、棒鱈のスープ、そしてチーズや未発酵のパン(いわゆるナンみたいなパン)を頼むとそれで夕飯を取った。

特に棒鱈のスープは彼女の目を白黒させた。

……味がしないのだ。

その様子を見て思わず笑った俺は、近くに在った調味料を取り出して言った。


「この小エビを乾した物と、岩塩を混ぜて味を調えるんだよ」

「先に言えよ、お前……」

「アハハ、ごめんごめん……」


この子結構ヤンキー入っているよなぁ、と思いながら食事を勧める俺。

棒鱈のスープの味にも慣れたようだったので、感想を聞いてみた。


「どう、棒鱈のスープ気に入った?」


すると彼女は首を振ってこたえた。


「味が無い、棒鱈の味では無く、エビと岩塩の味だ……」

「ああ、そう言うかぁ……

でも棒鱈が無いと、こういう味にはならないんだけどね」

「……信じられない」

「まぁ、今度アルバルヴェの料理を食べさせてあげるよ」

「フーン、おいしいの?」

「もっちろん、俺が腕を振るってあげますよ!」


俺がそう言うと彼女は「料理できるの?」と目を丸くして言った。


「まぁ男の手料理だから、あまり期待しないでね。

騎士団で学んだ料理だからさ」


野営の為、小姓は料理を学ばされる。

食べられる食材やら、動物の解体の仕方などもだ。

その為、子供の頃から無駄に器用だった俺は15にして覚醒(かくせい)していた。

狩猟、採取、料理に裁縫と、自分でもどこの方向を目指しているのか分からないくらい多芸な才能を身に着けたのだ。

正直、もうどこに嫁に出しても恥ずかしくないと思う。


……嫁、行く気は無いけどね。


レミちゃんはそんな俺の様子を見て「すごいな」と一言……

もっと褒めてもいいんだよ?

しばらく俺は騎士団と、故郷の話を彼女に披露(ひろう)し、そして次に彼女の事について聞いてみる事にした。


「レミちゃん、家はどこにあるの?」


俺がそう言うと彼女は少し悲しそうな目を見せてこう言った。


「家はもうない、目覚めたら家族はどこにも居なかった」

「…………」


あ、余計な事を聞いたのかも……


「幸い残した財産が有るので、それを食いつぶして暮らしている。

私は何もできないのでな。

魔導士として修業をしたのだが、それを生かすこともできない。

今ある財産を使い切ったら、どう暮らしていくのだろうな……」


そう言って自嘲気味(じちょうぎみ)に笑う彼女。

それを見て胸が痛む。


「頼れる親戚は居るの?」

「分からん、親戚は多かったが、今はどうしているのか……

探したいとは思うのだが、今は自分の事だけで手いっぱいだ」

それを聞いた俺は彼女にこう提案した。

「仕事ならあるよ、馬の世話は出来る?」

「馬?」

「うん、俺の仕事を手伝ってほしいんだ。

ちゃんと給金も払うし、望むなら住む部屋も提供できるよ」


俺がそう言うと、彼女は片肘をテーブルにつき、顎の下に自分の手を添えると、俺を(うかが)うように見つめた。

そして「どうしてそこまでしてくれる?」と尋ねた。

そこで俺は答えた。


「実は……今俺の家が邪教に乗っ取られようとしているんだ」


俺のこの言葉に、思わず彼女は目を丸くした。

恐らくこの返答は予想外だったのだろう。

俺は言葉を続ける。


「俺の仲間が、一か月前に神に出会ったんだ。

その日から……彼は変わってしまった。

助手で怪しげな薬を作れる奴を借り出しては素材集めをし。

そして怪しげな薬を作っては、貧者(ひんじゃ)の救済の為にその薬を配っているんだ。

そして自分が出会った神の素晴らしさを説いている。

今彼は怪しげな薬を作る(かたわ)ら、信者に語って聞かせる為の神話の収集にいそしんでいるんだ。

そしてその為に……うちの離れを占領した」

「はぁ……」

「ごめんね、こんな話をして。

誰かに聞いてほしくてさ、こんなこと誰に相談できないし……

会ったばかりの君に、こんな事相談して悪いと思ってる」


目をぱちくりして、俺の深刻な悩みを聞いてくれる彼女。

知り合いが新しい宗教の教祖様として、新興宗教を立ち上げようとしているだなんて、これまで誰にも相談できなかった。

今日初めて告白できた俺は、心が軽くなる。


「今彼の信者は5人いて、たまに俺の家の離れで祈りの言葉を唱えているんだ。

このままだと乗っ取られてしまいそうでさ。

少しでも家に住んでいる人の顔ぶれを変えたいんだよ……」

「…………」


レミちゃんは黙って俺の顔を見る。

笑いだしそうなその顔には(みなぎ)るほどの“好奇心”が(あふ)れかえり、その表情を見かけた俺は彼女に言った。


「あ、今からその邪教の(やかた)()に行く?」

「行く行く!

別に襲ってこないのだろ?」

「ええ、まじめに人類救済を目指す、まっとうな邪教ですよ」


まっとうな邪教とは何だ?

自分で言っていても良く分からないが、とにかくレミちゃんの好奇心を刺激したのは間違いないらしく。

彼女は目をキラキラさせながら俺について来る事になった。

気が付くと外はとっぷりと日が暮れている。




夜、生ぬるい湿(しめ)った風が吹き。

一雨来そうだと思った俺は急いでレミちゃんを連れて、我が家こと邪教の館を目指すことに。


「降りそうだね、急ごう」


そう声をかけて道を急いだのだが、ついにザーッと雨が降り始めた。

家まではあと少しだったので、走って家を向かう俺達。


ザーッ、ザーッ、ザーッ……

バシャバシャバシャ……


聖地の砂はすぐに泥となる、故郷のアルバルヴェと違って、この土地は雨に弱い……

二人ともビショビショで、そして足元を泥で汚しながら俺の家に駆けこんだ。


「はぁ、はぁはぁ……」


息を荒げ、(ひさし)(はし)を滝の様に流れ落ちていく(あま)だれを見つめる。

俺は同じくビショビショの彼女を見ると「タオル持ってくるよ、着替えは俺のしか無いけど良い?」と尋ねた。

レミちゃんは「それで良い」と言ったので、俺はタオルと着替えを持ち、この広い騎士館で急に友人が泊まりに来た時の為に、掃除をしておいた客間に案内した。


「この部屋は自由に使って、寝ててもいいし……」


そう言うと俺はタオルと着替えを渡してこの場を去った。


俺もまた服を着替え、タオルで体を()くと居間のソファーに腰かけた。

近くのカンテラに火を灯し、流れる外の雨に目を向ける。

離れには明かりが灯り、アシモスが邪教の経典作りに熱中しているのが見えた。

それを見ながら俺は(レミちゃんが来たらアシモス達を紹介しよう)と考えた。


居間のテーブルに目を向ける。

そこには手紙が箱に入っていた。

差出人はフィラン王子……

そこには以前送った手紙に関する返信と、今度彼がイフリアネと婚約する事が書いてある。


「はぁ……」


イフリアネと言う名前と、婚約と言う単語を見ると胸がざわついた。

イフリアネの事を狙っていた訳ではなかった。

ただ、白銀の騎士の時に見せた、どこか怪しい雰囲気の事がどうしても頭から離れない。

そして今、俺がフィラン王子と“白銀の騎士”をかけて戦った日の事を思い出す。


……最後にイフリアネに会ったあの日。

見違えるほど美しく、そして柔らかそうな気配をまとう彼女が目の前に居た。

俺は彼女を抱きしめたいと思った。

そんな俺に彼女は言う。


『アイツ最近調子乗っているから……

だってひどいと思わない?

ラリーは何をしたの?

アイツ厳しすぎなんだよ、これじゃラリーが可哀そうだよ』


そう言って彼女は自分が俺の味方だと言った。

幼馴染の変わらぬ親愛の情とその言葉に、孤立を深めた当時の俺は励まされる……

さらに彼女は、アルバルヴェでは無く、シルト大公に仕える道もあると指し示し、当時行き場を無くしかけて聖地に行くしかなかった俺に選択肢の存在を教えてくれた。

それでも殿下への義理立てで、彼女の手を取る事が出来ない俺にイフリアネは言う。


『他の道は無いの?

女伯(爵)や、女公(爵)の夫として生きる事も出来るかもよ?

皆その機会をモノにしようとして必死なんだよ?

ラリーはそれに興味は無いの?』


彼女の連れ合いになる、そう言う可能性を俺はその言葉に感じた。

修行があるからと、それを断った俺。

……でも、時折思う。

あの日、欲望に従えばよかったかもしれないと……美しい彼女の手を取ったらきっと違う人生が待っていた。

躊躇いが良い結果を招かなかったかもしれないのだ……と。

あれ程の幸運を、俺はこの先の人生で二度と手にすることは無いだろう。

その事に、何も思わないと言う事は無い。


……手紙を見た、久しぶりに見るイフリアネの名前。

あの日見た5年前のイフリアネの姿が(まぶた)の奥に浮かぶ。

彼女がついに手の届かない場所に行くと聞くと、彼女を“惜しい”と思う、そんな自分が居る。


「くだらない迷いだよ……」


イフリアネが急に欲しくなったのか?

どんな逡巡(しゅんじゅん)だよ……と自分でも思う。

……手を出せば、俺の存在を疎ましく思う、他の大人に潰されるのは分かっているくせに。




15歳と言う奴は、目の前の事に迷い続ける、そんなあやふやで無責任な俺を(あぶ)()す。

一言でいうと、俺が何をしたいのか?分からなくさせた。


先年はありがとうございました。

おかげさまでポイントも400PT程度だったこの作品もここまでご評価を戴けました。

これもひとえに皆様のおかげです、今年も皆様の御ひいきを賜ればと思います。


ブックマーク、感想、ご評価をいただきありがとうございます、これをモチベーションにして日々頑張っております。

それでは皆様、明けましておめでとうございます。

今年も俺騎士どうかよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ブチ切れ狂犬ラリー君が良い感じに動いてて面白いです! それとファラン王子とイフリアネとラリー君とレミちやんの四角関係とか青春ど真ん中になるのかならないのか色々期待してしまいますよ 好きなだ…
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