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俺の騎士道!  作者: 多摩川
青年従士聖地修行編
91/147

誰かと繋がっていたいから……

ザーッザーッザーッ……

ビシャビチャビチャ……


雨が激しく降る、荒れ地に(みどり)をもたらすために。

(ひさし)から延びる雨だれと、その奥に広がる漆黒(しっこく)の夜空の色は、故郷と何ら変わりがない。

イフリアネ、イリアン、シド、ジリ、ゴッシュマにボグマス……そしてパパとママ。

……大好きだった、薄情者のルーシー。

目の前で閉じられた彼女の部屋の窓の風景は、一生忘れる事が無いだろう。

それを思い返すと、大人と子供の中間である、15歳の俺に痛みと里心(さとごころ)が忍び寄る。

何故か今日は、(なつ)かしい顔ぶればかりを思い出した……

久しぶりに女の子の(にお)いを()いだからなのか?


(俺ってこんなに女々(めめ)しい奴だったっけ?)


もっと自分はタフな男だと信じていた。

自分の事を一番解っていないのは、自分なのかもしれない……

夜降る雨が、その音色(ねいろ)で自分の内面を見つめさせる。


「ああ、ここに居たか」


そんな俺にかける声があり、振り向くとレミちゃんが俺の服を、以前の様に(そで)を折り(たた)みながら着こなしていた。

スタイルが良いからなのか、よく似合う。


「よく似合うね」


お世辞抜きで感想を述べるとレミちゃんは「男物(おとこもの)が?」と言って何とも言えない笑みを浮かべた。


「ラリーの()め言葉は心が無い」


ニャんでだよっ!


「ええ、それで俺を否定しちゃうわけ?」

「ぷっ、クスクス……

ああ、私は我儘(わがまま)だからな」

「ええ……そうなの?

参ったなぁ……」


俺がそう言うと、なぜか自称(じしょう)我儘(わがまま)なこの女は目をキラキラさせて……

どうして?


「さっき暗い顔して雨を見ていたが、何かあったのか?」


彼女がどこか得意げに微笑(ほほえ)みながらそう尋ねてきたので俺は答えた。


「ああ、故郷を思い出していたんだ。

ここから船で一か月かかる、西の国なんだけどね」

「マウリア(半島名)にあるアルバルヴェ王国だったか?

さっきレストランで聞いた……」

「そう、パパとママ……

いやお父様とお母様、あとお兄様と姉が居る」

「会いたいな、家族に……」

「うん、アルバルヴェ人は家族の仲が深いんだ。

それなのになぜか俺は、8歳から親元を離れて修行している……」


レミちゃんは俺が話している間に移動し、そして俺と同じソファーに、一人分空間を開けて座った。

冷たく見えるその目に、俺への同情心が浮く。


「…………」


レミは唇に右手の薬指を当て、じっと俺を見た。

カンテラの明かりを映したオリーブ色の目が、宝石のように輝く。

……思わず目線をそらし、窓の向こうに輝く離れの明かりに目を向け、そのままの姿勢でレミちゃんに言った。


「あ、そうだ。

アソコがさっき言った邪教の館だよ、今から行く?」


すると彼女が「いや、行かない」と言った。

思わず俺は彼女の顔を見る。

すると彼女は何か嬉しそうな笑顔を浮かべてこう言った。


「雨の中行きたくない」

「ああ、まぁそうだよね。

雨が上がったら行こうか?」

「うん、そっちが良い。

……ところでお前は優しいな」

「そう?そんな事無いと思うけど」

「いいやそんな事は無い、私には分かる」


何故かそう言うと、彼女は俺の目を見て安らかな顔でニマニマと微笑みだした。


「我儘を言われるの、好きだろ?」


え?いきなり何なの……


「いや別に好きじゃないって」

「いや好きだよ」

「ええっ?」

「……隣に来て座りなよ」


お、オオ……心臓がドキドキし始めた。

まるで俺の女主人の様に振る舞いだしたレミちゃんの誘いに、おもわず喜びと恐怖が全身を縛り付ける。


「……コッチおいで」

「……うん」


あれ?どうしちゃったの……

勝手に体が動いて俺はレミちゃんの隣に座った。

どこか乳臭(ちちくさ)体臭(たいしゅう)

そして、大人びた美貌(びぼう)がすぐそばにある。

何も考えられず、俺は彼女に顔を近づけた。


「近い近い!

アハハハ、お前は危険だなぁ!」

「ああ、ごめん」

「フフ、本当は悪いと思ってないよね?」

思ってません!

「そんな事無いって」

「本当に?」

「あの、ちゅーして良い?」

「言い方が気持ち悪いから嫌だ」

「ええ?そんなぁ……」

「冗談だ、傷ついたか?」

「ムッチャ傷ついた……」

「ふ、ふふ……」


色香(いろか)(まど)い、うろたえ始めた俺の前で、レミは俺を挑発的に見てこう言った。


「少し話をしよう。

私の事を聞いてほしい」


今ですかっ?


「ああ、そう言えば家族に会えないんだっけ」


そう言いながら俺は体を正面に向けた。

このままこの女主人の様に振る舞いだす、彼女のオリーブグリーンの瞳を見ていたら、もう正気が保てなくなりそうだった。

チューしたい、抱きしめたいッ!

この隣に座らされた上でのおあずけ攻撃に、俺の精神は崩壊寸前。

……俺は、ドMだったのだろうか?

言いなりになる事に、(みょう)な興奮を覚え始めている。

そんな俺に彼女が語り掛けた。


「ラリー、実は私の本当の名前はレミでは無い。

スマラグダ・ティグリスと言うのが本当の名前だ」

「へぇ……」

「……やはりその名前を聞いても反応が薄いな」

「え?」


俺が思わず驚いてレミの顔を見ると、彼女はがっかりした表情を浮かべていた。

そして静かに俺にこう語る。


「ティグリス家はフォーザック王国の王家の名前だ。

今のフォーザックは(にせ)の王が、王を名乗っている。

ネリアースとか言う、聞いた事も無い家名の王家だ……」

「…………」


ネリアースと言うのは親友である、シドの家名だ。

なので彼女のその辛辣(しんらつ)な言葉に、何の反応も示せなかった。友人を否定は出来ない。

だが、それよりも、フォーザックと言う名前で、今重要な事を思い出した。

スマラグダと言う名前、夢で見たヴィジョン、幼少期から様々に見てきたものが、急に脳裏(のうり)に浮かびあがる。


「ティグリス家を知っているのか?」


レミが俺の反応を見て嬉しそうな表情を見せた。


「いや、そうじゃないんだ。

実は夢でスマラグダとか、アキュラとかの夢を見るんだ!」


そう言うと彼女は笑顔を止めて言った。


「初めて会った時、100年前の夢にアキュラが出ると申してたな」

「ああ、だから俺もあの夢の事を知りたいんだ。

俺……アキュラって人の生まれ変わりかもしれない」


俺はサリワルディーヌと名乗る、謎の存在から白銀の騎士を決める会場でそう告げられた。

あの日から俺は、俺の過去、生まれる前のことまで知りたいと願っていた。

ようやく手掛かりが見つかったと思う俺の前で、彼女が俺に告げる。


「いや、それは無い」

「え?」

「アキュラはお前の様にチャラチャラした男ではなかった」


え、そう言う理由?


「安心しろ、お前はその(かたわら)で使えていた誰かであろう。

その生まれ変わりなのかもしれない」

「えっ、そうなの?……」

「うむ」

「あ、そうなんだ。へぇ……」


チャラチャラしてるから違うって……

何だろ、アキュラじゃないって言われると、生まれてから見てきたあの夢の価値が、自分の中で暴落していく。

考えてみれば、あのサリワルディーヌとか名乗った、あのへんな幽霊は、本当に主神サリワルディーヌだったんだろうか?


「なんだよ、変な幽霊の言う事を真に受けてた……」

「幽霊?

なんだそれ……お前は面白いな」

「そうかなぁ……なんだろ、がっかりした」


正直にそう言うと、彼女はケラケラと笑い出し、そして俺の二の腕を触りながら「(きた)えていればあの男より強くなれる」と……

そこで彼女に顔を近づけた。


「近い近い!

お前は油断も隙も無いなっ!」

「え!ダメなの?」

「駄目、駄目、ダメっ!

本当にお前は危険だなぁ……」


そんな……チューしていいでしょ?

ダメなの?二の腕触りまくったジャン!

もはや俺が子犬なら濡れそぼった目で、悲しげに“くぅーん”と泣き叫ぶところである。

俺は大人しく引き下がり、そしてやはり顔を正面に向けて、レミちゃんの顔を見ないようにした。


……くぅーん。


「アハハハ、お前は予想外だな!

今すごく可愛い顔していたぞ!」

「そう……俺はいったいどうしてあんな夢を見るんだろ?」

「分からん、だが夢を見る者は過去と縁がある転生者だと言われている。

ラリーが見た夢に私が出たという事は、おそらく私と縁があるのだろう。

しかしそれにしてもだ、私に対し、お前の様に無礼(ぶれい)な人間は居なかったがな」

「え?無礼……」

「だが、悪くはない。

ここ最近会った男の中で、お前は一番マトモだ」

「…………」


「あの後どうしていたのか、話そう。

私とお前が分かれたひと月前からの事だ。

その前にどうして私があの洞窟(どうくつ)に居たのかを言うが。

私は100年前の聖竜暦1115年、お前と出会った、あの“忘却の洞窟”にアキュラに連れていかれた。

そして奴は私を眠らせた。

……その後の事は何も覚えていない。

そして目が覚めると私は裸で、そして明かりが(こぼ)れる石の(ふた)の中に居た。

そこでアキュラがすぐ(そば)に居ると思って、叫んだのだ。

だがそこに居たのは……見たことも無い変な外国人だった」

「ああ、すごいシチュエーションだね」


俺がそう言うと、彼女はギロッと俺を睨み「チッ!」舌打ち……

要らぬ合いの手を入れた様です。

……そこで怒るんだ。

委縮(いしゅく)した俺が肩をすぼめると、彼女は不機嫌そうに黙る。

思わず「ごめん……」と言うと、彼女は少し機嫌を直しそして続きを語りだした。

あれ、今俺変な外国人呼ばわり……

……まぁいいか。


「裸は見られるし、いきなり好きだと告げられるは、お前の印象は最悪だった……」

「……可愛かったんだ」


俺がそう言うと、レミちゃんは一呼吸口を開いたまま黙りそして「(ひつぎ)(そば)には猫の死体もあったしな」と……

あれ、無視した?


「ただ剣の切り口から、王剣士流の剣士だという事は分かった。

そこでお前のアキュラの名前を出したのだ。

……お前は王剣士流の剣士ではないのか?」

「いや、ウチは聖騎士流なんだ」

「フム……」

「……実はアキュラと俺は血の(つな)がりがあるんだ。

誰にも言わないで欲しいんだけど、俺にも本当の名前がある」

「リンドス家の者か?」

「いや、実は母方の家がバルザック家なんだけど、実は家の祖であるワルダ・マロルと言う人の奥さんがアキュラの妹なんだ。

タチアム・ルブレンフルーメって人、知らない?」

「!」


レミは一瞬大きく目を見開いた。

知っているという事だろう。

俺はそれを確認すると、言葉をつづけた。


「俺の名前はゲラルド・ヴィープゲスケ。

ラリー・チリと言うのは偽名(ぎめい)なんだ。

実は俺のお父様は国では権勢を誇っている、王の寵臣(ちょうしん)で……実際はそんなことは無いと思うんだけど、陛下と仲が良いのは本当なんだ。

実際子供の頃陛下がウチに来て、ペットと俺に忠誠を誓わせたしね。

あ、ウチの猫喋るんだよ……まぁどうでもいいよね」

「……面白い国だな」

「まぁ、良い国だよ。

で、俺は叔父でお父様と同じ男爵の、ガルボルム・バルザックに可愛がられてこの国に来たんだ。

武者修行先がここだって。

このバルザック家って言うのが、聖騎士流剣術の宗家なんだ。

そしてこのバルザック家の祖先がタチアム・ルブレンフルーメと、ワルダ・マロルなんだ……

実は俺はもし、この流派のソードマスターになれたら宗家を引き継ぐことになっている。

だから叔父からバルザック家のルーツを教えられたんだ。

……ねぇ、知っているなら教えてくれないか、このワルダ・マロルと、タチアム・ルブレンフルーメの事を」


俺がそう言うと彼女は、神妙な表情でこう答えた。


「お前と縁があるとは思わなかった。

これもサリワルディーヌの御導きかもな……

アキュラ・リンドスが所属するリンドス家は、代々王剣士を輩出(はいしゅつ)する家だ。

そしてそのリンドス家のタチアムは、幼少期に後継ぎがいないルブレンフルーメ家の養女となった。

ルブレンフルーメの家も代々聖剣士を輩出する家で、両家は互いに王家を守っていた。

両家は互いに通婚する事も多く、血筋が近い。

ところがある日タチアムは、そんな家の伝統を破り、一人の騎士の息子と恋をした。

それがまだ17歳だったワルダ・マロルだ。

本来ならそんなこと許されるはずはないが、なぜかアキュラはそれを認め、そして二人をどこかに逃がした。

……その後すぐに私は“忘却の洞窟”に連れていかれたのでその後の事は分からぬ。

だが、私にとっては知らない間柄(あいだがら)ではない。

……正直言うと、嬉しい」


そう言うと彼女は、顔を下に向け、そして鼻をすすり始めた。

グス、グス……

それをただ俺は静かに見つめる。


「100年……」

「え?」

「目が覚めたら100年経っていた。

家族は皆殺されて、国も、王宮も粉々に壊されて……滅ぼされて。

うっ、うくっ……うぅぅっ」

「…………」

「みんな私を尊重(そんちょう)しなくて。

言寄る男はみんな私を娼婦(しょうふ)のように見て……

お金を巻き上げようとか、何も知らない私を馬鹿にして……」


俺は思わず彼女の肩を抱きながら「もう大丈夫だから!大丈夫だから……」と励ます。

次の瞬間、彼女は感情を破裂(はれつ)させた。


「ああっ、うわぁぁぁぁ」


どうしてスイッチが入ったのか分からなかった。

急に感情的になった彼女にオロオロする。

会話の内容を思い返した。

そして俺と言う人間が、目覚めた彼女にとって、唯一目覚める前の知り合いと(えん)がある人物なんじゃないかと、思いに至る。


「ひっぐ、ひっぐ、うわぁぁぁぁ」


気が付くと俺の腕の中で泣きじゃくる彼女に、俺は励ましの言葉を掛けた。


「俺がレミちゃんをかばうから。

こう見えても俺の叔父は、聖騎士団のアルバルヴェ騎士館館長のドイド・バルザックだし、叔父の名前を出して、君を尊重(そんちょう)しないものは居ない。

事情は分かったんだ、安心して……」

「うわぁあぁぁぁぁっ!」

「眠りな、寝た方が良い。・

さっきの部屋を使ってよ、ね?」


レミちゃんは(うなず)きながら泣きじゃくり、俺はその肩を抱きながら彼女を、客間に連れて行った。

そして彼女をベッドに寝かせると、そのまま静かに立ち去ろうとした。


「ラリー、お前は優しい……」

「うん……お休み」


……そんなこと言われたらチューできないなぁ。

俺はほんの少しだけガッカリしながら、この場を去った。

だけどこれで良かったんだと思う。

これで彼女を(むさぼ)ったら、まるで自分が(けだもの)の様だ……


「はぁ……寝て起きたら100年経ったかぁ」


それよりも彼女との会話の方に、目を向ける。

……我が事に置き換えて考えた。

目が覚めて、パパもママも皆死んで。

自分が貴族の生まれだった事も通用しなくて。

そして国が無くて、宮廷(きゅうてい)も無いから自分の家がどうなったのかも分からなくて……

そこまで想像できると、辛い人生だと思えた。

(すが)りつけるものはすべて失われた世界。

きっと、自分でもどうしたら良いのかが分からなくなる。

あの様子を見る限り、彼女はこの一か月、きっとつらい目にたくさんあったのだろう。

……何とかしてやりたい。

まず、彼女に何が必要なのだろう?

そう思った次の瞬間、俺は兄のシリウスに手紙を書く事を思いついた。

男爵である彼に相談したら、何か良い事を言ってくれるかもしれない。

少なくとも彼が判断すれば、彼女と縁がありそうなバルザック家とも話をしてくれるだろう。

ドイドの叔父貴に言ったら……あの人だったら“修業はどうした?”って言いそうだな。

この手の話は俺に甘い人にしよう。

……女の話だし。




次の日、いつもの様に夜明け前にランニングに出かけ、そして剣を振るって剣筋(けんすじ)を確かめた。

そして家の中庭で、木人を相手に剣を振る。

レミちゃんは(いま)だに起き上がる様子はない。


「ハァハァ……」


技を確かめる、コンパクトに振り、剣の軌道(きどう)を正しくする。

……これがなかなか難しい。

かつて俺が“母無し子”と呼ばれるゴブリンと死闘を繰り広げた際、俺の体を乗っ取ったワースモン・コルファレン。

彼が言ったように、筋肉の付け方、剣の握り方、力の入れ方、全てに気を配らないと正しく高速に剣が振れない。

そして今日はそれがまるで出来ない。

今日はやけに切っ先が乱れる。


(クソ、心が乱れてる……)


昨日レミから話を聞いた瞬間から、俺の心には動揺(どうよう)が走り続けている。

剣の軌道がわずかに(ふく)らんだ光を放つ。

すなわち手元でわずかに剣をまっすぐ握り込めず、剣が少しだけ傾くのだ。

何時もならもっと細く、音も軽く、そして鋭い筈なのに……


『目が覚めたら100年経っていた。

家族は皆殺されて、国も、王宮も粉々に壊されて……滅ぼされて。

うっ、うくっ……うぅぅっ』

『みんな私を尊重しなくて。

言寄る男はみんな私を娼婦のように見て……

お金を巻き上げようとか、何も知らない私を馬鹿にして……』


彼女は心の痛みに叫び、そして涙を流していた。

引き()かれた(ほこ)り、そして何も分からない世界の様子……

目覚めたらこれまで所持(しょじ)していた筈の全てが無くなっていた。

家族、身分、友人に常識……変わった世界について行くこともできず、歯を食いしばってこの一か月耐えてきたのだろう。

……恐らく俺に会いに来たのも、それが原因かもしれない。

ひょっとして助けてくれるかも……みたいな。

……そんなことは無いか。


彼女の話は(にわ)かには信じがたいが、ただ俺には夢に見た世界に彼女は居た。

スマラグダと言う名前も、アキュラ・リンドスと言う名前もその世界にあるのだ。

……それは俺が調べた、この聖地の歴史に出てくる名前でもある。


(俺は“伝説”とやらに触れているのか?)


彼女の話は信じられそうだと思った、俺はどうしたら良いのか?

……そう思った時俺はかぶりを振るって、剣を構えなおす。


(集中しよう、今それを考えてもしょうがない。

剣が(くも)るだけだ)


剣を再び構える、そして技を()り出す。

剣の切っ先を空に向けて屋根に構えた。


「上手いではないか、ラリー」


この時声が頭上から響き、思わずハッとなって空を見上げる。

レミちゃんがそこから俺の様子を見下ろしていた。


「ああ、おはよう。何時から見てたの?」

「忘れた、お前が外から帰ってきてからだ」


おやまぁ、それはだいぶ前からですなぁ。

思わず苦笑いを浮かべた俺の(そば)に彼女は降り立つ。

服は昨日濡れていた筈の、彼女の服だった。


「服乾いたんだ」

「魔法でな……」

「ああ、それ生地が痛むから、まとめて洗濯するのに」

「世話になりっぱなしは良くない。

そろそろお(いとま)しないと……」

「え、家があるの?」

「いや、宿屋を転々としている。

荷物が少ないのでな、まぁそれで……」

「じゃあここに住めばいいのに」

「いやいや、嫁入り前の娘がそれではいかぬ。

最も嫁入りしようにも、持参金を用意してくれる親は居ないがな……」

「……あのさ、一つ提案があるんだけど。

この家の仕事したらここに住めるよ」

「ここはお前の家なのか?」

「ああ、俺が聖騎士団からから管理を委託されている家で、俺の主であるヨルダンの住処になるはずだったんだ。

何故かマスターヨルダンはこの家を嫌って、孤児院の方に住んでいるけどね。

だから騎士の屋敷らしくたくさんの部屋がある。

俺一人じゃとても家の部屋を、全部を使えないし一緒に管理してくれるなら、そのうちの一室を貸してもいいんだ。

むしろそっちの方が助かる」

「馬の世話はどうなる?」

「家を見てくれればいいよ、馬が苦手ならそっちは俺がやる。

部屋も全てを見る必要はないんだ。

屋敷のうち実際に使われている部屋は3分の1位だしね。

残りは開かずの間のままで良い」


俺は彼女にそう伝えた。

ただ、正直に言うと……


(この子と同棲(どうせい)したい!)


と、思っているのも事実である。

きっと彼女の事を、俺は好きなんだと思う。

とにかく傍に居続けたかった。

余計な虫が飛び交う前にがっちり(つか)んでおかないと、ルーシーの様に婚約者とかいう巨大な虫が飛んできかねない。

……あれは俺の一生のトラウマ物の出来事だった。

同じ(あやま)ちを繰り返したくなかったら、距離こそ全て、離れたら終わりだと、あのトラウマが俺に告げている。

近くに居る限りアピールもできるし、何よりうるさい虫は血の海に沈める事だって……


こうしてブラックラリーが、心の中でデビルスマイルを浮かべている時、どこか(うかが)うような目でレミちゃんが俺に尋ねた。


「ラリー、どうしてそこまで私に良くしてくれるのだ?」

「うん?ああ、どうしてだろうね……」


可愛いからに決まってんだろ!


「君が心配だって言うのもある。

それに、俺はどうやら君の縁者(えんじゃ)みたいだ。

不思議な縁で結ばれていると思わないか?

石の棺の中から出てきて、そして100年前の人に俺は会ったんだ。

そしてそれは俺の祖先の知り合いだったんだ!

これはもう運命なんだと思った、俺の人生がきっと変わってしまうんだと。

どう変わるかは知らないけど……

俺はそれを見届けたい。

頼む、俺に君の人生を支えさせてくれないか?

たぶんきっと、俺の人生が開ける気がするんだ!」


俺はこう言いながら、まるで王様に追い込まれたときのパパのようだと思った。

間違いなく俺は彼の血を引き継いでいる。

彼もまた追い込まれると、たちまち機関銃の様に色々な弁明を口にするのだ。

……お兄様情報で、俺はこの事を知っている。


とにかくそんな俺の下心を隠した答弁は、彼女に考える時間を与えたらしい。

そこで俺はソフトな声でこう言った。


「少しあの客間で考えてみて。

(そな)え付けの鏡台(きょうだい)の引き出しに、あの部屋の(かぎ)があるんだ。

あれを使えばあの部屋はもう誰にも入れないし、夕方まであの部屋で自由に考えていいからさ……」


(ちな)みに夕方になったら『今日はもう遅いから』と言って朝まで引き留める予定である。

と言うか彼女が昨日泊まった客間は、俺の中ではもう客間ではない。

レミちゃんの部屋である!

俺は柔らかい物腰ながら、必死にディフェンスラインを構築しているサイドバックである。

彼女はそんな俺の目を、無表情に見つめた。

……この目線に負けたら一生後悔するとわかっている俺は、まるでフィラン王子の様な柔らかい微笑みを浮かべながら言った。


「レミちゃんは行くあてがあるの?」

「…………」


彼女は黙って首を横に振った。


「だったら今日だけでも腰を落ち着けて考えた方がいい。

その為にあの部屋は使っていいから。

もしかしたら親戚の居場所を思い出すかもしれないし……

とにかく今必要なのは安心できる環境だよ。

無駄に広い家なんだから、気にせず使いな」


自分でも(俺良い事言うなぁ……)と感心しながらそう言うと、彼女は「言葉に甘える……」と。

うっし!あとは夕方又言い訳を考えよう。

パパ、ヴィープゲスケのDNAが……勝利したよ。

とにかく時間を稼いで、仲良くなって俺はこの子とラブラブになる!

人生でこんなに可愛い子が“ド・フリー”でいるなんて何度も無い。

世間が辛くても大丈夫、俺が優しい。

と言うか、俺はこの子が良い!

メェッチャ足がきれいだし……


「なぁ、ラリー」

「あっ、はい!」


彼女に背を向けてブラックラリーが、人知れず咆哮(ほうこう)している時、ふいに彼女が声をかけたのでそちらを見ると、なぜかニマニマと笑っていた。


「え、何?」

「やっぱりお前は油断が出来ないな」

「え、え?」

「……それでもお前が一番マシか」

「え、レミちゃんどういう事……」

「部屋は借りる、因みに入ってきたら、お前を殺す!」

「え?」

「入ってきたらな、私は魔導には自信があるんだぞ」

「あ、はい……なんとなく分かります」


え、どうして俺脅(おれおど)されたの?

俺が呆気(あっけ)に取られていると、昨日もそうだったが俺を制御できたことで、レミちゃんは何故か満足げな表情を浮かべた。

うわぁ、性格わるっ……

でも、なぜかこの子の場合嫌いじゃない。

彼女は勝ち誇った顔で「嬉しいでしょ?」と言った。

すくっと胸を張り、足をきれいに伸ばす。

その足を見、そして勝ち誇った楽しげな眼で笑うオリーブグリーンの目の色を見た。


この時ドッ、ドッ、ドッ……と心臓が高鳴る。

そのまま彼女を抱きしめてしまいたかった。

正気を失い、心臓の鼓動(こどう)で頭が焼けた俺。

そして俺は、何故かそのまま思わず「うん……」と言ってしまった。

レミちゃんはその様子を見て心底嬉しそうに笑う。

その姿はまるで勝者の様だった。

彼女はそのまま家の中に入っていく。

その姿を見ながら俺は思った。


(……俺、どうしちゃったんだろう?)




朝、(うまや)に居る3頭の馬の世話を終えると、その3頭を連れて俺はヨルダンが居る孤児院に向かう。

こういう時は必ずファボーナに乗り、そして荷物は他の2頭に乗せる。

これは馬達の間での序列をはっきりさせ、ファボーナが馬の中で上位に居る事を教える為だ。

まぁダーブランには効かないがな、(やっこ)さんだけは、一生懸命ファボーナに体を寄せようとしている。


……なんだろ、あの姿に親近感を覚える。


とにかくこれが毎朝の日課だ。

最近孤児院の馬が増えた事で、子供達の馬への関心が急上昇で、俺はこの子達に馬の世話の仕方なんかを教えている。


「ねぇ、馬って何を食べるの?」

「道に生えている草なんかを食べるよ。

良く“道草を食う”って言うけど、文字通りそれだね」


俺はそう言いながら、子供たちに馬を触れさせていた。


「あらあら、ラリーありがとうね」


そんな俺の様子を見て、ヨルダンの義姉のアイナさんが声をかける。

アイナさんはとっても優しい人だ。

その顔からも善意の塊、優しさの象徴の様な雰囲気が零れている。

彼女はまだ若く、そしてやんちゃなヨルダンの甥、マスカーニの母親だ。

もちろんマスカーニだけではない、他の連中が全員おっかないか、もしくは怪しい男ばかりと言う事もあり。

彼女が唯一優しい母親代わりとなって、孤児となった子供たちの世話をしている。


「ああ、アイナさん。

子供と遊んで馬達も楽しそうにしてます、逆に助かってますよ」

「そうですか、この中の何人かは間もなくここを出て独り立ちしていかなければなりません。

ラリーから見てこの子達は、どうですか?

馬の世話が好きな子は、将来(しょうらい)馬丁(ばてい)とかになるのもいいかもしれないと思うのですが……」

「それならしっかり教えないといけないですね。

ただ軍馬は体高が高いので、幼い子供には乗馬は無理かなぁ。

ロバとかから始めましょうか?」

「まだ乗馬はいいので、馬房の清掃とか教えてくれませんか。

ヨルダンに馬の世話をする人員を増やして欲しいと言ったのでしょ?

この子達はどうですか?」


成る程、さすがは騎士の妻だった人、その意見はもっともな話だな。


「ではそれをマスターに聞いてきましょう、今マスターはどちらに?」

「ヨルダンは寝ております。

最近は夜が物騒だから……昼はラリーも居るので」

「怪しい奴が居るのですか?」

「ええ、最近テュルアク帝国の人間が、この町を嗅ぎまわっているそうです。

……恐らくアシモスやアマーリオの事を調べているのでしょうね。

どこの誰が、エリクシールの事を()らしたのか……

あ、それはそうと、アシモス達はどうしてますか?」


その事を尋ねられた俺は、連中の様子を思い返しながら、憂鬱(ゆううつ)な気持ちで答えた。


「家の離れで怪しげな儀式をやってますよ」

「あら、まぁ……」

「3週間前に、怪しげなバルミー(ラドバルムス教徒を指す言葉)が来て、エリクサーの材料を渡したんです。

それで6粒のエリクサーを生産したらしく、3粒をそのバルミーに、そして自分達で3粒を報酬として受け取ったそうで。

それでこの前、この作ったばかりのエリクサーを持って、もう助からないと言われた、貴族の子供を助けたんです。

そうしたら自信を深め、(いにしえ)のジスパニオ教団を復活させるとか何とか叫んでます。

今アシモスさんは、アマーリオを洗脳してますよ。

世界を救う使命があるとか何とか言って……

ウチはもうフィーリアを(あが)める聖騎士団の建物じゃなくて、まるで邪教の館です。

本当に勘弁してほしい……」


俺がそう泣き言をいうと、アイナさんは「あら、まぁ大変ねぇ……」と穏やかに言う。


「でもねラリー、これはあなたにしか頼めない事なの」

「なんでです?」

「だってこの孤児院、女神さまの神殿に所属しているから。

こんなところにそんな危険な人置いておけないでしょ?

だけどアシモスは私たちの仲間、とても放ってなんかおけないわ。

ラリー、あなたが頼りなの。

貴方も私たちの仲間よ、仲間同士助け合わないと。ね?」

「……はい、アイナさんがそう言うなら」


ああ、そう来ましたかぁ……

多分これは同盟騎士館館長ニフラムの考えでもあるんだろうな。


「分かりました、それなら彼等をウチで(かくま)います」

「まぁ嬉しい、ありがとう、ラリー」


ああ、ヨルダンとは違った意味で押しが強い。

ふんわり優しく、そして自分の意見を押し通してくる。

俺がそう思っているとヴィーゾンに呼ばれ、俺は訓練に参加する事になった。


こうして俺は訓練と子供の世話、武具の手入れと管理、騎士館と孤児院の往復などをして過ごした。

ああ、本当に忙しい。

朝の馬の世話も含めると、毎日10時間から12時間は労働してます。

あともう一人従士か、小姓が増えないかな。

そうしたらだいぶ楽になるのに……

無給だけど剣の修業はみっちりやれる環境。

住み込みOKの明るく家族的な職場……

……この宣伝文句で来る従士なんかいないよな。

何せ“無給”だ。




夕刻近くになり、仕事を終えた俺が家に帰る。

今日はダーブランだけを連れて帰った。

何でもファボーナと新しい馬は、このままヨルダンが使うらしいのだ。


「素晴らしい話だ!」


いきなりアシモスが、家の外でも分かる位の大声叫んでいた!

その声を聴き、立派な我が家の門の前で、思わずキョトンとした俺。

急ぎ扉を開けて中に入ると、ダーブランを厩に向かわせ、馬房に放り込む。

そして家に急行した。


『…………』


見た瞬間絶句する、そこには涙を流し、感極まった表情のアシモスが、レミちゃんの手を握りしめ……野郎!


「おい、何してるんだよ!」


俺が苛立ちに支配されながら、近くに寄るとアシモスがレミちゃんの手を放しながら、嬉しそうに俺に言った。


「ラリー聞いてください。

ジスパニオの神殿の在処(ありか)が分かったのです!」

「あん?」


俺はイライラしながら、合いの手を入れるとアシモスは「ああ、すまないついつい……彼女は君の女友達なんだね」と言った。

謝罪の言葉を聞いて少し溜飲が下がった俺は、レミちゃんの顔を見た。

……事情を聴かないと分からないが、嫉妬(しっと)する様な話では無さそうだ。


「どういう話なのか聞かせてもらえる?」


俺はレミちゃんにそう言うと、彼女は俺を少し睨みながら答えた。


「少し言い方を考えて欲しい、今のは良くない、空気が悪くなった」


意見されて、俺も正直面白くない。

思わず鼻息を荒々しく吐くと、俺の性格を知るアシモスが言った。


「まぁまぁスマラグダさん、そんな風に言わないで下さい。

ラリーは良い男ですが侮辱(ぶじょく)されると我慢ができません。

きっと仕事で何かあったのです。

ですよね、ラリー……」


流石に今嫉妬に支配されたと言えば、何か大事なものを壊しそうだった。

俺はアシモスの言葉にうなずき「すまない帰宅途中で上手くいかなくて……」と答えた。

気持ちを殺すために、唇を軽く噛む……

俺のその様子は彼女も面白くないらしく、そっぽを向く。

その様子を見て、アシモスがとりなすようにこう言った。


「ラリー、聞いてください。

実は彼女から素晴らしい事を聞いたのです!

これは運命ですよ、途絶(とだ)えてしまったジスパニオの教えを復活させるという、意思が働いているのです!」

「え、どういう……」

「座りましょう、皆も椅子に腰かけて」


そう言うとアシモスは俺やレミちゃんを誘って、近くの椅子に腰かけた。

こうして向き合うように座ると、アシモスが言った。


「今しがた、空腹を(いや)しに館の母屋(おもや)に、食料を探しに来たのですがね。

そうしたらスマラグダさんが居たわけです。

そうしたら『邪教の方か?』と私に聞く訳です。

当然私はそうではありませんから、ジスパニオに会った事などを話したら、彼女が『それなら神殿を知っているか?』と言うのです。

残念ながら存じ上げないと言ったら、なんとローストルムにあるというじゃありませんか!

まさかこんな所にあるとは夢に思わずついつい大声を出してしまったんですよ」

「それで手を握っていたんですか?」

「手を?そう言えば握っていましたね。

申し訳ないです、深い意味があったわけではないのですよ」


ああ、俺の早とちりか……

それを聞き申し訳なさそうにした俺に、穏やかに笑ったアシモスが言った


「ラリー、君が騎士の子らしく、気が短いのは知っています。

焼きもちを焼かせてしまったんですかね?」

「ち、違いますよ!」

「スマラグダさんも、ラリーは良い男です。

仲間思いの良い男なので、ね」


俺を取りなすアシモスの言葉を聞いて、レミも機嫌を直した。

どうやらアシモスは、俺がもう彼女と付き合っていると勘違いしたみたいだ。

焼きもちを焼いたと言われて、俺は思わず顔を真っ赤にする。

 なんていう事を言うんだ!

 思わず周りを見ると、なぜか嬉しそうに笑うレミの顔が……

 ……あれ、いい感じの反応?


 なぜか効果てきめんだったアシモスの言葉に、思わず怒りが消え失せる。

そんな俺の様子を見届けた後、アシモスは言葉を続けた。


「どこまで話しましたっけ……

そうだローストルムの神殿の話だ!」


そう言うとレミちゃんが言った。


「ああ、薬神ジスパニオの神殿ならだいぶ遠い場所になるが、ローストルムにある」

「ローストルムって、あの?」


俺がそう言うとレミちゃんが「知っているのか?」と尋ねた。


「ああ、アルバルヴェ騎士館の大きな荘園がある。

それを見下ろすアクアエ山の中腹に、聖騎士団が所有しているローストルムの(とりで)があるんだ」

「なるほど、だとしたらそれが神殿かもな、

実はジスパニオの神殿もアクエア山の中腹にある。

切り立った崖に3方を囲まれた場所で、この条件で唯一水が湧出する場所にその神殿は在った。

砦に作り替えるとしたら、神殿があった場所に作るのが最も良いだろうな」


レミちゃんのその話を聞くと、アシモスが叫んだ。


「ラリー、これは天啓(てんけい)です。

急ぎ館長の許可を貰い、ローストルムの砦を調べなけれなりません」

「ええ、まぁ……アシモスさんのやりたい事だとそうでしょうけど」

「そうだ、スマラグダさん。

他にこの近くでジスパニオの神殿はありますか?」

「さぁ……もしかしたらあの“忘却の洞窟”を100年に一度招く、ルクスディーヌ郊外の遺跡だったら可能性はあるが」


月の神殿の事だろうか?

それを聞いたアシモスは心を(たかぶ)らせながら、レミちゃんに礼を言い、そしてこう言った。


「スマラグダさん、昨日はここに泊ったんですよね。

今日はもう遅いのでこちらに泊まりなさい。

きっとラリーも歓迎しますよ。

そうですよね?」

「え?ああ、もちろん大歓迎だよ。

遅いからもう止まっていきなよ、部屋の鍵も持っていたよね?」

「ああ」

「幾らでも居ていいから」


次の瞬間俺は“同意しろ!”と念を込めてアシモスに「ですよね?」と聞いた。

もちろん彼も「ええ、幾らでも居てください」と答えた。

こうして彼女は今晩も又ウチに泊まる事になった。




夕飯は俺が生姜と鶏を使って、セルティナ風のチキンステーキを作った。

朝の出勤前にタレに付け込んでいたもので、鶏のもも肉を白ワイン、岩塩、加えて甘いハチミツ酒、そして生姜や胡椒を混ぜた漬け汁を使っている。

その後胡椒をまんべんなく贅沢に振りかけたら、玉ねぎと一緒にフライパンで焼く。

鳥の皮目から油が沁み出し、香ばしくて甘い、生姜の香りが館の外のまで漂った。


「あー腹減った……

ラリー今日もアルバルヴェ料理?」


俺の料理の匂いにつられて、やつれた顔のアマーリオも離れから出てきた。


「ああ、飯食って行けよ。

それでそこにある野菜を切ってサラダを作ってよ。

あとで酢と塩、そしてチーズでドレッシングを作るからさ。

で、パンはもうあるからパン籠の中にある……」

「ああ!女の子がいるっ」


アマーリオは俺の話を聞いてないのか、次の瞬間レミちゃんを見つけるやいなや、皆がたむろう居間の方へと向かった。

……アイツ、飯抜きにしてやろうかな?


「アマーリオ、こちらスマラグダさん。

ラリーの女友達です」


アシモスがそう言って紹介するとアマーリオは露骨にがっかりした声で「なんだ、アイツのか」と言った。

どうでもいいけど手伝えよ、お前……

こうしてキッチンから居間に居るアイツらの様子を見ていると、まるで前の人生で見た映画のようだと思えた。


こんなシチュエーションに、自分が身を置くことになるなんてな……


バサバサバサ……


そしてこの時刻になり、ペッカーも外のパトロールから帰って来た。


「ああお帰りペッカー、しばらくしたらメロン切るからちょっと待ってね」


俺がそう言うとペッカーが「ぐぅわ(分かった)」と答えて、人の声がする居間に向かった。

次の瞬間レミちゃんの大きな声が、居間から上がる。


「お前は情熱のバッカス!

バッカスじゃないかっ!」


そのただならぬ雰囲気に、思わず料理の手を休めた俺は、フライパンを火から遠ざけて居間に向かう。

するとそこには目を見開いて驚くバッカスの姿と、嬉しそうなレミちゃんの姿が。

次の瞬間バッカスが盛んに語りだす。


「ぐわぐぅーわぐわげー、がぐぅわぐわぐわ!(スマラグダ姫じゃないか、どうしてこんな所に居る!)」


ペッカーがそう叫ぶと、それを聞いたレミちゃんがケラケラ笑って言った。


「あははは。どうしたバッカス、お前は人の言葉が喋れるではないか。

いきなり普通の鳥の鳴き声なぞして!」


俺はそれを聞くと、レミちゃんに言った。


「ああレミちゃん、ペッカーは昔と違ってもう人間に言葉を(しゃべ)れないんだ。

もし会話したいなら俺が通訳するよ」


ペッカーはかつて、スマラグダことレミちゃんを救うために、裏切りを重ねて死んだアキュラの魂を救いたくて声を失った。

それがサリワルディーヌの出した、アキュラ救済の条件だったからだ。

なので彼は人間の言葉が喋れない。

レミちゃんはそれでもペッカーとお喋りをしたいらしく、キラキラした目で俺を見る。


「すごいなお前は、鳥の言葉まで判るのか!

それに、もう知り合いに会う事は諦めていたのに、お前の所に居るだなんて!」

「そう?とりあえず御飯の支度(したく)を終えてからにしようよ。

夕食と一緒に積もる話をした方が良いと思うよ?」


俺がそう言うと皆賛成して、面白い話が聞けそうだと盛り上がった。

とは言え、一人で支度をするのも違う気がするので、アマーリオを捕まえて言った。


「アマーリオ、お前は手伝え!

お前は俺と同い年だろうがっ、なんでお前の為に俺が働かないといけないんだ!」

「ええ、逆になんで俺が働くの?」

「お前はダメだ、飯を抜くぞ!」

「クソッ、横暴な奴だ」


おのれアマーリオ、俺はコイツのこういう所が嫌いだ……

俺が人知れず憤慨(ふんがい)しているとレミちゃんが言った。


「そう言えばラリーは幾つだ?」

「俺?15歳だけど。

因みにレミちゃんは幾つ?」

「えッ、私は17歳だ……

そうか、お前は年下かぁ」


ほうほう……だから大人びて見えるんだね。

まぁでもうちのパパも最初の奥さんである、シオンさん(兄シリウスの実母)は年上だったから、これはDNAだな。

妙なところでパパとのつながりを再確認した俺は満足して、このドラ息子アマーリオをこき使い、料理を完成させた。

(すき)()らばサボろうとするコイツには、本当にてこずらされる……




「うん、美味い!」


作ったチキンステーキは大変好評だった。

甘めの味と、胡椒や生姜の香りが食欲を掻き立てる。

レミちゃんも俺の料理を美味しそうに食べていた。


そしてみんなが楽しみにしていた夕食時の会話は、やはりペッカーとレミちゃんの話が中心だった。

ペッカーと歩んだ、10年近くにもなる俺の歴史も披露(ひろう)される。

羊をけしかけて姉の恋路(こいじ)を邪魔した事。

合宿先の剣術学校で、大騒動を巻き起こした時の事。

ポンテスの話し……アイツは“安息のアルターム”と言うのが正式な名前だった。

そして皆でガーブウルズと言う、ロクデナシばかりが住む剣術の都に住んだ話。

レミちゃんは昔の王宮の煌びやかだったころの話しや、王剣士アキュラの話。

……そして、どうやってフォーザック王国が崩壊し、今の6国が割拠(かっきょ)する状況になったのか色々話した。

ただし聖戦の話はだけは、ぼかした。

俺達が聖騎士に所属しているからだ、その話題はまるで()れ物に触れる様になる。




夜も更け、家の中でカンテラの明かりが灯したころ、俺は食事の席を立つことにした。


「どうした、話には参加しないのか?」


はしゃぐように話していた彼女が、真顔で俺を見上げて尋ねる。


「ああ、実は孤児院の子供達に馬の世話の仕方を教えようという話があるんだ。

孤児院の中は水も流れているし、馬の洗い方とか、飼葉の出し方、その他の事を教える為に少し飼葉桶とかブラシとか持っていこうと思って」

「今から?」

「うん、明日は馬に重い飼葉とかを積みたいから、軽くてかさばるモノだけは持って行きたいんだ」


俺がそう言うとアマーリオが「良く働くねぇ。感心感心」と……

なぜお前はいちいち俺に対して挑発的なんだ?


「おいアマーリオ、俺が戻るまでに食事の後片づけと皿洗いやっておけよ」

「なんで俺が?」

「逆になんでお前がやらないんだよ!

やらなかったら二度とお前の為に飯は作らないからな!」


色々考えたんだけど、俺は貴族の子供だよね?

なんでこんな奴の為に、働かにゃならんのだ?

と言うか何故俺はこいつらの為に飯を作っているんだよ!

考えれば考えるほど納得がいかない。

元々一人分作るのも、二人分作るのも手間は変わらんと思って、いきなり転がり込んだこいつらの為に飯を作ったのが始まりだが。

こうも厚かましいと、俺も最近“おかしい!”と思うようになってきた。

……まぁいいや。


俺はこうして食堂を出て厩に向かうと“何か用か?”と言いたげなダーブランを撫でながら、余ったブラシや、干し草を掻き出す巨大なフォーク。

後、使われていない飼葉(かいば)(おけ)などを持った。


「ラリー、手伝おう」


ふと厩の入り口近くで声が上がったので見ると、レミちゃんが立っていた。


「手伝ってくれるの?」


彼女は黙ってコクンと頷いた。

俺はありがたくその申し出を受ける事にして、ブラシを渡し、俺は飼葉桶とフォークを持ってこの厩を出た。


夜の町は驚くほどの静けさに包まれる。

雨季は町中に草が多い。それが足音を消してしまうのだろうか?

俺は隣を歩くレミちゃんに言った。


「レミちゃんがお姫様だったころのルクスディーヌはどんなところだったの?」

「ルクスディーヌ?

あまり来たことは無かったが……暗殺が多い危険な町だったな」

「うわぁ、怖いな……」

「逆にお前なら大丈夫じゃないのか?

ペッカーの話だと、結構強いらしいではないか」

「(今装備しているのが)飼葉桶とフォークなのに?

フォークで勝てるかなぁ……」

「アハハ、大丈夫、フォークで勝てる。

国一番の少年剣士だったのだろう?」

「まぁね……あ、あそこの大きな建物が孤児院だよ」


自宅から孤児院までは通り3つ分しか離れていない。

目と鼻の先と言っていい。

この距離感に、レミちゃんは驚き「随分と近いな」と言った。


「まぁね、そこが良い所だよ」


俺はそう言うと、ポケットに忍ばせておいた鍵で、通用口を開けた。

そして中に入るとそのまま敷地内の用具置き場に、持ってきた物を置く。


「これで良いね……帰ろうか?」


俺がそう言うと、レミちゃんが「もう少し散歩しよう」と言った。

……家に帰ると、二人っきりの時間はないもんな。

俺はそう思うと了承して、そのまま孤児院傍の川辺を歩くことにした。


空には雲が無く、星々が黒いビロードに広げられた宝石の様に輝く。

そして空の月はあの日の様に満月で、地上は明るい。


「昨日みたいに雨が降らなくてよかったね」


星を見上げてそう言うと、傍にいるレミちゃんが「そうだな」と呟いた。

そして時が流れる、言葉も無く……


きゃは、キャハハハハッ!


上流で子供の笑い声がしたので俺達はそちらに目を向けた。

そこにはヨルダンと、幼いマスカーニ。

そして僧服を脱いだアイナさんが、馬に乗って川を渡っていた。

ヨルダンはマスカーニを前に乗せてファボーナに、アイナさんは新しい馬に乗っている。

時折ヨルダンが、ファボーナを駆けさせ、激しい水しぶきをあげながら川の浅瀬を走る。

その度にマスカーニは嬉しそうに笑った。


「ラリー、あの人は知り合いか?」

「え?ああ……

あの人は俺がお(つか)えしている騎士ヨルダン様だよ。

その鞍に一緒に乗っているのが甥っ子のマスカーニ君。

で、その傍でほほ笑んでいる優し気な女性が、マスカーニ君の母親で、義理の姉のアイナさん」

「へぇ……」


俺はまるで親子の様に、乗馬を楽しむ3人を見つめながらそう説明した。

やがてマスカーニは声をあげなくなり、ヨルダンにもたれかかるようにして動かなくなる。

眠ってしまったのかな?

そう思っていると、やがてヨルダンはアイナさんの手を取り、そして一緒に馬を並べてどこかへと、馬を歩かせ始めた。


『…………』


思わず息が止まる、死に別れたとはいえ、義理の姉の手を取った姿に思わず言葉を失った。


「帰ろう……」


俺は急ぎこの場を立ち去るべく、レミにそう告げた。

彼女もこの様子に言葉が無いらしく、黙って俺についてくる。

帰り道、俺は彼女に言った。


「絶対にこの事は誰にも言わないでくれ。

言ったらさすがに……」


次の言葉は言えなかった。

名誉を失った時、騎士はそれを取り戻さないといけない。

……どうすれば取り戻せるのか、それは償いを払わせる事によってである。

彼女をヨルダンから、償わせる対象にしたくなかった。


「分かった、この事は誰にも言わない。

彼はあの家の本当のボスなのだろ?

だとしたら彼を尊重しよう」

「……頼む」


女の口に戸が立つのか不安で仕方がない、だけど今はそれを信じるしかない。

言ったら終わり、言ったら終わり……

その将来が頭をよぎって離れない。

夫は居ないとはいえ、義理の姉との密通なんて噂になったら、さすがに終わってしまう。

しかもヨルダンもアイナさんも神職だ。

色々な意味において危険な情事だった。




ラリー達がこの年の雨季のシーズンで平和だったのはこの時までだった。

エリクシールが誕生したという確信を得た、バルドレ達。

彼等は自分たち以外の勢力も動かし、目的を達成しようと動き始める。


今回の話は正直自信がありません。

まるで日常の雑談だけで一本短編を作ったかのような回になったからです。

これを見た反応をお聞かせください。


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― 新着の感想 ―
[一言] あけおめことよろ、な稲村某で御座います! さて、ご心配なさっていた戦い無し回。ある意味盛況な感想欄、良いお話だったと評価されてますねぇ。よござんしたねぇ。 ラリー君、ほんの少しだけ大人に…
[一言] ラリーの恋、良いですよね。たぶんこうい事の積み重ねが、最後に折れない力になるんだろうな。と思わせる感じです。何というかだらだらした日常回じゃなくて明日繋がる記憶みたいな。
[良い点] 偶にはこうして、日常の話が入っていた方が良いと個人的には思います。 普段の話だと、修行以外でラリーが普段どんな生活をして どんな風に身近な人間と接しているのかが、メインキャラ以外は簡略化さ…
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